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本編
惨状と決断
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乳白色の世界が崩壊すると同時に意識が研究室へと引き戻される。
向こうにいた時間はおよそ五分弱。いつもならレイヴァーがどうやってか体感時間を早くしているようで、この程度なら一秒にも満たないレベルに時間が圧縮される。
しかし、弱っていた彼が出来たのはそこまでの圧縮ではなかったらしい。
「………。」
濃密な血のと消毒液の匂い。砕けた壁の奥の奥からは複数の足音。背中の熱はもう無くなっており、あの声も既にない。あの時、俺の中で何が起きたのだろうか。
視界の隅に映るのは、木の如く吹き出した血が固まり、磔になっている研究員達。
そして、俺の右手には既に抜かれた金の剣。左手はそいつの首を締め付け、左足で右手首を。右足で左肩を蹴り砕いた上で踏み潰している。
そして、目の前には床に仰向けに押し倒され、抑え付けられたシエル。
「───!」
俺がやったのか。
恐らく意識のなかったのはほんの数秒。普通なら意識を失ったらその場で倒れ伏してしまうだろう。
だが、俺は。たとえ寝ていても敵が襲ってきたら身体が勝手に反応して撃退する。
勇者としての本能か、それとも俺の生物としての本能か。いずれにしろ、文字通りの反射神経で動き、そして今に至るのだろう。
そこまで察した所で、俺は震えながら立ち上がる。
シエルはまだ意識が戻っていないらしい。また、魔法陣を使っていた研究員が気絶したからか、魔力の供給は止まり、シエルから発されていたおぞましいまでの魔力は霧散しかかっている。
だがそれでも、明らかに格の違う何かが彼女の中で目覚め始めたのは感じる。恐らくこれが再び眠りにつくことはもうないのだろう。直感的に察した。
「………。」
殺すべきだ。間違いなく。シエルは今ここで殺すべき存在だ。生かしておくメリットが少なすぎる。何より魔王である可能性が非常に高い。恐らく彼女の中に眠っている存在、それこそが魔王。
だが。
もしもここでシエルを殺した場合、この魔王が別の器を探して他の魔族に乗り移る、というシステムがあったら。そうだったら、シエルを殺す方のデメリットが大きい。何せ、どうして次の魔王が、どうやって生まれるかは全くの不明。慎重を期さねば。
──そういう言い訳が必要なんだろう?
冷たい自分がそう言った。
否定はしない。たらればを作って道を広げているように見えて、俺のやっていることは周りの正しいに自分の我儘を屁理屈で押し通すような事だから。
でも。
「……おい、シエル、起きろ」
シエルを文字通り叩き起すと、彼女は目を覚まし、一瞬嬉しそうに笑いかけて──ピタリと止まった。
「シエル、手短に話そう。今、お前の中に、魔族の化物の《魔王》って存在がいる。それをお前は抑え込めるか?出来るなら生かす。出来ないなら殺す」
きっと、俺の顔は今までにないほど無表情だろう。下手に感情を顔に出すと、全ての感情が溢れてしまうから。
「………えっ…と?」
「今すぐ決めろ。決められないならすぐに殺してやる」
「………でき…る」
…これが俺の選んだ答えか。
こんな小さい子にこんな顔させて。
「そうか。出るぞ」
「………ん」
もう二度と、俺はこの子に「おかあさん」とは呼ばれないだろう。その事が、何故か無性に悲しくなった。
向こうにいた時間はおよそ五分弱。いつもならレイヴァーがどうやってか体感時間を早くしているようで、この程度なら一秒にも満たないレベルに時間が圧縮される。
しかし、弱っていた彼が出来たのはそこまでの圧縮ではなかったらしい。
「………。」
濃密な血のと消毒液の匂い。砕けた壁の奥の奥からは複数の足音。背中の熱はもう無くなっており、あの声も既にない。あの時、俺の中で何が起きたのだろうか。
視界の隅に映るのは、木の如く吹き出した血が固まり、磔になっている研究員達。
そして、俺の右手には既に抜かれた金の剣。左手はそいつの首を締め付け、左足で右手首を。右足で左肩を蹴り砕いた上で踏み潰している。
そして、目の前には床に仰向けに押し倒され、抑え付けられたシエル。
「───!」
俺がやったのか。
恐らく意識のなかったのはほんの数秒。普通なら意識を失ったらその場で倒れ伏してしまうだろう。
だが、俺は。たとえ寝ていても敵が襲ってきたら身体が勝手に反応して撃退する。
勇者としての本能か、それとも俺の生物としての本能か。いずれにしろ、文字通りの反射神経で動き、そして今に至るのだろう。
そこまで察した所で、俺は震えながら立ち上がる。
シエルはまだ意識が戻っていないらしい。また、魔法陣を使っていた研究員が気絶したからか、魔力の供給は止まり、シエルから発されていたおぞましいまでの魔力は霧散しかかっている。
だがそれでも、明らかに格の違う何かが彼女の中で目覚め始めたのは感じる。恐らくこれが再び眠りにつくことはもうないのだろう。直感的に察した。
「………。」
殺すべきだ。間違いなく。シエルは今ここで殺すべき存在だ。生かしておくメリットが少なすぎる。何より魔王である可能性が非常に高い。恐らく彼女の中に眠っている存在、それこそが魔王。
だが。
もしもここでシエルを殺した場合、この魔王が別の器を探して他の魔族に乗り移る、というシステムがあったら。そうだったら、シエルを殺す方のデメリットが大きい。何せ、どうして次の魔王が、どうやって生まれるかは全くの不明。慎重を期さねば。
──そういう言い訳が必要なんだろう?
冷たい自分がそう言った。
否定はしない。たらればを作って道を広げているように見えて、俺のやっていることは周りの正しいに自分の我儘を屁理屈で押し通すような事だから。
でも。
「……おい、シエル、起きろ」
シエルを文字通り叩き起すと、彼女は目を覚まし、一瞬嬉しそうに笑いかけて──ピタリと止まった。
「シエル、手短に話そう。今、お前の中に、魔族の化物の《魔王》って存在がいる。それをお前は抑え込めるか?出来るなら生かす。出来ないなら殺す」
きっと、俺の顔は今までにないほど無表情だろう。下手に感情を顔に出すと、全ての感情が溢れてしまうから。
「………えっ…と?」
「今すぐ決めろ。決められないならすぐに殺してやる」
「………でき…る」
…これが俺の選んだ答えか。
こんな小さい子にこんな顔させて。
「そうか。出るぞ」
「………ん」
もう二度と、俺はこの子に「おかあさん」とは呼ばれないだろう。その事が、何故か無性に悲しくなった。
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