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十七章 ノワール貴族

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だから俺が──『リア』が、交渉役を買って出るって手は、アリなんじゃねぇか。

そう言うと、じーさんが ああ、と得心した様に頷いた。

と、その奥から、

「そう考えるのならギルドの側に早い所連絡をするのだな。
時間はあまりない。
あちらとの連携が上手く取れなければリュートという子の命に関わる事になるぞ」

「~私、シエナさんに伝えるわ。
ヘイデンさん、電話をお借りします」

ミーシャが即座に反応すると、じーさんが大きく頷いてミーシャと共に電話の方へ向かう。

ヘイデンが息をついてその場を立ち去る。

パタン、と部屋の戸が閉じた。

俺は顔を引き締め早速目の前の鏡に顔を向け、準備を始めた。

リュートを無傷で救い出し、冒険者達にノワール貴族をしょっ引いてもらう。

それで何もかも解決だ。

犬カバもミーシャも、前と変わらず表を出歩ける様になる。

俺の視界の隅に、さっきから不安そうに口を閉ざし、借りものみてぇに椅子の上にちょこんと座っている犬カバの姿が見えた。

俺は鏡越しにそいつをまっすぐ見やって、口を開く。

「……大丈夫だ。
リュートは必ず無事に救い出す。
お前の事も、むざむざ向こうに引き渡したりはしねぇ。
だから安心してヘイデン家ここで待ってろ」

言ってやると──犬カバが何かを言いてぇが言えねぇ様な顔をして鏡越しの俺を見る。

きゅむんと小さく口を閉ざしたまま。

目はひどく不安げだ。

俺は大丈夫だって目顔で示す為にへらっと余裕の笑みをそいつに返して、リアに変装する準備を始める。

──大丈夫だ。

そう、胸の中で強く念じる様に思いながら──。

◆◆◆◆◆

それから十分後──

俺は『リア』の準備をすっかり整えてヘイデン家の玄関口に立ち、

「──それじゃあ、行ってくる」

残る皆の顔を見、言う。

執事のじーさん、そのじーさんに抱っこされた不安な顔の犬カバ、ヘイデン、そして──スッと俺の方へ一歩踏み出す、ミーシャ。

……ん?

俺やじーさん達が疑問に思う間もなく、ミーシャはキリッとした『ダルク』の表情でさらりと言う。

「──私も行くわ。
シエナさんにもこの事は伝えてある」

言ってくる。

俺は思わず「へ……っ?」と間の抜けた声を上げた。

「いや、でも……」

相手はノワール貴族のおっさんだぜ?

ねぇとは思うが、万が一にもミーシャがサランディールの元王女だって、バレる様な事があったら……?

今よりもっとヤベぇ事にならねぇとも限らねぇ。

戸惑いながら言いかけた俺に、ミーシャは言う。

「──問題ないわ。
第一『リア』がそんな危険な場所に行くのに『ダルク』が一緒に来ないのは不自然でしょう」

ただ、そう言ってくる。

そうしてヘイデンと執事のじーさんに向けてキリッとした表情もそのままに口を開いた。

「──犬カバをよろしくお願いします」

言う。

犬カバがそいつに頼りなげに「クヒー……」と消え入りそうな声で鳴き、執事のじーさんが戸惑いがちにヘイデンの方を窺う。

ヘイデンは目を閉ざしたまま深く息を吸って、吐く。

そうしてたった一言、「……分かった」と返した。

「二人ともくれぐれも気をつけて行ってくる様に」

ヘイデンが言うのにミーシャが小さく微笑んでそれに応える。

俺は何とも言えず戸惑いながらも頷いて、先に屋敷を出たミーシャを追う形でその場を後にしたのだった──。

◆◆◆◆◆

俺とミーシャがノワール貴族ご指名の『落雷の一本木』近くに到着したのは、約束の刻限まであと四半刻ってな頃合いだった。

そこに辿り着くまで、ミーシャとは何の会話も交わしちゃいねぇ。

とにかく一刻も早く目的地に辿り着いて状況を把握しておきてぇと焦ってたせいもあるが……ミーシャの横顔を見たら、何も声をかけられなくなっちまったってのもある。

スッと真っ直ぐ前を見て駆けるミーシャの横顔は──静かに怒っていた。

それまでは一応、ミーシャはヘイデン家にいる方がいいんじゃねぇかと言っとくくらいはするつもりだったんだが……その横顔を見た瞬間、明らかに無意味だと悟った。

たぶん──俺が何を言おうが、ミーシャは何にも聞きやしねぇ。

一見冷静に考え行動してるよーに見えて……内心は全くそうじゃねぇんだろう。

目的地近くにゃあすでに一本木の方を厳しく鋭い眼差しで見張る冒険者達が潜んでいたんだが、着いて早々、息つく間もなくミーシャはそういう冒険者達の一人に静かに寄って、挨拶もなしに問いかける。

「──リュートと犯人は、」

言った声がピリリとしている。

問われた冒険者の男は、少し驚いたみてぇに『ダル』を、次いでこの俺『リア』へ視線を向けて目を丸くする。

一瞬、ラビーンやクアンみてぇなノリで職務を忘れて『リアちゃ~ん♪』と来るかとも思ったが、どーやらその辺はさすがに弁えてるらしい。

グッと何か言いたくなったのを堪える様に一つ息を飲み下し、その冒険者は顎で軽く正面の方を示し、

「──……あそこだ」

言う。

冒険者が示した先には、小さな丘があった。

その丘のど真ん中にひょろりと一本の細木が立っている。

その木の根元には、何者かの人影があった。

大きい人影と、小さい人影……。

小さい人影は木に背を預けて座っている様に見える。

──いや、縄かなんかで木に括り付けられちまってんのか?

俺の視力はかなりいいし 夜目も効くが、この距離と暗さじゃあよく分からねぇ。

大きい人影はその木のすぐ横に立っている。

微かに震える様に揺れて見えるのは、呼気が荒いせいか……?

微かな月明かりに照らされて男の手元にギラリと光るナイフが見て取れた。

ミーシャが目を細めて木の方を見つめ、息を飲む。

冒険者は言う。

「俺らがここに到着した時にはすでにあの状態だ。
向こうも俺らの存在には気がついてるみたいだが、これといった動きはない。
……まだ時間まで少しあるしな」

こいつも目を細めながら、冒険者が手元の懐中時計をちらと見る。

時刻は指定の九時、五分前。

早すぎもせず遅すぎもしねぇ、ほどいい時間だ。

「──犬カバちゃんの代わりのワンちゃんはどこに?
私、交渉に行ってきます」

俺が当たり前の様に言うと、冒険者が一瞬複雑そうな表情を浮かべる。

「……本当に行くのか?
マスターから話は聞いてるが……女性一人ではあまりに危険じゃあ……」

言ってくる。

それに、

「──問題ない。
私も行く」

さらりと何の打ち合わせもなしに──ミーシャが横から口を出す。

俺は思わずギョッとしてミーシャの顔を見返した。

「なっ……えぇ?」

思わず地声が出そうになる。

んな俺の声にも態度にも、冒険者は全く違和感を持たなかったらしい。

むしろ『おお、』と感嘆する様な顔をして首肯した。
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