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しばらくしてカザリンが落ちついたので改めて説明させた。それも詳細に。
基本的には素材不足が問題のようだ。最初に話したとおり、原因はスケジュールと品不足。どうも、私に錬金具を作ってもらうつもりで、完成品を持ち込まなかったことが裏目に出たらしい。
多分これ、私が特級錬金術師になったお祝いと、仕事を回す気遣いの両方からの行動よね。本人は「現地で作った方が輸送面でも金銭面でもお得だからですわ」とか言ってたけど、本音ではないだろう。
「なんか、聞けば聞くほど開店時に錬金具が揃ってないのが大ごとに思えるんだけれど」
「そんなの、私が少し恥をかくだけですもの。大したことではありませんわ」
大商会が支店の開店に失敗するというのに、カザリンは堂々としたものだった。どんな経験をしたのか、学生時代にはなかった度胸の良さだ。
とはいえ、友人の仕事が最初から躓くのを見過ごすわけにはいかない。
「ちなみに、どんな錬金具を用意するつもりだったの?」
「おおがかりなものですと、『小さな海』『星ののぞき窓』『夢の在処』、実用品ですと、高級なポーションや武具類、それと高級な錬金具ですわね」
最初にあげた三つは、大金持ちの家や美術館なんかに置かれるタイプの錬金具だ。
名前の通りの場所を映し出したり、その場に再現する。『夢の在処』は想像した建物や場所を描くんだったかな。
「難しいやつなの、イルマ?」
「どれもレシピを知らないけれど、面倒な素材が必要な想像はつくわね。高級ポーションとか武具は何とかなるかもしれないけれど……」
「町の錬金具の店は、結構良い素材を保管しておりますものね。それはそれで動くつもりですわ」
すでにカザリンの方でも手を打っていたか。
ルトゥールは古い街だ、フェニアさんの店のような小さな錬金具の店でも貴重な素材を保管していることは多い。だから、実用品の方はある程度補えるかもしれない。
問題は、見た目に訴える派手な錬金具の方だ。客寄せになるくらい大がかりなものは、必要な素材が貴重な上に量が多かったりする。
「いっそお店の開店を遅らせればいいんじゃない?」
「それが難しいのですわ。ルトゥール支店はお爺様……商会長の発案でして。期間もギリギリで指定されましたの。実は、私の他に立候補者がいなかった案件ですのよ」
「そんな仕事でここに来てたんだ……」
カザリン、意外と勝負してるな。これは恐らく、自分の進退をかけてたりするんじゃないだろうか。そんな態度、おくびにも出してないけど。
「つまり、問題は人目を引く派手な錬金具なわけだ……」
「でも、そういうのは素材がないんでしょ? 取りに行けないの?」
トラヤの言うとおり、素材がなければ取りにいけばいい。つまり、比較的簡単に入手できる素材で派手なものを作ればいいわけだ。
ふと、錬金術の塔時代のことで思い出すことがあった。
「遠景の水晶球っていう錬金具があってね。親子になってる錬金具で、小さな子機に記録させた映像を親機に映し出すっていうものなんだけれど」
「記録の水晶板を発展させたもののようですわね」
さすがカザリン。錬金具で学院美少女コレクションとか作ってただけある。
「水晶板よりもだいぶ性能がいいの。水晶の中にうつった景色を自在に動かしたりできてね。色んな景色を持ち寄って、一室それで飾ったことがあったの」
厳しかった塔時代の数少ない明るい記憶だ。あれは結構長く展示されていたと思う。評判もよく、先生達もよく見物に来ていた。
「凄そうなものに聞こえるけど、イルマにも作れるってこと?」
「うん。たしかレシピがあったはずだし。無ければハンナ先生に問い合わせできる。たしか、作りやすいから、美術展でも使う予定が合ったとかどうとか」
その後のことは詳しく知らない。当時は勉強に一杯一杯で、人の作った錬金具のその後までは追いかけていない。
「それ、見たことありますわ。たしか、水晶球の大きさは調整できましたわよね。なら、できるだけ大きなものをいくつかに、周りに小型のものも置いたりして。冒険者に依頼して魔境の風景を撮ってきて貰えば……」
対面にいるカザリンは既に具体的な検討に入っていた。いけそうだ。
「水晶は大きく出来るけど、それはそれでまた素材の問題が出ちゃうわよ。大きくするなら、それなりのものが必要になるもの」
私が想定しているのは両手を広げて並べたくらいの水晶球だ。これなら、ルトゥールで集まる素材でどうにかできる。
「水晶が採れればいいなら、最近見つかった水晶の渓谷っていう魔境があるけれど」
言いながら、トラヤが先ほどまで見ていたリストを開いて渡してくれた。
そこには魔力の籠もった特殊な水晶の採れる魔境についての詳細が記されている。
「……いけるわね。これなら。ちょっと魔獣が心配だけれど」
「さすが魔境が活性化している町ですわ。ここはルトゥール最強コンビのお二人にお願いすれば、どうにかなりそうですわね」
ほっとした様子になったカザリンを見据えて、私は言う。
「何言ってんの。あなたも手伝うのよ。強いの知ってるから手伝ってもらうわよ」
カザリンの叫びが、私の工房内に響き渡った。
基本的には素材不足が問題のようだ。最初に話したとおり、原因はスケジュールと品不足。どうも、私に錬金具を作ってもらうつもりで、完成品を持ち込まなかったことが裏目に出たらしい。
多分これ、私が特級錬金術師になったお祝いと、仕事を回す気遣いの両方からの行動よね。本人は「現地で作った方が輸送面でも金銭面でもお得だからですわ」とか言ってたけど、本音ではないだろう。
「なんか、聞けば聞くほど開店時に錬金具が揃ってないのが大ごとに思えるんだけれど」
「そんなの、私が少し恥をかくだけですもの。大したことではありませんわ」
大商会が支店の開店に失敗するというのに、カザリンは堂々としたものだった。どんな経験をしたのか、学生時代にはなかった度胸の良さだ。
とはいえ、友人の仕事が最初から躓くのを見過ごすわけにはいかない。
「ちなみに、どんな錬金具を用意するつもりだったの?」
「おおがかりなものですと、『小さな海』『星ののぞき窓』『夢の在処』、実用品ですと、高級なポーションや武具類、それと高級な錬金具ですわね」
最初にあげた三つは、大金持ちの家や美術館なんかに置かれるタイプの錬金具だ。
名前の通りの場所を映し出したり、その場に再現する。『夢の在処』は想像した建物や場所を描くんだったかな。
「難しいやつなの、イルマ?」
「どれもレシピを知らないけれど、面倒な素材が必要な想像はつくわね。高級ポーションとか武具は何とかなるかもしれないけれど……」
「町の錬金具の店は、結構良い素材を保管しておりますものね。それはそれで動くつもりですわ」
すでにカザリンの方でも手を打っていたか。
ルトゥールは古い街だ、フェニアさんの店のような小さな錬金具の店でも貴重な素材を保管していることは多い。だから、実用品の方はある程度補えるかもしれない。
問題は、見た目に訴える派手な錬金具の方だ。客寄せになるくらい大がかりなものは、必要な素材が貴重な上に量が多かったりする。
「いっそお店の開店を遅らせればいいんじゃない?」
「それが難しいのですわ。ルトゥール支店はお爺様……商会長の発案でして。期間もギリギリで指定されましたの。実は、私の他に立候補者がいなかった案件ですのよ」
「そんな仕事でここに来てたんだ……」
カザリン、意外と勝負してるな。これは恐らく、自分の進退をかけてたりするんじゃないだろうか。そんな態度、おくびにも出してないけど。
「つまり、問題は人目を引く派手な錬金具なわけだ……」
「でも、そういうのは素材がないんでしょ? 取りに行けないの?」
トラヤの言うとおり、素材がなければ取りにいけばいい。つまり、比較的簡単に入手できる素材で派手なものを作ればいいわけだ。
ふと、錬金術の塔時代のことで思い出すことがあった。
「遠景の水晶球っていう錬金具があってね。親子になってる錬金具で、小さな子機に記録させた映像を親機に映し出すっていうものなんだけれど」
「記録の水晶板を発展させたもののようですわね」
さすがカザリン。錬金具で学院美少女コレクションとか作ってただけある。
「水晶板よりもだいぶ性能がいいの。水晶の中にうつった景色を自在に動かしたりできてね。色んな景色を持ち寄って、一室それで飾ったことがあったの」
厳しかった塔時代の数少ない明るい記憶だ。あれは結構長く展示されていたと思う。評判もよく、先生達もよく見物に来ていた。
「凄そうなものに聞こえるけど、イルマにも作れるってこと?」
「うん。たしかレシピがあったはずだし。無ければハンナ先生に問い合わせできる。たしか、作りやすいから、美術展でも使う予定が合ったとかどうとか」
その後のことは詳しく知らない。当時は勉強に一杯一杯で、人の作った錬金具のその後までは追いかけていない。
「それ、見たことありますわ。たしか、水晶球の大きさは調整できましたわよね。なら、できるだけ大きなものをいくつかに、周りに小型のものも置いたりして。冒険者に依頼して魔境の風景を撮ってきて貰えば……」
対面にいるカザリンは既に具体的な検討に入っていた。いけそうだ。
「水晶は大きく出来るけど、それはそれでまた素材の問題が出ちゃうわよ。大きくするなら、それなりのものが必要になるもの」
私が想定しているのは両手を広げて並べたくらいの水晶球だ。これなら、ルトゥールで集まる素材でどうにかできる。
「水晶が採れればいいなら、最近見つかった水晶の渓谷っていう魔境があるけれど」
言いながら、トラヤが先ほどまで見ていたリストを開いて渡してくれた。
そこには魔力の籠もった特殊な水晶の採れる魔境についての詳細が記されている。
「……いけるわね。これなら。ちょっと魔獣が心配だけれど」
「さすが魔境が活性化している町ですわ。ここはルトゥール最強コンビのお二人にお願いすれば、どうにかなりそうですわね」
ほっとした様子になったカザリンを見据えて、私は言う。
「何言ってんの。あなたも手伝うのよ。強いの知ってるから手伝ってもらうわよ」
カザリンの叫びが、私の工房内に響き渡った。
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