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十六章 再会
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◆◆◆◆◆
レイジス達と別れてしばらく──。
俺はその場に佇んだまま、ただ無言で頭を巡らせていた。
サランディール奪還に俺の飛行船を利用する事、その返事をどうするかってぇのもそうだが……。
──ジュードの事を、あまり信用しすぎない方がいい──
別れ際、レイジスが言ったあの言葉──……。
あの言葉が、俺の胸の中で もやっと後を引いて残っていた。
ジュードを信用しすぎるなって、一体どういう意味でだよ?
注意を促すならちゃんとこれこれこーゆーところに気をつけろって、もっと丁寧に説明してくれよ。
ったく、頭がこんがらがっちまうじゃねぇか……。
思わず口をへの字に曲げて空を見上げる。
青空にたなびく雲がゆったりと左から右へと流れていく。
俺はしばらくそこに佇んで──カリカリと頭を掻いて、来た道をゆっくりと戻り始めた。
途中道を折れて、より歩き慣れた脇道へ入る。
せっかくここまで来たんだ、飛行船の整備くらいしていくかぁ。
◆◆◆◆◆
丁度その頃──。
ミーシャは自室に下がり、ゆったりと深く椅子に腰掛け、考え事をしていた。
ミーシャのすぐ脇の床にはふんわりした丸型のクッションがあり、その上にくるんと丸まって犬カバが幸せそうに寛いでいる。
リッシュがいなくてはつまらないと思うのだろう。
飛行船の整備などでリッシュが屋敷を空ける時は大抵リッシュの部屋からわざわざお気に入りらしいこのクッションを口にくわえて持ってきて、ここに置いて寛ぐのが犬カバの常だった。
たまに、こんなに毎日食べては寝、寝ては食べての生活を続けさせていていいのかしら、とも思うのだが、ミーシャだって人の事は言えないので仕方ない。
屋敷内だけで隠遁生活を送ろうと思うと、結局はこういう風になってしまいがちだった。
ミーシャの場合は犬カバの『寝る』が『読書や考え事の時間』になるのだが、動かずじっとしているという点では変わりない。
そして今は──真に考えなければならない、重要な考え事もあった。
ミーシャは机の上に肘を突き、両手の甲で顔を支える様にしながら意識をそちらに集中させる。
『──……いずれ必ず、皆の無念は晴らす』
レイジスが言った、この言葉──……。
この言葉が、ミーシャの胸に大きな不安を残していた。
一体どういった形で皆の無念を晴らすつもりなのか、レイジスは敢えては語らなかったが、ミーシャにだってそれくらいの予想はつく。
内乱の首謀者、サランディール宰相セルジオの首を取り、不当に奪われた国と王位を奪還し、国を平定する──。
きっとそういうつもりで言ったのだろう。
ミーシャだってその事自体には異論はない。
前にヘイデンも言っていたが、サランディールでは今、セルジオが『総帥』として権力を思うままにし、国土は荒れ、民も飢え始めていると聞く。
国の為にも民の為にも、セルジオをこのままのさばらせていていいはずはない。
レイジスは──少し変わり者だが──父王や兄からも能力を認められ、頼りにされてもいた。
王位に就けばその能力を遺憾なく発揮し、上手く国を治める事が出来るだろう。
だからそこに不安もない。
問題は、そこへ行くまでの道筋だ。
トルスからサランディールへ、どの様に国境を越えるつもりなのか。
無事何事もなく国境を越えたとして、サランディール城までの道筋は?
ミーシャが以前通ってきた地下通路では、城の内部に出る為の入り口が狭すぎてレイジスやジュードではとても通り抜けられない。
かと言って陸路を行けばレイジスの顔を知るセルジオの手の者に見つかり、城へ辿り着く前に捕らえられる危険もある。
では、どうするのか。
きっと、とミーシャは小さく目を細めながら、考える。
きっとジュードはリッシュから聞いた飛行船の話を、レイジスに話しただろう。
二人が飛行船をどれ程のものだと思っているかは分からないが、夜陰に紛れて国境を越え……もっと上手くすればかなり城に近い場所まで飛ばしていけるかも、くらいには考えてもおかしくはない。
レイジスは、ミーシャやリッシュの身の安全を脅かすつもりはない、心配するなと言っていたが──……。
本当に、言葉通りを信じていいのかしら……。
あのレイジスがこれほどサランディール奪還の為に都合のいいものを、黙って見過ごすとも思えないのだが。
じりじりと、胸が痛む。
以前ヘイデンと話していた様な事が、本当に起こり得るかもしれない。
『──サランディールという国は、リッシュにとって鬼門だ。
私は、リッシュにはあの国に関わって欲しくないと思っている』
ヘイデンの言葉が脳裏に蘇る。
ミーシャはきゅっと眉を寄せ、きつく目を閉じた。
そこに、はっきりと焼き付くある光景がある。
サランディールの地下通路、その壁に背を持たせかけたまま白骨と化した、ダルク・カルトの遺骸だ。
それが不意にリッシュの姿と重なって……。
ミーシャはギクリとして目を開く。
その、僅かな身動ぎに気づいたのだろうか、犬カバが丸まった体からひょこりと器用に顔だけを出して、
「クヒ?」
ミーシャへ向けて、問いかける。
ミーシャは冷える内心を押し殺し、やんわりと微笑んでそれに応えた。
「……何でもないの。
少し……うとうとしてしまっていたみたい」
ヒリヒリと痛む心臓をよそに穏やかにそう告げると、犬カバが安心した様に「きゅっ」と鳴いて、そうして再び丸まった体に頭を埋める。
ミーシャはそれを最後まで見守ってから──やんわりとした微笑みを崩して、思わず顔を曇らせた。
──ダルクさんと同じ道を、リッシュに歩ませたくない。
サランディールという国に関わって命を落とす様な事だけは、絶対に──。
けれど、どうしたらいい?
一体、どうしたら──……。
ミーシャは沈痛な面持ちのまま、重く考えを巡らせたのだった──。
レイジス達と別れてしばらく──。
俺はその場に佇んだまま、ただ無言で頭を巡らせていた。
サランディール奪還に俺の飛行船を利用する事、その返事をどうするかってぇのもそうだが……。
──ジュードの事を、あまり信用しすぎない方がいい──
別れ際、レイジスが言ったあの言葉──……。
あの言葉が、俺の胸の中で もやっと後を引いて残っていた。
ジュードを信用しすぎるなって、一体どういう意味でだよ?
注意を促すならちゃんとこれこれこーゆーところに気をつけろって、もっと丁寧に説明してくれよ。
ったく、頭がこんがらがっちまうじゃねぇか……。
思わず口をへの字に曲げて空を見上げる。
青空にたなびく雲がゆったりと左から右へと流れていく。
俺はしばらくそこに佇んで──カリカリと頭を掻いて、来た道をゆっくりと戻り始めた。
途中道を折れて、より歩き慣れた脇道へ入る。
せっかくここまで来たんだ、飛行船の整備くらいしていくかぁ。
◆◆◆◆◆
丁度その頃──。
ミーシャは自室に下がり、ゆったりと深く椅子に腰掛け、考え事をしていた。
ミーシャのすぐ脇の床にはふんわりした丸型のクッションがあり、その上にくるんと丸まって犬カバが幸せそうに寛いでいる。
リッシュがいなくてはつまらないと思うのだろう。
飛行船の整備などでリッシュが屋敷を空ける時は大抵リッシュの部屋からわざわざお気に入りらしいこのクッションを口にくわえて持ってきて、ここに置いて寛ぐのが犬カバの常だった。
たまに、こんなに毎日食べては寝、寝ては食べての生活を続けさせていていいのかしら、とも思うのだが、ミーシャだって人の事は言えないので仕方ない。
屋敷内だけで隠遁生活を送ろうと思うと、結局はこういう風になってしまいがちだった。
ミーシャの場合は犬カバの『寝る』が『読書や考え事の時間』になるのだが、動かずじっとしているという点では変わりない。
そして今は──真に考えなければならない、重要な考え事もあった。
ミーシャは机の上に肘を突き、両手の甲で顔を支える様にしながら意識をそちらに集中させる。
『──……いずれ必ず、皆の無念は晴らす』
レイジスが言った、この言葉──……。
この言葉が、ミーシャの胸に大きな不安を残していた。
一体どういった形で皆の無念を晴らすつもりなのか、レイジスは敢えては語らなかったが、ミーシャにだってそれくらいの予想はつく。
内乱の首謀者、サランディール宰相セルジオの首を取り、不当に奪われた国と王位を奪還し、国を平定する──。
きっとそういうつもりで言ったのだろう。
ミーシャだってその事自体には異論はない。
前にヘイデンも言っていたが、サランディールでは今、セルジオが『総帥』として権力を思うままにし、国土は荒れ、民も飢え始めていると聞く。
国の為にも民の為にも、セルジオをこのままのさばらせていていいはずはない。
レイジスは──少し変わり者だが──父王や兄からも能力を認められ、頼りにされてもいた。
王位に就けばその能力を遺憾なく発揮し、上手く国を治める事が出来るだろう。
だからそこに不安もない。
問題は、そこへ行くまでの道筋だ。
トルスからサランディールへ、どの様に国境を越えるつもりなのか。
無事何事もなく国境を越えたとして、サランディール城までの道筋は?
ミーシャが以前通ってきた地下通路では、城の内部に出る為の入り口が狭すぎてレイジスやジュードではとても通り抜けられない。
かと言って陸路を行けばレイジスの顔を知るセルジオの手の者に見つかり、城へ辿り着く前に捕らえられる危険もある。
では、どうするのか。
きっと、とミーシャは小さく目を細めながら、考える。
きっとジュードはリッシュから聞いた飛行船の話を、レイジスに話しただろう。
二人が飛行船をどれ程のものだと思っているかは分からないが、夜陰に紛れて国境を越え……もっと上手くすればかなり城に近い場所まで飛ばしていけるかも、くらいには考えてもおかしくはない。
レイジスは、ミーシャやリッシュの身の安全を脅かすつもりはない、心配するなと言っていたが──……。
本当に、言葉通りを信じていいのかしら……。
あのレイジスがこれほどサランディール奪還の為に都合のいいものを、黙って見過ごすとも思えないのだが。
じりじりと、胸が痛む。
以前ヘイデンと話していた様な事が、本当に起こり得るかもしれない。
『──サランディールという国は、リッシュにとって鬼門だ。
私は、リッシュにはあの国に関わって欲しくないと思っている』
ヘイデンの言葉が脳裏に蘇る。
ミーシャはきゅっと眉を寄せ、きつく目を閉じた。
そこに、はっきりと焼き付くある光景がある。
サランディールの地下通路、その壁に背を持たせかけたまま白骨と化した、ダルク・カルトの遺骸だ。
それが不意にリッシュの姿と重なって……。
ミーシャはギクリとして目を開く。
その、僅かな身動ぎに気づいたのだろうか、犬カバが丸まった体からひょこりと器用に顔だけを出して、
「クヒ?」
ミーシャへ向けて、問いかける。
ミーシャは冷える内心を押し殺し、やんわりと微笑んでそれに応えた。
「……何でもないの。
少し……うとうとしてしまっていたみたい」
ヒリヒリと痛む心臓をよそに穏やかにそう告げると、犬カバが安心した様に「きゅっ」と鳴いて、そうして再び丸まった体に頭を埋める。
ミーシャはそれを最後まで見守ってから──やんわりとした微笑みを崩して、思わず顔を曇らせた。
──ダルクさんと同じ道を、リッシュに歩ませたくない。
サランディールという国に関わって命を落とす様な事だけは、絶対に──。
けれど、どうしたらいい?
一体、どうしたら──……。
ミーシャは沈痛な面持ちのまま、重く考えを巡らせたのだった──。
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