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二十三章 いざ、サランディールへ

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我が娘ながら分かりやすく動揺している。

何か隠し事があるのは明らかだった。

大統領は詰問する口調で「──マリー?」と娘に問いかける。

その、一言だけで良かった。

マリーが「うわぁん」と泣き出し白状する。

「ごめんなさい!
ミーシャ様は──ミーシャ様は、今朝早く、お一人でサランディールへ向かってしまわれたんですの~!!」

娘の思いもかけない告白に──

「なっ──!」

大統領は思わず言葉を失った。

目の前に腰掛けるレイジスが、額を片手で押さえる。

ただしそちらは大統領とは違って『やっぱりそうか』という雰囲気だった。

大統領は──真っ青になりながら、けれど冷静に思考を巡らせた。

「し、しかし旅券証がなければ関所を越える事は……」

出来ないはずだ、と言いかける。

そう、以前リッシュが提案した『国境警備の強化』により、国境付近ではこれまでより厳しい警備体制が敷かれている。

旅券証も持たないはずのミーシャがそこを通過する事は出来ないはずだ。

今からでも国境警備に電話をし、ミーシャの──もしかすると『ダルク』の姿かもしれないが──特徴を伝え、見つけ次第すぐに保護する様に伝えれば。

そう冷静に考え言いかけた父に追い討ちをかける様に、

「わ、私の旅券証をお貸ししました。
だ、だからきっと普通に関所は越えられてしまうと思います」

マリーが言う。

大統領が絶句したまま娘を見る。

さすがに一瞬、思考が固まった。

と、そこで──レイジスが、普段通りのやんわりと優しい口調で口添えしてくれる。

「しかしマリー嬢とミーシャでは見た目が全く違うし、関所ですぐにバレてしまうのでは?」

旅券証にはその者の年齢や身長、髪の色や目の色などの特徴が全て文字だけで書かれている。

ミーシャはショートの黒髪に、すみれ色の目。

マリーはロングの金髪に碧眼なので、本人を見れば旅券証の人物とは別人だと分かるだろう。

大統領はレイジスの言葉に おお、と納得して言葉を継いだ。

「た、確かに……。
それなら関所の所で勾留されるはず。
すぐに遣いをやって……」

マリーがそれにふるふると首を横に振る。

「それが……」

マリーの言葉に、グラノス大統領は唖然として、レイジスは目を丸くしてマリーを見つめたのだった──。


◆◆◆◆◆


迎賓館からサランディールとの国境にある関所まで、馬車に揺られる事おおよそ半日。

大統領が馬車を用意してくれたおかげで、ここまでの道のりは何の問題もなくスムーズに進んだ。

その馬車ともここでお別れ、関所を抜けてサランディールに入ったら、今度は英雄ガイアスが馬車を用意してくれてるってぇ話だった。

馬車旅に続く馬車旅で多少の疲れはあるが、んな事言ってらんねぇよな。

気合い入れなきゃならねぇのはむしろこっからだぜ。

思いながら関所の手前でここまで乗ってきた馬車から降りると、いつもどーりに俺の足の隙間を縫って一足先に馬車から降りてた犬カバが俺の足元で「ブッフ」と気合の込もった息を吐く。

おっ、こっちも気合十分って訳だ。

俺はそいつに負けじと「よし、」と気合を入れて声を上げる。

「そんじゃま、ちゃっちゃと関所通って、サランディール入りするとしようぜ。
手紙じゃガイアスのおっさんが馬車を手配しといてくれるって話だしよ、そいつに乗り込みゃ、後は自動的におっさん家って訳だ」

言うと、

「クッヒ!」

俺の気合に応える様に元気に犬カバが返事する。

そいつに僅かばかりに遅れて、

「──ああ、」

ジュードも返事を寄越してくる。

ジュードの返事が遅れたのは、俺がサランディールの英雄ガイアスの事を『おっさん』って呼んだせいじゃ、ねぇだろう。

まぁ俺が『ガイアスのおっさん』って言う度に何か文句言いたげに眉がひくりとしてんのは確かだが。

それより何より、こっから無事におっさん家に着いたとして、おっさんのレイジスへの協力体制を確認出来たとして。

ジュードにとって肝心なのは、たぶんそいつよりもアルフォンソの事だ。

あの内乱の日の出来事は一体何だったのか。

アルフォンソの真意は?

その生死は?

俺だって、気にかかってんのはどっちかっつぅとそっちの方だ。

とはいえ、だぜ?

だからってレイジスのサランディール奪還の為の調査を蔑《ないがし》ろにしていい訳じゃねぇ。

そこは履き違えねぇ様にしていかなきゃな。

関所を通る連中の流れに乗って三人揃って歩いて行くと、関所手前で国境警備の役人が「拝見、」っつって俺の旅券証を確認する。

ま、この辺は楽勝だぜ。

旅券証は大統領が手配してくれた正規のモンだし、俺は(ゴルドーの奴のせいで賞金首になった事はあっても)関所で引っかかるよーな怪しい人物って訳じゃねぇからな。

ジュードの方はまぁサランディールとの因縁はあるが、それだって別にダルクみてぇに罪人として国を追われた訳でもなけりゃ、レイジスやミーシャみてぇにその正体を知られたら面倒な事になるよーな人物でもねぇ。

旅券証さえしっかりしてりゃあ、こんな場所で足止めを食らう事もねぇんだ。

もちろん犬カバにゃあその旅券証すら必要ねぇ。

予定通り無事何の問題もなく三人揃って関所を通過する。

そうして関所を抜けるとそこはもう、サランディール国、だった。

つっても、トルスからサランディールに入ったからって景色が劇的に変わる訳でもねぇ。

石畳の馬車道も同じだし、ポツポツと周りに生えてる木々や草の感じも同じ。

気候も気温もトルスと全く変わりねぇ。

まぁ、国境なんてそんなもんか。

人間が勝手に決めた境目なだけだもんな。

こっからまたサランディール城のある都心の方に行けば風景や気候も変わってくるんだろうが。

と、ふと隣に並んだジュードを見ると──色々と、思うところがあるんだろう、強い眼差しで遠くサランディールの地を見つめていた。

俺はそいつに軽く肩をすくめて、そーして極めて明るく「さぁてと、」と口を開く。

「おっさんの用意してくれた馬車はどこだ?
手紙じゃ関所を超えてすぐん所に用意しとくって話だったけど……」

言いながら辺りを軽く見渡す──と。

その先に、どーにも気になる連中を発見しちまった。

ラビーンやクアン張りにガラの悪そーな男二人組、だ。

しかもただガラが悪そーなだけならまだいいが、一人の女の子にやたらに絡んでやがる。

女の子の顔は、こっからじゃ後ろ姿しか見えねぇんで何とも言えねぇが、長い金髪をポニーテールにした小柄な子だ。

動きやすそうなパンツスタイルに、腰には一振りの剣。

身のこなしもシュッとしてまるで『ダル』の時のミーシャみてぇだし、結構サマになってる感がある。

あの剣も単なる護身用のお守り飾りって訳じゃなさそうだ。

こりゃ、あの二人組、か弱い女の子だと思って手ぇ出したら逆に痛い目見る事になるんじゃねぇか?

たぶん んな事にゃあこれっぽっちも気づいちゃいねぇんだろう、ガラの悪い男二人がやたらに鼻の下伸ばしながら女の子に話しかける。

「ヒューヒュー、お嬢ちゃん、かわいいねぇ。
ちょっと俺らと遊ぼうぜェ」

「サランディールは初めてなんだろ?
俺らが手取り足取り案内してやるからさ」

……ったく。

どーしてこうガラの悪いナンパ男ってぇのは声の掛け方に品がねぇんだろーな。

女の子がそいつに動じてる風はねぇが、ここは一丁助け舟を出してやるかぁ。

ナンパ男の片方が、女の子に手を伸ばす。

女の子が軽く半身を引いて臨戦体勢になりかけてたが……。

俺はその両者の間に割って入って女の子を背にナンパ男二人と向き合った。

ナンパ男二人が虚を突かれた様に俺を見る。

俺は──普段のゴルドーを真似て、出来るだけ凶悪に見える様に口の端を上げて笑い、男二人に相対する。

「──俺らの連れに、何か用か?」

俺の・・と言わず俺らの・・・ってわざと言ってやったのは、もちろんジュードをこの場に担ぎ出す為だ。
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