上 下
37 / 82

37.

しおりを挟む

○○○

 組合の奥の方に行くと緊急事態だからか慌ただしく動いている職員さん達がところどころで目に入った。全体的にのんびりした雰囲気だった少し前との差が凄い。

 私達が案内されたのは空いている会議室の一室。お姉さんが退室すると、すぐに一人の女性が入ってきた。
 短い黒髪にきつい目つき、それに長身のいかにも厳しくて仕事のできる雰囲気の女性だ。服装もかっちり決まっている。
 女性は私達の前に来て軽く一瞥すると見た目通りのはっきりした口調で話し始めた。

「組合長のカリンだ。現状を一番把握しているのが私なので直接説明に来た。時間もないので手短にいくぞ」

 まさかこんなことで組合長さんと会うことになるとは思わなかった。私とトラヤは背筋を伸ばして話に備える。

「事態が起きたのは昨日の調査中だ。調査隊が進み出た新たな魔境で、ドラゴンに遭遇した」

「ドラゴン!?」

「そう。ドラゴンだ。幸い、今回の救助にそれは関係ない。調査隊は熟練だ、ドラゴンの姿を確認して、気づかれる前に撤退した。そして、撤退中、突如発生した新たな魔境に捕らわれたとのことだ」

「新たな魔境? それってどんな?」

 トラヤの問いに、カリンさんはよどみなく答える。

「規模が小さく、工房のような建物が一軒ある魔境だ。問題は合成魔獣(キメラ)が複数いたことでな。奇襲を受けて数名が負傷。君達も知るセラと二名が時間を稼いでいる間に、負傷者を連れて脱出と報告に成功したという流れだ」

「合成魔獣ですか。数はどれくらいですか?」

「わからない。詳しく調査する前に撤退したからな」

 私の問いに答えた後、カリンさんはトラヤに目を向けた。

「魔法使いである君なら、なにかしらの見当がつくんじゃないかと思うのだが、どうだ?」

 なるほど。組合長さんという偉い人が来たのは、トラヤからの情報が欲しかったのもあるのか。救助に向かうにしても手がかりは多いほど良い。
 トラヤは少し考えてから、彼女らしくない、ゆっくりとした口調で考えを述べ始めた。

「合成魔獣がいて、小さな魔境なら、五匹もいないと思う。魔獣を作るのは手間も世話も大変だから。それに、合成魔獣の研究が流行ってたのはかなり昔だから、魔境自体が放棄されて弱ってると思う」

「それは、魔獣達も弱っているということかな?」

「多分。主人の魔法使いが出てこなかったみたいだし、それなら合成魔獣はゆっくり衰弱する。最終的に魔境ごと消滅するはずだけど」

「消滅までの時間はどのくらいかわかるか?」

「何十年単位だと聞いてるよ。今日明日じゃない」

 そこまで聞くと、カリンさんは軽く息を吐いた。

「つまり、悠長に待っている時間はないということか。ありがとう。非常に貴重な情報だ。念のため聞くが、ドラゴンがやって来る可能性は?」

「それはないよ。ドラゴンは自分の魔境が縄張りだから、そこから出ることはない」

 トラヤの断定的な口調にカリンさんが安心したように頷いた。

「イルマ氏、トラヤ氏とコンビとして冒険者をやっているそうだが、救助隊への参加は大丈夫なのか?」

 突如、心配するような口調で私に話の矛先が向いた。カリンさんは相変わらず強い視線でこちらを見てくるが、その中に私を心配する感情が見え隠れしているように見えた。

「大丈夫です。私もトラヤも魔境に出ていますし。なによりトラヤの勘は魔境で頼りになります」

「イルマの錬金具も凄いよ。多分、キメラくらいなら簡単に黒焦げにしちゃうんじゃないかなぁ?」

 フォローのつもりか、イルマがそんなことを付け加えた。なんだか私が物騒な人みたいじゃないか。できるけど。

「わかった。二人の同行を認めよう。出発時刻は明日の早朝。こちらは救助隊の規模は六名。急ぎだが、準備を整えてくれ。経費は後で組合に請求しても構わない。……常識的な範囲でだぞ」

 経費のところで私の顔がにやけたのを見逃さなかったらしく、カリンさんがしっかり釘を刺してきた。どさくさに紛れて色々素材を買い込むのを警戒したんだろう。錬金術師あるあるだ。

「わかりました。すぐに準備を始めます」

「トラヤ氏もできればイルマ氏の工房に居てくれ。こちらから用件ができたら使いを寄越す」

「わかった。イルマ、急いで準備しよう! 爆弾とか作るんでしょ?」

 トラヤにひどく物騒なことを問いかけられたが、その通りなので私は特に反応しなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...