落第錬金術師の工房経営~とりあえず、邪魔するものは爆破します~

みなかみしょう

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 だいたいの場合、錬金術師の工房は入ってすぐの場所が店舗のようになっている。
 私の工房も例外ではなく、カウンターと簡単な接客スペースが用意されている。
 錬金具の販売はしていないので、日中の生活空間も兼ねているけど、お客様を迎える程度の用意は常にできている。主にトラヤの掃除のおかげで。

「はじめまして、トラヤです。魔法使いで、イルマと一緒にここに暮らしてます」

「カザリン・フロートですわ。噂に聞く魔法使いさんにお会いできて光栄ですわ」

 とりあえず、カザリンには中に入ってもらい、そこでお茶とお菓子を振る舞うことになった。
 フェニアさんのお店でもお茶してたけど、このくらいはいいだろう。仕事上がりだし、来客だし。

「噂って、どこで聞いたの? ルトゥールなんて田舎町の話」

 私の発言を聞いて、お茶の入ったカップを置いたカザリンが誇らしげに胸を張る。

「フロート商会の者ともなれば、情報は自然と入ってきますもの。それに、ルトゥールが田舎町だったのは少し前までの話、魔境が活性化してからは業界ではかなりの存在感ですのよ?」

「なるほど。商人間での情報ってわけね。それで、どんな噂なの?」

 嫌な予感がしつつも、聞かざるを得なかった。

「それは勿論、魔境で活躍する魔法使いとルトゥール最強の錬金術師の話ですわ。ドラゴンスレイヤー、おめでとうございます。……いつかやらかすと思っていましたわ」

「…………」

「やらかすってどういうこと?」

「イルマさんの趣味は爆破ですもの。学生時代から将来とんでもないものを破壊すると思っておりましたわ。趣味が世の中の役に立って良かったのが幸いですわね」

 地味に落ち込む私と、無邪気に質問するトラヤ。そしてどこか誇らしげに話すカザリン。誰にも悪気はない。なによりドラゴンスレイヤーはただの事実だし。

「? イルマさん、調子でも悪いのかしら?」

「イルマはルトゥール最強って呼ばれるのが嫌なんだよ。そういう錬金術師になりたいわけじゃないみたい」

「あれだけ爆破を研究していて今更なにを……。まあ、いいですわ。ほら、良いものを持って来たので元気を出してくださいまし」

 そう言ってカザリンは、持って来た小さな荷車を指さした。旅行用のもので、取っ手が伸びて、小さな車輪がついているものだ。どういうわけか、自分から開けようとしない。

「私が集めたトレーニング用品が入っていますわ。活用してくださいまし」

「やった! 見せて貰ってもいい?」

「もちろん。取り出して貰えると嬉しいですの。もう重くて重くて……」

 遠慮無く鞄を開けると、中から鉄アレイやら重いリストバンドなど、色々な器具が現れる。私からすれば宝の山だ。

「助かるわー。こっちにあんまり器具類持って来れなかったから」

「イルマは本当に鍛えるの好きだよね。夜中に腕立てしてるの見たときは目を疑ったよ」

 中の器具を確認しつつ外に出す私を見て、トラヤがそんなことを言った。話しているのは仕事で遅くなった後、ストレス軽減のために軽く運動した時のことだ。

「トラヤ、何度も言うけど、体を鍛えていれば、長く仕事ができるし、怪我も減るのよ。魔境での採取だって安全になる。その上健康にもいい。なにも問題ないじゃない」

 微妙な顔をしている相棒にはっきり言っておく。筋肉は生きる上で必要なものなのだ。

「イルマが元気なら、わたしはそれでいいよ。そうだ、カザリンさん、イルマの仕事を減らせないかな?」

「どういうことですの?」

 トラヤの明らかな話題変更に、カザリンはしっかり付き合ってくれた。思うところはあるが、私にとってもありがたい。

「魔境の活性化で仕事が多すぎてね。一日中ポーションばかり作ってるの」

 そう言って、私が日々作っている缶ポーションの話をする。

「缶でできたポーションですか。面白いですわね。今すぐ返事はできませんが、動けますわよ。私としてもイルマさんに自由な時間がないと困りますし。……特級になったのでしょう?」

「よく知ってるわね。つい最近の話なのに」

「色々と情報源があるのですわ。この町の支店を任されたので、なにかと頼むこともあるでしょうから、あなたが忙しすぎると困るんですの」

「じゃあ、フロート商会からも依頼が来るんだ。やったね、イルマ」

「あんまり無茶な依頼は受けないけれどね」

「もちろん、ルトゥール最強の錬金術師に相応しい依頼を致しますわ」

 なんだか魔境で魔獣と戦わされる依頼ばかり来る気がする。それは避けたい。

「それはそれとして、お願いがあるんですの」

 急に雰囲気を変えて、カザリンが神妙な様子になった。
 空気の変化に、私とトラヤも身構える。

「ルトゥール支店を作るのも、私が来るのも突発だったもので、まだ泊まる場所が決まってないんですの。お店も工事中ですし。どこか良いところを知りませんかしら?」

 そうだった。カザリンは勢いに乗ると何かを忘れて突っ走る女だった。優秀な秘書が必要なタイプなのだ。

「どうしよう、この工房、部屋はあるけど寝具はないのよね」

 しかも、もう時刻は夕方。慌てて買いに行くにしてもちょっと遅い。
 私が悩みだすと、カザリンが不安げな顔になった。これは私のベッドに寝て貰って、自分は寝袋でも使うべきか。
 そう考えたところで、トラヤが笑顔で発言した。

「それなら、わたしが前に下宿してた宿屋でいいんじゃない? 綺麗だし、安全だし。わたしが前に使ってた部屋、まだ使わせてもらえるはずだよ」

 それを聞いたカザリンがあからさまに表情を明るくした。

「ありがとうございます、トラヤさん。イルマさんとコンビを組めるのですから、さぞ素晴らしい方なのだと想像していたのですが、思った通りで嬉しいですわ」

「どういう意味よ、それは」

 学生時代、双方が振り回す関係だった癖に。
 私の抗議の声はよそに、そのまま話は進み、カザリンは無事にルトゥール初日の宿を得ることができたのだった。
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