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十一章 会議

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俺は下にいるミーシャに『じゃ、行ってくる』って意味を込めて目顔で示し、(かなり名残惜しいが)さっと出口の蓋を閉じる。

閉じちまうともう、どこが蓋の継ぎ目だったのかパッと見には分からねぇ。

フツーにフツーの石畳が伸びてるだけだ。

こんなトコに秘密の入り口があるなんて知らなければ、誰もこの石畳の一部が外れて通路が出てくるなんて思いもよらないだろう。

まあ、だからこその秘密の地下通路、なんだろうが。

俺はすっくとその場に立ち上がって細い裏路地を歩き出そうと足を一歩踏み出しかけて──そのままピタと立ち止まる。

俺のすぐ左は、行き止まりになってる高い石壁、右側は とある家の裏手になってるみてぇなんだが……。

その家の壁に、小さな古い勝手口があった。

このうら寂れた雰囲気、どっからどー見ても空き家だろう。

俺は──ふと思い立ってその戸をそっと押してみる。

古そうだし、多少はキィっと音を立てるかと思ったが──実際の所は何の音も立たなかった。

犬カバと二人、思わず目を合わせる。

そーして、どうやら同じ事を思ったらしい。

犬カバと二人、滑り込む様に中に入って戸を後ろ手に閉める。

外と変わらねぇ静かな空気が、家の中に満ちていた。

入ってすぐの所には俺の家と造りのよく似たキッチンがあるんだが、どこもかしこも薄く埃が積もっている。

もちろん辺りからは物音一つ聴こえてこねぇ。

どうやら俺の完璧な予想通り、今は誰も住んでないみてぇだ。

シエナが来るまで、この家で待たせてもらうとしますかね。

軽く考えながら──俺は辺りの様子を見るともなしに見る。

家の造りは、俺の家とよく似ていた。

うちには裏手に勝手口こそないが、キッチンから入ってすぐの所はリビング、そっから見て右手に上の階に繋がる階段が見える。

床には赤いふかふかの絨毯。

置いてある家具も、何だか高級そうだ。

俺は何気なしにリビングのテーブルの上を見る。

家具もテーブルも長年使われてなかったんだろう、埃が積もっていたが……。

──こいつも、同じだ。

まるで急に何かの用事が出来て急いで出てったみてぇに、テーブルの上には白い皿の上にカピカピに乾いて硬くなった食いかけのパンがあり、そこに並んだコップには幾層にも渡って作られた輪じみがこびりついている。

俺は思わず訝しんでそいつを見た。

──この旧市街、一体どうなってやがんだ?

こんな家が、まだ他にもあるんだろうか。

もしそうだってんなら何だかちょっと不気味なんだが。

と、んな事を意にも介さねぇ犬カバが、

「クッヒー」

一言鳴いてテーブルに面したある椅子の上に飛び乗り、ささっと埃を尻尾で払って見せた。

軽~く辺りに白い埃が舞ったが、気にしやしねぇ。

埃のついた尻尾をパタパタっと下へ振り落としてそのまま すとんと席に着く。

俺はやれやれと頭を横へ振って、犬カバの正面の席の埃をザッと手で払う。

席に掛けて、そのままゆったり息をついた。

そーすると……ふつふつと、さっきのミーシャとの出来事が頭の中に流れてくる。

俺は一人頬を緩ませた。

へっへへ。

幸せってのはこーゆー事を言うんだなぁ。

犬カバがテーブルの向かい側から半眼で俺を見てるのが分かるが、一向に構わねぇ。

テーブルの上の妙に干からびて放置された食べ物も全然全く気にならなかった。

そーしてそのまま一人、へらへらしながらしばらく時間を潰していると──

俺の鋭い耳が、遠くから響く馬車の音を拾った。

犬カバも気づいたんだろう、よーやく俺っていう うざったい男から逃れられるとばかりに するっと椅子を降り、いち早く家の勝手口の方へ向かう。

俺も気分上々のままゆったりと犬カバの後に続いた。

勝手口を少し外側へ向けて開き、誰もいねぇ事を確認してから犬カバと共に外に出る。

表通りに出て少し進んだ所で待っていると、案の定 通りの向こうから馬車がやってきた。

そーして俺の真ん前で止まる。

御者は見たことのねぇふてぶてしそうなムサいおっさんだったが、俺の方なんかチラとも見向きもしねぇ。

たぶん、興味のカケラすらないんだろう。

と、馬車の窓から俺の姿を確認したらしいシエナが、ほんの一瞬安堵した様な顔をして馬車の戸を開く。

俺は何食わぬ顔で犬カバと共にサッと中へ滑り込んだ。

俺がシエナの正面の席に、犬カバがそのすぐ横に腰を据えると、見計らった様に馬車が動き出す。

……ふ~、やれやれ。

ここまでくりゃ、後は会議場まで運ばれてくだけだな。

折り悪くラビーンやクアンみてぇな輩と会ったら面倒だなと思ってたが、ほんと何事もなくって良かったぜ。

──いや、『何事もなかった』って事はなかったか。

不意にミーシャの事を思い出しちまって──俺は思わずにやける。

と──シエナが目を軽くすがめて俺の方を見つめてきた。

「……あんた、何一人でニヤニヤしてんだい?
それにちょっと顔も赤いし……。
また熱でも出してんじゃないだろうねぇ?」

正面からシエナが問いかけてくるのに事情を知ってる犬カバが ブフンッと鼻息とも声ともつかねぇ声を上げる。

俺はシエナに内心を悟られたりしねぇ様に顔を引き締め、しれっとして肩をすくめた。

「──いや、ヘーキだよ。
何でもねぇって」

言ってやると、シエナが目をすがめる様にして俺を見ながら、

「そうかい?」

と一つ返してくる。

何だかちょっと疑われてるよーな気もするが、とりあえずこれ以上詮索される事はなさそうだ。

俺は上機嫌のまま──ただし、顔には出ねぇ様に気をつけながら──そっと静かに一つ息をついたのだった──。


◆◆◆◆◆


馬車を走らせる事数十分。

ようやく辿り着いたのは、トルスの政治の中心地──首都にある、大統領官邸前だった。

目の前にで~んとそびえるのは、立派で大きな石造りの門と、そこから左右へ長~く続く高い壁。

門の入口には二人のいかにもお堅そうな門番が、微動だにせず立っている。

門の向こう側には結構な敷地面積の庭園があり、その奥に……ようやく、レンガ造りの立派で大きな建物が見える。

ゆったりとした扇型の、威風堂々とした佇まいの建物だ。

俺はシエナに続いて馬車を降り、犬カバと共にそのまま悠々と門の方へ向けて歩き出す。

身元を示せと命じた門番に、シエナがギルド協会のマスターの証である、銀の鎖に繋がれた小さなメダルを見せた。

確か、メダルにはギルド協会のシンボルでもある、横顔の乙女とイバラの絵の刻印がされてたはずだ。

俺はシエナが手の平からじゃらりと銀の鎖を下に垂らすのを、見るともなしに見る。

銀の鎖に繋がれた……。

俺は何だか急にめまいがして、きゅっと目を閉じ、頭を横へ振った。

門番が深く頷いてシエナを奥へ通す。

シエナがメダルを片手でしまい、歩き出す。

幸いな事に、犬カバもシエナもこっちの様子には気づかなかったみてぇだ。

俺は半ば安堵して、シエナとその後についた犬カバの後ろについてゆっくりと歩き出す。

庭園を抜け、建物の中に入る頃には、めまいはもう治っていた。

建物の中は──外観を裏切らねぇ程、立派な様相だった。

敷き詰められた赤くフカフカした絨毯。

入ってすぐの所はエントランスホールになっていて、左右からゆったりと曲線を描く様に上へ上がる、これまた赤い絨毯張りの階段がある。

その手すりは銀色で、植物の蔓でもモチーフにしてんのか、複雑に渦巻きながら一番上のシンプルな持ち手部分に繋がっている。

階段に両脇を挟まれる形で真ん中に佇んでるのは、白い石材で枠取られた泉だ。

白い石枠に囲まれた、揺れる水色の水面が心底きれいだった。

階段の銀の手すりといい この泉といい、かなり趣味がいい。

大統領官邸なんて所には偉いやつらが来るんだろうから、誰がどう見てもきれいに見える様に作られてるんだろーが……。

どっかの誰かさん家とは大違いだぜ。

思わず何故かゴルドーの姿を思い出す。
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