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 錬金術師の工房というのは店舗も兼ねている。私の家も当然そういう造りになっていて、トラヤとの雑談場所になっている入ってすぐの空間がそれにあたる。

 今のところ私の工房に直接依頼にやってくる顧客はいない。看板も出していないし、大っぴらに仕事を受けようともしていない。そもそもフェニアさんの店と冒険者組合からの依頼をこなせばほぼ手一杯なのでこれでいい。

 そう思って暮らしていたのだけれど、ついに私の工房にお客様がやって来る日が来た。

 私とトラヤが冒険者組合で依頼を確認して、これからの採取の相談をしていた時だった。
 玄関がノックされて、返事をすると客人が入ってきた。

「失礼する。ここはイルマさんのアトリエで合っているだろうか?」

 入ってきたのはすらっとした美人さんだった。背が高く、短めの濃い茶色の髪の毛と瑪瑙色の瞳、着ている白と紫の鎧がよく似合っている。
 鎧といい腰から下げた長剣といい冒険者かそれに類する人だと言うことは一目でわかった。
「イルマは私ですけれど。どのようなご用件でしょうか?」

「良かった……。看板もなかったんで不安だったんだ。私はセラ。フェニアという方の店でこれのことを聞いたらこの場所を紹介されてね」

 そう言ってセラさんが背負った袋から取り出したのは缶ポーションだった。

「あ、イルマの作った缶のポーション」

 トラヤの発言にセラさんは頷き、にこやかに語る。

「私は冒険者組合の依頼で派遣された魔境調査隊の所属でね。たまたま見かけたこの金属容器のポーションが気に入ったんだ」

 なんと、噂の魔境調査隊の人だったとは。しかも、私の作品に興味が。これは嬉しい。

「最近レシピを思いついて作ったものです。できれば使用感なんかを教えて頂けると嬉しいです」

「あ、椅子椅子。どうぞ」

 私が話し出したのに気を利かせて、トラヤが使っていない椅子を持って来てくれた。セラさんは「では、遠慮無く」とにこやかに答えると着席する。

「実は今日調査から帰ったばかりでね。思ったより使い勝手が良かったんで追加で製造をお願いしたくてやってきたんだ」

 作って一週間くらいでまさかの個人依頼。これは思ったより良い物を作ってしまったかな。缶ポーションは個人的に気に入っているので請け負いたいところだけれど、魔境調査隊の人というのがちょっと気になる。あんまり高度なポーションを求められると素材がない。

「では、改めて。この缶ポーションの製造をお願いできないだろうか。できれば調査の度に補充したいんだが」

「えっと、いいんですが、高度なポーションでは作ったことがありません。レシピがないので、よくある治癒ポーションと快癒のポーションくらいになってしまいますが」

「構わない。快癒のポーションが助かるな」

「それと、フェニアさんのお店への納品や冒険者組合の依頼もあるので大量生産も無理ですけれど」

「それも構わない。噂には聞いているよ。この町では『錬金術の塔』から来た錬金術師が魔法使いと組んで活躍していると」

 噂になってるのか。採取とか町の設備の点検とか地味なことしかしてないのに。

「それはトラヤ。こちらの魔法使いの子が目立つからですね。私は普通の錬金術師ですから」

「そんなことないよ。イルマも組合じゃ有名だよ。隙あらば採取中に魔獣ごと爆破するって」

「私もその話は聞いたな。とりあえず爆裂球を投げるとか」

「…………」

 そんなに爆破したかな。一採取に二回くらいのはずだけれど。

「わかりました。普通のポーションよりちょっと高くついちゃいますけど、いいですか?」

「ありがとう。助かるよ。調査から帰る度に補充をお願いすると思う。簡単な要望などをしてもいいかな?」

「できそうなことなら。……魔境の調査、結構大変なんですか?」

 素速く商談がまとまりそうなのはいいけれど、魔境の調査について気になった。調査隊の動向はきっと私達には影響がある。是非聞いておきたい。

「そうだな、『四節の森』の向こうに未知の魔境が現れている。魔獣が多いが今のところ手に負えないほどではない。話せるのはこんなところかな」

 話しぶりからするとセラさんは問題ない範囲の情報を伝えてくれたようだった。具体性に乏しい話だし、きっと真実だろう。
 
「どうしたの、トラヤ?」

 見れば、隣に座るトラヤが少し深刻な顔をしていた。

「魔獣が多い未知の魔境……。わたしも手伝った方がいいかな」

 いつになく真面目な顔で意外な言葉を口にするトラヤ。
 
「どうしたの? 普段は魔境方面の依頼は採取くらいしか受けないのに」

「修行中とはいえ魔法使いだからね。危険な魔境を見つけたら対処するようにってお師匠様に言われてるんだ」

 なるほど。魔法使いの世界にも色々と決まり事があると聞いてるけど、その一つか。

「魔境は魔法使いが作ったというし、頼りになりそうだ。隊長に伝えておこう。もしかしたら、本当に依頼するかもしれない」

「その時はイルマも一緒でよろしくね」

「えっ、私も?」

「イルマは強いし頼りになるから。駄目かな?」

 不安げな顔でトラヤが私を見上げて言ってきた。

「いいよ。一緒に行く。二人なら大丈夫だと思う」

 リベッタさんからトラヤの面倒を見るように言われているし、私も魔境の状況は気になる。この目で確認できるのなら助かる。

「……これが友情か。……尊い」

「何か言いましたか?」

「いやなにも」

 私達のやり取りをしながら満面の笑みを浮かべていたセラさんが小声で何事か呟いていた。良く聞こえなかったけれど。

「話がまとまった上に、頼もしい調査の協力者の約束までできて重畳だ。缶ポーションは十本ほどお願いしたいのだけど、いつできるかな?」

 言われて私は工房内の在庫を思い出す。大丈夫、材料は足りている。

「それなら明日にでも。組合に届ければいいですか?」

「それで頼む。私から話を通しておこう。それと、迷惑で無ければ時々ここに来てもいいだろうか?」

 遠慮がちに聞いてきたセラさんに私は笑顔で答える。

「いつもいるとは限りませんが。それで良ければ。できれば魔境の話なんかを聞かせて貰えると嬉しいです」

「それは良かった。土産話を持ってこれるように頑張ろう」

 そう答えると、セラさんは上機嫌に去って行った。
 魔境調査隊のお客様か。お得意様になってくれるよう頑張ろう。

「ねぇイルマ。調査隊って少人数なんだよね?」

「私はそう聞いているけれど」

 具体的な人数は聞いていないけれど、少人数の調査隊というと十人いないだろう。規模的に優秀な冒険者パーティーと変わらないはずだ。

「魔境が活性化してるとなると、ちょっと心配かな」

 精鋭だから大丈夫よ、と言いかけて私は思いとどまった。
 魔法使いの勘は良く当たるのだ。
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