大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

魔王と魔法

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塔が完全に崩れ去り、最早ただの瓦礫の山となったそこから、まるで何も無かったかのようにそれは現れた。
黒い魔力の渦を纏った比較的小柄なシルエット。
「よく逃げたな。その身で。しかも紛い物の方もか」
影の口の辺りがぱっくりと大きく割れ、そう影が喋った。
どうする。逃げられるか?いや、射程が違いすぎる。どう逃げても絶対に捕まるだろう。
アーネは魔力が空。《勇者》は本人が戦うより俺に血を寄越した方がいいと考えたらしく、血を渡して静かに倒れた。
ありがたいと言えばありがたいが、ここまでしてもらってもまるで勝てる気配がしない。死ぬ気で突っ込んで、腕の一本を貰うぐらいしかないか。
「ふむ、やるのか?勝負にもならんだろうが」
「逃がす気は無いんだろ?ならせめて、少しでもマシな方を選ぶさ」
勝ち筋は無い。だが、それでも逃げるよりかはマシだろう。
「それがこの《魔王》に向かって剣を向ける理由か。死んででもこの身体に痕を残すと」
顎に指を二、三度当て、《魔王》がふぅむ、と首を捻る。
「ま、夢を見るのは本人の自由。それに口出しするのは無粋か」
そう言った瞬間、《魔王》から無数の魔法が放たれ、同時に俺は黒剣を抜いた。
全て軌道が違い、不規則な動きをするものも多くあるが、全て狙いは俺。その全てをシャルの声に従って叩き切る。
しかし剣が二本では根本的に数が足りない。《勇者》から渡された僅かな血を振り絞り、さらに二本の細い血刃を形成し、それも使って魔法を斬り続ける。
普通なら無理だっただろうが、《亡霊》は別に口を開いて喋っている訳では無い。言葉を直に頭に送り込むような事をしているので、恐ろしく長い会話を一瞬で済ませることも出来る。
その声がなければ、この目では《魔王》の弾幕に対応できなかっただろう。
「どうした、その程度か?《魔王》さんよ」
ほぼ反射で黒剣を抜き、切り、収め、また抜いて切る。それが突然止まった。
『十四秒。よく耐えた』
そりゃどうも、と心の中で返し、黒剣をいつでも抜けるよう腰に手を置いたまま《魔王》にそう聞いた。
正直今の魔法の処理で身体の限界が来た。途中からスキルで強引に動かしてたぐらいだ。こりゃ攻めるのも無理臭い。
これならいっそ、第七うって自爆した方がいいか。
「ふむ、魔法と魔術がいくつか使えんが、それぐらいか。多少の不調もそのうち直るだろう。さて、では次の確認だな」
ひょい、と《魔王》が片手を上にかざした。
「これは問題なし、か」
それだけで、ヒトを一人なら優に呑み込めるサイズの火球、氷塊、岩塊が生まれた。
『三種同時!?』
「並列も問題なし。ならこの融合は──」
「そこまでにしましょう」
その声はか細く震えた女性の声。口を開いたのは、花の傍でずっと黙って何もせずに傍観していた白いローブの人影だった。
「それ以上は……」
「ほう?口答えするか?なら──いや待て、お前──」
《魔王》が白ローブの顔を下から覗く。
「なるほど。そういう理屈か」
「ご明察の通りです」
「……どこの誰かは知らんが、恐れ知らずもいい所だな。誰がやった?」
「《腐死者》のジェルジネンという男です」
そう言うと、白ローブの言葉に《魔王》が二、三度頷く。
「そうか。ではそこの死に損ないの《勇者》を殺してからそいつに会ってやろう」
「あの男の逃げ足は早く、隠れることにも長けています。追うのならできる限り早く追う方が良いかと」
「何、《勇者》を殺すのに五分とかからん」
「五分もあれば隠蔽と幻影の魔術は組めます」
「はっ、おいお前。まさかとは思うが、たかが一妖魔族が《魔王》から逃げられるとでも思っているのか?」
「思ってはおりません。ですが、確実に時間はかかるでしょう」
白ローブがそう言うと、《魔王》が軽く腕を組んで黙る。
「時間、か」
「はい」
「まぁいい。あの程度の結界なら、造作もなく砕ける。なら先に逃げる鼠を追いかける方が幾分マシだろう」
そう言って《魔王》が鎧を解除し、白ローブの胸ぐらを掴んだ。
「行くぞ」
その言葉が言いきられたかどうか。《魔王》の姿が消え、一緒に白ローブの姿も消えていた。
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