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十八章 ゴルドーからの依頼

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ここに来るまで俺から絶対ぇに離れよーとしなかったリュートが、どうして今、もう大丈夫だってなったのかは、よく分からねぇ。

分からねぇが、他ならねぇリュート自身がもう大丈夫だって言うんだから、もうなんだっていいじゃねぇか。

リュートが俺の顔を見てへへ~っとうれしそうに笑う。

ミーシャも犬カバも、それにあの年中仏頂面のロイまでも、さっきまでの動揺も忘れて口の端に笑みを浮かべてそんなリュートを見つめている。

なんかよ、なんつーのかな。

こう、心がじわっとあったかくなるぜ。

んな人間らしい感情とは一切無縁のゴルドーは、ちょっとの間を置いて軽く肩をすくめてみせた。

そうして俺らから背を向け、そのまま歩き出す。

方角はゴルドー商会の方。

どうやらこのままゴルドー商会に戻って仕事でもするつもりらしい。

手をひらりとさせて「じゃーな」と背中越しに声をかける。

「ゆっくりしてけよ」とただそれだけを言って、そのまま歩き去ろうとする。

俺は思わず、

「あっ、おい……」

ゴルドーを呼び止めた。

ゴルドーはそいつにほとんど聞く耳持たねぇ様子で、こっちに背を向けたまま、歩を進めたままで言う。

「──依頼の報酬は、後で二人で俺んとこに取りに来い。
それで、依頼達成って事にしてやる」

言うのに。

「依頼……?」

ロイが訝しげに言って、ゴルドーの背から俺の方へ問う様な目線を向けてくる。

だが俺は──そいつに応える事もなく、ただただゴルドーの後ろ姿をぽか~んとしたまま見送っちまった。

──これで、依頼達成?

普段のゴルドーだったら…… きっと、ちゃんとロイが明日から仕事に精を出せているか、そいつを判断材料にしてから依頼が達成されたかどうか推し量る様な所だ。

なのに今日は、こんなに簡単に『依頼達成』にしてくれる。

何だか今日は──ゴルドーに調子を狂わされてばっかりだぜ。

一方、俺からの返答がなかったからだろう、ロイがほんの僅かに首を傾げ───そうしてハッと何かに気がついた様にゴルドーの背へ目を戻した。

もしかしたら、俺らが請けた依頼がどういう方面のもんだったのか、感づいたのかもしれねぇ。

まさか『ロイの仕事ぶりをどうにかしろ』なんて依頼だったとまでは気づいてねぇだろうが、リュートのひっつき虫に関連する依頼だったのかも、くらいには思ったんだろう。

まぁ実際──そいつは当たらずとも遠からず、とも言えるかもしんねぇ。

ゴルドーはあんな性格だから俺らにあーゆー依頼の出し方をしたが、つまりはリュートの様子がここ二、三日おかしいみてぇだからどうにかしてやれって、そういうつもりで出した依頼なんじゃねぇのかな?

な~んて考えるのは、ちっとゴルドーの事を買い被り過ぎか?

ロイがゴルドーの背に、何も言わずに深く頭を下げる。

リュートはそいつを見上げて──自分もロイの真似をしてゴルドーへ深く頭を下げて見せたが。

そこでふと、自分の腹が減ってるって事に気がついたらしい。

ちょっとしてから顔を上げて、ふいに くいくい、と俺とロイの服の裾を引いてきた。

「ごはん、食べよー。
お腹すいた!」

その迷いのない、晴れやかで明るい元気な声に、俺は皆と顔を見合わせて笑う。

「おう!
俺も腹減ったぜ。
ゴルドーが奢ってくれるってんなら思う存分食い尽くしてやろーぜ!」

「クッヒー!」

犬カバがノリノリで言ってくる。

まぁ犬カバはカフェの中には入れてやれねぇから、待合んとこででも食ってもらう事になるが。

俺は明るい気分で皆を引き連れ、カフェの戸を開けた。

りりんと戸の上部に取り付けられたベルがいい音を立てる。

「いらっしゃいませ~」

いつものウェイターの、明るい挨拶の声が飛ぶ。

ふわりとカフェの中からいい匂いが漂ってきた──。

◆◆◆◆◆

夜風が肌に心地いい。

軽く空を見れば、空はすっかり紺色に染まっていた。

煌々と浮かぶ白の三日月は街灯の明かりにも負けずに夜空に浮かんで辺りを照らしている。

そんな中を。

俺、犬カバ、ミーシャの三人は、ゴルドー商会の方へ向けてのんびりゆったり、並んで歩いていた。

俺は食い過ぎて膨れた腹をさすりながら ふーっ、と満足して息を吐く。

「あー、食った食った。
店主のじーさんの飯、ロイに負けねぇくれぇうまかったよなー。
プリンも最高だったしよ」

「クヒクヒ」

同じく俺の足元横で、犬カバがいかにも同感だってばかりに頭を縦に振って返してくる。

たぶん……。

いや、間違いなく食い過ぎたんだろう、その犬カバの腹は丸々と太って、もう犬っつぅうより一端いっぱしの子ブタみてぇな見た目になっちまってる。

体も重いだろうにぽてぽてとのんびりついてくるが、その足取りは幸福に満ち溢れてるからか思うよりも軽い。

その犬カバと──もしかしたら俺の様子を見て、ミーシャがクスクスと笑う。

だけど敢えて何かを言ってくるって事はなかった。

あれから──ロイやリュートと心行くまでうまい飯を食って、帰り道の途中で二人と別れたんだが、俺らが見てる限りリュートは前と変わりない明るさと元気を取り戻せたみてぇだった。

それにもちろん『ひっつき虫』だって完璧に治っちまってる。

まさか今日この一日でどーにか出来る問題だとは思っちゃいなかったから、俺としては喜び半分、拍子抜け半分ってトコだ。

俺は──うめぇもんを満腹食った幸福感でいっぱいになりながら頭の後ろで手を組んで言う。

「それにしても、リュートのひっつき虫は何で急に治ったんだろうな?
ロイんとこに帰ってくるまでは絶対ぇ治ってなかったのによ。
俺の説得のおかげって訳でもなさそーだし……。
ほんと、不思議だよな」

しみじみしながら言う──と、隣のミーシャがそいつに訳知り顔でふふっと笑った。

俺が「?」の目線でミーシャを見ると、ミーシャが優しい笑みもそのままに、いたずらっぽく俺の方を見上げてくる。

その目がどこかきらきらと輝いていてそこぶる可愛い。

思わずそいつに見惚れる俺にはもちろん気づいてないんだろう、ミーシャがうれしそうな雰囲気もそのままにいう。

「──またちゃんとロイに会えたから」

「──へ?」

思わず問い返した先で、ミーシャは周りの目があるからだろう、『冒険者ダルク』の口調で先を続けた。

「──リュートがそう言っていた。
リッシュと初めて出会った日、リッシュといたから、自分はロイと一緒に暮らせる事になった。
だから今日もリッシュと一緒にいれば──ちゃんとひっついていれば、これからも変わらず、ロイと一緒に暮らしていける。
リッシュは一緒にいられなくなるかもなんて考えなくていいと言ってくれたが、ここへ戻って、ロイの元にちゃんと帰るまでは絶対にリッシュから離れたくなかった。
そして、ちゃんとロイの元に戻れて、リッシュの言った事が本当だ、大丈夫だと思ったから──」

「ひっつき虫を卒業した……?」

ミーシャの言葉を継ぐ様に問いかけると、ミーシャが微笑みながらこくりと一つうなづいてくる。

俺はそいつに──思わずぷっと小さく笑っちまった。

俺にひっついてればこれからもロイと一緒に暮らしていけるって、そりゃ一体どーゆー理屈だよ?
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