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本編
証と花
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シャルに呼びかけても反応は無く、暫く待ってみたが何も変化はない。
いや、強いて言うなら草原が僅かに動き、明確に一筋の道を指し示し始めたぐらいはある。こっちに来いということだろう。
血刃で空間を切れるかと思って振り回してみたり、魔法ならと血鎖を出して振り回してみたりしたが、まるで手応えがない。
…行くしかないか。
草原はなだらかな斜面になっており、先程言った道はそのまま登って、丘の上にある一本の大きな木の所まで続いているようだった。
「面倒な」
距離は大してないが、早くこの不快感を終わらせたい。第六血界を発動して一足で──
「あ?」
なんだこれ。
第六血界は間違いなく発動している。心臓に紋様が刻まれたのは感覚でわかる。
だが加速しない。微塵も早くならないのだ。
「どういう事だ?」
ひとまず血瞬を解除、ならばと血呪を発動するが、こちらも身体に紋様は刻まれてもそれ以外の変化は起こらない。
「あぁん?…マキナ、血のストックはどんだけ消費した?」
その言葉に返事はない。血を塗ってみても一言も喋らない。
「………。」
ともかく、木の方へ向かうしかないのは分かった。
靴底で小さな石や土塊を潰しながらザクザクと歩く感触を感じながら、ちまちまと一歩ずつ進む。
「やっとか」
恐らく時間にして十分程度。歩き続け、木の元へたどり着くと、シエルが居た。ただし、見た目が成長して俺達と大差ないか、少し上ぐらいに見えるが。
「やっぱりか」
シエルの姿を見て、俺は確信した。
「ここ、幻術の中なんだな」
「…ん…少しちがう」
あぁ、やはりシエルだ。滑舌がほんの少し良くなったものの、喋り方やちょっとした仕草は完全に彼女のものだ。
しかも不思議な事に、この空間に感じられる魔王が原因と見られる不快感が、眼前の彼女からは一切しない。
「…ここ、ゆめとげんじつのあいだ。わたしの中と、外のあいだのせかい」
「…あ?」
見た目は成長しても中身は変わらんか。説明がよく分からん。まぁ、見た目に合わせて知能が上がってりゃ誰だお前ってなるし、ある意味正解なんだが。
シエルももう少し説明しようとしたが、語彙的に限界があるのだろう。途中で説明を諦めた。
「まぁなんでもいい。こんな所に突然ぶち込んだ理由を教えてくれ。ないなら出してくれ」
彼女自身からあの悪寒はしないものの、この空間が持つ不快感は最悪だ。糞溜まりに首まで埋められた挙句、ゲロが降ってくるのをゆっくりと眺めているぐらい気分が悪い。
「…ん」
と言って俺の手を引くシエル。見せたかったのは丘の木の向こう側。
ひょいと覗くと、そこには一面の花畑。
赤青黄色、緑に紫。無数の花に、それの蜜を吸うために飛んでいるのは同じように無数の色をした蝶達。
しかも、それぞれをよく見れば、その花弁も蝶の羽も、全てが魔法で編まれたものだ。
炎の花弁に氷の羽を持つ蝶が舞い降り、優雅に蜜を吸うと、その羽が赤く燃え上がり、逆に花はゆっくりと凍っていく。
不快感を一時忘れる程、幻想的な空間がそこにはあった。
「これを俺に?」
「…ん、れんしゅうの、せいか」
シエルの方を向くと、彼女の手には、いつの間にかその花で出来た冠が編んであった。
それを俺の頭にそっと乗せると、彼女はにっこりと笑う。
別にこの子自身に悪意はない。その事は知っている。
だが、俺自身はシエルに悪意や害意を持っている訳ではないのに、中の魔王に対しての反射でああいう反応を返してしまう。
しかし、それでも彼女は俺にこうして接してくれるのか。
「ありがとう」
「…?、それ、わたしのことば」
「あぁそうか。いや、でも、ありがとう」
俺も、久しぶりにシエルに向かって笑うことが出来た。
──そのまま終わっていれば。
あぁ、そのまま終わっていれば、なんていい日だったのか。
ふと気がつけば、花畑は全て枯れ、蝶も死骸となって散る。
草原はいつしか荒地へと変わり、空には厚く黒い雲が広がり、そして辺りは暗くなる。
「…あ、あぁ…あ」
「シエル?」
隣のシエルが急に身震いを起こし始め、それにあわせて風が吹きすさび始める。
空の雲はそれに流され、目まぐるしい勢いで動くが、それでも空は厚い雲によって遮られている。
だが、ふと示し合わせたように、一瞬だけ雲が視界から消えた。
「…目、が」
「ッ」
雲切れ間、真っ暗で真っ黒で全く見えない暗雲のその向こう。
そこにあったのは、月の如く丸く大きな目玉。月と違うのは、爬虫類じみた縦に割れた瞳孔がある事と、その瞳が空いっぱいに広がるほど大きいという事だろうか。
そしてそれが見えた瞬間、それは確実にこちらをぎょろり、と向いた。
いや、強いて言うなら草原が僅かに動き、明確に一筋の道を指し示し始めたぐらいはある。こっちに来いということだろう。
血刃で空間を切れるかと思って振り回してみたり、魔法ならと血鎖を出して振り回してみたりしたが、まるで手応えがない。
…行くしかないか。
草原はなだらかな斜面になっており、先程言った道はそのまま登って、丘の上にある一本の大きな木の所まで続いているようだった。
「面倒な」
距離は大してないが、早くこの不快感を終わらせたい。第六血界を発動して一足で──
「あ?」
なんだこれ。
第六血界は間違いなく発動している。心臓に紋様が刻まれたのは感覚でわかる。
だが加速しない。微塵も早くならないのだ。
「どういう事だ?」
ひとまず血瞬を解除、ならばと血呪を発動するが、こちらも身体に紋様は刻まれてもそれ以外の変化は起こらない。
「あぁん?…マキナ、血のストックはどんだけ消費した?」
その言葉に返事はない。血を塗ってみても一言も喋らない。
「………。」
ともかく、木の方へ向かうしかないのは分かった。
靴底で小さな石や土塊を潰しながらザクザクと歩く感触を感じながら、ちまちまと一歩ずつ進む。
「やっとか」
恐らく時間にして十分程度。歩き続け、木の元へたどり着くと、シエルが居た。ただし、見た目が成長して俺達と大差ないか、少し上ぐらいに見えるが。
「やっぱりか」
シエルの姿を見て、俺は確信した。
「ここ、幻術の中なんだな」
「…ん…少しちがう」
あぁ、やはりシエルだ。滑舌がほんの少し良くなったものの、喋り方やちょっとした仕草は完全に彼女のものだ。
しかも不思議な事に、この空間に感じられる魔王が原因と見られる不快感が、眼前の彼女からは一切しない。
「…ここ、ゆめとげんじつのあいだ。わたしの中と、外のあいだのせかい」
「…あ?」
見た目は成長しても中身は変わらんか。説明がよく分からん。まぁ、見た目に合わせて知能が上がってりゃ誰だお前ってなるし、ある意味正解なんだが。
シエルももう少し説明しようとしたが、語彙的に限界があるのだろう。途中で説明を諦めた。
「まぁなんでもいい。こんな所に突然ぶち込んだ理由を教えてくれ。ないなら出してくれ」
彼女自身からあの悪寒はしないものの、この空間が持つ不快感は最悪だ。糞溜まりに首まで埋められた挙句、ゲロが降ってくるのをゆっくりと眺めているぐらい気分が悪い。
「…ん」
と言って俺の手を引くシエル。見せたかったのは丘の木の向こう側。
ひょいと覗くと、そこには一面の花畑。
赤青黄色、緑に紫。無数の花に、それの蜜を吸うために飛んでいるのは同じように無数の色をした蝶達。
しかも、それぞれをよく見れば、その花弁も蝶の羽も、全てが魔法で編まれたものだ。
炎の花弁に氷の羽を持つ蝶が舞い降り、優雅に蜜を吸うと、その羽が赤く燃え上がり、逆に花はゆっくりと凍っていく。
不快感を一時忘れる程、幻想的な空間がそこにはあった。
「これを俺に?」
「…ん、れんしゅうの、せいか」
シエルの方を向くと、彼女の手には、いつの間にかその花で出来た冠が編んであった。
それを俺の頭にそっと乗せると、彼女はにっこりと笑う。
別にこの子自身に悪意はない。その事は知っている。
だが、俺自身はシエルに悪意や害意を持っている訳ではないのに、中の魔王に対しての反射でああいう反応を返してしまう。
しかし、それでも彼女は俺にこうして接してくれるのか。
「ありがとう」
「…?、それ、わたしのことば」
「あぁそうか。いや、でも、ありがとう」
俺も、久しぶりにシエルに向かって笑うことが出来た。
──そのまま終わっていれば。
あぁ、そのまま終わっていれば、なんていい日だったのか。
ふと気がつけば、花畑は全て枯れ、蝶も死骸となって散る。
草原はいつしか荒地へと変わり、空には厚く黒い雲が広がり、そして辺りは暗くなる。
「…あ、あぁ…あ」
「シエル?」
隣のシエルが急に身震いを起こし始め、それにあわせて風が吹きすさび始める。
空の雲はそれに流され、目まぐるしい勢いで動くが、それでも空は厚い雲によって遮られている。
だが、ふと示し合わせたように、一瞬だけ雲が視界から消えた。
「…目、が」
「ッ」
雲切れ間、真っ暗で真っ黒で全く見えない暗雲のその向こう。
そこにあったのは、月の如く丸く大きな目玉。月と違うのは、爬虫類じみた縦に割れた瞳孔がある事と、その瞳が空いっぱいに広がるほど大きいという事だろうか。
そしてそれが見えた瞬間、それは確実にこちらをぎょろり、と向いた。
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