1,722 / 2,027
本編
義肢使いと震え
しおりを挟む
セラとアーネがぶつかる。そう聞いて、俺は少し…いや、相当焦った。
理由は単純。セラは炎を恐れているから。
前に森でスキルを発動した時も魔族の炎に焼かれて思わずと言った風だったし、セラがあの身体になった原因も炎のデーモンのせい。間違いなくトラウマになっているはず。
だからユーリアからセラとアーネが戦うと聞いた瞬間、何かの冗談かと思った。
何故セラが炎の魔法使いであるアーネに真っ向から挑むのか。理解が出来ないと言っていいレベルの困惑だった。
『どうする気だ。やめさせるのか』
「………いや、今は手を出さねぇ。だが最悪の場合、俺が止める」
『やれるのか?』
「知らん」
最悪の場合。それは冷静さを失ったセラがスキルを使ってしまう場合。
何かしらの代償と引き換えに奇跡さえ起こすその能力は、強力であるが故に制御が出来ていないという、酷く不安定で危険な力だ。
森で身体が焼けた時にも思わず使ったというが、その時の代償はセラ自身のみに収まらず、周りのヤツキからも払われた。
酷く身勝手な契約行使。正しく《悪魔の取引》。
「セラぁ!!」
「あ!先輩!見に来てくれたんですか?」
走ってくる俺を見るなりそう反応するセラ。
声音は元気そうだが、その顔は血の気が引いていて、僅かに震えているように見える。
「セラお前、何でアーネに挑もうなんて?」
「だって二つ名になれるチャンスですよ?私の実力を知る機会でもありますし、先輩以外の二つ名級の本気、知りたいじゃないですか。挑むしかありませんよ!」
声だけは元気に。しかしやはり顔に生気がなく、身体も僅かに震えていた。
「本音を言え。お前も知ってるだろう。アーネは炎の魔法のスペシャリスト。威力も多彩さもお前の知ってるような魔法使いとは桁違いだ。そんな奴になぜお前は挑む?」
一度、訓練所が揺れた。
そして誰かの太い咆哮も。もしかしたら苦痛の叫びかもしれないそれは、妙に耳に残る声だった。
「だって、悔しいじゃないですか」
ようやくセラが口を開く。
「皆が色んな困難を乗り越えて前に進んでいくのに、私だけ貰った手足で嫌いなものは避けて進んで。これじゃ、あの日からずっと、負けっぱなしじゃないですか」
「挑む時、相手があるだろう。もっと後から、段階を踏んででもいい。今アーネと戦うのは無謀だ。勇気と履き違えるな」
「でも私は今挑戦したいんです。このまま少しずつ進んでちゃ周りに追いつけない。勝てなかったトラウマを、それより大きな相手に打ち勝って克服したいんです」
これは…何を言っても変わらんな。
「なら好きにしろ。だが不味いと思ったら止める。お前も降参しろよ」
「えー…私が勝つとは思わないんですか?あるいは後輩に応援とか」
「悪いが、後輩と彼女なら彼女を応援するね。頑張るなとは言わんが」
と言うと、セラが「え!?」と声を上げる。
「先輩とアーネさんって付き合ってたんですか!?」
「なんだ、知らなかったのか?元々そう言う部屋だし知ってると思ってたんだが」
「いやそうなんですけど…なんか先輩とアーネさんって、仲いいんですけど恋人とかそんな関係じゃない気がするんですよねぇ…それに、先輩の性別が本当に男なのかどうなのかって未だに賭けの対象ですし」
「待て、なんだそれは。聞いたことないぞ」
「ちなみに先週までのオッズは女一・二倍、男三・一倍です」
「聖学の連中は馬鹿なのか?」
「さらに余談ですけど、大穴で雌雄同体が十二倍です」
「本当に馬鹿じゃねぇのか?おい、元締め誰だ。後でシバく」
「あっはっはっは」
「笑ってる場合じゃねぇぞ全く……少しは気が楽になったか?」
「えぇ。ありがとうございます」
そう言ったタイミングで、訓練所の扉が開かれ、男が一人呻きながらユーリアに運ばれて行った。
「さっきも言ったが応援はしない。だが無理はするな。じゃ、行ってこい」
「…はい」
そう言った彼女の身体の震えは、もう止まっていた。
理由は単純。セラは炎を恐れているから。
前に森でスキルを発動した時も魔族の炎に焼かれて思わずと言った風だったし、セラがあの身体になった原因も炎のデーモンのせい。間違いなくトラウマになっているはず。
だからユーリアからセラとアーネが戦うと聞いた瞬間、何かの冗談かと思った。
何故セラが炎の魔法使いであるアーネに真っ向から挑むのか。理解が出来ないと言っていいレベルの困惑だった。
『どうする気だ。やめさせるのか』
「………いや、今は手を出さねぇ。だが最悪の場合、俺が止める」
『やれるのか?』
「知らん」
最悪の場合。それは冷静さを失ったセラがスキルを使ってしまう場合。
何かしらの代償と引き換えに奇跡さえ起こすその能力は、強力であるが故に制御が出来ていないという、酷く不安定で危険な力だ。
森で身体が焼けた時にも思わず使ったというが、その時の代償はセラ自身のみに収まらず、周りのヤツキからも払われた。
酷く身勝手な契約行使。正しく《悪魔の取引》。
「セラぁ!!」
「あ!先輩!見に来てくれたんですか?」
走ってくる俺を見るなりそう反応するセラ。
声音は元気そうだが、その顔は血の気が引いていて、僅かに震えているように見える。
「セラお前、何でアーネに挑もうなんて?」
「だって二つ名になれるチャンスですよ?私の実力を知る機会でもありますし、先輩以外の二つ名級の本気、知りたいじゃないですか。挑むしかありませんよ!」
声だけは元気に。しかしやはり顔に生気がなく、身体も僅かに震えていた。
「本音を言え。お前も知ってるだろう。アーネは炎の魔法のスペシャリスト。威力も多彩さもお前の知ってるような魔法使いとは桁違いだ。そんな奴になぜお前は挑む?」
一度、訓練所が揺れた。
そして誰かの太い咆哮も。もしかしたら苦痛の叫びかもしれないそれは、妙に耳に残る声だった。
「だって、悔しいじゃないですか」
ようやくセラが口を開く。
「皆が色んな困難を乗り越えて前に進んでいくのに、私だけ貰った手足で嫌いなものは避けて進んで。これじゃ、あの日からずっと、負けっぱなしじゃないですか」
「挑む時、相手があるだろう。もっと後から、段階を踏んででもいい。今アーネと戦うのは無謀だ。勇気と履き違えるな」
「でも私は今挑戦したいんです。このまま少しずつ進んでちゃ周りに追いつけない。勝てなかったトラウマを、それより大きな相手に打ち勝って克服したいんです」
これは…何を言っても変わらんな。
「なら好きにしろ。だが不味いと思ったら止める。お前も降参しろよ」
「えー…私が勝つとは思わないんですか?あるいは後輩に応援とか」
「悪いが、後輩と彼女なら彼女を応援するね。頑張るなとは言わんが」
と言うと、セラが「え!?」と声を上げる。
「先輩とアーネさんって付き合ってたんですか!?」
「なんだ、知らなかったのか?元々そう言う部屋だし知ってると思ってたんだが」
「いやそうなんですけど…なんか先輩とアーネさんって、仲いいんですけど恋人とかそんな関係じゃない気がするんですよねぇ…それに、先輩の性別が本当に男なのかどうなのかって未だに賭けの対象ですし」
「待て、なんだそれは。聞いたことないぞ」
「ちなみに先週までのオッズは女一・二倍、男三・一倍です」
「聖学の連中は馬鹿なのか?」
「さらに余談ですけど、大穴で雌雄同体が十二倍です」
「本当に馬鹿じゃねぇのか?おい、元締め誰だ。後でシバく」
「あっはっはっは」
「笑ってる場合じゃねぇぞ全く……少しは気が楽になったか?」
「えぇ。ありがとうございます」
そう言ったタイミングで、訓練所の扉が開かれ、男が一人呻きながらユーリアに運ばれて行った。
「さっきも言ったが応援はしない。だが無理はするな。じゃ、行ってこい」
「…はい」
そう言った彼女の身体の震えは、もう止まっていた。
0
お気に入りに追加
232
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
【短編】冤罪が判明した令嬢は
砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。
そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる