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本編
応えと熱
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目を閉じ、黙考することおよそ二分。
「悪ぃ。今は動けねぇわ」
俺の結論は拒否だった。
「は?アンタがそう言うの?あのちっちゃい子、どうなっても知らないわよ?」
「そうかもな」
「…見損なった。アンタだけは絶対に見過ごさないって思ってたのに」
「あぁそうか。知りもしないお前にそう言われたところで問題はないぜ」
「…サイッテー。じゃあもう話は終わりよ。好きに帰れば」
「そうさせて貰う。じゃあな」
ヒラヒラと手を振りながら階段をのぼり、白い部屋を出、足音を消しながら歩みを進める。
そしてそのまま歩きながら、周囲の気配を探る。
シャルやマキナ程ではないが、俺だって気配の察知ぐらいなら出来る。最近はマキナに頼りきりだったから少し手間取ったが…まぁ問題は無い。
周囲に人の気配はなく、視線も感じない。音も限りなく無音で、シンとした音がむしろやかましく感じる。
もういい、か。
いや、もう限界だった。
「ッ…!!」
突如、滝のような汗が吹き出し、膝の震えを抑えられない俺はそのまま地面に崩れ落ちる。地面に触れている手ですら震えている。
息も苦しい。どれだけ息を吸っても喉か肺に穴が空いたように足りない。目が乾いて視界が真っ赤に染る。身体は異常な熱を発しているが、その芯は恐ろしく冷えており、汗が冷や汗なのか排熱の汗なのか自分でも分からない。
そして極めつけに──背中で焼けた鋼のような熱を放つ《勇者紋》。
あきらかに何かが起きている。それも俺の思っている以上に不味い事が。
不意に一筋、つぅと鼻から血が垂れる。こうなったのはついさっき。俺が羽化という文字を目にした瞬間からだった。
「クソが…言えるかよ」
体調がクソ悪いから無理そうとか。
しかし皮肉なことにこの原因は──きっとシエルだ。
確証もなければ推理の欠けらも無い。ただの直感。だが、こういう時の確信は不思議な程に正鵠を射ているものだ。
「クソ…どこだ」
背中が反応する。あそこだ。
シエルはあっちだ。進め。
そして殺せ。
「はっ…」
幻聴だろうか。いいや、幻聴などでは無い。
怨嗟の如く染み出てくるのは歴代勇者達の身体に刻み込まれた呪いのようなもの。元はグルーマルが勇者の本能に仕込んだ声であり、勇者が代を経過ぎた結果、束縛が劣化してほとんど意味をなさなくなった。
しかし、それを補うかのように。過去の勇者に降り積もった呪いのようなものが今、背中から俺に語りかけてきていた。
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺──
「うるせぇ」
声は止まない。さらに加速し、最早音にしか聞こえなくなる。だがそれでも不思議なことに、言っていることはしっかり理解できるのだから酷いものだ。
意識が朦朧としてきた。だが手放してはいけない。もし手放せば、俺は間違いなくシエルを殺す。
決して意識を手放さないよう、ひたすらブツブツと言いながら、俺は足を進め続けた。
行先は皮肉なことに、その背中が教え続けてくれた。
「悪ぃ。今は動けねぇわ」
俺の結論は拒否だった。
「は?アンタがそう言うの?あのちっちゃい子、どうなっても知らないわよ?」
「そうかもな」
「…見損なった。アンタだけは絶対に見過ごさないって思ってたのに」
「あぁそうか。知りもしないお前にそう言われたところで問題はないぜ」
「…サイッテー。じゃあもう話は終わりよ。好きに帰れば」
「そうさせて貰う。じゃあな」
ヒラヒラと手を振りながら階段をのぼり、白い部屋を出、足音を消しながら歩みを進める。
そしてそのまま歩きながら、周囲の気配を探る。
シャルやマキナ程ではないが、俺だって気配の察知ぐらいなら出来る。最近はマキナに頼りきりだったから少し手間取ったが…まぁ問題は無い。
周囲に人の気配はなく、視線も感じない。音も限りなく無音で、シンとした音がむしろやかましく感じる。
もういい、か。
いや、もう限界だった。
「ッ…!!」
突如、滝のような汗が吹き出し、膝の震えを抑えられない俺はそのまま地面に崩れ落ちる。地面に触れている手ですら震えている。
息も苦しい。どれだけ息を吸っても喉か肺に穴が空いたように足りない。目が乾いて視界が真っ赤に染る。身体は異常な熱を発しているが、その芯は恐ろしく冷えており、汗が冷や汗なのか排熱の汗なのか自分でも分からない。
そして極めつけに──背中で焼けた鋼のような熱を放つ《勇者紋》。
あきらかに何かが起きている。それも俺の思っている以上に不味い事が。
不意に一筋、つぅと鼻から血が垂れる。こうなったのはついさっき。俺が羽化という文字を目にした瞬間からだった。
「クソが…言えるかよ」
体調がクソ悪いから無理そうとか。
しかし皮肉なことにこの原因は──きっとシエルだ。
確証もなければ推理の欠けらも無い。ただの直感。だが、こういう時の確信は不思議な程に正鵠を射ているものだ。
「クソ…どこだ」
背中が反応する。あそこだ。
シエルはあっちだ。進め。
そして殺せ。
「はっ…」
幻聴だろうか。いいや、幻聴などでは無い。
怨嗟の如く染み出てくるのは歴代勇者達の身体に刻み込まれた呪いのようなもの。元はグルーマルが勇者の本能に仕込んだ声であり、勇者が代を経過ぎた結果、束縛が劣化してほとんど意味をなさなくなった。
しかし、それを補うかのように。過去の勇者に降り積もった呪いのようなものが今、背中から俺に語りかけてきていた。
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺──
「うるせぇ」
声は止まない。さらに加速し、最早音にしか聞こえなくなる。だがそれでも不思議なことに、言っていることはしっかり理解できるのだから酷いものだ。
意識が朦朧としてきた。だが手放してはいけない。もし手放せば、俺は間違いなくシエルを殺す。
決して意識を手放さないよう、ひたすらブツブツと言いながら、俺は足を進め続けた。
行先は皮肉なことに、その背中が教え続けてくれた。
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