13 / 82
13.
しおりを挟むなんだか楽しそうなリベッタさんによって、先生の映り込んでいる鏡が壁から机の上に動かされた。鏡は折りたたみ式の足が背面にあったらしく、自立した。
「では、説明を始めましょう」
私と視線が合うことを重ねると、ハンナ先生はそう言って話を始めた。
『イルマさんには謝らなければなりません。錬金術師協会の決め事のせいで、不安にさせてしまいました』
最初に出たのは恩師からの謝罪だった。何がなんだかわからない私としては首肯して続きを促すことしか出来ない。
ちなみに錬金術師協会というのは錬金術師を管理している国際的な団体のことで、『錬金術の塔』に本部がある。
『協会の中には特別な決まり事があるのです。『属性判定試験に落ちた錬金術師の扱いについて』という決まりが。属性判定の錬金具が反応しないのには理由があるのですよ』
「それって、判定できない場合の想定があるってことですよね?」
『その通りです。属性判定の錬金具は完璧ではありません。大きく分けて二つの場合、機能しないことがあるのです。一つは、その人物の属性が余りにも弱い場合』
「そしてもう一つが複数の属性を持っていた場合……」
思わず私の口をついて出た言葉を二人は笑顔で肯定した。
つまり、私は最初から属性が判定できないほど力が弱いか、複数属性を持つ者だと判断されていたわけだ。
「しかし、なんで塔から出すなんてことを」
『そこも決まり事なのです。複数属性を持つ錬金術師は十年に一度くらいの割合で出現します。ですが、非常に貴重な人材なのもあり、塔の中にいると色々と問題になってしまう事が多いのです』
「ああ、なるほど……」
ハンナ先生の言葉を濁すような言い方に私は納得した。『錬金術の塔』の中でも権力争いはある。上昇志向の強い者の間で人材の奪い合いも珍しくない。
そんな中に複数属性が扱える特級錬金術師なんて特別すぎる存在が入っていったら、どんな扱いをされるかわからない。
上手くすれば栄達し、そうでなければ酷いことになるだろう。
そして、私の知る限り、『錬金術の塔』に複数属性の特級錬金術師はいなかった。噂すら聞いたことがない。
「詳しくは話せませんが。イルマさんの想像を何倍か酷くしたことが過去にあったと思ってください。そこで協会は決めたのです。『属性判定に失敗した錬金術師は一度外に出し、信頼できる者に再試験を依頼する』と」
その言葉にリベッタさんを見ると、老錬金術師はにっこりと笑った。
「イルマさんの方からやってきてびっくりしたわ。本当は私から会いにいくつもりだったのよ」
「つまり、最初からこうなるように仕組まれてたんですね」
色々と理解した私は肩を落として椅子に座り直した。なんか疲れたので、お茶も口にする。
『ごめんなさいね。落ち込んでいる貴方を元気づけることすらできずに』
「たまに本当に属性が弱いだけの子もいるものねぇ……」
ハンナ先生が鏡の中で頭を下げてきた。塔から出る前に説明してくれればとも思うけど、多分、機密保持の意味もあるんだろう。しかし、もし単に属性が弱いだけだったら更に凹んだだろうな。
「複数属性の錬金術師っていう存在自体が秘密にされているんですね」
「ええ、基本的にはね。中には適当な属性を名乗って活躍している人もいるけれど」
希少すぎる技能は色々と問題を起こすため自分は保護された。そういうことで、ここは納得しておこう。ハンナ先生相手に怒ってもどうしようもない。
「それで、私は今後どうなるんですか?」
そう、問題はこれからだ。ある意味で、私は試験に受かった。
一般的な形と違うにしろ、特級錬金術師の条件は満たしたことになる。協会や『錬金術の塔』の扱い的にどうなるのか、気になるところだ。
「選択肢は二つあります。塔に戻るか、この町で修行をするかですね」
問いかけに対して、ハンナ先生は人差し指と中指を立ててそう答えた。
「塔に戻れるんですか?」
二度目の私の問いに、ハンナ先生は頷く。
『戻れます。貴方は特級錬金術師になりますから。ただ、いきなり戻ると大変目立つので時間をおいた方がいいでしょう』
たしかに試験に落ちたとされる私がすぐ戻って来たら誰が見ても訳ありに見える。
それに錬金術は好きだけど、塔の権力争いに巻き込まれたくない。
『一般的に複数属性の錬金術師は、現地の熟練の特級錬金術師の指導の下、しばらく修行をします。塔に戻るにしても、複数属性の使い方に習熟してからの方が良いですからね』
「なるほど。リベッタさんの指導を受けろということですね」
『そちらのリベッタ先輩は私もお世話になった方です。錬金術の師としては申し分ありません』
「褒めすぎよ。複数属性の子への指導はしたことがないもの。不安だわ」
まったく不安を感じさせない様子でリベッタさんがそう言った。
『塔からも属性関係のレシピなど、情報は渡します。私もこのような形で良ければ支援しますので、しばらくルトゥールの町で研鑽を重ねて欲しいのですが』
突然不安げにハンナ先生が言った。どうやら、最後の決断をする権利は私にあるらしい。
全力でここにいた方がいいと言っておいて、何を弱気になっているのやら。二年くらいの付き合いだが、先生は最後の詰めが甘いところがある。
「わかりました。私、ここでリベッタさんに色々と教わりながら、錬金術師として暮らします」
目の前の老錬金術師と鏡の中の恩師に向かって、私は胸を張ってそう宣言した。
そもそも、すでにフェニアさんの店に錬金具を卸す約束だってしているのだ。状況が変わったからって、すぐさよならは言えない。
なにより、私は特級錬金術師になったら、そのうち塔を出て自分のやりたい錬金術をするつもりだった。今の状況は好都合なのだ。
「ああ、良かった。これで私の仕事が少し減って助かるわ」
胸をなで下ろすかのような様子で言うリベッタさんだった。
『では、イルマさん。この町で錬金術師としての腕を磨きなさい。貴方ならば、複数属性を見事に使いこなすと、私は信じていますよ』
「はい。やってみます。自分のできる限りを」
生徒を送り出す教師の目をして語るハンナ先生に、私はできるだけ力強く答えた。
この日から、私の錬金術師としての新たな生活が、本格的に始まった。
3
お気に入りに追加
906
あなたにおすすめの小説
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~
白那 又太
ファンタジー
とあるアパートの一室に住む安楽 喜一郎は仕事に忙殺されるあまり、癒しを求めてペットを購入した。ところがそのペットの様子がどうもおかしい。
日々成長していくペットに少し違和感を感じながらも(比較的)平和な毎日を過ごしていた喜一郎。
ところがある日その平和は地獄からの使者、魔王デボラ様によって粉々に打ち砕かれるのであった。
目指すは地獄の楽園ってなんじゃそりゃ!
大したスキルも無い! チートも無い! あるのは理不尽と不条理だけ!
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル)どうぞお楽しみください。
【本作は小説家になろう様、カクヨム様でも同時更新中です】
俺と幼女とエクスカリバー
鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。
見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。
最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!?
しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!?
剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕
休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使う事でスキルを強化、更に新スキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった…
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…
※小説家になろう、カクヨムでも掲載しております。
追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。
エンジェリカの王女
四季
ファンタジー
天界の王国・エンジェリカ。その王女であるアンナは王宮の外の世界に憧れていた。
ある日、護衛隊長エリアスに無理を言い街へ連れていってもらうが、それをきっかけに彼女の人生は動き出すのだった。
天使が暮らす天界、人間の暮らす地上界、悪魔の暮らす魔界ーー三つの世界を舞台に繰り広げられる物語。
著作者:四季 無断転載は固く禁じます。
※この作品は、2017年7月~10月に執筆したものを投稿しているものです。
※この作品は「小説カキコ」にも掲載しています。
※この作品は「小説になろう」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる