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 二上先輩が部室にいるのも大分慣れてきた。
 秋は深まり、もうすぐ文化祭だ。
 そんなわけで、俺は部室に来るといつもの読書はやめて、部室内の資料をあたっていた。
 とりあえず、今年の展示を決めて、写真撮影に行く場所を決めなきゃな。

 そんな感じで部室内でがさごそやっていると、二上先輩がやってきた。

「こんにちはー。あら、納谷君どうしたの? 掃除?」
「文化祭用の資料探しですよ。結果的に掃除することになりそうですけど」

 部室内は窓の無い壁は片っ端から棚になっている。俺はそこからめぼしい物を床の上に出したので酷い有様だ。

「そっか。例の文化祭の活動ね」
「ええ、年に一度、ちょっと頑張るだけです。資料探しと写真撮影と展示だけ。それでここを守れます」
「いいことだね。私も手伝うよ。部員なんだから」
「お願いします」

 そんなわけで、その日の活動は文化祭の準備になった。

「こんなもんかな……」
「あーあ、散らかしちゃった。片づけは明日かな」
「文化祭が終わるまで、綺麗にはできませんね」

 下校時刻前まで頑張って、俺と二上先輩はめぼしい資料を選別した。
 綺麗だった部室内は展示用の資料が雑然と積み上げられている。完全に片付くのは文化祭が終わったらだろう。

 これから資料を読んで、写真の撮影場所を決めて……。
 俺が今後の予定を頭の中で組んでいると二上先輩が目の前にやってきた。

「納谷君。これ……」

 何故か、先輩が俺におずおずとスマホを差し出していた。

「どうしたんですか? ガチャで凄いキャラでも出たとか?」
「いや、違う……この前爆死した」

 また爆死したんかい。
 違うのか、じゃあ、

「先輩のスマホを貰っても困るんですが」
「そうじゃなくて……連絡先を教えて欲しい」

 なるほど。理解しました。

「いいですけど。俺は先輩とそこまで連絡することがあるかな?」
「……私と連絡するの……嫌なの?」
「いや、そんなことは」

 目を潤ませながら問いかけるのはずるい。その麗しい見た目をフルに駆使しないでほしい。
「文化祭も近いし、連絡取れる方が便利でしょ。写真撮影、一人でいくつもり?」
「え、一緒に行ってくれるんですか!?」

 驚きだった。名所旧跡巡りなんて退屈だろうから、俺一人で行くつもりだったんだけど。

「行くよ! 結構楽しみにしてたんだからね!」
「あ、なんか……ありがとうございます」

 まさか先輩がそんな熱心に部活動をするつもりだったとは。意外だ。
 とにかく、俺もスマホを取り出し、電話番号やらSNSのIDやらを交換した。
 これでいつでも、二上先輩と連絡を取れるわけだ。……クラスの奴には話せないな。

「えへへ。嬉しい」

 なんだか先輩が凄く喜んでいた。何かを噛みしめるような笑顔は、それはとても淑やかで、先輩の魅力が最大限引き出されていた。

「…………」
「なによ、その顔」
「普通にしてるとやっぱり美人ですよね」
「…………セクハラだよ」
「すみません」

 素直な気持ちを言ったら、怒られてしまった。

○○○

 やったやったやったー。

 放課後、下校前で誰もいない廊下を、私は小走りに駆けていた。
 学年ごとに下駄箱が異なる関係で、私が納谷君と一緒に帰るには少し急がなければならないのだ。
 今、私の顔はだらしなく緩んでいるだろう。誰もいないのが幸いだ、表情筋の仕事は少し休んで貰ってもいい。

 ついに、納谷君の連絡先を手に入れた。まさか二ヶ月近くかかるとは思わなかった。全く、手こずらせやがって。

 まさか、自分が男性の連絡先を手に入れて喜ぶことになるとは思わなかった。
 
 最初は納谷君に対して興味を持っただけだった。
 私がWIFIを求めて見苦しい行動をとっているのを咎めるでも無く、部室に迎え入れる。
 正直、何かされそうになったら逃げようと警戒して緊張してたんだけど、彼はそんなそぶりは全くなかった。

 それどころか、毎日顔を出す私に対して、迷惑そうな顔すらした。
 下心とかそういうのを持たず、私に接してくれている、その証拠だ。
 
 毎日放課後を一緒に過ごすうちに、いつの間にか、私の納谷君に対する興味が、好意に転換していた。
 まあ、一緒にいて悪い印象もなければ何となく好感を持つものだ。
 それに、納谷君が結構可愛い顔で可愛い反応を返すことがあるのもちょっと悪い。

 これが本格的な恋愛感情と言っていいのか、男性を避け続けてきた私にはよくわからない。
 でも、これから先、部活という名目で一緒にでかけたりするのを想像すると、割と楽しみでドキドキしてしまう。
 つまりは、そういうことなのだろう。ちょっと癪だけど。

 何はともあれ、一歩前進だ。
 あの後輩は妙に鈍感なところがあるし、読めないところもある強敵だけど、今は自分の中の感情に従おう。

 そう思って、軽くステップを踏んでみたら、私は盛大にすっ転んだのだった。
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