大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

経験と生き方

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壁に叩きつけられた扉が軋みながら、反動でゆっくりと閉まっていく中、アーネは静かに口を開きながらこちらへと歩いてくる。
「話を聞いてましたわ」
最初に言った言葉はそれ。
「貴方が私に誓った話あたりからですけれど、どんな話かは大体分かりますわ」
「そうか、ならさっきのやり取りも聞いてたな。悪いが──」
アーネがゆっくりと手を上げる。
頬を叩くか。避けられるが…受けるべきか。彼女にはその権利がある。
その時ふと、アーネと目が合った──いや、この瞬間まで合わせなかったのか。俺が。
彼女の目は、俺の知らない感情が入れ代わり立ち代わり揺れ動いていた。
「………。」
「………。」
手を上げたまま数秒、やがてアーネが静かに手を下ろし、ニコラスの方に向く。
「父様」
「どうした?アーネ」
「私、この人と結婚しますわ」
その一言でエルストイが噎せ、ニコラスが目元を覆い、アーネの母親がその笑みを深くした。
「ダメだ。話を聞いていたんだろう?お前の親として、その男と結婚するのは認められん。第一、今すぐ結婚なんて急すぎるだろう」
「えぇ、話を聞いていましたわ。その上でこの人と結婚しますの。今すぐする訳では無いですし、形としては婚約になりますわね。いずれこの人と。そう決めていますわ」
「言っているだろう。親として、そんな道具のような誓いをするような輩にやることは出来んと。彼の誓いも聞いていたんだろう?」
「勿論聞いていましたわ。確かに酷いですわね。結局、何も分かってないんですもの。今日知ることが出来て本当に良かったですわ」
そんなにまずいのか。やっぱりズレてるんだな、俺。
「けれど、この人なりに考えて、苦心して出した結果がきっとあの誓いなのですわ」
「ならもっとダメだ。人と言うものを根本から理解していない証拠じゃないか。本人を前に言ってはなんだが、あえて言う。それはただ道具が息をして反応するだけの高性能な魔導具人形オートマトンだ」
「それは違いますわ。この人は、単に心がまだ育ち切ってないだけですの」
「………紅の森が出身という、あの話の事かな?」
ニコラスに俺の出身の話はした覚えは無いが、モーリスさんにはした記憶がある。そこからだろう。
アーネはその言葉に一度頷き、口を開く。
「あの極限の環境できっと、この人は生まれた時から剣士として生きる事を決められざるを得なかった。剣士として振る舞うことしか知らず、守ることしか出来ずに、他の事を知らずに十年以上過ごしたんですわ。心が育つ前に、剣士として育ってしまい、それに合わせて心が育たされた。人としてほとんど完成してしまった。歪に育った道具だから、歪に誓うことしか出来ないのですわ」
そこでずっと十年以上前から、止まったままなのですわ。
アーネがそう言った。
「そうとしか知らないから、か」
「だからこそ、この人が誓ったその言葉の意味が私には嬉しく──同時に、泣きたくなるほど悲しいのですわ」
あぁやっぱり。今までのやり取りで何となく分かっていたことだが。
俺はそこでアーネが悲しむ理由がわからない。
だとしたらなるほど、ニコラスの言う通り、この誓いは決定的に間違っていて、致命的なまでに失敗しているのだろう。
「理屈は分かった。レィア君の様な人がどうして出来上がったか理解した。知っていてアーネが将来的にレィア君と結婚したいと言うのも分かった。その上で私は言うよ。道具と娘を結婚させる気は無いと」
「そのために私が彼の隣に立つのですわ。剣士としてしか生きていられなかったこの人を、ただのレィアとして生きられるように──いえ、私が居ないと生きられないと言わせるほど、私を愛させてみますわ」
しばしの沈黙。ニコラスが再び口を開くまで、どれ程時間があったか俺には分からない。時間感覚が狂う無音の時間。
「エル」
「レィアさん、君は何年剣士として生きてきたんだい?」
「剣士としてなら十一年…十二年?そのぐらいか。四つか五つの時になった」
「そうか…その中で、一番自身を許せなかったことはあるかい?」
「俺を育てた親を俺が殺した事だな」
その一言で、場の空気が凍ったように止まったのが肌でわかった。
だがエルストイは、目を細めるだけで、なんともないように話す。
「きっと、君がそうとしか言えないのは、ずっと剣士として、戦士として生きてきたからなんだろうね。普通なら、そんな淡々と言うことは出来ないよ」
それは責めるような口調ではなく、ある種の納得の様なものを含んでいた。
「母さん」
「私からは何も無いわ。アーネは私の血が濃いもの。絶対に諦めないと思ってたわ」
「そう、か」
ニコラスが大きく息を吸い、そして吐く。
「レィア君、一つだけ約束してくれ」
「…?」
「君の先程の誓いを捨てて、人として彼女の隣に立つと」
「…今の俺は道具らしいから、いつになるかは分からない。けど、俺の名前と全てに賭けて、いつかその約束を必ず果たすよ。分かった」
満面の、とは行かない。不安まみれだろう。
だがそれでも、彼は笑ってこう言ってくれた。
「…娘を、よろしく頼む」
無数に言葉が浮かび、そして消える。なんと答えれば一番いいか考え、しかし出た言葉は非常にシンプル。
「あぁ」
俺はその言葉を辛うじて捻り出した。
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