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二十二章 グラノス大統領

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俺は出遅れねぇようにそいつに合わせて席についた。

と、犬カバも今回も大人しく俺の足元にちょこんと座る。

そうして皆が席についてから──初めに口を開いたのは大統領だった。

「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。
レイジス王子、ミーシャ姫。
主だった話は、先立てであるリッシュくんより伺っています。
まずはご無事で何よりでした」

「ありがとうございます。
急な申し出にも関わらずこうして対応して頂いた事、心より感謝します」

レイジスがいかにもちゃんとした王子らしく真面目に答える。

そうして一度きつく唇を結んで一つ呼吸を置き、キリリとした表情で先を続けた。

「単刀直入に申し上げます。
グラノス大統領──私に力をお貸し下さい。
私は宰相セルジオによって不当に奪われた我が国を取り戻したい。
もし同盟国であるトルスにご助力を頂けるのなら、これほどまでに心強いことはありません。
今こそ『百年前の盟約』を果たして頂きたいのです」

言う。

……百年前の、盟約……?

なんだそりゃ?

思わず片眉を上げてレイジスを見る。

レイジスはキリリとした表情のまま、真剣そのものの目で大統領に返答を求めている。

どーやらこの場にいる全員──……まぁ、俺と犬カバを除くが……レイジスの言葉に疑問を持った人間はただの一人としていねぇみてぇだ。

全員がレイジスの言う『百年前の盟約』が一体何なのか分かってる。

大統領も、ミーシャも、外交官達も──それに、ジュードでさえも。

っておいおい、俺と犬カバだけが仲間外れかよ?

俺の心の声にゃあ誰一人気づかねぇまま話は進む。

大統領がすっくと立ち上がってレイジスにキリリとした視線を向ける。

そうして──

「──分かりました。
『百年前の盟約』、確かにここで果たしましょう」

レイジスへ向けて手を差し出す。

レイジスが、こっちも立ち上がってその手を取った。

互いに力強い握手を交わす。

俺にゃあ『盟約』が何なのかなんてぇのはさっぱり分からねぇが、それでも話は完璧にまとまったらしい。

大統領がちょっとだけ微笑んで、そうして次の言葉を発する。

「さて、そうと決まればすぐにでも体制を整えサランディール奪還へ乗り出しましょう……と言いたいところですが、詰めなければならない事がいくつもある。
それに──……」

と大統領はさりげない風を装いながら俺の方へ目を配った。

おっ、来たか。

「皆さんは飛行船でのサランディール突入をも視野に入れて考えておられるとか。
その辺りの話も詰めなければならないでしょう。
私には飛行船に関する専門的な知識はないが、あれを飛ばすにはやはり、その土地の詳細な情報が必要なのでしょう?」

大統領が振ってくれるのに、俺は「ああ、」と真面目に返事した。

「地図はもちろんだけど、その土地の地形や気候、大体の風向きも前もって実地で確かめておきてぇ。
最大限安全に運航する為にも一度、自分自身の目で見に行ってみようとも思ってる」

そう、しっかり答えると、

「えっ?」

とミーシャが小さく声を上げ、俺を見る。

俺はミーシャにニッと小さく笑いかけて、それから真面目な顔に戻り、続けた。

「ついでだからサランディール城内部の様子も探ってきてやるよ。
俺の知り合いの知り合いに、怪しまれずに城内に潜入させてくれるってぇ御仁がいるんだ。
もちろん身元は確かだぜ。
城の造りはレイジス……王子がよく知ってるだろーからいいとして、今の城内の様子とか兵の配置とか、キッチリ調べて帰ってくるぜ」

言うと「うむ」と大統領が一つ頷いた。

「そうとなれば君にはサランディールへの通行手形を発行しよう。
レイジス王子も、それでよろしいかな?」

ほとんど有無を言わせねぇ調子で大統領がレイジスへ向けて問う。

レイジスはちらっと俺を見た。

その目が、何だか俺の内心を掬うみてぇだ。

俺は真っ直ぐレイジスを見返し、一つ頷いて見せる。

そいつに──レイジスが微かに口の端を上げて微笑み、頷き返した。

そうしてすぐにキリリとした表情を大統領へ向けて、

「問題ありません」

とそう答える。

俺は内心でほっと胸を撫で下ろした。

実を言えば──俺が実地でサランディールへ行くって事は、すでに大統領と示し合わせてた事だった。

大統領には今言った通りの事を先に告げて、そいつを後押ししてくれる様昨日の夕食会時に頼んであった。

もちろん大統領やレイジスへの言葉にウソは一つもねぇが、今回の俺の最大の目的はもっと別にある。

そしてそいつには絶対ぇにジュードを巻き込むべきだと考えてもいた。

だから大統領の言葉にもう一つ「ああ、それと、」と俺は言葉を足す。

「俺一人じゃ道中何かと不安が残るからさ。
ジュードを護衛として連れて行きてぇと思ってるんだけど、どうかな?」

なるべくさらっとした調子でそんな事を言う──と、

「は……っ?」

一瞬を置いて、ジュードが慌てて俺を見た。

先を言わせず俺は続ける。

「サランディール奪還作戦決行までレイジス……王子やミーシャ、姫の護衛はトルスの優秀な護衛たちが守ってくれんだろ?
だったらジュードを借りてっても問題ねぇんじゃねぇかと思うんだけど」

言うと、レイジスが俺の顔を見つめる。

可能性としては低いとは思ってるが、もし反対される様ならどう話を持ってったもんかな……なんて思いつつレイジスを見返す──と。

レイジスは──俺の予想よりももっとずっとあっさりと、そこにOKを出してきた。

「ああ、こちらは問題ない。
ジュード、リッシュくんの事、くれぐれもよろしく頼んだぞ」

いかにも真面目な王子らしいさらりとした面持ちでレイジスが言う。

ジュードはそいつに動揺した様にレイジスを見、何か口を開きかけたが……。

それでもその口を閉ざし、言葉を飲み込んだみてぇだった。

出した答えはもちろん、

「……はい」

の一言だ。

と、ミーシャが眉尻を下げて『何を考えてるの……?』と言わんばかりに俺を見る。

だが、

「それではそちらはリッシュくんとジュード殿に任せるとして、問題は……」

大統領がサクッと次の議題に移る。

レイジスが答え、外交官たちが真剣な表情でその答えに頷いたり質問を挟んだりする。

その横で……ミーシャが疑わしげな目で俺を未だに見つめていた。

俺はさりげなくその視線から目を逸らし、大統領やレイジスたちの話を耳半分に聞く。

重要な話し合いはそこからまだまだ続いた──。


◆◆◆◆◆


ふぅ~っと俺は大きく息を吐き、大きく立派なソファの上にぐでんと横たわる。

犬カバがそのソファの下に同じくぐで~んと寝そべった。

「は~……疲れた疲れた」

「クヒクヒ」

俺の言葉に同調する様に犬カバが返してくる。

あれから──大統領やレイジス、そして外交官たちとの話し合いは数時間にも渡って続き、よーやくそれぞれの部屋へ通された頃にゃあもう陽が暮れかけていた。

“それぞれの部屋へ通された“ってぇのは他でもねぇ。

俺らは昨日マリーが手配してくれて泊まったあの宿じゃなく、きちんと警備も安全も保障されたこの迎賓館に泊まらせてもらうことになったんだ。

レイジスとミーシャはもちろんそれぞれに個室。

俺と犬カバ、ジュードに関しちゃまた同室だ。

言やぁきっと俺とジュードだって個室にしてもらえたんだろーが、ま、別にそこまでしてもらう必要もねぇ。

それに、だ。

通されたこの部屋、元々二人と一匹が泊まるにしても広すぎだ。

これでそれぞれ個室なんて事にしてもらった日にゃあ、広々しすぎて逆に落ちつかねぇよ。
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