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第八話
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私は女性があらわれ、私のために泣いたそのはじめ、深い感動に包まれた。それはこの町に来てから、いやきっとこの町に来るまでもなかった感動だった。私のために誰かが訪れ、私の生きていることを涙ながらに感謝するなどあるのだろうか。私は、これだけでまだ生きていられると心の底から思った。
しかし感動は永くは持たなかった。彼女が溢れる感情から落ち着き、起こった始終を話すと、感動はかえって無数の針の、深い痛みに変わった。どうやら私は、私の突飛な、感情的な行動で、うら若い娘さえも道連れにしたらしかった。
話はこうだった。彼女は例のごとく列車に乗り、寝ていたところ、車掌の「あっ!」という叫びに起こされた。といってもそのときはまだ微睡みの最中だったが、けれどもそのあとにひどく歪んだ音が聴こえたのを覚えている。列車は停まらなかった。彼女は徐々に覚醒していくと車掌に先の音について訊いた。車掌によると列車が人を轢いたらしかった。
「しかしね、お嬢さん、気に病むことはありませんよ。よくあることなんです。しかも轢いたのは終点の駅の、とくに貴方なんかは関係のない町の人間ですよ。正直、忘れるほうが賢明です」
車掌は冷淡にそう言った。しかし彼女は納得しなかった。それどころか今すぐ停めて、倒れた私を医者に見せるべきと言った。
「しかしこの列車は途中で停まることはできません。そういう決まりであり、システムなんです。だからもし貴方があの倒れた男を医者に見せるなら、貴方は終点の町で降りて、引き返して彼を背負って町まで歩き、そこで医者に見せるぐらいでしょうね」
彼女は提案を受け入れた。いやこれは提案というより脅しの類だったから、いざ受け入れられると車掌は困惑し、いちど降りたら折り返しの列車に乗れないことや、そもそもその終点の町はひどい町で、彼女がいるような場所ではなく、医者がいることさえ怪しいと告げた。
「それで、わたしは言ったんです。構いませんって。だってわたしがここで見逃せば、きっとどの町に行っても後悔して、仮に忘れることができても時折思い出して、それこそ死ぬほどつらい思いをするんですから。それよりは身に恥じないことをしたほうがどれほどいいでしょうって。いまは、その判断があっていたと思っています。だってあなたは生きていたし、それを見ることができたんですもの」
話を聞くと私は黙った。私が黙っているあいだも、彼女は幸福そうな笑みをして、まだ左手を離さなかった。
「……気持ちは、とてもうれしいです。いや、うれしいどころじゃない。貴方は僕の恩人です。命の……とうてい返せない恩ができました」
私は言葉を絞るように言った。
「でも、正直、貴方のやったことより、車掌の話したことのほうが、きっと貴方にとって正しかったのだと思います」
彼女はようやく手から頬を離し、おどろくように私を見た。
「……貴方がこの町で降りて、もうどのくらい経ちますか」
「どのくらい? ちょうど丸一日です」
「ああ……」
そう後悔した途端、私は初日に遭遇した、あの老人たちの性交が思い浮かんだ。彼女は、きっと私の五つほど歳下で、セーラー服を着ている。顔は美人と言えないまでも整っており、見るからに優しそうで、細い眉が垂れ、瞳が瑞々しく潤んでいる。まだ色も染めていない長い黒髪。身体は痣もなく華奢だった。あんな乱交に彼女が加わるというのだろうか。……
「貴方がここを降りたとき、住人が駅で出迎えましたか」
「えっ、別にそんなことは……」
彼女はまだ住人に知られていないのかもしれない。
「なら、あと二十日ぐらいで線路づたいにここを出ましょう。いやそうじゃなくてもいい。ほかの手立ても考えて、一日でもはやくここを出なきゃ」
「ねえ、どうして? わたし、たしかに偶然でここで降りたけれど、別にどこに行きたいというわけでもないの。むしろ、こういう偶然があってここに住むことを決断できたんだから。わたしは出ません」
「偶然とか、甘いことを言っている場合じゃないんです! ここを出なきゃいけない。いいですか、僕が轢かれたのは自業自得で、僕はこの町を出るためにあの線路を行ったんです。次はもうあんなヘマはしません。耐えますよ、貴方のためにも」
そこまで言うと、廊下を駆ける音がした。それも複数だった。住人たちが来た。
しかし感動は永くは持たなかった。彼女が溢れる感情から落ち着き、起こった始終を話すと、感動はかえって無数の針の、深い痛みに変わった。どうやら私は、私の突飛な、感情的な行動で、うら若い娘さえも道連れにしたらしかった。
話はこうだった。彼女は例のごとく列車に乗り、寝ていたところ、車掌の「あっ!」という叫びに起こされた。といってもそのときはまだ微睡みの最中だったが、けれどもそのあとにひどく歪んだ音が聴こえたのを覚えている。列車は停まらなかった。彼女は徐々に覚醒していくと車掌に先の音について訊いた。車掌によると列車が人を轢いたらしかった。
「しかしね、お嬢さん、気に病むことはありませんよ。よくあることなんです。しかも轢いたのは終点の駅の、とくに貴方なんかは関係のない町の人間ですよ。正直、忘れるほうが賢明です」
車掌は冷淡にそう言った。しかし彼女は納得しなかった。それどころか今すぐ停めて、倒れた私を医者に見せるべきと言った。
「しかしこの列車は途中で停まることはできません。そういう決まりであり、システムなんです。だからもし貴方があの倒れた男を医者に見せるなら、貴方は終点の町で降りて、引き返して彼を背負って町まで歩き、そこで医者に見せるぐらいでしょうね」
彼女は提案を受け入れた。いやこれは提案というより脅しの類だったから、いざ受け入れられると車掌は困惑し、いちど降りたら折り返しの列車に乗れないことや、そもそもその終点の町はひどい町で、彼女がいるような場所ではなく、医者がいることさえ怪しいと告げた。
「それで、わたしは言ったんです。構いませんって。だってわたしがここで見逃せば、きっとどの町に行っても後悔して、仮に忘れることができても時折思い出して、それこそ死ぬほどつらい思いをするんですから。それよりは身に恥じないことをしたほうがどれほどいいでしょうって。いまは、その判断があっていたと思っています。だってあなたは生きていたし、それを見ることができたんですもの」
話を聞くと私は黙った。私が黙っているあいだも、彼女は幸福そうな笑みをして、まだ左手を離さなかった。
「……気持ちは、とてもうれしいです。いや、うれしいどころじゃない。貴方は僕の恩人です。命の……とうてい返せない恩ができました」
私は言葉を絞るように言った。
「でも、正直、貴方のやったことより、車掌の話したことのほうが、きっと貴方にとって正しかったのだと思います」
彼女はようやく手から頬を離し、おどろくように私を見た。
「……貴方がこの町で降りて、もうどのくらい経ちますか」
「どのくらい? ちょうど丸一日です」
「ああ……」
そう後悔した途端、私は初日に遭遇した、あの老人たちの性交が思い浮かんだ。彼女は、きっと私の五つほど歳下で、セーラー服を着ている。顔は美人と言えないまでも整っており、見るからに優しそうで、細い眉が垂れ、瞳が瑞々しく潤んでいる。まだ色も染めていない長い黒髪。身体は痣もなく華奢だった。あんな乱交に彼女が加わるというのだろうか。……
「貴方がここを降りたとき、住人が駅で出迎えましたか」
「えっ、別にそんなことは……」
彼女はまだ住人に知られていないのかもしれない。
「なら、あと二十日ぐらいで線路づたいにここを出ましょう。いやそうじゃなくてもいい。ほかの手立ても考えて、一日でもはやくここを出なきゃ」
「ねえ、どうして? わたし、たしかに偶然でここで降りたけれど、別にどこに行きたいというわけでもないの。むしろ、こういう偶然があってここに住むことを決断できたんだから。わたしは出ません」
「偶然とか、甘いことを言っている場合じゃないんです! ここを出なきゃいけない。いいですか、僕が轢かれたのは自業自得で、僕はこの町を出るためにあの線路を行ったんです。次はもうあんなヘマはしません。耐えますよ、貴方のためにも」
そこまで言うと、廊下を駆ける音がした。それも複数だった。住人たちが来た。
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