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二十三章 いざ、サランディールへ

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ピンと背と胸を張り、力強い焦茶色の目を俺らへ向けて。

そいつは(見た目の薄汚れた様子をまるっきり除けば)どーも立派に、立派な人物然として見えた。

俺、犬カバ、ミーシャとジュードがそれぞれにそのじーさんに目を奪われる中、じーさんはミーシャへ向けて、俺たちが思ってもいなかった言葉を口にする。

「ようこそ、我が屋敷へお越しくださいました、ミーシャ姫。
この屋敷の主、ガイアス・クラインと申します。
こうしてお目にかかるのは姫がまだご幼少の時以来でございますな」

ヒゲもじゃの間からニッカリと笑って、御者のじーさんが言う……のに。

俺は思わず目をぱちくりさせてじーさんを見やる。

もちろん俺の足元にいる犬カバも、ミーシャの側《そば》に仕えてるジュードも、それにミーシャだって同じだっただろう。

お、いおいおい……。

今ちょっと突っ込み所が多すぎてよく分かんなかったぞ。

俺はへろへろっと人差し指をじーさんへ向け、まず一つ目の言葉を口にする。

「じーさんが……ガイアス……?
あのサランディールの英雄とかっていう、あの……?」

今もう一度上から下まで眺めて見ても、じーさんと『英雄』の文字はパッと見た目からは全く結びつかねぇ。

クライン夫人が眉を八の字に引き下げて、隣に立つじーさんを見つめる。

こっちもどーやら困惑の表情だ。

「ミーシャ姫……?」

表情と同じく困惑した声で、夫人がじーさんに問う様に声をかける。

そうそう、そこもだよ!

じーさん、ミーシャの正体に気づいてたのか?

見ればミーシャも困惑の表情をしている。

だがじーさん……ガイアス?は、そのどっちの問いかけにも答えずに、ニッカリと笑ったまま言う。

「この様な所で立ち話も何ですからな。
どうぞ、上がって下され。
話はそれから致しましょう」

◆◆◆◆◆

ガイアスの屋敷は、中々に居心地のいい家だった。

どーせ『英雄』なんて称号を持ったおっさんの家なんて、鎧兜やら剣やら盾やらが仰々しくあちこちに飾られてて威圧感たっぷり、ってな感じだろーと思ってたが、実際にゃあ んなモンは飾られてなんかいなかった。

代わりにあったのは、素朴だがきれいな花が飾られた花瓶や、ちょっとかわいらしい感じのする調度品やなんかだ。

ガイアスの……ってぇよりはたぶん夫人の趣味の方がより濃く反映されてるんだろう。

センスもなんかいい気もするし、『かわいい』に寄り過ぎてる訳でもねぇからどことなく居心地がいい気がするみてぇだ。

さて、ガイアスや夫人の勧《すす》めもあって風呂を頂いて旅の疲れと汚れを皆それぞれにキレイサッパリ落としてから……。

屋敷の執事に案内されたのは、これまた居心地のいいリビングらしい場所だった。

俺、犬カバ、ジュードが出された茶(……犬カバはミルクだったが)を戴きつつのんびり待っていると、しばらくしてミーシャが──いつも通りの黒髪黒目のミーシャが現れた。

つってももちろん男装『ダルク』の格好じゃあなく、ちゃんと『ミーシャ』の格好だ。

シンプルだが清楚な雰囲気の空色のワンピーススタイルで、そいつが華奢なミーシャによく似合っていた。

金髪碧眼に変装したミーシャもかなり可愛いかったが、やっぱこーして見ると俺はこっちのミーシャの方が断然落ち着くし好み……って、そうじゃなくて!

「いいのか……?
変装解いちまって」

ガイアスん家の人達の事を信用してねぇ訳じゃねぇが、この格好で屋敷内にいて大丈夫なのかどうか分からねぇぞ。

何てったってここはもう宰相の息のかかった国、なんだからよ。

どこでどう話が漏れて、いつ宰相側の人間の目にミーシャの姿が触れるか知れねぇ。

思って言った先で、クライン夫人が柔らかに笑ってみせる。

「問題ありませんわ。
当家に姫がおられる事、そのお姿も外に知られるクライン家ではありません。
姫の身の安全は、私共が保証致します」

その口調は柔らかだが、言葉には強い自信が溢れている。

それも見た感じ単なる自信過剰とかって雰囲気じゃねぇし、信頼は出来そうだが……。

俺はそれでも何だかちょっと不安だぜ。

まぁ、ミーシャは大丈夫だって判断したからこうしてこの格好で過ごす事にしたんだろうが……。

と、そこへ──

「おお、これはこれは。
やはりこの方がミーシャ姫らしくてようございますな」

明るくも覇気のある声で言いながら、一人の男がやってきた。

しっかりと整えられた、焦茶色の短髪。

どこか鋭く力強い色を持った、同じく焦茶色の目。

背はピンとしていて、中々の偉丈夫だ。

一瞬、誰だか分からなかったが……。

「まさか、御者のじー……ガイアス、さん……なのか……?」

あの背の曲がったヒゲもじゃのじーさんの姿からはとても信じられねぇが、この焦茶色の、どこか鋭い目……。

そうとしか思えねぇ。

服もちゃんと整ってるし、この威風堂々とした姿……。

『こいつがサランディールの英雄だ』と言われりゃ、確かにそうかってぇ説得力がある。

さっきまでとは印象が違い過ぎるが……。

クライン夫人が呆れ交じりに「あなた」と男へ声をかける中、男は夫人に……じゃあなく、俺へ向かってニッカリと笑い、俺への問いかけに答えを返してきた。

「ガイアス、で構わんよ。
私も君の事はリッシュくんと呼ばせてもらおう。
それにそちらは元騎士のジュード、だったかな?」

「は、はい!」

問われてジュードが慌てて返事するのに、ガイアスが「うむ、」と一言重く返して再びミーシャへと目線を向けた。

「ハントから話は全て通っております。
姫が変装してこちらへいらっしゃるだろう事もハントの推測で。
まさかあそこまでの大変装とは予想出来ませなんだが。
リッシュくんとジュードらしき二人組と何やら小さく揉めている様子を見てピンと来ましたわ」

言う。

こいつにはミーシャも赤面するしかなかった。

あぁ~……。

ヘイデンの奴、んな事まで予測してやがったのか。

しかもそいつを前もってガイアスに伝えておく周到さが流石っていうかなんていうか。

ガイアスはニヤリと一つ笑みを浮かべながらも皆に手振りで席に掛ける様促す。

俺は大人しくそいつに従って適当な席に腰を掛けつつ、口を開いた。

「つーか変装と言やぁ……ガイアスのおっさん、あんた何でわざわざあんな変装して出迎えにきてくれたんだ?
まぁミーシャ……姫が来るかもしんねぇから御者に任せず自分で来たってのは分かるけど、別におっさんが変装する必要なんか全然なかったろ?」

馬車にはクライン家の紋章も入ってたし、素性を隠して迎えに行きたかったって訳でもなさそうだ。

そう思いながら聞くと、ガイアスは「なあに、」とニヤリと笑ってみせる。

「リッシュくんや姫が変装の名人という話を聞いていたのでな。
これは私もチャレンジしてみなければと思ったまでの事。
どうやら上手く化ける事が出来た様だな」

そんな事を上機嫌で言ってくる。

隣の夫人が「はぁ、」と重い息をついた。

呆れて物も言えねぇと言わんばかりだ。

ガイアスは笑って続ける。

「まぁ、それはそれとして。
リッシュくん、ハントから君は城の内部の様子を探りに行きたいのだと聞いているが……。
こちらはすでにうちの間諜が動いている。
必要な情報はほぼ得られているものと確信しているが、それでも君自ら危険を犯して行くつもりがあるのかね?」

問いかける口調には気を悪くしてる様子はねぇ。

ただごく普通に俺の意思を確認する為の問いかけみてぇだった。

だから俺も遠慮なく「ああ」と頷く。

「ガイアスのおっさんの間諜とやらを疑う気はこれっぽっちもねぇけどさ、レイジスに『俺が見てくる』って約束してきたからよ。
それに──……」

俺の今回の最大の目的は、行方知れずのアルフォンソの『今』を探る事だ。

『宰相の支配する城をどう奪還するか』、その情報を集めるおっさんの部下と俺とじゃあ、たぶん物の見方が全然違うだろう。

まぁ、んな話はおっさんにも、ミーシャやレイジスにも言えやしねぇけど。

思いつつ俺はその辺の事情を上手~く隠しながら続きを口にする。

「おっさんの間諜と違って、俺はサランディール城の事には全くの無知だろ?
意外とさ、『だからこそ見える箇所』もあると思うんだよな。
ま、全然役に立たねぇかもしんねぇけど、やってみる価値はちょっとはあると思うぜ」

言うと、

「うむ、このサランディールで唯一顔が割れていない人物でもあるしな。
無論、そう言ってくれるだろうと思い、既に君が城内に潜り込める様、下準備は整えてある。
明日にも潜り込める様にしてあるが、君の方ではどうかね?」

思う以上にあっさりと、ガイアスがそう言ってくる。

俺はそいつに、

「もちろんいつでもオッケーだ」

自信満々にそう答えたのだった──。
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