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私の新しい住居をご紹介致しますわ。
まず、木で出来ております。木造のお屋敷ですわね。王国の石材や煉瓦を駆使した建築に比べると、非常に素朴な見た目をしております。また、高さもありません。二階建てですわ。
その代わり、横には広く、部屋数は余裕で十を超えます。驚いたのは、厨房が王国式のしっかりしたものだったことですわ。なんでも、領主の趣味でここだけは整えたとか。
それ以外は装飾も少なく、絵画も肖像画や彫刻といった芸術品もありません。その代わり、屋敷の者が集めてくる季節の花がそこかしこに飾られています。
正直、割と居心地が良いですわ。食器やら、家具やら芸術品やら、管理を気にしなくて良いのも私向きかも知れません。
「奥様、今日はどちらに?」
「どちらにしましょうか、ラァラ。屋敷の中は歩き尽くしてしまったし、することもないし」
私には身の回りの世話をするメイドが与えられました。元々、ルフォア国にはなかった職業ですが、王国を真似して導入したそうです。お付きのメイドはラァラ、小柄で小さな耳が特徴の可愛い子です。見た目通り大人しいですが、俊敏だし気が利く良い子ですわ。なにより、この国のことをよく知らない私にとっては大切な情報源ですの。
「ここに来て一週間。ルオン様の扱いには感謝していますが、やることがないと困りますわね……」
「と、とはいえ、奥様に何をしてもらえばいいのか、旦那様もまだわからないようでして」
「でしょうね……」
ルオン様の元に嫁いで一週間。私はやることがなく、困ってしまいましたわ。
あの男、初日の夕食の席で「急な話だし、無理のないようにしたいんだ」と言って部屋をわけたりと、私を遠ざけているのですわよ。色々覚悟の上で来た身としては拍子抜けやら安心やらですわ。
でも、扱いは丁重ですわ。部屋も服も与えられ、屋敷内で自由行動。食事は極力一緒に。家事はメイド達がしてくれる。少なくとも、私に対して悪意や害意がないのは、この二週間で把握できました。
そうなると、何もしていないことが不安になってきますわ。
「このまま私が屋敷で無為に過ごすと、ルオン様の評判に影響しないか心配ね。ただでさえ、素性の怪しい者を妻に迎えたのだし」
「そ、そんなことは、ないと思いますけど……」
だんだん小さくなるラァラの声が、私の言葉の正しさを証明しましたわ。
救って貰った上のこの扱い。これでいるだけで夫の立場を悪くするなど、あってはなりません。女がすたります。
「なにか、すること……すること……」
普通なら厨房を取り仕切ったり、屋敷全体を管理するのでしょうけれど、既に枠が埋まっております。ここで使用人の仕事を取り上げるのは避けるべきでしょう。
「奥様、旦那様です」
その言葉に見てみれば、廊下を夫、ルオン様が歩いていました。いつも柔和な笑顔を浮かべている彼ですが、何やら荷物を持って困り顔です。
「やあ、妻殿。ラァラ、なにかあったかな?」
「そのなにかを探していたところですわ。ルオン様は何やらお困りのようですわね」
「ああ、実は書類仕事が溜まってしまっていてね」
抱えている荷物は書類でした。一番上を覗き見ると、肥料などの手配といった、日々の仕事関係のようです。
「それこそ屋敷の者にやらせては?」
ルオンの仕事はこれらを決済することでしょう。大きくないとはいえ、屋敷には使用人もいます、この手の仕事をわざわざする必要はないでしょうに。
「それなんだけどね、屋敷の者はこの手の仕事は不得手なんだ。読み書き計算に慣れていないものが多くて……」
「…………そういうことでしたか」
ルフォア国はごく最近になってラインフォルスト王国から新しい農法や肥料などを輸入している国。それどころか、文化的には大分古い……いえ、伝統的な生活を続けていたと聞きます。
つまり、識字率をはじめとした国民の学力的な部分に問題が生じているのでしょう。
「ルオン様、良ければ私がお手伝い致しますわ。読み書き計算はそれなりに得意ですので」
「いや、それは……」
「それにすることもありませんし。妻がお手伝いするくらい問題ないのでは?」
「む……そうだな。確かにしっかりと学院で学んでいた妻殿なら頼りになりそうだ。では、お願いしよう」
少し考えた後、ルオン様はいつもの柔らかな笑顔と共に快諾したのでした。ほんと、子供みたいな素直な顔をするのですね。
ともあれ、この日から、私は夫の書類仕事を一部引き受けることになりました。というか、使用人ができない分の仕事を全部処理していましたわ、このお人よしは。
まず、木で出来ております。木造のお屋敷ですわね。王国の石材や煉瓦を駆使した建築に比べると、非常に素朴な見た目をしております。また、高さもありません。二階建てですわ。
その代わり、横には広く、部屋数は余裕で十を超えます。驚いたのは、厨房が王国式のしっかりしたものだったことですわ。なんでも、領主の趣味でここだけは整えたとか。
それ以外は装飾も少なく、絵画も肖像画や彫刻といった芸術品もありません。その代わり、屋敷の者が集めてくる季節の花がそこかしこに飾られています。
正直、割と居心地が良いですわ。食器やら、家具やら芸術品やら、管理を気にしなくて良いのも私向きかも知れません。
「奥様、今日はどちらに?」
「どちらにしましょうか、ラァラ。屋敷の中は歩き尽くしてしまったし、することもないし」
私には身の回りの世話をするメイドが与えられました。元々、ルフォア国にはなかった職業ですが、王国を真似して導入したそうです。お付きのメイドはラァラ、小柄で小さな耳が特徴の可愛い子です。見た目通り大人しいですが、俊敏だし気が利く良い子ですわ。なにより、この国のことをよく知らない私にとっては大切な情報源ですの。
「ここに来て一週間。ルオン様の扱いには感謝していますが、やることがないと困りますわね……」
「と、とはいえ、奥様に何をしてもらえばいいのか、旦那様もまだわからないようでして」
「でしょうね……」
ルオン様の元に嫁いで一週間。私はやることがなく、困ってしまいましたわ。
あの男、初日の夕食の席で「急な話だし、無理のないようにしたいんだ」と言って部屋をわけたりと、私を遠ざけているのですわよ。色々覚悟の上で来た身としては拍子抜けやら安心やらですわ。
でも、扱いは丁重ですわ。部屋も服も与えられ、屋敷内で自由行動。食事は極力一緒に。家事はメイド達がしてくれる。少なくとも、私に対して悪意や害意がないのは、この二週間で把握できました。
そうなると、何もしていないことが不安になってきますわ。
「このまま私が屋敷で無為に過ごすと、ルオン様の評判に影響しないか心配ね。ただでさえ、素性の怪しい者を妻に迎えたのだし」
「そ、そんなことは、ないと思いますけど……」
だんだん小さくなるラァラの声が、私の言葉の正しさを証明しましたわ。
救って貰った上のこの扱い。これでいるだけで夫の立場を悪くするなど、あってはなりません。女がすたります。
「なにか、すること……すること……」
普通なら厨房を取り仕切ったり、屋敷全体を管理するのでしょうけれど、既に枠が埋まっております。ここで使用人の仕事を取り上げるのは避けるべきでしょう。
「奥様、旦那様です」
その言葉に見てみれば、廊下を夫、ルオン様が歩いていました。いつも柔和な笑顔を浮かべている彼ですが、何やら荷物を持って困り顔です。
「やあ、妻殿。ラァラ、なにかあったかな?」
「そのなにかを探していたところですわ。ルオン様は何やらお困りのようですわね」
「ああ、実は書類仕事が溜まってしまっていてね」
抱えている荷物は書類でした。一番上を覗き見ると、肥料などの手配といった、日々の仕事関係のようです。
「それこそ屋敷の者にやらせては?」
ルオンの仕事はこれらを決済することでしょう。大きくないとはいえ、屋敷には使用人もいます、この手の仕事をわざわざする必要はないでしょうに。
「それなんだけどね、屋敷の者はこの手の仕事は不得手なんだ。読み書き計算に慣れていないものが多くて……」
「…………そういうことでしたか」
ルフォア国はごく最近になってラインフォルスト王国から新しい農法や肥料などを輸入している国。それどころか、文化的には大分古い……いえ、伝統的な生活を続けていたと聞きます。
つまり、識字率をはじめとした国民の学力的な部分に問題が生じているのでしょう。
「ルオン様、良ければ私がお手伝い致しますわ。読み書き計算はそれなりに得意ですので」
「いや、それは……」
「それにすることもありませんし。妻がお手伝いするくらい問題ないのでは?」
「む……そうだな。確かにしっかりと学院で学んでいた妻殿なら頼りになりそうだ。では、お願いしよう」
少し考えた後、ルオン様はいつもの柔らかな笑顔と共に快諾したのでした。ほんと、子供みたいな素直な顔をするのですね。
ともあれ、この日から、私は夫の書類仕事を一部引き受けることになりました。というか、使用人ができない分の仕事を全部処理していましたわ、このお人よしは。
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