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 カザリン・フロート。フロート商会の創業者の孫娘であり、錬金術師。
 錬金術学院では私の同級生で、共に勉強した仲だ。
 ところどころ教育が行き届いた所作が見られるお嬢様であると同時に、商人の娘らしいたくましさも併せ持った子だ。見た目はいかにもお嬢様という金髪の巻き毛で、ですわ口調で話す。

 錬金術師としての腕前は並程度だが、その知識は幅広い。
 これは実家にいる時から商品を勉強していたためで、商会ならではの知識を多く持つ。錬金術の腕前以上に、周りを引っ張るのが上手で、将来は実家で腕を振るうに違いないと確信したものだ。

「ふぅん。そんな子がこの町に来るんだ。なんで教えてくれなかったの?」

 フェニアさんの店からの帰り道、トラヤに一通り説明すると、微妙に抗議混じりの口調で不満を言われた。

「手紙が来たのが昨日で、読んだのがついさっきだったのよ」

 忙しくなければ昨日のうちに読んで、トラヤに話していただろう。

「それは、仕方ないね。でも、カザリンさんって人に頼めばどうにかなるんじゃないの?」

「相談には乗ってくれると思うんだけれど、どうかな。缶ポーションって新しいレシピだから、商会が量産してくれるかどうか」

 錬金術の塔における私の師匠、ハンナ先生が缶ポーションのレシピ考案者として私の名前で書類を出しているはずだけれど、あれはどうなったんだろうか。その辺りの処理がうまく済んでいないと、大きな商会で生産してもらえないと思う。

 レシピの権利関係に疎い私としては不安しかない。
 言い訳だけど、自分のレシピが塔に登録されて、権利が発生するなんてことは大抵の錬金術師には一生に一度も無いことだ。こんな珍しいケースに自分が該当するなんて想像もしてなかったから、仕方ないのである。

「なんにも良い材料がないより全然いいと思うよ。わたしは」

「トラヤは前向きだね。私も見習うよ」

 難しい相談は実際にカザリンに会ったら考えよう。彼女の方が知識と経験があるから、何かしらの道筋は示してくれるはずだ。
 そんな風に心の中で決めて、見慣れた工房に荷車と一緒に向かっていく。

「あら……」

「あれ?」

 私とトラヤは、工房の前で足を止めた。
 見慣れた石造り、二階建ての錬金術師の工房。真新しい釜と箒の意匠の看板が目を引くその建物の前に人影があった。

「トラヤ、知ってる人?」

「ううん。お客さんが来る予定はないよ」

 私も来客の予定は無い。だけど、工房の前にいる人の佇まいに見覚えがあった。
 やってきた私達に気づかず、工房の扉を見つめるその人は、女性だった。背中まで伸びた流れるような金髪が印象的な、すらっとした長身。
 着ている赤が基調の服は錬金術師の服を日常向けにアレンジしたもの。見る人がみなければ錬金術用とはわからない、仕立ての良い品だ。

 そしてなにより、髪につけた花を模した飾りが目を引く。
 花の飾りは、学生時代から彼女がいつも身につけていたものだ。
 
 髪型は違うが、彼女を見間違うはずが無い。
 私は後ろから近づいてそっと声をかけた。

「あの、もしかして、カザリン?」

「ひぇっ! び、びっくりした! もっと穏やかに声をかけてくださいまし!」

 驚き顔と共に振り返ったのは、数年前まで毎日のように顔を合わせていた人物だった。
 我が強そうな力強い眉に、優しい目元。螺旋を描く金髪はなくなっているが、見た目の印象はあまり変わらない。

「久しぶりね、カザリン。私とトラヤの工房にどんな御用かしら?」

「同級生に挨拶に来たんですのよ。当然のことでしょう」

 なにを当たり前のことをとばかりに息を吐きつつ、カザリンは改めて笑みを浮かべた。

「お久しぶりですわ。イルマさん。お元気そうでなによりです。お会いしたかったですわ」

 二年ぶりに会う同級生は、記憶から少し大人びた笑顔でそう私に挨拶してくれた。
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