上 下
57 / 82

57.

しおりを挟む
 それから少し時間が過ぎたある日のこと。

「どうだ。これで良い感じだと思うんだが」

「ちょっと右に傾いてるかも、そう、そんな感じ、そう」

「ふむ。なかなか難しいな……」

 目の前で作業をするセラさんとフェニアさん。仲良くやっているのは良いけれど、どうにも進みが悪いようだった。

「あの、専門の人にやって貰った方が良かったんじゃないですか?」

 思わずそう言うと二人は完璧に同じタイミングで振り返ってこちらを見てきた。

「そうだけど、せっかくだから自分達の手で取り付けてお礼にしたいのよ!」

「一応、私は冒険者だからこういうのに経験がある。……大分前だが」

 なるほど。自分で発注したい作業だから自分で完遂したいということか。理解はした。
 ここは私の工房前。もっと言うと玄関のすぐ横。
 二人がなにをしているのかというと看板の取り付けである。

 おば様が回復した後、お礼を拒み続けた私にフェニアさんがせめてと提案してきたのがこれだった。
 
 工房の看板がないのは問題だと思っていたし、これでフェニアさんの気が済むならいいかなと思い、私は了承したという流れである。
 まさか取り付けまでするとは思わなかったけれど。

「よし、これでどうだ!」

「いい! ばっちりよセラさん!」

 どうやら上手くいったらしい。近寄って、二人の間から工房の主として出来上がりを確認する。
 扉の横についた金属製の看板には大きな釜と杖が意匠されていた。

「あ、凄くいいかも」

 まさに私の工房だ。この看板がある限り、ここの工房はそういうところだと扱われるだろう。

「そうでしょそうでしょ。特注した甲斐があったわー!」

「実にこの工房らしいと思う。きっとこれから忙しくなるな」

 二人とも満足気に頷いている。一瞬、前衛的なものを作らないか心配したけど、これは頼んで良かったかも。

 私も一緒になって満足していると、ドアが開いてトラヤが出てきた。

「みんなー、ご飯できたよー。あ、看板ついたんだね! 綺麗!」

 看板を見てはしゃぎ出すトラヤ。年相応というか、相変わらずの素直さだ。

「この看板、釜は錬金術師の私で、杖は魔法使いのトラヤなんだけど。いいの?」

「? 当たり前じゃん。あたしはイルマと一緒に仕事してるってわかりやすいくていいと思うよ」

 怪訝な顔で、当然のように返された。
 トラヤは別に工房にいつもいるわけじゃないから、難色を示すかと思ったんだけど。まあ、今更か。
 そんなことを考えていたら、なんかにやにや見てるフェニアさん達が目に入った。なんなんだ。

「看板がないのは問題かなって思ってたから助かります」

「うん。これからもどんどん頼ってね。私頑張っちゃう」

「ああ、ルトゥールはしばらく賑やかになるから忙しいだろうしな。私も微力ながら力を貸そう」

 二人の言うとおり、これからしばらくルトゥールが忙しくなりそうだ。
 『ドラゴンのいる魔境』から『ドラゴンのいた魔境』へと変わったあの場所は、広くて豊かだ。今や周辺から冒険者達が集まってきて、町中が活気づいている。

「トラヤはいいの? 下宿先の手伝いあるんでしょ?」

「それなんだけどさ。最近お客さんが増えて、あたしが格安で部屋を使ってるのが悪い気がするんだよね。仕事も冒険者中心になってるし、物も増えてるから、どこか部屋を探そうかと思ってるんだ」

 そういえば、トラヤの下宿はそんなに広くない。当初は下宿の手伝いをよくしていたけれど、最近の彼女は実質冒険者だ。ついでに殆どうちの工房にいる。

「良いところがなかったら、うちに来なよ。部屋余ってるし」

「いいの!? むしろ是非お願いしたいんだけど! ちゃんと家賃も払うし、家事もするよ!」

 思った以上に食いついてきた。もしかして、ちょっと期待されてた?

「え、ほんとにいいの? 私と一緒だよ?」

「いいに決まってるじゃん! 一番一緒に仕事する人なんだから!」

 そうだったのか。いや、その通りか。たしかに一緒に暮らす方が色々と捗りそうだな。家事してくれるし。いや、ちゃんと分担しないと駄目だそこは。

「じゃあ、後で色々相談しよう」

「うん。よろしくね!」

 輝くような笑顔を見て、あまり頼りになりすぎないように気を付けようと思った。
 
「トラヤさん、ご近所に来てくれて嬉しいわ。今度可愛い服とか仕入れるから是非来てね」

「素晴らしい。私も呼んでくれ。実は記録を残す錬金具の新型がそろそろ届くんだ」

 横で死ぬほど楽しそうに話を聞いていたフェニアさんとセラさんがそんなことを言ってきた。

「なにそれ面白そう!」

「二人とも、程ほどにしてくださいね」

 念のため、自分もついていこう。変な服とか着せられないか心配だ。
 その場で軽く話していたら、工房に向かって歩いてくる人影が見えた。
 
「リベッタさん。わざわざありがとうございます」

「いいのよ。呼んでくれて嬉しいわ」

「ドラゴンを倒せたのは殆どリベッタさんのおかげですもん」

 今日はおば様の快気祝いと私の工房の看板設置の記念、ついでに私がドラゴンスレイヤーに認定されてしまったことをまとめて祝う日なのだ。

 当然、師匠であるリベッタさんも呼んだ。迎えに行こうと言ったのだけれど、散歩がてら歩いてくると言われてこうなったのである。

 そろそろ室内に入ってもらおうかなと思ったら、工房の扉が開いた。

「トラヤさん。皆を呼びに行ったと思ったら話してたのね。ずるいわ、おばさんだってお話したいのに」

 困ったように言うのは、すっかり顔色の良くなったおば様だ。『ドラゴンの魂』を飲んで以来、これまでの姿が嘘のように元気に働いている。それでフェニアさんが困るほどだ。

「話なんて、これからいくらでもできるじゃない」

「そうね。……リベッタさん、色々とありがとうございます」

「気にしないで。元気になって良かったわ」

 おば様とリベッタさんが和やかに挨拶を交わした。商売で顔見知りであるリベッタさんもおば様の体調のことは気になっていたらしい。ただ、素材は高価だし、自分は高齢だしで手出しできなかったそうだ。

「みんな、料理の準備できてるわよ。久しぶりに全力で腕を振るったから食べていってね」

 今日はおば様の得意料理の数々が披露される日でもある。大量の食材を運び込んで、トラヤと一緒に台所で忙しそうに動いていた。私は戦力外なので外の作業を眺めていたんだけどね。

「じゃあ、みんな、中に入ってください。ようこそ、私とトラヤの工房へ」

 声をかけると、リベッタさんを先頭に、みんなが工房に入っていく。
 最後にトラヤが中に入ったのを見届けてから、私も扉の向こうへ足を向ける。
 
 室内にはこの日のために持ち込んだ長机の上に大量の料理が並び、皆が席に着いていた。
 私は、一瞬だけ外に出て看板を見た。
 新品で綺麗なそれは古い工房に不思議と似合っている。

 私が失意と共にここに来た日、とても寂しい場所に見えたな。

 思い通りにならない自分、知り合いのいない土地、先行きのわからない未来。

 でも、今はこの町が、私の居場所だ。

 私は扉を閉めて、みんなが待つ室内に入って言う。

「さあ、はじめましょう!」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。

町島航太
ファンタジー
 かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。  しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。  失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。  だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

転生5回目!? こ、今世は楽しく長生きします! 

実川えむ
ファンタジー
猫獣人のロジータ、10歳。 冒険者登録して初めての仕事で、ダンジョンのポーターを務めることになったのに、 なぜか同行したパーティーメンバーによって、ダンジョンの中の真っ暗闇の竪穴に落とされてしまった。 「なーんーでーっ!」 落下しながら、ロジータは前世の記憶というのを思い出した。 ただそれが……前世だけではなく、前々々々世……4回前? の記憶までも思い出してしまった。 ここから、ロジータのスローなライフを目指す、波乱万丈な冒険が始まります。 ご都合主義なので、スルーと流して読んで頂ければありがたいです。 セルフレイティングは念のため。

レジェンドテイマー ~異世界に召喚されて勇者じゃないから棄てられたけど、絶対に元の世界に帰ると誓う男の物語~

裏影P
ファンタジー
【2022/9/1 一章二章大幅改稿しました。三章作成中です】 宝くじで一等十億円に当選した運河京太郎は、突然異世界に召喚されてしまう。 異世界に召喚された京太郎だったが、京太郎は既に百人以上召喚されているテイマーというクラスだったため、不要と判断されてかえされることになる。 元の世界に帰してくれると思っていた京太郎だったが、その先は死の危険が蔓延る異世界の森だった。 そこで出会った瀕死の蜘蛛の魔物と遭遇し、運よくテイムすることに成功する。 大精霊のウンディーネなど、個性溢れすぎる尖った魔物たちをテイムしていく京太郎だが、自分が元の世界に帰るときにテイムした魔物たちのことや、突然降って湧いた様な強大な力や、伝説級のスキルの存在に葛藤していく。 持っている力に振り回されぬよう、京太郎自身も力に負けない精神力を鍛えようと決意していき、絶対に元の世界に帰ることを胸に、テイマーとして異世界を生き延びていく。 ※カクヨム・小説家になろうにて同時掲載中です。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件

有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!

外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。 しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。 『ハズレスキルだ!』 同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。 そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』

処理中です...