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驚いたことに、フェニアさんはその場でお茶を淹れてくれた。常連さんと話す用だというカウンター横にある小さな机と椅子に座り、雑談する流れになった。
正直、挨拶と取引を済ませたら帰るくらいの感覚だった私としては、ちょっと戸惑う。
「あの、仕事中にお茶を淹れてもらって邪魔じゃないですか?」
「ぜんぜん平気よ。むしろ新しく来てくれた錬金術師にお茶の一杯くらい出さなきゃ失礼よ。それに、今の時間はちょっと余裕があるしね」
「そうなんですか?」
「素材採取に行く冒険者が来るのは朝と夕方、日中は近所の人が来るくらいなの。ま、ちょうど誰もいなかったことだし、お話くらいさせて」
「そういうことなら、安心です」
ここは町外れの方の地区だし、そんなものだろうか。
この町の事情に詳しくならないとわからないな。そんなことを思いながら、紅茶を口にする。
「あ、美味しい」
「ありがと。仕事の息抜きだから、ちょっとだけこだわりがあるの」
「もしかして、一人でやってるんですか?」
その質問にフェニアさんは首を横に振った。
「母さんと一緒。ちょっと最近、体調を崩しがちだから私が店に出てることが多いけどね」
困ったようにいうフェニアさんを見て、「詳しく聞かせてください」と言いかけたけど、なんとか思いとどまった。
私は医者じゃないし、今は素材をよりどりみどりで先生のコネまで使える『錬金術師の塔』にいるわけでもない。収入すらおぼつかない駆け出しだ。
それに、初対面の相手の事情に軽い気持ちで踏み込むべきでもないだろう。
「ところで、一級錬金術師ってちょっと珍しいわよね」
私の思考におかまいなく、向こうは容赦なく踏み込んできた。そう、一級錬金術師というのは珍しいのだ。大抵はそのまま流れるように特級になるので。
「うっ……まあ、色々とありまして」
引きつった笑みを浮かべながら、どうにかそう返すのが精一杯だった。色々もなにも、普通に試験に落ちただけだなんだけどね。
「もしかして言いづらいことだった? ごめんね、込み入ったこと聞いちゃって。不愉快だったよね」
態度から察してくれたフェニアさんが、突然深刻な顔で謝罪を口にした。たしかに聞かれたくない話だけれど、そこまで謝罪されるようなことでもない。
「あ、えっと。気にしないでください。私の事情ですから」
「いえ、気にするわ。客商売をしてるんだもの。距離感間違えるのは問題よ。だから、この話はこれで終わりね。えっと、なにか聞きたいことはない? この町のこととか、店のこととか」
正直言って、こちらに気を使ってくれるフェニアさんの態度はありがたかった。会って間もないのに結論を出すのは良くないと思うけれど、優しい人だ。
「そうですね。お店の方に定期的に錬金具を納品させて貰えると助かるんですけれど。他にも仕事の斡旋だとか」
「それこそ、お願いします、だわ。うちの店、今はお客さんいないけど、混むときは混むんで、お得意様の錬金術師が一人だけだと大変で……」
「あ、いつも取引してる錬金術師がいますよね。いいんですか?」
なんだか大歓迎されている私だけれど、お店に錬金具を卸している先輩錬金術師がいるのは当然の話だ。そちらは仕事を奪われるわけで面白くないだろう。
「大丈夫よ。うちが懇意にしてもらってる錬金術師は腕はいいんだけれど高齢でね。複雑な物とか大量生産はちょっと大変そうだったの。そこでイルマが来てくれたのはとても助かるわ」
「良かったです。邪魔にならなそうで」
「もしそうなら、最初にちゃんと言ってるわよ。そうだ、手始めに注文していい? 水の球と光の球、それと火の球を十個ずつお願いできるかしら?」
言いながら、手元の紙に注文数と金額を記して見せられた。この町の錬金具の相場は知らないけれど、金額的には妥当に見える。
ちなみに水の球、光の球、火の球というのはそれぞれ、水や光や火を生み出す効果がある。台所や天井の照明など専用の錬金具と組み合わせる形で広く一般に普及しているものだ。
「わかりました。属性水がないんで売って貰えますか?」
光の球以外は錬金に火と水の属性を持つ素材が必要だ。属性素材として一番安価で扱いやすいのは、水に属性をのせた属性水と呼ばれるものになる。
一見、ただの瓶入りの水なのだが、よく見ると青や赤に光る魔力が中でちらつくという、なかなか見応えのある品だ。
特級錬金術師にしか作れないが、一度に大量生産が可能なため、錬金具の店なら当たり前に扱っているはず。
「あ、ごめん。このお店、属性水の在庫ないのよね」
そう考えての頼みだったのだが、意外な答えが返ってきた。
「えぇ、困ったなぁ。私、一級だから属性水作れないんですよ?」
「そうよね。さっき話したいつも納品してくれる人は特級錬金術師なの。それで、なんでも自分で作ってくれるから気にしてなかったわ。このあたり、あの人しか錬金術師いなかったし」
なんと、ご高齢の錬金術師というのは特級らしい。言ってはなんだが、ルトゥールのような町では貴重な存在だ。大抵はもっと大きなところで活躍している等級なので。
「良ければだけど。私、その人向けに手紙を書くからさ。属性水を作って貰いに行ってもらっていい? ほら、同業への挨拶って必要だと思うし。実は向こうもどんな人が来るか気にしてたから」
両手を合わせ、眉尻を下げながらフェニアさんにそう頼まれた。
どうするか、微妙なところだ。でも、同じ店に卸していればいずれ必ず顔を合わせる。挨拶は早い方がいいとは思うし……。
「今回は材料費こっち持ちでいいわ」
「わかりました。行くから地図を書いてください」
今の私は駆け出しの錬金術師。財布の中身は結構軽い。
そんなわけで、十分後。地図と手紙を持った私は、フェニアさんの錬金具の店を出たのだった。
次の行き先は、ベテランの特級錬金術師の工房だ。
正直、挨拶と取引を済ませたら帰るくらいの感覚だった私としては、ちょっと戸惑う。
「あの、仕事中にお茶を淹れてもらって邪魔じゃないですか?」
「ぜんぜん平気よ。むしろ新しく来てくれた錬金術師にお茶の一杯くらい出さなきゃ失礼よ。それに、今の時間はちょっと余裕があるしね」
「そうなんですか?」
「素材採取に行く冒険者が来るのは朝と夕方、日中は近所の人が来るくらいなの。ま、ちょうど誰もいなかったことだし、お話くらいさせて」
「そういうことなら、安心です」
ここは町外れの方の地区だし、そんなものだろうか。
この町の事情に詳しくならないとわからないな。そんなことを思いながら、紅茶を口にする。
「あ、美味しい」
「ありがと。仕事の息抜きだから、ちょっとだけこだわりがあるの」
「もしかして、一人でやってるんですか?」
その質問にフェニアさんは首を横に振った。
「母さんと一緒。ちょっと最近、体調を崩しがちだから私が店に出てることが多いけどね」
困ったようにいうフェニアさんを見て、「詳しく聞かせてください」と言いかけたけど、なんとか思いとどまった。
私は医者じゃないし、今は素材をよりどりみどりで先生のコネまで使える『錬金術師の塔』にいるわけでもない。収入すらおぼつかない駆け出しだ。
それに、初対面の相手の事情に軽い気持ちで踏み込むべきでもないだろう。
「ところで、一級錬金術師ってちょっと珍しいわよね」
私の思考におかまいなく、向こうは容赦なく踏み込んできた。そう、一級錬金術師というのは珍しいのだ。大抵はそのまま流れるように特級になるので。
「うっ……まあ、色々とありまして」
引きつった笑みを浮かべながら、どうにかそう返すのが精一杯だった。色々もなにも、普通に試験に落ちただけだなんだけどね。
「もしかして言いづらいことだった? ごめんね、込み入ったこと聞いちゃって。不愉快だったよね」
態度から察してくれたフェニアさんが、突然深刻な顔で謝罪を口にした。たしかに聞かれたくない話だけれど、そこまで謝罪されるようなことでもない。
「あ、えっと。気にしないでください。私の事情ですから」
「いえ、気にするわ。客商売をしてるんだもの。距離感間違えるのは問題よ。だから、この話はこれで終わりね。えっと、なにか聞きたいことはない? この町のこととか、店のこととか」
正直言って、こちらに気を使ってくれるフェニアさんの態度はありがたかった。会って間もないのに結論を出すのは良くないと思うけれど、優しい人だ。
「そうですね。お店の方に定期的に錬金具を納品させて貰えると助かるんですけれど。他にも仕事の斡旋だとか」
「それこそ、お願いします、だわ。うちの店、今はお客さんいないけど、混むときは混むんで、お得意様の錬金術師が一人だけだと大変で……」
「あ、いつも取引してる錬金術師がいますよね。いいんですか?」
なんだか大歓迎されている私だけれど、お店に錬金具を卸している先輩錬金術師がいるのは当然の話だ。そちらは仕事を奪われるわけで面白くないだろう。
「大丈夫よ。うちが懇意にしてもらってる錬金術師は腕はいいんだけれど高齢でね。複雑な物とか大量生産はちょっと大変そうだったの。そこでイルマが来てくれたのはとても助かるわ」
「良かったです。邪魔にならなそうで」
「もしそうなら、最初にちゃんと言ってるわよ。そうだ、手始めに注文していい? 水の球と光の球、それと火の球を十個ずつお願いできるかしら?」
言いながら、手元の紙に注文数と金額を記して見せられた。この町の錬金具の相場は知らないけれど、金額的には妥当に見える。
ちなみに水の球、光の球、火の球というのはそれぞれ、水や光や火を生み出す効果がある。台所や天井の照明など専用の錬金具と組み合わせる形で広く一般に普及しているものだ。
「わかりました。属性水がないんで売って貰えますか?」
光の球以外は錬金に火と水の属性を持つ素材が必要だ。属性素材として一番安価で扱いやすいのは、水に属性をのせた属性水と呼ばれるものになる。
一見、ただの瓶入りの水なのだが、よく見ると青や赤に光る魔力が中でちらつくという、なかなか見応えのある品だ。
特級錬金術師にしか作れないが、一度に大量生産が可能なため、錬金具の店なら当たり前に扱っているはず。
「あ、ごめん。このお店、属性水の在庫ないのよね」
そう考えての頼みだったのだが、意外な答えが返ってきた。
「えぇ、困ったなぁ。私、一級だから属性水作れないんですよ?」
「そうよね。さっき話したいつも納品してくれる人は特級錬金術師なの。それで、なんでも自分で作ってくれるから気にしてなかったわ。このあたり、あの人しか錬金術師いなかったし」
なんと、ご高齢の錬金術師というのは特級らしい。言ってはなんだが、ルトゥールのような町では貴重な存在だ。大抵はもっと大きなところで活躍している等級なので。
「良ければだけど。私、その人向けに手紙を書くからさ。属性水を作って貰いに行ってもらっていい? ほら、同業への挨拶って必要だと思うし。実は向こうもどんな人が来るか気にしてたから」
両手を合わせ、眉尻を下げながらフェニアさんにそう頼まれた。
どうするか、微妙なところだ。でも、同じ店に卸していればいずれ必ず顔を合わせる。挨拶は早い方がいいとは思うし……。
「今回は材料費こっち持ちでいいわ」
「わかりました。行くから地図を書いてください」
今の私は駆け出しの錬金術師。財布の中身は結構軽い。
そんなわけで、十分後。地図と手紙を持った私は、フェニアさんの錬金具の店を出たのだった。
次の行き先は、ベテランの特級錬金術師の工房だ。
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