上 下
131 / 242
十六章 再会

6

しおりを挟む
何でそんなふうに感じたのかは俺にも分からねぇ。

ジュードは何とも思ってなさそうだが……レイジスの横のミーシャは何故かほんの少し不安気に兄貴を見つめている。

俺がそのミーシャの表情に気を取られかけていると、ヘイデンが淡々とした面持ちでただ一言「承った」と答える。

「もとよりそのつもりだ。
ミーシャ殿の身の安全は、こちらで引き受ける」

ヘイデンの言葉にレイジスが破顔する。

「──ありがとうございます」

言った言葉も笑みも、どこもおかしくねぇ。

ねぇんだが……。

なんだろう、この何とも言えねぇ感覚は。

犬カバが平和そうに俺の足元でむしゃむしゃとチキンにがっつくのをちょっと見ながら──俺は誰にも気づかれねぇ様に小さく片眉を上げた。

と──少しの間を置いて、ミーシャがそっとレイジスへ向かって口を開く。

「──ところで兄上、」

「──うん?」

ミーシャの重たい表情にレイジスは和やかに微笑みかける。

ミーシャはそいつに一切表情を緩めることもなく、続きを口にした。

「── 一年前のサランディールの内乱……。
あの日サランディールで一体何があったのか……兄上の知っている事を教えては頂けませんか」

さらりと核心をついてミーシャが問いかけるのに……レイジスは一瞬スッと笑みを引っ込め、そーして少し困った様な目でミーシャを見下ろした。

はぁともふぅともつかねぇ息をついてテーブルの上の食事に大仰に手を広げる。

そーしてミーシャに目で訴えかける。

今その話までしたら、せっかくの飯が冷めちまう……って。

……まぁ、レイジスは んなしゃべり方しねぇかもしんねぇが。

わりに真剣な目で訴えて、レイジスはやんわりと口でもミーシャに訴える。

「──食事の後にしよう。
執事殿の料理をまずは味わいたい」

やんわりとした口調だが、そこには有無を言わせねぇ響きがある。

実際ミーシャはその返答にほんの少し不満げにしながらも、大人しく口を閉じた。

レイジスは『分かってくれて良かった』とばかりに微笑んで、食事の前の祈りの言葉を口にして、再びヘイデンに食事の席への招待に対する感謝を述べてようやく食事を開始した。

さすが王族の出だけあって、食事の取り方もなんかしんねぇが上品だ。

俺は詳しい事は分からねぇが、たぶん食事のマナー的なもんもバッチリ出来てんだろう。

俺やミーシャも、レイジスとヘイデンに続いて食事を始める。

一番最後にジュードも静かに食事を取り始めた。

だんまりを決め込んだままのジュードに引き換え、レイジスは朗らかに和やかに談笑を交えつつ食事を進める。

つっても、ミーシャはあんまりその談笑には加わらねぇし、ヘイデン・ジュードもいつも通りのだんまりだからレイジスの談笑の相手はもっぱらこの俺、なんだけどよ。

けど……何つーのかな?

そのレイジスも、一見俺との会話を楽しんでるよーに見えて、その実まったく別な事を考えてる様な……。

俺はそいつに気がつきながらも、レイジスの穏やかな談笑に付き合う事にしたのだった──。

◆◆◆◆◆

それから小一時間後──

(見た目には)和やかな昼食会も終わりに近づき、執事のじーさんが皆にうまくて温かい茶を淹れ直してくれた、その頃合いに──。

レイジスは俺との談笑を切り上げて、ようやく隣のミーシャの顔へ視線を転じた。

ミーシャがそいつに不満げに兄を見返す。

まぁ、こんだけ話を先送りにされて、しかもその間に為されたのがどーでもいい談笑のみだったんだから、ミーシャの気持ちも分からなくもねぇけど。

レイジスはそのミーシャの顔を見て静かに一つ息をついた。

そうして、言う。

「──分かっている。
サランディールの内乱の日の事、だよな」

言った横顔がちゃんと真面目になっている。

ミーシャがレイジスの言葉に小さく一つ頷くと、レイジスはテーブルを囲む皆の顔を見る。

執事のじーさんはそいつに静かに一礼して、話の邪魔にならねぇ様部屋を出ようとしたんだが……。

レイジスが片手を上げてそいつを留めた。

いてもらって構わねぇっていう、無言の合図だ。

じーさんがもう一つ礼をしてその場に留まるのを、気配で感じながらだろう、レイジスが

「──さて、」

と一言口を開いた。

その、たった一言で。

その場にいる全員の注目が一気にレイジスに集まる。

俺の足元にいた犬カバでさえもぴょんと俺の膝の上に跳ね上がり、レイジスの方を大人しく見つめる。

俺だったら んなに一斉に注目なんかされたら多少なりとも怯んじまう所だが、レイジスはまったく何にも動じてねぇ。

人の注目に──“見られる”って事に慣れてる人間の所作だ。

レイジスは構わず先を続ける。

「結論から言えば、俺があの内乱について知っている事は、すでに世間で知られている内容とさほど変わりない。
父王や兄、アルフォンソが討たれた事、内乱の首謀者は宰相のセルジオであった事。
そのセルジオが今はサランディールを乗っ取り好き勝手にしている事だ。
セルジオは──確かにかなり以前から、怪しむべき点のある人物だった。
もちろん俺は反対したが──……ノワール王とミーシャとの縁談を持ち出したのもセルジオだったし、妙な噂もいくらか耳にしていた。
ノワールと裏で結託し、サランディールで反逆を企てる気なのでは、と思える様なものもいくつかあった」

レイジスがさらりと言うのに、俺は思わず「じゃあ、」と口を挟みかけた。

だったらなんでそん時、そのセルジオとかいう宰相をちゃんと問い詰めなかったんだ。

レイジスの話じゃ『かなり以前から』怪しむべき点があったんだろ?

その間にきちんと真偽を明らかにしてりゃあ、サランディールでの内乱は防げたんじゃねぇのか。

それにミーシャだって……危うくノワール王と結婚させられちまうトコだったんだぜ?

もしかしたら何かとんでもねぇ悪巧みをしてるかもしれねぇってのに……どうして んなに簡単にその縁談を受け入れたんだよ?

そう言いかけたんだが、レイジスはそいつに静かに首を横に振って答えた。

「こういった噂話は──特に噂の人物が地位の高い者であればあるほどに、"出回るもの"なんだ。
真偽の程を本人に問い詰めたところで常に本当の・・・・・話が聞ける訳でもないし、やましい事があり、自分が疑われていると勘づけば、その証拠は狡猾な者ほどうまく隠す。
俺と兄は水面下で方々手を尽くし、セルジオの事を色々と調べたが、やつが国を裏切りノワールと内通しているという証拠はその時何一つ出てこなかった。
父王は、セルジオを信じておられたよ。
おそらく最後の時までね」

言ったレイジスの言葉端に──ほんのわずかに苦い物が混ざる。

レイジスにとっても悔いの残る話、なんだろう。

レイジスは一つ息をついて話を続けた。

「内乱が起こったあの日の晩、俺が目を覚ました時にはもうかなり火が回っていた。
詳しい状況を確認するなんて事は、とても出来なかった。
それでも父王やアルフォンソが討たれた事、俺とミーシャの命が狙われてる事は騒乱の中で容易に知れた。
お前の事もかなり探したが──結局俺は、お前を見つける事が出来なかった。
俺は一人裏道から城下へ抜け出し、そのままトルスへ亡命したんだ。
内乱の首謀者がセルジオだったと知ったのはその後だ。
俺は結局今も、セルジオとノワールに本当に何か関連があったのか、何故あんな事になったのかも分からない。
だが──……いずれ必ず、皆の無念は晴らす」

テーブルに乗せた拳にグッと力を込めて──……レイジスが強く、そう断言する。

そうしてそっと、ミーシャに向けて苦笑いして見せた。

「……俺の話はそれだけだ。
大した話もなく悪いがな」

まるで──思わず力を込めて言った本心を隠すみてぇなその苦笑と言葉に、ミーシャは何も言わずにそっとテーブルの上の自身のティーカップに視線を落とす。

レイジスは優しげな苦笑いのまま、言葉を続けた。

「──心配するな。
お前やリッシュくんたちの身の安全を脅やかすつもりは毛頭ない。
犬カバくんを狙っているというノワール貴族の件も、俺とジュードで請け合おう。
二人と一匹はここで大人しく匿わせて頂きなさい」

言って──レイジスはミーシャの返事を待たず、「さて、」と話を締めくくった。

「──すっかり長居してしまいました。
そろそろお暇させて頂きます。
──ハント卿、」

言って、レイジスはヘイデンへ向かって声をかける。

「──妹の事を、よろしくお願いします」

深く、きっちりと頭を下げて言うレイジスに──ヘイデンが無言のままに一つ静かに頷いた。

レイジスがそいつに小さな微笑みを浮かべて、席を立つ。

そいつに合わせる様にジュードも席を立った。

俺は──俺もそいつに合わせて席を立つ事にした。

膝の上の犬カバが「キュヒッ」とヘンな鳴き声を上げて床に降り立つ。

俺はレイジスに向けて、言う。

「──途中まで見送るよ。
街に戻るんだろ?
いい裏道、知ってるぜ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

条件付きチート『吸収』でのんびり冒険者ライフ!

ヒビキ タクト
ファンタジー
旧題:異世界転生 ~条件付きスキル・スキル吸収を駆使し、冒険者から成り上がれ~ 平凡な人生にガンと宣告された男が異世界に転生する。異世界神により特典(条件付きスキルと便利なスキル)をもらい異世界アダムスに転生し、子爵家の三男が冒険者となり成り上がるお話。   スキルや魔法を駆使し、奴隷や従魔と一緒に楽しく過ごしていく。そこには困難も…。   従魔ハクのモフモフは見所。週に4~5話は更新していきたいと思いますので、是非楽しく読んでいただければ幸いです♪   異世界小説を沢山読んできた中で自分だったらこうしたいと言う作品にしております。

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

ヤンデレ狼の英雄様に無理矢理番にされました。さて、それではデスゲームを始めましょうか

井藤 美樹
恋愛
 ゼシール王国が特別ではないけど、この世界は、獣人や竜人、エルフやドワーフなどの亜人族と人族が共存して暮らしている。  とはいっても、同じ町や王都に住んでいるだけで、居住区域は別々。それは人族と亜人族を護るために必要なこと。  なんせ、人族である私にはわからない世界だけど、亜人族には番っていう者が存在するの。昔は平気で亜人族が人族を拉致していたって聞いたわ。今は法律上罰せられるから安心だけどね。  でも、年に一回、合法的に拉致できる日があるの。  それが、愛の女神レシーナ様の生誕の日――  亜人族と人族の居住区の境界にある中央区で行われる、神聖な儀式。  番を求める亜人族と年頃の人族が集まるの、結構な人数だよ。簡単に言えば集団お見合いかな。選ばれれば、一生優雅に暮らせるからね、この日にかける人族の気持ちは理解はできるけどね。私は嫌だけど。  この日ばかりはお店はお休み。これ幸いと店の掃除をしていたら、ドアをノックする音がした。  なにも考えずにドアを開けたら、亜人族の男が私に跪いて差し出してきた、女神が愛する白百合の花を―― 「やっと会えた……私の運命の番。さぁ、私たちの家に帰ろう」  たった六歳の少女に求婚してきたのは狼獣人の白銀の守護者様。  その日から、ゴールが監禁というデスゲームが始まった。  

異世界の平和を守るだけの簡単なお仕事

富樫 聖夜
ファンタジー
ひょんなことから、ご当地ヒーローのイベントに怪獣役で出ることになった大学生の透湖。その最中、いきなり異世界にトリップしてしまった! 着ぐるみ姿のまま国境警備団に連れていかれた透湖は、超美形の隊長・エリアスルードに見とれてしまう。しかし彼は透湖を見たとたん、いきなり剣を抜こうとした! どうにか人間だと分かってもらい、事なきを得た透湖だが、今度は「救世主」と言われて戦場へ強制連行! そこでマゴスと呼ばれる本物の怪獣と戦うことになり、戸惑う透湖だったけれど、なぜか着ぐるみが思わぬチートを発揮して――?

恐喝されている女の子を助けたら学校で有名な学園三大姫の一人でした

恋狸
青春
 特殊な家系にある俺、こと狭山渚《さやまなぎさ》はある日、黒服の男に恐喝されていた白海花《しらみはな》を助ける。 しかし、白海は学園三大姫と呼ばれる有名美少女だった!?  さらには他の学園三大姫とも仲良くなり……?  主人公とヒロイン達が織り成すラブコメディ!  小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。  カクヨムにて、月間3位

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

処理中です...