1,539 / 2,028
本編
紙と手紙
しおりを挟む
その後の話だが、まず俺はルプセルから紙を一枚手渡された。木から作った良い奴だな。
ペラリと見てみると、そこに書いてあるのは中々お目にかかれないような数字。単位はお金と同じ。
下の方にはルプセルのサインと家紋が押されている。
「あー、えっと?」
「君が壊した家屋の損害賠償請求だ。ひとまずは立て替えたが、最終的には君に全て払ってもらう。期日は三年。利子は無しにしておこうか」
「そんがいばいしょう…」
そう言えば、最後の血界はまるでコントロール出来ていなかった。せいぜいが巫女の方へ落ちるよう大雑把に向けただけで、あとは何もしていない。
あんな暴れ狂う力の奔流みたいな物をぶっぱなしておいて、周りに被害が無いなどということは有り得ない。
「ちなみに死傷者ってのは…」
「幸いにも死者はいない。重軽傷者は合わせて八名。いずれも命に別状は無い上、既に治療済みで後遺症も無い。少し揉めたが、その辺も損害賠償の中に入っている」
死人が出なかったのは良かったが…うーん…高ぇ。
宝石を売れば多分賄えるが、一度に放出するのは不味いと言っていたし、出処も聞かれるか。
「ちなみに三年かかって払い切れない場合はどうなる?」
「ふむ…そうだな、では私の所で兵士として働いてもらう。給金をその分に宛てがうとしよう」
「うげ」
流石にそれは困る。三年後には──と、ここでふと思う。
三年後、俺は何をしているのだろうか。
英雄になるために森を出たが、英雄の座がすぐに空くとは限らない。空いても聖学の勇者もいるし、空いている椅子に入ろうとする輩も多いだろう。
森に戻るのか。
それとも、魔族を求めて外へ行くのか。
また、魔族を滅ぼした時、俺はどうなるのか。
分からない。分からないから──
「………。」
俺は髪の中から宝石を二つ出した。
「これならいくらで買う?」
ルプセルはそれを見て僅かに眉を動かしたが、それだけだった。
「残念だが私は宝石を買うような趣味を持っていない。龍人種なら話は別だろうが…他を当たりなさい」
「そうか」
出来るだけここにいる間に金は払ってしまっておきたい。貸し借りはかさむと面倒だし、ちゃんと果たせるかどうか分からないような話なら尚更だ。
ユーリアから先日受け取った金を、ほんの少しだけ手元に残して、残りを全てルプセルに渡す。
「ふむ。一割にも満たないが、ひとまずは受け取ろう」
「近いうちにある程度は先に払う。三年も待たせねぇ。絶対だ」
「一番簡単な方法として、ユーリアと結婚すると言う手があるが。どうするかね」
それを聞いた瞬間、俺は思わずルプセルの顔を二度見した。
「あいつにアゼロスを薦めたのはアンタだよな?」
「勿論。だが、ユーリアのメッセージに書いてあったように、あの子が君の事を好いているのであれば、そちらを優先しても構わない。アゼロス君には諦めてもらうか、君達が許すのなら内縁の夫としても構わない。逆もまた然りだ」
三年後どころかさらにその先の話までされて、少々混乱してきた。いや待て、よく考えりゃユーリアって確か二十歳近かったはず…いや、超えてたっけ?ならそんなに遠い話でもない…いやいや。
「……何が目的なんだ?」
「ただの父親として、娘の好きなようにさせてやりたいという事と、大貴族の長として、次世代のことも考えているだけだ」
その目は真っ直ぐで、とても嘘をついているようには見えない。
「婚約の事が嫌で、あいつがアンタに嘘をついて俺の事を報告したって知ってる?」
「知っているとも。だが、嫌いな相手にそういう頼み事をする訳もあるまい。多少なりとも好いていなければ、気を許していなければ頼めるはずもない。ましてや婚約ともなればね」
頭が痛くなる。右手を頭にやって、分かりやすくため息をつく。
「残念ながら答えはノーだ。俺とアゼロスなら、アゼロスの方がよっぽどいい」
「そうか。君自身がそう言うのならそうなのだろう」
あっさりと引くあたり、そこまで本気ではなかったか。嫌な冗談もあったものだな。
話はこれで終わりだろう。そう思って踵を返し、部屋に戻ろうとする。
「ところでもう一枚、今度は手紙を預かっている」
「あん?」
手紙?はて。誰からだろうか。
受け取って開いてみると、よほど慌てていたのか、それとも急いでいたのか、随分と乱れた字だけが書いてある。宛名も差出人も書いてないが、ルプセルに聞くまでもなく誰か分かった。
「ははっ」
思わず声を上げて笑う。
「何かあったかね」
「いんや、大した事じゃないさ」
手紙には一言「今度会ったら、事情を説明してもらいますわよ!」とだけ書いてある。よくよく見れば、何かが引っ掻いたような跡があり、どうやらそれは同じ筆跡の文字らしい。他の便箋に色々と書いた時に下に引いてあったからだろうか。変な所で抜けている。
ルプセルの話は今度こそ、これで終わりだったらしく、俺は部屋に戻ってベッドの上で仰向けに寝転がる。
そしてもう一度手紙を取り出して眺める。
よっぽど急いでいたのだろう、アイツらしからぬ字の暴れっぷりだ。
「また命を救ってもらったんだ、こりゃ行かにゃならんなぁ」
そう言ってひとしきり笑い、俺は再びベッドに入って朝まで過ごした。
ペラリと見てみると、そこに書いてあるのは中々お目にかかれないような数字。単位はお金と同じ。
下の方にはルプセルのサインと家紋が押されている。
「あー、えっと?」
「君が壊した家屋の損害賠償請求だ。ひとまずは立て替えたが、最終的には君に全て払ってもらう。期日は三年。利子は無しにしておこうか」
「そんがいばいしょう…」
そう言えば、最後の血界はまるでコントロール出来ていなかった。せいぜいが巫女の方へ落ちるよう大雑把に向けただけで、あとは何もしていない。
あんな暴れ狂う力の奔流みたいな物をぶっぱなしておいて、周りに被害が無いなどということは有り得ない。
「ちなみに死傷者ってのは…」
「幸いにも死者はいない。重軽傷者は合わせて八名。いずれも命に別状は無い上、既に治療済みで後遺症も無い。少し揉めたが、その辺も損害賠償の中に入っている」
死人が出なかったのは良かったが…うーん…高ぇ。
宝石を売れば多分賄えるが、一度に放出するのは不味いと言っていたし、出処も聞かれるか。
「ちなみに三年かかって払い切れない場合はどうなる?」
「ふむ…そうだな、では私の所で兵士として働いてもらう。給金をその分に宛てがうとしよう」
「うげ」
流石にそれは困る。三年後には──と、ここでふと思う。
三年後、俺は何をしているのだろうか。
英雄になるために森を出たが、英雄の座がすぐに空くとは限らない。空いても聖学の勇者もいるし、空いている椅子に入ろうとする輩も多いだろう。
森に戻るのか。
それとも、魔族を求めて外へ行くのか。
また、魔族を滅ぼした時、俺はどうなるのか。
分からない。分からないから──
「………。」
俺は髪の中から宝石を二つ出した。
「これならいくらで買う?」
ルプセルはそれを見て僅かに眉を動かしたが、それだけだった。
「残念だが私は宝石を買うような趣味を持っていない。龍人種なら話は別だろうが…他を当たりなさい」
「そうか」
出来るだけここにいる間に金は払ってしまっておきたい。貸し借りはかさむと面倒だし、ちゃんと果たせるかどうか分からないような話なら尚更だ。
ユーリアから先日受け取った金を、ほんの少しだけ手元に残して、残りを全てルプセルに渡す。
「ふむ。一割にも満たないが、ひとまずは受け取ろう」
「近いうちにある程度は先に払う。三年も待たせねぇ。絶対だ」
「一番簡単な方法として、ユーリアと結婚すると言う手があるが。どうするかね」
それを聞いた瞬間、俺は思わずルプセルの顔を二度見した。
「あいつにアゼロスを薦めたのはアンタだよな?」
「勿論。だが、ユーリアのメッセージに書いてあったように、あの子が君の事を好いているのであれば、そちらを優先しても構わない。アゼロス君には諦めてもらうか、君達が許すのなら内縁の夫としても構わない。逆もまた然りだ」
三年後どころかさらにその先の話までされて、少々混乱してきた。いや待て、よく考えりゃユーリアって確か二十歳近かったはず…いや、超えてたっけ?ならそんなに遠い話でもない…いやいや。
「……何が目的なんだ?」
「ただの父親として、娘の好きなようにさせてやりたいという事と、大貴族の長として、次世代のことも考えているだけだ」
その目は真っ直ぐで、とても嘘をついているようには見えない。
「婚約の事が嫌で、あいつがアンタに嘘をついて俺の事を報告したって知ってる?」
「知っているとも。だが、嫌いな相手にそういう頼み事をする訳もあるまい。多少なりとも好いていなければ、気を許していなければ頼めるはずもない。ましてや婚約ともなればね」
頭が痛くなる。右手を頭にやって、分かりやすくため息をつく。
「残念ながら答えはノーだ。俺とアゼロスなら、アゼロスの方がよっぽどいい」
「そうか。君自身がそう言うのならそうなのだろう」
あっさりと引くあたり、そこまで本気ではなかったか。嫌な冗談もあったものだな。
話はこれで終わりだろう。そう思って踵を返し、部屋に戻ろうとする。
「ところでもう一枚、今度は手紙を預かっている」
「あん?」
手紙?はて。誰からだろうか。
受け取って開いてみると、よほど慌てていたのか、それとも急いでいたのか、随分と乱れた字だけが書いてある。宛名も差出人も書いてないが、ルプセルに聞くまでもなく誰か分かった。
「ははっ」
思わず声を上げて笑う。
「何かあったかね」
「いんや、大した事じゃないさ」
手紙には一言「今度会ったら、事情を説明してもらいますわよ!」とだけ書いてある。よくよく見れば、何かが引っ掻いたような跡があり、どうやらそれは同じ筆跡の文字らしい。他の便箋に色々と書いた時に下に引いてあったからだろうか。変な所で抜けている。
ルプセルの話は今度こそ、これで終わりだったらしく、俺は部屋に戻ってベッドの上で仰向けに寝転がる。
そしてもう一度手紙を取り出して眺める。
よっぽど急いでいたのだろう、アイツらしからぬ字の暴れっぷりだ。
「また命を救ってもらったんだ、こりゃ行かにゃならんなぁ」
そう言ってひとしきり笑い、俺は再びベッドに入って朝まで過ごした。
0
お気に入りに追加
232
あなたにおすすめの小説
異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。
もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜
雪野 結莉
恋愛
魔物を倒す英雄となる運命を背負って生まれた侯爵家嫡男ルーク。
しかし、赤ん坊の時に魔獣に襲われ、顔に酷い傷を持ってしまう。
英雄の婚約者には、必ず光の魔力を持つものが求められる。そして選ばれたのは子爵家次女ジーナだった。
顔に残る傷のため、酷く冷遇された幼少期を過ごすルークに差し込んだ一筋の光がジーナなのだ。
ジーナを誰よりも大切にしてきたルークだったが、ジーナとの婚約を邪魔するものの手によって、ジーナは殺されてしまう。
誰よりも強く誰よりも心に傷を持つルークのことが死してなお気になるジーナ。
ルークに会いたくて会いたくて。
その願いは。。。。。
とても長いお話ですが、1話1話は1500文字前後で軽く読める……はず!です。
他サイト様でも公開中ですが、アルファポリス様が一番早い更新です。
本編完結しました!
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
ボッチ英雄譚
3匹の子猫
ファンタジー
辺境の村で生まれ育ったロンは15才の成人の儀で「ボッチ」という聞いたこともないジョブを神様から授けられました。
ボッチのジョブはメリットも大きいですが、デメリットも大きかったのです。
彼には3人の幼馴染みと共に冒険者になるという約束がありましたが、ボッチの特性上、共にパーティーを組むことが難しそうです。彼は選択しました。
王都でソロ冒険者になることを!!
この物語はトラブルに巻き込まれやすい体質の少年ロンが、それらを乗り越え、いつの日か英雄と呼ばれるようになるまでを描いた物語です。
ロンの活躍を応援していきましょう!!
どこにでもある異世界転移~第三部 俺のハーレム・パーティはやっぱりおかしい/ラッキースケベは終了しました!
ダメ人間共同体
ファンタジー
第三部 今最後の戦いが始る!!・・・・と思う。 すべてのなぞが解決される・・・・・と思う。 碧たちは現代に帰ることが出来るのか? 茜は碧に会うことが出来るのか? 適当な物語の最終章が今始る。
第二部完結 お兄ちゃんが異世界転移へ巻き込まれてしまった!! なら、私が助けに行くしか無いじゃ無い!! 女神様にお願いして究極の力を手に入れた妹の雑な英雄譚。今ここに始る。
第一部完結 修学旅行中、事故に合ったところを女神様に救われクラスメイトと異世界へ転移することになった。優しい女神様は俺たちにチート?を授けてくれた。ある者は職業を選択。ある者はアイテムを選択。俺が選んだのは『とても便利なキッチンセット【オマケ付き】』 魔王やモンスター、悪人のいる異世界で生き残ることは出来るのか?現代に戻ることは出来るのか?
レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?
伽羅
ファンタジー
転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。
このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。
自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。
そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。
このまま下町でスローライフを送れるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる