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信じられない光景を見た。
魔獣の咆吼を聞いて現地に向かった私の前に、にわかには信じがたい存在が居た。
不意打ち狙いで森の中をゆっくりと進んで様子を見た瞬間、最初に目に飛び込んできたのは、黒い毛皮の狼のような魔獣が二匹と対峙する女の子が一人。
魔獣の方は問題ない。よくいるやつだ。冒険者なら対処も難しくない。
問題は女の子の方だった。
背中まで伸びた長い黒髪。小柄な体躯に黒い瞳。
薄い赤色と黒という配色の服装は、体の可動部を動かしやすいように加工されていて、防護のためか胸の辺りに厚みがある。
何より問題は、女の子が持っている杖にあった。
先端の宝玉がついた、細長い木製の杖。
あれは、錬金杖じゃない。作りが違う。
……あの子、魔法使い?
そう推論して。茂みの中で息を潜めながら、私は観察を続行する。
ローブから魔境計を出して、様子を見守る。
声が聞こえた。
「もうっ。やっと見つけたところだったのに!」
外見相応の鈴の鳴るような声で、怒りの口調と共に杖を掲げた。
先端の宝玉が輝いた。
すかさず私は魔境計を見る。
一瞬だけ、火属性の針が回転を止めて、大きく揺れた。
間違いない。魔法だ。錬金術の産物では、こんなわかりやすい反応はしてくれない。
「邪魔だよっ! 消えちゃえ!」
可愛い叫び声と共に、杖の先端から炎の槍が二つ、射出された。
唐突な上にかなりの速度で飛び出した炎の槍は、真っ直ぐに二匹の魔獣へと向かう。
「アアアアアアア!」
槍の一つは反応できなかった魔獣に直撃。そのまま火だるまになって断末魔が上がった。
問題はもう一匹の魔獣だった。そちらは魔法にギリギリのところで反応した。
狼のような外見通り、魔獣は俊敏な動作でその場で飛び退いたのだ。
炎の槍もただ真っ直ぐ飛ぶだけじゃない。驚いたことに、魔獣の動きに合わせて行き先が変わった。
炎は魔獣の足をかすめて、地面に直撃して小さめの火柱を上げるに留まった。
「ウウウゥ!」
足一本に火傷を負った魔獣は、怒りの形相で威嚇する。
「うそっ。やっぱり調子悪い……っ」
慌てて杖を掲げる女の子。だけど、先ほどと違って、先端の宝玉の光が弱い。
ここまで聞こえた発言を素直に受け取るなら、あの魔法使いの女の子は何らかの不調を抱えているようだ。
これはまずい。危険だ。
そう判断した瞬間、自然と体は動いた。
ローブの中のポケットから錬金具を一つ取り出す。
球形の金属に覆われた錬金具で、先端に小さな宝玉がついたもの。
爆発球と呼ばれる、攻撃用の錬金具だ。レシピはポーションに近いけれど、分類が異なるので爆発ポーションとは呼ばれない。
錬金杖を取り出し、先端の宝玉同士を軽くつけると、それぞれが淡く輝く。
これで起動は完了。あとは私の意志でこれは爆発する。ちょっとした魔法使い気分だ。
「そこの人! 動かないで!」
茂みから立ち上がると、私は大声で叫ぶと同時に、爆発球を魔獣目掛けて投擲した。
目の前の獲物に夢中で私の存在に気づいていなかったのだろう。
魔獣は驚いた様子でこちらを凝視していた。
そして、私の投げた爆発球はすぐ目の前に到達。
「吹き飛べ!」
声に答えるように、爆発球は近くに居た魔獣を巻き込む形で人間半分くらいのサイズの火球へと転じた。
火球はそのまま膨れあがり、轟音と熱を放った後に消え去る。
「うわっ。あっつ!」
顔に熱気と衝撃波が届いたのだろう、魔法使いの女の子が驚いていた。
私は久しぶりに味わう心地よい感触にちょっと満足していた。やはり爆発はいい。
見れば、魔獣は上半身が消し飛び、黒焦げの下半身だけを残していた。
練習も兼ねて火属性強めに作ったせいか、いつもより威力が大きい。まだまだ練習が必要だ。
錬金具に対する評価と反省は後だ。まずは何より先に、問題に対処せねば。
「ごめんなさい。すぐに助けられたら良かったんだけれど……」
女の子に遠慮がちに話しかける。
正直、緊張する。魔法使いというのは大体が気難しい人が多いとされる。
それもそのはず、彼らは『選ばれた人』なのだから。普通の人々にはできない魔法を操り、世界の理(ことわり)をねじ曲げ、気まぐれに恵みや災いをもたらす。
そんな魔法使い達は私達『普通の人』に対して偏見を持たずにいられない。
多くの物語で魔法使いの性格は時に良く、時に悪く語られている。
そして魔法使いから技術を学んだ錬金術師は、歴史的に彼らとの関わりが深く、多くの記録を持っている。
その結果、幼少期から錬金術師の学院では『魔法使いとの接触は細心の注意を払うこと』と教わるのだ。
目の前で魔獣と戦っていたこの子も、一見普通の女の子だが油断はできない。油断するととんでもないことを言い出したり、やったりするかもしれない。
慎重にいかなければ。
そんな私の内心をよそに、女の子は目の前まで来ると、ぺこりとお辞儀をして言った。
「助けてくれてありがとうございます! わたしはトラヤ! 最近この町に来た魔法使いなの。あなた、錬金術師さんよね? 色々教えてもらったり、助けて欲しいことがあるんですけど、いいですか?」
緊張した様子で早口で話す彼女は、外見相応の女の子という感じだった。
「…………」
「あ、あの。すいません。錬金術師の人と会うの初めてで。その上助けて貰ったから色々説明しなくちゃなって……」
黙ってる私に不安になったのか、気弱な口調でトラヤはそう続けた。
「私はイルマ。とりあえず、落ち着いて話をしましょうか」
なんか、思ってたのと違う。いや、話しやすそうなのは助かるけれど。
とりあえず、この魔法使いの女の子の話を聞くべきだ。
そう判断した私はリュックをその場に置いた。
魔獣の咆吼を聞いて現地に向かった私の前に、にわかには信じがたい存在が居た。
不意打ち狙いで森の中をゆっくりと進んで様子を見た瞬間、最初に目に飛び込んできたのは、黒い毛皮の狼のような魔獣が二匹と対峙する女の子が一人。
魔獣の方は問題ない。よくいるやつだ。冒険者なら対処も難しくない。
問題は女の子の方だった。
背中まで伸びた長い黒髪。小柄な体躯に黒い瞳。
薄い赤色と黒という配色の服装は、体の可動部を動かしやすいように加工されていて、防護のためか胸の辺りに厚みがある。
何より問題は、女の子が持っている杖にあった。
先端の宝玉がついた、細長い木製の杖。
あれは、錬金杖じゃない。作りが違う。
……あの子、魔法使い?
そう推論して。茂みの中で息を潜めながら、私は観察を続行する。
ローブから魔境計を出して、様子を見守る。
声が聞こえた。
「もうっ。やっと見つけたところだったのに!」
外見相応の鈴の鳴るような声で、怒りの口調と共に杖を掲げた。
先端の宝玉が輝いた。
すかさず私は魔境計を見る。
一瞬だけ、火属性の針が回転を止めて、大きく揺れた。
間違いない。魔法だ。錬金術の産物では、こんなわかりやすい反応はしてくれない。
「邪魔だよっ! 消えちゃえ!」
可愛い叫び声と共に、杖の先端から炎の槍が二つ、射出された。
唐突な上にかなりの速度で飛び出した炎の槍は、真っ直ぐに二匹の魔獣へと向かう。
「アアアアアアア!」
槍の一つは反応できなかった魔獣に直撃。そのまま火だるまになって断末魔が上がった。
問題はもう一匹の魔獣だった。そちらは魔法にギリギリのところで反応した。
狼のような外見通り、魔獣は俊敏な動作でその場で飛び退いたのだ。
炎の槍もただ真っ直ぐ飛ぶだけじゃない。驚いたことに、魔獣の動きに合わせて行き先が変わった。
炎は魔獣の足をかすめて、地面に直撃して小さめの火柱を上げるに留まった。
「ウウウゥ!」
足一本に火傷を負った魔獣は、怒りの形相で威嚇する。
「うそっ。やっぱり調子悪い……っ」
慌てて杖を掲げる女の子。だけど、先ほどと違って、先端の宝玉の光が弱い。
ここまで聞こえた発言を素直に受け取るなら、あの魔法使いの女の子は何らかの不調を抱えているようだ。
これはまずい。危険だ。
そう判断した瞬間、自然と体は動いた。
ローブの中のポケットから錬金具を一つ取り出す。
球形の金属に覆われた錬金具で、先端に小さな宝玉がついたもの。
爆発球と呼ばれる、攻撃用の錬金具だ。レシピはポーションに近いけれど、分類が異なるので爆発ポーションとは呼ばれない。
錬金杖を取り出し、先端の宝玉同士を軽くつけると、それぞれが淡く輝く。
これで起動は完了。あとは私の意志でこれは爆発する。ちょっとした魔法使い気分だ。
「そこの人! 動かないで!」
茂みから立ち上がると、私は大声で叫ぶと同時に、爆発球を魔獣目掛けて投擲した。
目の前の獲物に夢中で私の存在に気づいていなかったのだろう。
魔獣は驚いた様子でこちらを凝視していた。
そして、私の投げた爆発球はすぐ目の前に到達。
「吹き飛べ!」
声に答えるように、爆発球は近くに居た魔獣を巻き込む形で人間半分くらいのサイズの火球へと転じた。
火球はそのまま膨れあがり、轟音と熱を放った後に消え去る。
「うわっ。あっつ!」
顔に熱気と衝撃波が届いたのだろう、魔法使いの女の子が驚いていた。
私は久しぶりに味わう心地よい感触にちょっと満足していた。やはり爆発はいい。
見れば、魔獣は上半身が消し飛び、黒焦げの下半身だけを残していた。
練習も兼ねて火属性強めに作ったせいか、いつもより威力が大きい。まだまだ練習が必要だ。
錬金具に対する評価と反省は後だ。まずは何より先に、問題に対処せねば。
「ごめんなさい。すぐに助けられたら良かったんだけれど……」
女の子に遠慮がちに話しかける。
正直、緊張する。魔法使いというのは大体が気難しい人が多いとされる。
それもそのはず、彼らは『選ばれた人』なのだから。普通の人々にはできない魔法を操り、世界の理(ことわり)をねじ曲げ、気まぐれに恵みや災いをもたらす。
そんな魔法使い達は私達『普通の人』に対して偏見を持たずにいられない。
多くの物語で魔法使いの性格は時に良く、時に悪く語られている。
そして魔法使いから技術を学んだ錬金術師は、歴史的に彼らとの関わりが深く、多くの記録を持っている。
その結果、幼少期から錬金術師の学院では『魔法使いとの接触は細心の注意を払うこと』と教わるのだ。
目の前で魔獣と戦っていたこの子も、一見普通の女の子だが油断はできない。油断するととんでもないことを言い出したり、やったりするかもしれない。
慎重にいかなければ。
そんな私の内心をよそに、女の子は目の前まで来ると、ぺこりとお辞儀をして言った。
「助けてくれてありがとうございます! わたしはトラヤ! 最近この町に来た魔法使いなの。あなた、錬金術師さんよね? 色々教えてもらったり、助けて欲しいことがあるんですけど、いいですか?」
緊張した様子で早口で話す彼女は、外見相応の女の子という感じだった。
「…………」
「あ、あの。すいません。錬金術師の人と会うの初めてで。その上助けて貰ったから色々説明しなくちゃなって……」
黙ってる私に不安になったのか、気弱な口調でトラヤはそう続けた。
「私はイルマ。とりあえず、落ち着いて話をしましょうか」
なんか、思ってたのと違う。いや、話しやすそうなのは助かるけれど。
とりあえず、この魔法使いの女の子の話を聞くべきだ。
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