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本編
脱出と遭遇
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出口なんて知らない。この研究室がどの辺にあるのかも分からない。それでもここから出なくてはならない。
せめてこの研究室がどの辺かさえ分かれば、真上に向かって聖弾でも打ち込んで強引に脱出出来たが、上に何があるか分からない以上、それも出来ない。
今できるのは音や風の流れを耳で聞き、その流れを伝って外に出ることだけ。それだって上手くいくかどうか。
耳に意識を寄せ、普通の人の数倍は良くなった聴覚で音を拾う。
今、研究所の無機質な通路には、複数の音が響いていた。
俺のほとんど聞こえない静かな足音に、後ろからついてくるぺたぺたとうシエルの足音。
そしてそれよりずっと後ろから聞こえる騒がしい音達。数はおそらく三人分。しかも音に無駄がない。身のこなしがかなり俺達寄りだ。
「!」
不味い。音が指向性を持った。つまり、俺達の方に向かって素早く動き始めたのだ。
何かミスをしたか?跡は残さなかったはず。焦って振り返ると、ちょうどこちらを見上げるシエルと目が合った。
「………。」
「………あ…」
シエルが何かいいかけ、口を噤む。そして下を向く。俺も何を言えばいいのか分からず、ただぶっきらぼうに「先にいけ」と言うしか出来ない。
シエルも半魔族故の鋭い聴覚のおかげか、俺に幾分遅れて気づいていたらしい。小さく「………ん」と言って先に進んで行った。
…どう出りゃいいのか分かっているのだろうか。上手く逃げてくれるといいのだが。
あぁ、本当に嫌になる。どうしてこんな思った通りに行かないのか。
ため息をついて、腕を組んで壁にもたれ掛かる。
「クソ…助けてやりたかったのによ…」
助けてやりたかった。俺がシエルをこの世界に引っ張り出した。可能性を知らせた。俺がいなければ生涯誰にも知られることはなく、都市の地下にいた少女。
親も既に居なくなっていて、周りの事を何も知らない。そんな彼女に少しだけ親近感が湧いていた。正直、こういっていいのかどうか分からないが、家族のように思っていた。
あぁクソ、助けてやりたかった。力になってやりたかった。でもシエルを助けるのは、きっとヒトが滅びる一歩へと近づく一歩だ。
それは《勇者》として認められない。俺個人としても認められない。
だが。
何より認められないのは。
この現状そのものが認められない。
力が足りなかったから。調べる努力を怠ったから。少し彼女から目を離したら。こうなっていた。
もしも俺がこの事態をもっと早く掴めていたら。《魔王》の存在に早く気づけていたら。シエルが別の部屋に住むという話を多少強引にでも断っていたら。後悔は留まるところをしらない。
だがその前に。
「あら?この音はレィア君?どうしてここにいるのかしら?」
「よぉ、ラピュセ。ちょっと前に拉致られてな。出口探しに歩き回ってんだ。ところでそっちこそ護衛を二人も連れてどうした?」
「どういう事なの?まぁいいわ、実はちょっと困ったことになっててね…研究動物が暴れて逃げ出しちゃったみたいで。すぐに研究員をつけて外まで送るから、そこで待っててくれる?」
「…いや、ありがたい話だが方向だけ教えてくれればいい。その研究員が危険に晒されるかもしれないしな」
「あぁ、ありがとうね。一番近い出口はそのまま真っ直ぐ行って右、上りの坂を登って先よ。厩舎の辺りに出るわ」
「そうか。助かる。ところでひとつ聞いておきたいんだが」
「何かしら。これでも急いでいるのだけれど?」
「何、イェスかノーで言ってくれりゃいい──お前らが探してるのはシエルだな?」
直後、場の空気が凍る。
「……そう、知ってたのね。君の匂いがかなり濃く残ってたから、もしかしてと思ったけど…」
「返事はイェスかノーだ。答えと次第によっちゃ…あぁそうだ、ひとつ言い忘れてた。俺は今、非常に、猛烈に、今までにないぐらい頭に来てる」
せめてこの研究室がどの辺かさえ分かれば、真上に向かって聖弾でも打ち込んで強引に脱出出来たが、上に何があるか分からない以上、それも出来ない。
今できるのは音や風の流れを耳で聞き、その流れを伝って外に出ることだけ。それだって上手くいくかどうか。
耳に意識を寄せ、普通の人の数倍は良くなった聴覚で音を拾う。
今、研究所の無機質な通路には、複数の音が響いていた。
俺のほとんど聞こえない静かな足音に、後ろからついてくるぺたぺたとうシエルの足音。
そしてそれよりずっと後ろから聞こえる騒がしい音達。数はおそらく三人分。しかも音に無駄がない。身のこなしがかなり俺達寄りだ。
「!」
不味い。音が指向性を持った。つまり、俺達の方に向かって素早く動き始めたのだ。
何かミスをしたか?跡は残さなかったはず。焦って振り返ると、ちょうどこちらを見上げるシエルと目が合った。
「………。」
「………あ…」
シエルが何かいいかけ、口を噤む。そして下を向く。俺も何を言えばいいのか分からず、ただぶっきらぼうに「先にいけ」と言うしか出来ない。
シエルも半魔族故の鋭い聴覚のおかげか、俺に幾分遅れて気づいていたらしい。小さく「………ん」と言って先に進んで行った。
…どう出りゃいいのか分かっているのだろうか。上手く逃げてくれるといいのだが。
あぁ、本当に嫌になる。どうしてこんな思った通りに行かないのか。
ため息をついて、腕を組んで壁にもたれ掛かる。
「クソ…助けてやりたかったのによ…」
助けてやりたかった。俺がシエルをこの世界に引っ張り出した。可能性を知らせた。俺がいなければ生涯誰にも知られることはなく、都市の地下にいた少女。
親も既に居なくなっていて、周りの事を何も知らない。そんな彼女に少しだけ親近感が湧いていた。正直、こういっていいのかどうか分からないが、家族のように思っていた。
あぁクソ、助けてやりたかった。力になってやりたかった。でもシエルを助けるのは、きっとヒトが滅びる一歩へと近づく一歩だ。
それは《勇者》として認められない。俺個人としても認められない。
だが。
何より認められないのは。
この現状そのものが認められない。
力が足りなかったから。調べる努力を怠ったから。少し彼女から目を離したら。こうなっていた。
もしも俺がこの事態をもっと早く掴めていたら。《魔王》の存在に早く気づけていたら。シエルが別の部屋に住むという話を多少強引にでも断っていたら。後悔は留まるところをしらない。
だがその前に。
「あら?この音はレィア君?どうしてここにいるのかしら?」
「よぉ、ラピュセ。ちょっと前に拉致られてな。出口探しに歩き回ってんだ。ところでそっちこそ護衛を二人も連れてどうした?」
「どういう事なの?まぁいいわ、実はちょっと困ったことになっててね…研究動物が暴れて逃げ出しちゃったみたいで。すぐに研究員をつけて外まで送るから、そこで待っててくれる?」
「…いや、ありがたい話だが方向だけ教えてくれればいい。その研究員が危険に晒されるかもしれないしな」
「あぁ、ありがとうね。一番近い出口はそのまま真っ直ぐ行って右、上りの坂を登って先よ。厩舎の辺りに出るわ」
「そうか。助かる。ところでひとつ聞いておきたいんだが」
「何かしら。これでも急いでいるのだけれど?」
「何、イェスかノーで言ってくれりゃいい──お前らが探してるのはシエルだな?」
直後、場の空気が凍る。
「……そう、知ってたのね。君の匂いがかなり濃く残ってたから、もしかしてと思ったけど…」
「返事はイェスかノーだ。答えと次第によっちゃ…あぁそうだ、ひとつ言い忘れてた。俺は今、非常に、猛烈に、今までにないぐらい頭に来てる」
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