大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

目と線

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目を開いた瞬間、視界に映ったのは俺の前を偶然横切った若い女──に、走る無数の線。
胴を二つに両断する線。首を断つ線。手足を削ぎ落とす線。乳房の下から滑り込み、心臓を切り裂くような線。頭を縦に割る線。腿を抉るように切り取る線。脇腹から腰に向けて抜ける線。股下から胸元まで伸び、そこから真横へ振り切る線。
それだけの線が──否、それ以上の線が、たった一人に刻まれていた。
「うおっ?」
それだけではない。
今のがヒトを対象にした場合の線だ。そう気づいた瞬間、服にも無数の線が刻まれる。この服の縫い目はもちろん、服のどこかを見たと認識した瞬間、そこに線が生じる。
肩に掛けたバッグにも線が。穿いたスカートにも、ヒールにも、ピアスにも。
まだある。彼女が歩いた瞬間に生じる音、呼吸で吐かれた息、彼女が拾っている音ですら数本の線が走っているという事は、あれを斬ればその音が彼女に届かないということなのだろう。
今まで見えていなかった量の線が突如視界に映った事に困惑し──ここが人混みの中だと言うことを思い出し、俺の視界に大量のヒトが認識される。
その瞬間、目の奥が親指で強く押しつぶされるような鈍い痛みを感じた。
「痛っ」
思わずそう呟いた。もう限界か。やはり対象が多いとそれだけ時間も短いのか。
そんな余裕が吹き飛ぶような激痛が、同じ箇所から痛みを上塗りして行った。
「ッッ!?」
さらにそれは波及する。目の奥から頭の芯へと鈍く広がり、脳を掻き乱して思考すらもあやふやにさせるような嫌な痛み。
「あっ、ぐぅ!?」
「大丈夫か?」
ヴァルクスがそう言うが、その声が耳から入り、頭の中で暴れ回るように反響する。
不味い。意識を失おうにも、あまりに痛みが酷くて意識が飛ばない。飛ぶ寸前に、むしろ痛みで引き戻される。
妙に息苦しい。どれだけ息をしても肺に空気が届かないような、食道と気道以外にもう一個穴が空いて、そこから空気が抜けるような感覚。
四肢に力が入らない。頭が痛い。耳がうるさい。呼吸もままならない。
ついに膝から崩れ落ち、だと言うのに目は閉じない。その瞳に映った物──いや、映らないものにすら線を刻む。
頭がこんなにも重いものだと今知った。そう言わんばかりに首が仕事を放棄し、頭が持ち上がらない。視界は地面しか映さないが、地面すら──地面を覆うタイルにすら無数の線が刻まれる。
立つことすら出来なくなった俺に、誰かが手を差し出した。
その手には何本も線が刻まれている。
だが、それは俺の始眼によって見える切断の線ではなく、積み重ねられた年季によって刻まれた手自体の皺。
その一方で、俺の始眼が見せる切断の線は一本も入っていなかった。
何故。そう思う余裕は無く、無我夢中でその手を強く握った。
「大丈夫、大丈夫じゃ。落ち着け」
ヴァルクスのもう片方の手が俺の胸に当てられる。
「ここが心臓で、ここが肺じゃ。そこからこう通って気道。そう、そうじゃ。落ち着け、ゆっくり息を吸え」
呼吸が落ち着くにつれ、手足に感覚が戻り、力が入れられるようになる。
片方の手はヴァルクスの手を握りしめながら、もう片方の手で膝に手をついて立ち上がり、視界をゆっくりと上にあげていく。
が、その視界を大きな手が覆った。
「すまん、レィア君。少々その眼の事を侮っておった。その眼を一度解除してくれ」
「………。」
そう言われ、無言で解除すると、手がどかされる。
「予定変更じゃ」
ヴァルクスは険しい顔でそう言って、再び大教会の方へと歩き始めた。
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