ピアノの家のふたりの姉妹

九重智

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第四章

第四十八話

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 雪子が飯島の懺悔を聞いたあと、青年の頭を抱き、いった。

「いいわ、私も貴方が好き」

「……でも、僕はきっと死にます」

「人はいつか死ぬわ」

「そうじゃないんです、僕はきっと自殺します」

「幸せになりたくないのね、貴方はこれまでの罪を清算したいのね、いや、罰を受けてすっきりしたいのね」

「……」

「でもね、罰なんて受けられるほどやさしい世界じゃないのはわかっているでしょう」

「……」

「貴方は貴方という存在をリセットしたいんだわ。でも善人になっても、罪悪感に苛まれても、それは無理よ、罪だけが残るの、永遠に」

「なら、死ぬしかないじゃないですか」

「死んでも罪は消えないわ」

「……」

 それでも雪子は彼が死ぬと思った。この青年は自己嫌悪のトンネルに迷い込み、そして出るつもりもない、治る気のない病人になっている。青年のうつろな目は、どこか快楽に浸って、麻薬中毒者のようでもあった。愛を囁き、生きる活力を与えても、それをないがしろにすることにかえって愉悦を感じる目。

 「なら、いいわ」と雪子はいった。「貴方が死ぬときは、私も一緒に死んであげる」

 雪子はあの夢が幸せだった。恋人の死の匂いは、翻って愛の香りに思えた。いつしか飯島は死を決意して、それを雪子に伝える。そうして雪子は自分もともに死ぬという。ふたりは心中して愛が完成する。

 雪子は死ぬほど愛されるなら、それでいいと思った。



 飯島が退学したことを秋子は夏樹づたいに聞いた。

「おどろかないのかい?」

「おどろいているわ」

「でもそういう顔じゃない」

「感覚が麻痺しているの、色々あったから」

「まあ、それはそうだ……あんまり一緒に入れなくてごめんよ」

「それはいいの。ゼミが順調なんでしょう」

「ああ、うん、それはそうなんだけど」

 夏樹はこんなにも冷淡な恋人の声をはじめて聴いた。顔もやつれ、かさつき、美しさが手のひらから零れかけている。しかし決して醜いわけではない。秋子は無地になりつつあった。魔法が解け、装飾の剥がれ、家具を取り除かれた王室のように。

「雪子さんに連絡は?」

「つかないわ、まったく」

「じゃあどこにいるかもわからないわけだ」

「ええ」

「元気出しなよ。前もいったけど、これからもずっと会えないわけじゃないさ」

「……わたし、昨日、夢を見たの」

「え?」

「夢でね、わたしは雪ちゃんの死を知らされるの。警察の方が来て、淡々と川岸で遺体が見つかりましたって。心中じゃないかって。あの飯島というのに毒されて、雪ちゃんは死んでしまうの」

「でも夢だろう?」

「ええ、夢ね、きっと」
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