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二十五章 アルフォンソ
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◆◆◆◆◆
その日の夕刻──。
俺はメイドの仕事を終えてからこっそりとその扉の前にやって来た。
あの時もそうだったが、この辺りには今もまるで人がいねぇ。
警備の一人でさえ付いちゃいなかった。
まぁ開かずの間に警備が必要かってな話だしな。
他にもっと警備が必要な場所はいくらでもあるんだろーし、んな場所にまで手を伸ばすのも手間なんだろう。
メイド仲間の女の子の話じゃあ、先代の王(つまりはミーシャとレイジスのじいさんってこったろう)が部屋に鍵をかけて、その鍵は刀鍛冶の炉に入れて溶かしちまったって事だったが……。
まぁ話の通りなら鍵穴自体にゃ何の問題もなさそーだし、一丁やってみますかね。
俺は髪に仕込んだヘアピンをスッと抜き取って、その鍵穴の中に入れ込む。
何てったって城内の──しかも当時王子様だった人の部屋の鍵だからな。
そう上手くは行かねぇかも、とも思ったが──。
ゴソゴソとヘアピンを動かす事およそ一分。
カシャン、
と物音一つ立てて、案外簡単に扉の鍵が開く。
──マジか。
んなにすんなり開いちまうたぁ、この俺の鍵開けの技術も中々のもんだな。
俺は辺りに誰もいねぇ事を再度確認してから、そっと静かに部屋の扉を開け、中に滑り込む。
そーして素早く扉を閉めた。
部屋の中は、眩しい程の夕陽の光に満ちていた。
まるでそこだけ時が止まった様な──“静謐”って言葉が似合う様な、そんな雰囲気がある。
たぶん、部屋の主が亡くなる前のまま、なんだろう。
大きな窓を背にして置かれた、ダークブラウンを基調にした立派な机と椅子。
部屋に入って右手には、同じくダークブラウンの立派な本棚があって、中には整然と大量の本が並んでいる。
机の上のペン立てにはペンが今も立ってるし、まるで今にも部屋の主人がやって来て椅子に座り、仕事でもし始めそうな、そんな雰囲気だ。
もちろんよくよく見てみるとそこかしこにゃあ埃が積もってるし、長年ちゃんとした掃除や手入れがされてない事が分かるんだが。
それにしても──。
まぁ、案外フツーに、何もねぇな。
『開かずの間』なんて大層な名前がついてるし、先王が亡くなった息子の死を嘆き悲しんで部屋に鍵かけてそいつを溶かしちまった──なんて印象的なエピソードまであるから何かあるんじゃねぇかとも思ったが。
思いながら、部屋の中全体を見ようとくるっと踵を返し、入って来た扉側の方へ何気なく目を向ける──と。
「──……え?」
ある、変わったモンが目に飛び込んできた。
そいつは、ある一つの紋章の描かれたタペストリーだった。
キリリとした重厚感のある青生地に、銀色の刺繍で大きく翼を広げた鳥の紋様が縫われている。
鳥は両足で一つの剣を水平に持ち、鳥の背後には大きな盾が描かれていた。
これ……。
この紋章と同じモンを、俺は過去に見た事があるぞ。
ダルが──ダルクが本棚の裏に隠していた、ペンダント。
あの青い雫型の石の透かし、だ。
俺の脳裏に、あの時のダルクの真っ青な怖ぇ顔が浮かぶ。
『~リッシュ、』
とダルクが強く口を開いた。
『今の──こいつの事、誰にも言うな。
絶対に、だ。
──いいな?』
あの時──あんなに真っ青になって んな事を俺に言ったのは、そいつがこの部屋の紋章と同じだから──なのか?
ここはミーシャ達の伯父さんに当たる人の部屋だぜ?
そんな人の部屋に飾られた紋章と同じモンが描かれたペンダントを、何でダルクが持ってた?
一介の鍛冶屋の息子と──亡くなっちまったから叶わなかったが──もし生きてたら、今のサランディール王になってただろう人。
接点が全く思い浮かばねぇ。
そもそもこの部屋の主はダルだって生まれたか生まれてないかってくらい前に亡くなってるって話だぜ?
『接点』なんて初めっから全くなかったんじゃねぇのか?
とすると思い当たるのは──……。
……今の俺と同じ様に、開かずの間になってたこの部屋に忍び込んで、ペンダントを盗んだ──……?
その事を周りに知れたら困った事になるから、それであんなに血相変えて俺に口止めしたんだろーか……?
ふ、と俺の脳裏にもう一つ記憶が蘇る。
──まさかこんなものを持っていたとは──
暗い地下水路の中、凍りつく様な冷たい声で呟かれたその言葉。
男が──恐らくは宰相セルジオが、死んだダルクから奪ったペンダントを硬い石床に落とし、踏みつけ、踏みにじる、その光景──……。
あの時のあの言葉は、一体何を意味してたんだ……?
ダルク……お前、一体何をやってたんだよ?
◆◆◆◆◆
悶々としたもんを抱えながら、俺はその部屋を出る。
念の為ヘヤピンで扉に鍵をかけ直して、その扉に背を持たせかけて思わず考え込む。
部屋の中は、思った以上に何も見つからねぇままだった。
立場のあった人の部屋だし、それこそきっと隠し通路の一つくらい用意されててもおかしかねぇ……と思うんだが、どうもあの紋章が視界にチラついて集中出来なくってよ。
んなモンは言い訳にもならねぇが、結局それで何にも見つけられねぇままだった。
はぁ~っと息をついて扉から背を離し、ようやっと歩き出す。
まったく、本当にどういう事なんだ?ダル。
俺は本当はレイジスに頼まれてるサランディールの内情調査とか、ジュードと約束したアルフォンソの行方探しとか、考えたりしなきゃいけねぇ事が山程あるんだぜ?
なのにお前と来たら……。
このサランディールに来てから、お前の事ばっかり考えちまうじゃねぇか。
んな事を考えながらのたのた歩いていたから、だろう。
そいつの気配に、気づくのが遅れたのは。
ずん、と急に、目の前に大きな影が落ちる。
その日の夕刻──。
俺はメイドの仕事を終えてからこっそりとその扉の前にやって来た。
あの時もそうだったが、この辺りには今もまるで人がいねぇ。
警備の一人でさえ付いちゃいなかった。
まぁ開かずの間に警備が必要かってな話だしな。
他にもっと警備が必要な場所はいくらでもあるんだろーし、んな場所にまで手を伸ばすのも手間なんだろう。
メイド仲間の女の子の話じゃあ、先代の王(つまりはミーシャとレイジスのじいさんってこったろう)が部屋に鍵をかけて、その鍵は刀鍛冶の炉に入れて溶かしちまったって事だったが……。
まぁ話の通りなら鍵穴自体にゃ何の問題もなさそーだし、一丁やってみますかね。
俺は髪に仕込んだヘアピンをスッと抜き取って、その鍵穴の中に入れ込む。
何てったって城内の──しかも当時王子様だった人の部屋の鍵だからな。
そう上手くは行かねぇかも、とも思ったが──。
ゴソゴソとヘアピンを動かす事およそ一分。
カシャン、
と物音一つ立てて、案外簡単に扉の鍵が開く。
──マジか。
んなにすんなり開いちまうたぁ、この俺の鍵開けの技術も中々のもんだな。
俺は辺りに誰もいねぇ事を再度確認してから、そっと静かに部屋の扉を開け、中に滑り込む。
そーして素早く扉を閉めた。
部屋の中は、眩しい程の夕陽の光に満ちていた。
まるでそこだけ時が止まった様な──“静謐”って言葉が似合う様な、そんな雰囲気がある。
たぶん、部屋の主が亡くなる前のまま、なんだろう。
大きな窓を背にして置かれた、ダークブラウンを基調にした立派な机と椅子。
部屋に入って右手には、同じくダークブラウンの立派な本棚があって、中には整然と大量の本が並んでいる。
机の上のペン立てにはペンが今も立ってるし、まるで今にも部屋の主人がやって来て椅子に座り、仕事でもし始めそうな、そんな雰囲気だ。
もちろんよくよく見てみるとそこかしこにゃあ埃が積もってるし、長年ちゃんとした掃除や手入れがされてない事が分かるんだが。
それにしても──。
まぁ、案外フツーに、何もねぇな。
『開かずの間』なんて大層な名前がついてるし、先王が亡くなった息子の死を嘆き悲しんで部屋に鍵かけてそいつを溶かしちまった──なんて印象的なエピソードまであるから何かあるんじゃねぇかとも思ったが。
思いながら、部屋の中全体を見ようとくるっと踵を返し、入って来た扉側の方へ何気なく目を向ける──と。
「──……え?」
ある、変わったモンが目に飛び込んできた。
そいつは、ある一つの紋章の描かれたタペストリーだった。
キリリとした重厚感のある青生地に、銀色の刺繍で大きく翼を広げた鳥の紋様が縫われている。
鳥は両足で一つの剣を水平に持ち、鳥の背後には大きな盾が描かれていた。
これ……。
この紋章と同じモンを、俺は過去に見た事があるぞ。
ダルが──ダルクが本棚の裏に隠していた、ペンダント。
あの青い雫型の石の透かし、だ。
俺の脳裏に、あの時のダルクの真っ青な怖ぇ顔が浮かぶ。
『~リッシュ、』
とダルクが強く口を開いた。
『今の──こいつの事、誰にも言うな。
絶対に、だ。
──いいな?』
あの時──あんなに真っ青になって んな事を俺に言ったのは、そいつがこの部屋の紋章と同じだから──なのか?
ここはミーシャ達の伯父さんに当たる人の部屋だぜ?
そんな人の部屋に飾られた紋章と同じモンが描かれたペンダントを、何でダルクが持ってた?
一介の鍛冶屋の息子と──亡くなっちまったから叶わなかったが──もし生きてたら、今のサランディール王になってただろう人。
接点が全く思い浮かばねぇ。
そもそもこの部屋の主はダルだって生まれたか生まれてないかってくらい前に亡くなってるって話だぜ?
『接点』なんて初めっから全くなかったんじゃねぇのか?
とすると思い当たるのは──……。
……今の俺と同じ様に、開かずの間になってたこの部屋に忍び込んで、ペンダントを盗んだ──……?
その事を周りに知れたら困った事になるから、それであんなに血相変えて俺に口止めしたんだろーか……?
ふ、と俺の脳裏にもう一つ記憶が蘇る。
──まさかこんなものを持っていたとは──
暗い地下水路の中、凍りつく様な冷たい声で呟かれたその言葉。
男が──恐らくは宰相セルジオが、死んだダルクから奪ったペンダントを硬い石床に落とし、踏みつけ、踏みにじる、その光景──……。
あの時のあの言葉は、一体何を意味してたんだ……?
ダルク……お前、一体何をやってたんだよ?
◆◆◆◆◆
悶々としたもんを抱えながら、俺はその部屋を出る。
念の為ヘヤピンで扉に鍵をかけ直して、その扉に背を持たせかけて思わず考え込む。
部屋の中は、思った以上に何も見つからねぇままだった。
立場のあった人の部屋だし、それこそきっと隠し通路の一つくらい用意されててもおかしかねぇ……と思うんだが、どうもあの紋章が視界にチラついて集中出来なくってよ。
んなモンは言い訳にもならねぇが、結局それで何にも見つけられねぇままだった。
はぁ~っと息をついて扉から背を離し、ようやっと歩き出す。
まったく、本当にどういう事なんだ?ダル。
俺は本当はレイジスに頼まれてるサランディールの内情調査とか、ジュードと約束したアルフォンソの行方探しとか、考えたりしなきゃいけねぇ事が山程あるんだぜ?
なのにお前と来たら……。
このサランディールに来てから、お前の事ばっかり考えちまうじゃねぇか。
んな事を考えながらのたのた歩いていたから、だろう。
そいつの気配に、気づくのが遅れたのは。
ずん、と急に、目の前に大きな影が落ちる。
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