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がすしつ
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「こいつ、なんにも喋らないんだぜ?血だらけの服着て、薄気味悪いガキだぜ。」
怖い顔をしたおじさんが、少女の背中を蹴りました。
少女は前に転がる様に倒れ、歯を食いしばり、泣くのを我慢しました。
なんとか立ち上がり、よろよろと歩くと、またおじさんが少女の背中を蹴りました。
「小さな子に暴力を振るうのはやめろ」「うるさい離せ」
「お前達は人間の心を持っていないのか?」「お前達は人間ではない家畜以下のゴミだ」
大人たちが争っている場所から、少女はよろよろと離れ、雪を踏みしめ、列の中に並びます。
今日はお風呂に入る日です。
少女は汚れた髪を洗える日を楽しみにしていました。
ぐう、とおなかが鳴りました。もう二日近く、何も食べてはいませんでした。
口に入れたのは、土混じりの雪だけでした。
「アリス、僕と一緒に外に出よう。間に合わなくなる前に。」
物陰からこっそり顔を出したのは小さな白い兎でした。
小さな白い兎が、大人たちに見つかったら食べられてしまうんじゃないかと心配になった少女は、慌てて顔を背けました。
「アリス。そっちに行ってはいけない。」
何度も小さな白い兎は少女に声をかけました。
しかし少女は、よろよろと歩き、沢山の大人たちと一緒に大きな煙突の見える建物の中に入って行きました。
「アリス……」
小さな白い兎の声は、少女にずっと届いていました。
少女は小さな白い兎が大人達に見つからない事を祈りました。
びりびりと電気の流れる鉄条網の向こうには行けないけれど、お風呂から出たら、また小さな白い兎と一緒に遊ぼうと少女は思いました。
「身につけているものを全て脱ぎ、この中に入れろ」「まるでゴミ箱じゃないか」
「返す予定はない」「どういう事だ」
少女は怖い顔をしたおじさん達に促され、どす黒く汚れた服と、足に巻いた布切れを脱ぎ、その箱の中に入れました。
お風呂の中に入ると、その天井には銀色のパイプが何本も走っていました。
そこから流れ出るシャワーの温水は少女の体を優しく温めてくれました。
汚れた髪の毛をシャワーの温水で綺麗に流し、少女は満足すると
ぎゅうぎゅう詰めの室内から出て行こうと大人たちの足元を這って出入り口のドアまで行きました。
がちゃがちゃ、少女はドアのノブに手をかけましたが、ドアは開きません。
やがて少女の様子に気がついた大人が、ドアを開けてあげようと近づきました。
「ドアが開かない」「閉じ込められたのか?」
「もしかして」「ああ、神様…」
次第に大人たちの喧騒が広がりました。
入り口のドアに体当たりする人、泣き叫ぶ人、静かに祈る人、様々な大人たちが、
やがて一人、一人とゆっくり眠る様に倒れて行きました。
裸で積み重なるように大人たちが倒れる様子を、少女は床に座り、壁に背を預け、眺めていました。
次第に、とろんと眠気が少女を襲います。
「僕がお母さんたちの居る、不思議の国へ案内するよ。アリス。」
いつの間にか迷い込んで来た、小さな白い兎が白い湯気の中から少女の前に姿を現しました。
小さな白い兎は、ぴょこんと少女の胸に飛び込み、その小さな体を丸まらせ、その腕の中に収まりました。
「目を瞑って、ゆっくり数を数えるといい。その数を数えられなくなったら、もう不思議の国さ。
僕と一緒に数えよう。いーち、にーい、さーん、よーん、ごーお、…フフ、まだアリスは自分の歳までしか数えられないのか。それじゃ、少し早いけど行こう。不思議の国へ。」
少女が迷い込んだ不思議の国の冒険譚は、また今度。
今はお母さんと抱き合う少女の幸せそうな笑顔だけでいいだろうと、小さな白い兎は灰色の空を見上げました。
もくもくと煙を上げる煙突の上に雪が積もり始めていました。灰色の空は今夜もしんしんと雪を積もらせるのでしょう。
怖い顔をしたおじさんが、少女の背中を蹴りました。
少女は前に転がる様に倒れ、歯を食いしばり、泣くのを我慢しました。
なんとか立ち上がり、よろよろと歩くと、またおじさんが少女の背中を蹴りました。
「小さな子に暴力を振るうのはやめろ」「うるさい離せ」
「お前達は人間の心を持っていないのか?」「お前達は人間ではない家畜以下のゴミだ」
大人たちが争っている場所から、少女はよろよろと離れ、雪を踏みしめ、列の中に並びます。
今日はお風呂に入る日です。
少女は汚れた髪を洗える日を楽しみにしていました。
ぐう、とおなかが鳴りました。もう二日近く、何も食べてはいませんでした。
口に入れたのは、土混じりの雪だけでした。
「アリス、僕と一緒に外に出よう。間に合わなくなる前に。」
物陰からこっそり顔を出したのは小さな白い兎でした。
小さな白い兎が、大人たちに見つかったら食べられてしまうんじゃないかと心配になった少女は、慌てて顔を背けました。
「アリス。そっちに行ってはいけない。」
何度も小さな白い兎は少女に声をかけました。
しかし少女は、よろよろと歩き、沢山の大人たちと一緒に大きな煙突の見える建物の中に入って行きました。
「アリス……」
小さな白い兎の声は、少女にずっと届いていました。
少女は小さな白い兎が大人達に見つからない事を祈りました。
びりびりと電気の流れる鉄条網の向こうには行けないけれど、お風呂から出たら、また小さな白い兎と一緒に遊ぼうと少女は思いました。
「身につけているものを全て脱ぎ、この中に入れろ」「まるでゴミ箱じゃないか」
「返す予定はない」「どういう事だ」
少女は怖い顔をしたおじさん達に促され、どす黒く汚れた服と、足に巻いた布切れを脱ぎ、その箱の中に入れました。
お風呂の中に入ると、その天井には銀色のパイプが何本も走っていました。
そこから流れ出るシャワーの温水は少女の体を優しく温めてくれました。
汚れた髪の毛をシャワーの温水で綺麗に流し、少女は満足すると
ぎゅうぎゅう詰めの室内から出て行こうと大人たちの足元を這って出入り口のドアまで行きました。
がちゃがちゃ、少女はドアのノブに手をかけましたが、ドアは開きません。
やがて少女の様子に気がついた大人が、ドアを開けてあげようと近づきました。
「ドアが開かない」「閉じ込められたのか?」
「もしかして」「ああ、神様…」
次第に大人たちの喧騒が広がりました。
入り口のドアに体当たりする人、泣き叫ぶ人、静かに祈る人、様々な大人たちが、
やがて一人、一人とゆっくり眠る様に倒れて行きました。
裸で積み重なるように大人たちが倒れる様子を、少女は床に座り、壁に背を預け、眺めていました。
次第に、とろんと眠気が少女を襲います。
「僕がお母さんたちの居る、不思議の国へ案内するよ。アリス。」
いつの間にか迷い込んで来た、小さな白い兎が白い湯気の中から少女の前に姿を現しました。
小さな白い兎は、ぴょこんと少女の胸に飛び込み、その小さな体を丸まらせ、その腕の中に収まりました。
「目を瞑って、ゆっくり数を数えるといい。その数を数えられなくなったら、もう不思議の国さ。
僕と一緒に数えよう。いーち、にーい、さーん、よーん、ごーお、…フフ、まだアリスは自分の歳までしか数えられないのか。それじゃ、少し早いけど行こう。不思議の国へ。」
少女が迷い込んだ不思議の国の冒険譚は、また今度。
今はお母さんと抱き合う少女の幸せそうな笑顔だけでいいだろうと、小さな白い兎は灰色の空を見上げました。
もくもくと煙を上げる煙突の上に雪が積もり始めていました。灰色の空は今夜もしんしんと雪を積もらせるのでしょう。
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