上 下
25 / 58

25.

しおりを挟む
 ラートの町はこの辺り一帯でもっとも大きな町だ。周囲に街道が延びていて、城壁も高く頑丈。周囲に農地が広がるのはプシコラの町と同じだが、根本的に規模が違う。

 フランさんから手紙を貰った翌日の夕方、俺とユニアはラートの町に到着していた。平和が長いビフロ王国は街道が良く整備されていて移動が早い。商人の馬車に同乗したら半日と少しで到着した。

「お忙しいところすみません、イストさん」

 俺達の現在地は冒険者協会。この一帯の冒険者に向けて依頼を出す、組織の中心部だ。ラートがそこそこの規模の町ということもあり、協会の建物も大きくて作りが良い。

 協会で挨拶するなり、俺達は会議室に通され、そこで支部長からじきじきに話を聞くことになった。

「ご心配なく。忙しくはありませんでしたので」

「なんてこと言うんだユニア」

 ここの支部長さんは三十代の細面の男性。いかにも苦労人という感じでとても丁寧で腰が低いのが特徴だ。若い頃からの叩き上げで実際相当な苦労があったという。能力的にはとても優秀で、その物腰を逆に恐く感じることがある。
 そんな人物がじきじきに俺達に事情を説明してくれることになった。室内には俺達三人だけだ。密室での情報共有は非常に珍しく、ことの重大さを示している。

「いえ、実際に申し訳なく思っているのです。イストさんの本業はあくまで商売だと思っておりますので」

「そう言ってくれるのは支部長さんだけですよ……」

 最初は俺を上手く扱うために持ち上げてくれてるのかと思ったけど、これが本心なんだよな。本来なら現役の冒険者を上手く差配しなきゃいけない立場なんで、結構責任を感じているらしい。

「お話しする前に確認です。ユニアさんは、イストさんが同行を認める冒険者だと認識しております。ですが、今回は少々危険度が……」

「ご心配なく。わたしは店長と同じくらい腕が立ちます」

「…………」

「本当です。この辺りでパーティーを組むなら俺はユニアを選びますよ」

「……わかりました。とはいえ、危険度について言及しておきながら、はっきりと申し上げられないのですがね」

 珍しい話だ。支部長さんは経験豊富なのもあって、危険な依頼への嗅覚も鋭い。場合によっては事前の情報収集すらしてくれる。それが、曖昧な物言いをするとは。

「なにがあったんですか?」

「四日ほど前のことです、ここから南西に二日ほど歩いた位置に低い山がありますが、そこに巨大な構造物が墜落しているのが発見されました」

 間違いない、神託にあった『天より来たるもの』だ。俺がユニアと顔を見合わせると、彼女は静かに頷いた。

「構造物ってどんなものなんですか?」

 疑問に対して、支部長さんは申し訳なさそうに首を振った。

「それがよくわからないのです。早速、偵察に冒険者を派遣したのですが、近くでワイバーンが目撃されまして」

 ワイバーンはドラゴンの亜種とされる大型の魔物だ。大きいもので全長5メートル。腕の無いドラゴンといった感じの見た目で、鋭い尻尾と足の爪と牙で襲いかかってくる。幸い、魔法やブレスといったドラゴン特有の能力は使わないが、強敵である。少なくとも、この地方の冒険者では相手に出来ない。

「ワイバーンを確認して帰ってきた感じですか」

「はい。恥ずかしながら。近頃は銀の森での依頼が激減した影響で、この地域の冒険者が減っておりまして。対処できるパーティーもおらず」

「うっ……」

 思わず声が出た。誤算だった。銀狼達が森の平和を守ってくれると思っていたら、冒険者離れに繋がるとは。

「少しでも良いので、構造物の外見などの特徴はわかりませんか?」

 俺が自分の蒔いた種にショックを受ける横で、ユニアが静かな口調で聞いた。心なしか、その目には常には無い真剣さが宿っている。

「遠くから観察したスケッチがあります。遠くに隠れて描いたものなので、詳しいとはいえませんが」

 支部長が依頼した冒険者パーティーというのはしっかり仕事をしたようだ。ワイバーンを見てすぐ逃げずに観察に切り替えただけでも十分だ。

 机の上に置かれた数枚のスケッチを、俺達は覗き込む。

 質の良くないガサガサした植物紙に木炭で描かれたスケッチ。そこには瓦礫の山と、倒れたり折れたりした樹木、崩れた塔などが描かれていた。相当遠くから観察したんだろう、空にはワイバーンらしき影があるが大きめの鳥くらいにしか見えない。

「せめて建物が落下で壊れたのか、魔物に壊されたのかが、分かればな……」

「残念ながら、それがわかる距離まで接近できなかったようでして。まだ経験の浅い冒険者だったもので。申し訳ありません」

「いえ、支部長さんが悪いわけじゃないですから」

 できれば経験豊富な冒険者に向かわせたかっただろうに。この地方の現状が許さなかったのだから、これは仕方ない。

「ユニアはこういうの、見たことあるか?」

「……いえ、わかりませんね」

 無言でスケッチを凝視しながらユニアが答えた。その視線に、紙に穴でも空きそうなくらいの力を込めながら。

「こちらからお話できる事情はこれで全てです。詳しい調査をお願いできますか? もちろん、危険と判断したら撤退してください」

 ここまで話しを聞いてお願いもないが、仕事に真面目な支部長さんはわざわざ聞いてくれた。
 あんな神託があった上に、目撃されたのはワイバーン。しかもユニアは明らかに何か知っている様子。
 こんな依頼、断れるわけが無い。

「明日の朝にはこの町を発ちます。一応、周辺には注意喚起をお願いしますね」

「ありがとうございます」

 俺の答えを聞くと、支部長さんは自ら依頼票を用意してくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孤高の英雄は温もりを求め転生する

モモンガ
ファンタジー
 『温もりが欲しい』  それが死ぬ間際に自然とこぼれ落ちた願いだった…。  そんな願いが通じたのか、彼は転生する。  意識が覚醒すると体中がポカポカと毛布のような物に包まれ…時々顔をザラザラとした物に撫でられる。  周りを確認しようと酷く重い目蓋を上げると、目の前には大きな猫がいた。  俺はどうやら猫に転生したみたいだ…。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

ドロップキング 〜 平均的な才能の冒険者ですが、ドロップアイテムが異常です。 〜

出汁の素
ファンタジー
 アレックスは、地方の騎士爵家の五男。食い扶持を得る為に13歳で冒険者学校に通い始めた、極々一般的な冒険者。  これと言った特技はなく、冒険者としては平凡な才能しか持たない戦士として、冒険者学校3か月の授業を終え、最低ランクHランクの認定を受け、実地研修としての初ダンジョンアタックを冒険者学校の同級生で組んだパーティーでで挑んだ。  そんなアレックスが、初めてモンスターを倒した時に手に入れたドロップアイテムが異常だった。  のちにドロップキングと呼ばれる冒険者と、仲間達の成長ストーリーここに開幕する。  第一章は、1カ月以内に2人で1000体のモンスターを倒せば一気にEランクに昇格出来る冒険者学校の最終試験ダンジョンアタック研修から、クラン設立までのお話。  第二章は、設立したクラン アクア。その本部となる街アクアを中心としたお話。  第三章は、クラン アクアのオーナーアリアの婚約破棄から始まる、ドタバタなお話。  第四章は、帝都での混乱から派生した戦いのお話(ざまぁ要素を含む)。  1章20話(除く閑話)予定です。 ------------------------------------------------------------- 書いて出し状態で、1話2,000字~3,000字程度予定ですが、大きくぶれがあります。 全部書きあがってから、情景描写、戦闘描写、心理描写等を増やしていく予定です。 下手な文章で申し訳ございませんがよろしくお願いいたします。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

元厨二病な俺、異世界に召喚される!

回復師
ファンタジー
 28歳独身営業マンの俺は、社畜のように働かされ最近お疲れ気味。唯一の楽しみが休日に仲間とやるMMOなのだが、そのゲーム中に寝落ちをしてしまったようだ。耳元でする声に、仲間がボイスチャットでお怒りか?と思いながら目覚めると、知らない部屋のベッドの上だった。どうも、幼女な女神たちに異世界に召喚されてしまったらしい―――よくよく話を聞けば、その女神たちは俺が厨二病を患った中学時代に授業中に書いていたノートの設定世界から誕生したのだという。この世界を創った俺が創造神になるのが当然だと呼び出したみたいなのだが……何やら裏事情も有りそうだ。元厨二病だった頃の発想で、主人公が現代知識を取り入れて無双していくお話です。  

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

処理中です...