5 / 6
5.魔眼
しおりを挟む
「な、何とか逃げ切れた……」
「危なかったわ。死ぬところだった」
『ホントだよ。もっと俺達を頼れっての』
氷の魔獣から逃げ切った僕達は森の中を歩いていた。今もシルヴィさんの横に浮かんでいるパギラという存在についていろいろ聞きたい。
が、今は他に優先することがあった。
「あ、いたいた。パギラ、隠れてて」
『おう、何かあったら出てくるからな』
森の中に自然に出来たらしい広場で、クメルと取り巻きの女子生徒が疲れ果てた様子で座り込んでいた。
わざと音を立てて出ていくと、クメルが視線だけでこちらに向けた。
「ふん……逃げ足は一人前のようだな」
どうやら、まだ憎まれ口を叩くくらいの元気はあるようだ。
「無事だったみたいだね。先生たちが助けにくるらしいからそれまで……」
「何様だ貴様! 何で生きている! お前らは森で魔獣の餌になっているはずだぞ! いや、そもそもお前のような者が今回の事態を引き起こしたのではないか? そうだ、最初からおかしかった。私の計算が……」
立ち上がり、いきなり僕に向かってとんでもないことをまくし立て始めた。
表情にあるのは怒りでは無く、恐怖と焦りだ。きっとまだ、自分の起こしたこと、今起きていることを受け入れられないんだろう。
落ち着かせよう、と僕が思った時だった。
横に居たメルヴィさんがクメルの顔を殴り飛ばした。
「ごぶっ」
「クメル様!」
吹き飛んだクメルに女子生徒が慌てて駆け寄る。
その様子をシルヴィさんは冷たい目で見下ろしていた。
「ごめんなさい。怒りのあまり殴ってしまったわ。拳で」
「貴様、私を殴ってただで済むと……」
あれだけ吹き飛んで気絶しなかったクメルが、起き上がりながら呻く。口から血が出ている。体重の乗ったいいパンチだった。
「ただで済まないのは貴方です。あの湖の魔法陣に手を加えたでしょう? それでこの事態を引き起こした。厳しい処分が為されるでしょう」
「なんだと。貴様にそんなことがわかるわけが……」
言葉の途中でクメルの目が見開かれた。
彼の目線はシルヴィさんが取り出したものに釘付けだった。
彼女の手にあったのは書物と翼が描かれた徽章。
魔術学園が卒業生に送る、正規魔法使いの徽章だ。
「私は正規の魔法使い。わけあって、ここで勉強しているけれどね。今回の実習の任務は二つ、真剣を授業を受けること、それと危険な事態を起こしそうな者を監視すること。この件は校長に報告します」
「なんだと。しかし、校長に報告した程度で……」
冷たい目のままシルヴィさんはクメルに杖を向ける。
「なんなら、貴方はここで魔獣に殺されたことにしてもいいんですよ? というか、そうしましょうか? 貴方、たしか貴族の三男坊よね? 学園で事件を起こした犯人になるより、事件で勇敢に戦って死んだ方が、ご家族も困らないんじゃない?」
「…………ま、待て」
怯えたクメルの叫び。しかし、シルヴィさんの杖は徐々に光を帯びていく。
「嫌です。待ちません。ここで氷漬けになって死んでください」
「ちょっとメルヴィさん、脅かし過ぎだよ。やめて」
慌てて僕が割って入ると、訝しげな顔でシルヴィさんが言う。
「なんで止めるの? 彼は自分の家の権力に頼った上、いわれの無い差別でアイセス君や私が死ぬようなことを企んだ。当然の報いでしょう?」
「何もシルヴィさんが手を汚すことはないよ。それに、あんまりにも酷ければ、僕だって反撃してたよ」
クメルに対して思うところがないでもないが、ここでシルヴィさんが人殺しをするところは見たくない。たとえそれが彼女の魔女としての本性であるとしても。
そんな自分勝手な主張を理解してくれたのか、シルヴィさんは杖を下ろした。
「……わかりました。貴方達、アイセス君に感謝してください。命は見逃してあげます。…ただし、私個人として、罰は与えます」
呪文と共にシルヴィさんが杖を振った。止める間もない、一瞬の仕事だった。
クメルと女子生徒の額に魔法陣が浮かび上がった。
「な、何をした! 魔女め!」
「ちょっとした呪いよ。今後、貴方がアイセス君を害そうとしたら、全身に激痛が走るの。大したことないでしょ?」
「な、なんだと!」
「彼のおかげで命拾いしたのよ。安い代償でしょう?」
シルヴィさんの冷たい物言い。わかりやすい挑発に怒って拳を振り上げようとしたクメルを、女子生徒が止めた。
「クメル様……。素直に引き上げましょう」
いつも一緒にいる女子の顔を見て、クメルは表情を歪めた。
「……わかった。寛大な処置、感謝する。死ぬよりは……マシだ」
そう言って、クメル達は森の奥へと消えた。他の生徒たちと合流するために。
それを見届けてから、僕たちはその場で作戦会議を始めた。
「時間もないけれど。説明が必要よね。パギラ」
『おう、ここにいるぜ』
シルヴィさんに答えて、再びパギラが現れた。ずっと見ていたはずだ。全然気配はなかったけれど。
「えっと、その人? 幻獣……だよね?」
幻獣。幻の獣と呼ばれる希少存在。世界のどこかにあるという幻獣の森に住むと言われている。
一説によると幻獣の森は学園と同じく異界にあり、そこに至れるのは選ばれし者だけだとか
『流石学生だな。よく勉強してるじゃねぇか。俺は幻竜パギラだ。よろしくな』
体を明滅させながら、パギラはくるりと空中で一回転した。彼流の挨拶だろうか?
「パギラは私の一番仲良しの幻獣なの。だから、呼びかけに答えてくれた」
愛おしそうにパギラをなでるシルヴィさん。幻竜はそれを穏やかに受け入れていた。
その様子から二人の信頼関係が窺えた。
「シルヴィさんは普通の魔女だと思ってたよ」
「普通の魔女よ? 幻獣の魔女と種類なだけ。この魔法学園と同じように、世界と隔絶された空間にある、幻獣の森に迷い込んだ人間のなれの果てが私なの」
『シルヴィは子供の頃に幻獣の森に迷い込んでな。そこで過ごすうちに幻獣王から眼を授かった上で、世の中のことを学ぶためにこの学園に来たのさ』
それはかなり大変な話なのでは? と思ったが、仲睦まじい二人を見てはとても言い出せなかった。
「それは、先生達は知ってるの?」
幻獣の森は伝説の存在だ。そんな場所と関わりの深い人物がいるなんて大事だろうに。
「校長先生をはじめとして、何人かは事情を知ってるわ。私は幻獣達から魔法を教わったから、すごく偏ってるの。実力的にはすぐにでも魔法使いになれるってことで、徽章を頂いたんだけどね」
『ま、勉強するのはいいことだ。人間の友達もできたしな。少ないけど』
「パギラ、余計なこと言わない」
『…………』
パギラがぴたっと黙った。すごい。あんなに強い幻獣なのに。
「あの、今の説明で納得してもらえたかしら? もし不満なら、後でもっと詳しく説明するけど……」
そう言うシルヴィさんはちょっと不安そうだった。出自が出自だ、自分のことを話すなんて初めてのことだったのだろう。
「驚いたけど。まあ、なんとなく事情は把握したよ。それで、この後どうしようか? 僕たちも避難する?」
僕の問いにシルヴィさんは即答した。
「氷の魔獣を倒そうと思うわ。見てわかったけれど、あれは元は幻獣なの」
迷いの無い、明らかに既に決めていた回答だった。何となく、そう言うとは思ってたけど。
「わかった。って、幻獣? でも、理性とかなさそうだったけど」
幻獣は高い知性を持つとされる。パギラもそう見える。しかし、あの氷の魔獣には知性らしいものは見えなかった。
『あれは狂った幻獣だな。何が原因でそうなったかわからねぇが、どうしようもなく、おかしくなっちまってる』
「狂った幻獣は楽にしてあげるのが、幻獣王の眼を持つ私の使命なの。元々は、あの子を正常に戻す魔法陣を見るのが目的だったんだけどね」
『魔法陣があのままなら、あと1000年もすれば正気に戻ったんだがなぁ』
寂しそうにいうシルヴィと、仕方ねぇという様子のパギラ。
僕にとってはただの実習だけど、二人にとってはそうでもなかったわけか。
それはそれとして、気になることがあった。
「あの、失礼な言い方だけど。あれに勝てるの?」
「…………」
『…………』
二人とも、いきなり沈黙した。
「あ、ごめんなさい。二人なら大丈夫だよね」
『いや、いい質問だぜ。あの魔獣は手強い。俺とシルヴィだけじゃギリだな』
「そうね。あと何人か森から友達を呼ばなきゃ」
あのパギラの攻撃を見た後だと、簡単そうに見えたけど、そうでもないらしい。本当に面倒なのが目覚めちゃったな。
でも、シルヴィさんが幻獣を呼んでくれるなら、何とかなるかな?
そう考えていると、パギラが僕の目の前に来て言った。
『シルヴィは簡単に言ってるがな、幻獣を呼び出すためには眼を使わなきゃいけない。結構負担がかかるんだ』
「パギラ、何を……」
『アイセス、お前ならわかるんじゃないか?』
「……そうだね。わかるよ」
言いながら、僕は自然と自分の眼に触れていた。そうだよね、何も無いわけないか。
パギラは僕の前で、頭を下げながら言う。
『なあ、アイセス。力を貸してくれないか? お前の眼ならあの魔獣をどうにかできるだろ?』
それは懇願だった。多分、この幻獣はシルヴィさんを本気で心配している。
「何を言ってるの? これは私達の問題でしょう。アイセス君を巻き込むわけにはいかない」
「もう巻き込まれてるよ、シルヴィさん」
「あ……ごめんなさい」
頭を下げるシルヴィさん。素直なその姿が、クメルの前で見せた魔女らしい仕草と落差が大きい。
「謝ることじゃないよ。パギラ、君の言う通りだ。でも、僕はこの眼を使うのが怖いんだ。使うとどうなるかわからない、得体のしれない眼だから」
わかっているのは火の力に属することだけ。多分、火力は非常に強い。僕が望めば望んだだけの力を発揮すると思う。
『安心しろ。俺が使い方を教えてやる。しかも、あいつを倒した後にその眼の正体も教えてやろう。どうだ?』
「……本当に?」
嬉しいけど、あんまりにも唐突な申し出だった。
こんなに簡単に。こんなにあっさりと。僕が求めていた答えに到達できていいんだろうか?
「パギラ、嘘を言ってないでしょうね?」
疑わしい、棘のある声音で言うシルヴィさん。気持ちはよくわかる。
『あ、安心しろよ。アイセスの眼は俺達幻獣なら間違えようがないものなんだ。俺はつまんねぇ嘘はつかねぇよ』
シルヴィさんはため息を一つついた。
「アイセス君、パギラはこう見えて信用できる幻獣よ。竜は約束を守る種族なの。だからお願い、力を貸して貰えると嬉しいかな」
『頼むぜ。シルヴィの眼はあんま使わせたくないんだ』
「こら、アイセス君を心配させるようなこと言わないの」
『だってよお……」
何だか微笑ましい。
決めた。乗りかかった船というやつだ。
「わかった。僕に出来ることなら協力させてよ」
「危なかったわ。死ぬところだった」
『ホントだよ。もっと俺達を頼れっての』
氷の魔獣から逃げ切った僕達は森の中を歩いていた。今もシルヴィさんの横に浮かんでいるパギラという存在についていろいろ聞きたい。
が、今は他に優先することがあった。
「あ、いたいた。パギラ、隠れてて」
『おう、何かあったら出てくるからな』
森の中に自然に出来たらしい広場で、クメルと取り巻きの女子生徒が疲れ果てた様子で座り込んでいた。
わざと音を立てて出ていくと、クメルが視線だけでこちらに向けた。
「ふん……逃げ足は一人前のようだな」
どうやら、まだ憎まれ口を叩くくらいの元気はあるようだ。
「無事だったみたいだね。先生たちが助けにくるらしいからそれまで……」
「何様だ貴様! 何で生きている! お前らは森で魔獣の餌になっているはずだぞ! いや、そもそもお前のような者が今回の事態を引き起こしたのではないか? そうだ、最初からおかしかった。私の計算が……」
立ち上がり、いきなり僕に向かってとんでもないことをまくし立て始めた。
表情にあるのは怒りでは無く、恐怖と焦りだ。きっとまだ、自分の起こしたこと、今起きていることを受け入れられないんだろう。
落ち着かせよう、と僕が思った時だった。
横に居たメルヴィさんがクメルの顔を殴り飛ばした。
「ごぶっ」
「クメル様!」
吹き飛んだクメルに女子生徒が慌てて駆け寄る。
その様子をシルヴィさんは冷たい目で見下ろしていた。
「ごめんなさい。怒りのあまり殴ってしまったわ。拳で」
「貴様、私を殴ってただで済むと……」
あれだけ吹き飛んで気絶しなかったクメルが、起き上がりながら呻く。口から血が出ている。体重の乗ったいいパンチだった。
「ただで済まないのは貴方です。あの湖の魔法陣に手を加えたでしょう? それでこの事態を引き起こした。厳しい処分が為されるでしょう」
「なんだと。貴様にそんなことがわかるわけが……」
言葉の途中でクメルの目が見開かれた。
彼の目線はシルヴィさんが取り出したものに釘付けだった。
彼女の手にあったのは書物と翼が描かれた徽章。
魔術学園が卒業生に送る、正規魔法使いの徽章だ。
「私は正規の魔法使い。わけあって、ここで勉強しているけれどね。今回の実習の任務は二つ、真剣を授業を受けること、それと危険な事態を起こしそうな者を監視すること。この件は校長に報告します」
「なんだと。しかし、校長に報告した程度で……」
冷たい目のままシルヴィさんはクメルに杖を向ける。
「なんなら、貴方はここで魔獣に殺されたことにしてもいいんですよ? というか、そうしましょうか? 貴方、たしか貴族の三男坊よね? 学園で事件を起こした犯人になるより、事件で勇敢に戦って死んだ方が、ご家族も困らないんじゃない?」
「…………ま、待て」
怯えたクメルの叫び。しかし、シルヴィさんの杖は徐々に光を帯びていく。
「嫌です。待ちません。ここで氷漬けになって死んでください」
「ちょっとメルヴィさん、脅かし過ぎだよ。やめて」
慌てて僕が割って入ると、訝しげな顔でシルヴィさんが言う。
「なんで止めるの? 彼は自分の家の権力に頼った上、いわれの無い差別でアイセス君や私が死ぬようなことを企んだ。当然の報いでしょう?」
「何もシルヴィさんが手を汚すことはないよ。それに、あんまりにも酷ければ、僕だって反撃してたよ」
クメルに対して思うところがないでもないが、ここでシルヴィさんが人殺しをするところは見たくない。たとえそれが彼女の魔女としての本性であるとしても。
そんな自分勝手な主張を理解してくれたのか、シルヴィさんは杖を下ろした。
「……わかりました。貴方達、アイセス君に感謝してください。命は見逃してあげます。…ただし、私個人として、罰は与えます」
呪文と共にシルヴィさんが杖を振った。止める間もない、一瞬の仕事だった。
クメルと女子生徒の額に魔法陣が浮かび上がった。
「な、何をした! 魔女め!」
「ちょっとした呪いよ。今後、貴方がアイセス君を害そうとしたら、全身に激痛が走るの。大したことないでしょ?」
「な、なんだと!」
「彼のおかげで命拾いしたのよ。安い代償でしょう?」
シルヴィさんの冷たい物言い。わかりやすい挑発に怒って拳を振り上げようとしたクメルを、女子生徒が止めた。
「クメル様……。素直に引き上げましょう」
いつも一緒にいる女子の顔を見て、クメルは表情を歪めた。
「……わかった。寛大な処置、感謝する。死ぬよりは……マシだ」
そう言って、クメル達は森の奥へと消えた。他の生徒たちと合流するために。
それを見届けてから、僕たちはその場で作戦会議を始めた。
「時間もないけれど。説明が必要よね。パギラ」
『おう、ここにいるぜ』
シルヴィさんに答えて、再びパギラが現れた。ずっと見ていたはずだ。全然気配はなかったけれど。
「えっと、その人? 幻獣……だよね?」
幻獣。幻の獣と呼ばれる希少存在。世界のどこかにあるという幻獣の森に住むと言われている。
一説によると幻獣の森は学園と同じく異界にあり、そこに至れるのは選ばれし者だけだとか
『流石学生だな。よく勉強してるじゃねぇか。俺は幻竜パギラだ。よろしくな』
体を明滅させながら、パギラはくるりと空中で一回転した。彼流の挨拶だろうか?
「パギラは私の一番仲良しの幻獣なの。だから、呼びかけに答えてくれた」
愛おしそうにパギラをなでるシルヴィさん。幻竜はそれを穏やかに受け入れていた。
その様子から二人の信頼関係が窺えた。
「シルヴィさんは普通の魔女だと思ってたよ」
「普通の魔女よ? 幻獣の魔女と種類なだけ。この魔法学園と同じように、世界と隔絶された空間にある、幻獣の森に迷い込んだ人間のなれの果てが私なの」
『シルヴィは子供の頃に幻獣の森に迷い込んでな。そこで過ごすうちに幻獣王から眼を授かった上で、世の中のことを学ぶためにこの学園に来たのさ』
それはかなり大変な話なのでは? と思ったが、仲睦まじい二人を見てはとても言い出せなかった。
「それは、先生達は知ってるの?」
幻獣の森は伝説の存在だ。そんな場所と関わりの深い人物がいるなんて大事だろうに。
「校長先生をはじめとして、何人かは事情を知ってるわ。私は幻獣達から魔法を教わったから、すごく偏ってるの。実力的にはすぐにでも魔法使いになれるってことで、徽章を頂いたんだけどね」
『ま、勉強するのはいいことだ。人間の友達もできたしな。少ないけど』
「パギラ、余計なこと言わない」
『…………』
パギラがぴたっと黙った。すごい。あんなに強い幻獣なのに。
「あの、今の説明で納得してもらえたかしら? もし不満なら、後でもっと詳しく説明するけど……」
そう言うシルヴィさんはちょっと不安そうだった。出自が出自だ、自分のことを話すなんて初めてのことだったのだろう。
「驚いたけど。まあ、なんとなく事情は把握したよ。それで、この後どうしようか? 僕たちも避難する?」
僕の問いにシルヴィさんは即答した。
「氷の魔獣を倒そうと思うわ。見てわかったけれど、あれは元は幻獣なの」
迷いの無い、明らかに既に決めていた回答だった。何となく、そう言うとは思ってたけど。
「わかった。って、幻獣? でも、理性とかなさそうだったけど」
幻獣は高い知性を持つとされる。パギラもそう見える。しかし、あの氷の魔獣には知性らしいものは見えなかった。
『あれは狂った幻獣だな。何が原因でそうなったかわからねぇが、どうしようもなく、おかしくなっちまってる』
「狂った幻獣は楽にしてあげるのが、幻獣王の眼を持つ私の使命なの。元々は、あの子を正常に戻す魔法陣を見るのが目的だったんだけどね」
『魔法陣があのままなら、あと1000年もすれば正気に戻ったんだがなぁ』
寂しそうにいうシルヴィと、仕方ねぇという様子のパギラ。
僕にとってはただの実習だけど、二人にとってはそうでもなかったわけか。
それはそれとして、気になることがあった。
「あの、失礼な言い方だけど。あれに勝てるの?」
「…………」
『…………』
二人とも、いきなり沈黙した。
「あ、ごめんなさい。二人なら大丈夫だよね」
『いや、いい質問だぜ。あの魔獣は手強い。俺とシルヴィだけじゃギリだな』
「そうね。あと何人か森から友達を呼ばなきゃ」
あのパギラの攻撃を見た後だと、簡単そうに見えたけど、そうでもないらしい。本当に面倒なのが目覚めちゃったな。
でも、シルヴィさんが幻獣を呼んでくれるなら、何とかなるかな?
そう考えていると、パギラが僕の目の前に来て言った。
『シルヴィは簡単に言ってるがな、幻獣を呼び出すためには眼を使わなきゃいけない。結構負担がかかるんだ』
「パギラ、何を……」
『アイセス、お前ならわかるんじゃないか?』
「……そうだね。わかるよ」
言いながら、僕は自然と自分の眼に触れていた。そうだよね、何も無いわけないか。
パギラは僕の前で、頭を下げながら言う。
『なあ、アイセス。力を貸してくれないか? お前の眼ならあの魔獣をどうにかできるだろ?』
それは懇願だった。多分、この幻獣はシルヴィさんを本気で心配している。
「何を言ってるの? これは私達の問題でしょう。アイセス君を巻き込むわけにはいかない」
「もう巻き込まれてるよ、シルヴィさん」
「あ……ごめんなさい」
頭を下げるシルヴィさん。素直なその姿が、クメルの前で見せた魔女らしい仕草と落差が大きい。
「謝ることじゃないよ。パギラ、君の言う通りだ。でも、僕はこの眼を使うのが怖いんだ。使うとどうなるかわからない、得体のしれない眼だから」
わかっているのは火の力に属することだけ。多分、火力は非常に強い。僕が望めば望んだだけの力を発揮すると思う。
『安心しろ。俺が使い方を教えてやる。しかも、あいつを倒した後にその眼の正体も教えてやろう。どうだ?』
「……本当に?」
嬉しいけど、あんまりにも唐突な申し出だった。
こんなに簡単に。こんなにあっさりと。僕が求めていた答えに到達できていいんだろうか?
「パギラ、嘘を言ってないでしょうね?」
疑わしい、棘のある声音で言うシルヴィさん。気持ちはよくわかる。
『あ、安心しろよ。アイセスの眼は俺達幻獣なら間違えようがないものなんだ。俺はつまんねぇ嘘はつかねぇよ』
シルヴィさんはため息を一つついた。
「アイセス君、パギラはこう見えて信用できる幻獣よ。竜は約束を守る種族なの。だからお願い、力を貸して貰えると嬉しいかな」
『頼むぜ。シルヴィの眼はあんま使わせたくないんだ』
「こら、アイセス君を心配させるようなこと言わないの」
『だってよお……」
何だか微笑ましい。
決めた。乗りかかった船というやつだ。
「わかった。僕に出来ることなら協力させてよ」
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
まじぼらっ! ~魔法奉仕同好会騒動記
ちありや
ファンタジー
芹沢(せりざわ)つばめは恋に恋する普通の女子高生。入学初日に出会った不思議な魔法熟… 少女に脅され… 強く勧誘されて「魔法奉仕(マジックボランティア)同好会」に入る事になる。
これはそんな彼女の恋と青春と冒険とサバイバルのタペストリーである。
1話あたり平均2000〜2500文字なので、サクサク読めますよ!
いわゆるラブコメではなく「ラブ&コメディ」です。いえむしろ「ラブギャグ」です! たまにシリアス展開もあります!
【注意】作中、『部』では無く『同好会』が登場しますが、分かりやすさ重視のために敢えて『部員』『部室』等と表記しています。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
モンスターバスター in 大江戸
はなぶさ 源ちゃん
ファンタジー
異世界召喚&大江戸風 アクションコメディです。
普通の高校生の水守巧人は異世界へ勇者として召喚された。
だが、そこはサムライや忍者、修験者や虚無僧が道端を往来する
時代劇風の不思議な世界であった。
巧人は他の二人の「異世界勇者」とともに
恐るべき敵から将軍家の姫を守りきり、無事に元の世界に
帰還できるであろうか!?
『 ゴメラ VS モンスターバスター 』スピンオフ作品ですが、
本編を読んだことがなくても十分楽しめます。
本編もかなり『おばか』ですが、そのさらに斜め上をいく『おばか小説』に仕上がっていると思います。
※第2部はシルクロードを舞台に『西◎記』の旅をなぞることになります。
ヒビキとクロードの365日
あてきち
ファンタジー
小説『最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ?』の主人公『ヒビキ』とその従者『クロード』が地球の365日の記念日についてゆるりと語り合うだけのお話。毎日更新(時間不定)。
本編を知っていることを前提に二人は会話をするので、本編を未読の方はぜひ一度本編へお立ち寄りください。
本編URL(https://www.alphapolis.co.jp/novel/706173588/625075049)
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
「強くてニューゲーム」で異世界無限レベリング ~美少女勇者(3,077歳)、王子様に溺愛されながらレベリングし続けて魔王討伐を目指します!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
作家志望くずれの孫請けゲームプログラマ喪女26歳。デスマーチ明けの昼下がり、道路に飛び出した子供をかばってトラックに轢かれ、異世界転生することになった。
課せられた使命は魔王討伐!? 女神様から与えられたチートは、赤ちゃんから何度でもやり直せる「強くてニューゲーム!?」
強敵・災害・謀略・謀殺なんのその! 勝つまでレベリングすれば必ず勝つ!
やり直し系女勇者の長い永い戦いが、今始まる!!
本作の数千年後のお話、『アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~』を連載中です!!
何卒御覧下さいませ!!
【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く
川原源明
ファンタジー
伊東誠明(いとうまさあき)35歳
都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。
そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。
自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。
終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。
占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。
誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。
3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。
異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?
異世界で、医師として活動しながら婚活する物語!
全90話+幕間予定 90話まで作成済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる