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二十二章 グラノス大統領

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どれほどの時間、こうして剣を振るっていたのか分からない。

夕闇に染まる空と自身の息の上がり具合からしても相当の時間を使っただろう。

そろそろ戻るか、と最後に一つ息をつき、ジュードは足を踏み出した。

中庭を抜け、角を曲がろうとした──その時。

ドン、と前方から来た誰かとぶつかった。

「っと、」

後ろに転びそうになるその人の背に手を回し、支える。

「すみません、大丈夫でしたか?」

思わず、声をかける。

声をかけられた方はジュードの顔を見上げて「はっ、はい、こちらこそごめんなさい。考え事をしてしまって……」と慌てて答えてきた。

長い金髪に、青い瞳。

トレードマークの様になっている薄桃色のワンピース姿。

トルス大統領の娘、マリー・グラノスだった。

思わぬ形で近づきすぎた距離に、ジュードはそっとマリーから手を離し、一歩後ろへ下がる。

「失礼しました」

騎士時代の名残で、高位の人に接する様な礼をして、そうしてからマリーの横を通る形で歩いて行こうとする。

マリーもすぐに気にせず元行こうとした方へ行くと思ったのだが──。

ジュードはそのマリーのしょんぼりとした浮かない様子に、踏み出しかけた足を止めた。

少し、迷ったが……。

「……どうか、されましたか?」

声をかける。

マリーが、ぼんやりと浮かない顔をしたまま、それでも遅れてこちらの声に気づいたのだろう、「え?」と問い返してくる。

「この頃、あまり元気がない様にお見受けしたものですから。
俺の気のせい、かもしれませんが」

言う。

この迎賓館に来てからしばらく、マリーの様子が普段と違う事に、ジュードは気づいていた。

いつもの──と言う程ジュードは彼女の事をよく知る訳ではなかったが──朗らかで明るい様子が、日に日に元気を失くしてゆく様に見えた。

リッシュやミーシャの前では普段通りに明るく振る舞っている様だったが……。

ジュードが口出しする事ではもちろんないのだが、マリーには以前、その明るい朗らかさに救われた事がある。

余計な世話かもしれないが、とは思いつつ、ジュードはそっと口を開く。

「……。
以前お会いした時、あなたには何か心配事や困り事があるなら誰かに相談してみてはとアドバイスを頂きました。
俺はあの言葉で、ほんの僅《わず》かですが、前に進む事が出来た。
話した所でどうにもならないと思い込んでいた事が、そうでもないかもしれないと僅かな希望を抱く事が出来た」

それは本当にごく僅かな望みではあったのだが、もし今もアルフォンソが内乱の時に起こした事をリッシュに語っていなかったら。

僅かな希望も、展望すらないまま、今も悩み続けるばかりだっただろう。

ジュードは「自分では頼りにならないかもしれないが」と前置きしつつ、先を続けた。

「幸いあなたの周りには頼りになる人がたくさんいる。
父君であるグラノス大統領や、侍女の女性、それにリッシュ・カルトやミーシャ姫も。
きっとあなたの力になって……」

くれるはずだ、と言いかけたその先で。

マリーの目にじわじわと涙が溜まってゆく。

ジュードはギョッとしてマリーを見た。

「あ、あの……何か悪い事を言ったのなら……」

謝ります、と言おうとしたジュードだったが。

マリーはふるふるふる、と頭を横に振った。

「違うんですの。
騎士様のせいでは……」

そう言ってはくれるが、それ以上が続かない。

ジュードは焦りながら──しかしそれ以上、どうする事も出来ないのだった──。


◆◆◆◆◆


同じ頃──

レイジスは与えられた部屋から繋がるバルコニーの手すりに肘をつき、頬杖をしながら、一人考え事に耽っていた。

頭に浮かぶのはこれからの展望、サランディールの事、そして──……。

「……アルフォンソ兄上……」

二つ年上の、実の兄の事だった。

夜闇を映すような紺色の髪に、自分と同じ薄紫色の目。

涼やかで、けれどキリリとした横顔──。

「街での噂の通り、生きてる……なんて事はあり得ないかな」

ぽつり、小さく呟く。

レイジスやミーシャと同じ様に無事サランディールを脱出し、街での噂の様にやはりサランディール奪還を計画しているという様な事は。

もし本当にそうであったなら、どれほど頼りになった事か……。

真面目で、頭が切れて、剣の腕も確かで。

決断力も行動力もあるし、何より人を動かす力があった。

周りは勝手だからレイジスを次期王にと推す者もいたがレイジスからしたらあり得ない。

真に王の器たるのはアルフォンソだった。

「兄上……」

と、ふと目線を下へ──庭の方へ下げた、ところで。

レイジスの目に、庭のベンチに並んで座る一人の男と、それに金髪の女性の姿が映る。

──あれは……ジュードと、マリー嬢?

意外な組み合わせだ。

一体何の話をしているのだろうか?

思いつつ……レイジスは一人、くく、と笑う。

「あいつも隅に置けないな」

一人ごちる。

そうしてマリーと思われる金色の髪を見つめて──。

ふいに、リアの事を思い出す。

『……お気持ちには、応えられないわ。
今ちょっと色々大変で……そんな余裕はないんです。
まだ誰にも言わないで欲しいんだけど、近々この街を出て行く予定なの。
あなたとお会いする事は、たぶんもうないと思うから』

最後に言われた言葉を思い出し──思わず涙がぼたぼたと流れる。

まだチャンスはあるはずと自分に言い聞かせてはいるが、本当にそんなチャンスなど訪れるのだろうか……?

いつか……このサランディールの件がきちんと決着したら。

「彼女を迎えに行って、俺も、ああして並んで楽しくお話を……。
くぅぅっ」

レイジスは──涙と哀しみを断ち切る為、バッと身を翻して部屋に入ったのだった。


◆◆◆◆◆


ぼたん、と頭に、水滴が落ちる。

ジュードは軽く頭に手をやり、訝しんで上を見上げた。

空には雲一つなかったが──

──雨?

思いつつも、

──気のせいか。

そうあっさり視線を正面に戻し、ジュードは今ここの事に意識を戻した。

あれから──。

あのままマリーを一人捨て置くのもどうなのかと思い、近くにあったベンチに掛けて少し話でもと提案したまでは良かったが……。

ジュードもマリーも未だ何の言葉も発せられずにいた。

ただ並んで二人ベンチに腰掛けて、そのまま時間だけが過ぎていく。

ジュードは……聞いていいものかどうかも分からないまま、それでも『このままでは何も進まない』と決意を固めて、隣のマリーに話しかけてみる事にした。

「……あの、」

と声をかけると、マリーが悲しげなままこちらを向く。

ジュードは意を決して、続きを口にした。

「……何があったか、話してみませんか?
何も出来ないかもしれませんが、話を聞くくらいなら、俺にも出来ます」

言ってみる……と……。

マリーがしょんぼりしたままの様子でジュードを見つめる。
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