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十一章 会議
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◆◆◆◆◆
そして迎えた会議当日──
「それじゃあ、行ってくるぜ」
と、ごくごく軽~い口調で俺はそう口にする。
目の前にはシエナとミーシャ。
それに俺の足元には犬カバがいる。
外はようやくほのかに朝日が上がってきたかって頃合い。
俺はいつも通りの『リッシュ・カルト』の姿で、今ではすっかり自室みてぇになっちまった救護室のいつもの部屋にいた。
──いや、『いつも通りの姿で』ってのはちょっと違うか。
服はいつもの着なれた普段着じゃなく、濃紺の膝丈までのオーバーコートに白シャツ、薄灰色のスーツっぽいズボン。
オーバーコートと合わせた紺色のクラバットタイをキュッとネクタイみてぇにしめた、ちょっとおしゃれ度溢れるスタイルだ。
前髪もかき上げ、後ろに縛った髪は服と同じ濃紺のリボンでまとめた。
もちろん服やリボンは俺の手持ちじゃねぇ。
ちゃんとした場に出るんだから、とシエナが調達してきてくれたもんだが……。
ミーシャには「なんだか詐欺師みたい」っつー何ともビミョーな感想をもらうし、服を揃えた当人のシエナにも「私には顔だけが取り柄の貴族のボンボンって感じに見えるよ」なんていう不名誉な感想を漏らされた。
ったく……。
二人揃って言いたい放題だ。
でも、っかしいなぁ。
俺的にはどこぞの出来る男って感じで、案外キマってると思うんだけどな。
ま、それはさておき。
さて、この救護室からこの俺、『リッシュ・カルト』が誰にもバレる事なく外へ出るにはどーするか。
もちろん、この完全完璧な『リッシュ』の姿で、ギルドの冒険者が『リア』の為に夜を徹して見張っているその横を上手くすり抜けなきゃならねぇ。
んなの絶対ぇムリだ……と、思うだろ?
俺だって当然そう考えてたんだが。
この部屋、実は外へ通じる隠し通路があるらしい。
救護室に置いてある二つのベッドの一つ──俺が普段寝てねぇ方のベッドだ──、その下の床にはパッと見じゃよく分からねぇ程度の切れ込みがある。
一方のベッドの裏にはそこに差し込む為の細い板が仕込まれていて、そいつを床の切れ込みに入れ、テコの原理で持ち上げ床板を外すと──そこに、ギルドの外へ出れる秘密の階段が出てくるって訳だ。
何でもギルドの救護室で誰かを匿ったりしてそいつが見つかりそうになった時にだけ使われるらしい。
もちろんあんまり誰にでもしゃべれる通路じゃねぇから冒険者達だってほとんど誰も知らない。
階段を降りた先はちょっとした地下通路になっていて、そこを抜けると旧市街の辺りに出るらしい。
この頃じゃ『ダルク』がギルドに寝泊まりしてる事も知られているし、ファンの女の子たちが旧市街をうろつく事もねぇ。
この隠し通路を出た先も俺の家から通り三本挟んだ向こう側だから、余計に人に見つかってなんやかやと騒がれる危険もほとんどなかった。
そんでも念には念を押して、旧市街に出たらその辺の空き家に隠れつつ、シエナが乗ってくる馬車を待つ事になっている。
馬車の御者もシエナが選んだ、ちゃんと信用の置ける人らしい。
……まぁ、一つ難点って言やぁ、『地下通路を通ってく』って事くらいか。
ちゃんと思い出せる訳じゃねぇんだけど……こないだ夢で見た、昔のダルクの事を思い出しそーで……何だか妙に嫌~な気分なんだよな。
特に耳につく、あの ぽたん、ぽたんっていう嫌な音。
──あれ、一体何の音だったんだ?
水の音が遠くに聞こえてた記憶もあるから、その音──だったんだろーか。
……まぁけど、ここはあの通路じゃねぇし、んな事いちいち うだうだ言ってらんねぇか。
こんな地下通路で一人倒れちまったら終いだ。
まぁ気を取られねぇ様にしながら、気楽にしっかりと進むとするさ。
考えてると、シエナが言う。
「向こうに出たら、きちんと大人しくしとくんだよ?
いくら指名手配が凍結状態だっていっても、誰かに見つかったら騒ぎにはなるだろうからね。
地下通路を行く間に体調が悪くなったら、無理せずその場で待機しておいで。
遅いと思ったらこちらから迎えに行くから。
それから──」
なおも言い募ろうとするシエナに、
「~分かってるって。
大丈夫。
たかが地下通路を数分歩いて、外の馬車で待ってるシエナと合流するだけだろ?
ガキじゃねぇんだからそんくらいちゃんとやれるっての」
俺はパタパタと手を振って言ってみせる。
ったく、ほんといつまでもガキ扱いで困るぜ。
半ば呆れつつ何気なくミーシャを見やる……と、ミーシャがシエナに向かって一つ頷いた。
シエナも少し心配混じりの目でミーシャを見つめて、そいつに小さく頷き返す。
まるで無言の会話をしたみてぇだ。
……何だぁ?
思わず片眉を上げてシエナとミーシャ、双方を見やると。
ミーシャが俺に向かって口を開く。
「──地下通路の出口までは、私が一緒に行くわ」
「あんた一人じゃ心配だからね」
シエナも言ってくる。
………。
まったくほんと、俺への二人の信頼は一体どうなってやがるんだ?
ガキじゃあるまいし一人で行けるっつーの。
と、思いはしたが。
……まあでも、ミーシャと二人だってんならそれもいいか。
な~んて思ってみたりもする。
この頃じゃジュードや犬カバ、シエナに邪魔されて、二人っきりになる機会なんて全くって言っていい程なかったしな。
特にジュードは俺とミーシャでちょっと話してるだけでも間に立ったりして邪魔してくるし、俺を射殺す勢いで睨みつけて牽制してきやがる。
いつもミーシャの料理教室にビビって俺の部屋を避難所にしてくるクセによ。
まぁ、そいつはいいとして。
──ミーシャと二人っきり、か。
思いながら──俺は顔が思わずへらっと浮かれちまいそうになるのを隠しながら、こほんと一つ咳払いをしてみせる。
そーして「分かったよ」と肩をすくめて返事した。
「なら、時間に遅れてもいけねぇし、そろそろ行くぜ」
これ以上のお小言はごめんだしな。
シエナにこれ以上あーだこーだ言われねぇ内に、俺はベッド下に現れた階段をさっさと下りる。
「リッシュ、壁の右側に明かりをつけるスイッチがあるから」
上からシエナに言われ、見てみると確かにさりげなくスイッチがある。
俺が片手でそいつを押すと、地下通路内の電気がぽうっと何の音もなくついた。
ここもギルドの中と同じく電気が通ってるって訳だ。
ギルドの中といいこの地下通路といい、まだあんまり普及してねぇ電気がしっかり完備されてるってのは便利でありがたいぜ。
そういや飛行船の隠されてるあの洞窟も電気が通っていた。
電気の普及も、わりと間近まで迫ってんのかもな。
「それじゃあシエナさん、行ってきます」
「道中気をつけていくんだよ。
もしリッシュにヘンなコトされそうになったらあばらを砕く勢いでぶっ叩いていいからね。
動けなくなっても私が引きずってってやるから」
「~へっ、ヘンなコト……?」
ミーシャの動揺しまくった上ずった声が聞こえる。
「おい!聞こえてんぞ!」
思わず上に向かって声を上げると、階段上からシエナがカラカラ笑う。
「おや、そーかい?」
軽~い感じに、言ってくる。
いや、笑い事じゃねぇっての。
せっかくやっと歩ける様になったってのにここで『あばらを砕く勢いで』ぶっ叩かれたら、元の木阿弥じゃねぇか。
ってーかヘンなコトってなんだよ、ヘンなコトって!
ったく……。
ミーシャが丁寧にもシエナに挨拶して俺に続いて階段を下リ始めるのに、俺は手を貸してやる。
手が触れた瞬間ガラにもなくちょっとドキマギしたが……たぶんミーシャにゃ気づかれてないハズだ。
──と、俺とミーシャの足元の隙間を縫って、犬カバがサササッと一緒に段を降りてきた。
どこまでついてくる気か知らねぇが、どーやらとりあえず地下道には一緒に行く気らしい。
ちっ。
そーなんじゃねぇかと思ったが、やっぱりついてくんのか。
せっかくミーシャと二人っきりになれるチャンスだったのによ。
……もうちょっと気を使えよな。
思わず半眼で、俺の足元を抜けていく犬カバを見やる。
と、上のシエナが声をかけてきた。
「それじゃまた後で。
くれぐれも目立つ真似するんじゃないよ」
俺はやれやれと思いながらも「へーい」と軽く返事したのだった。
そして迎えた会議当日──
「それじゃあ、行ってくるぜ」
と、ごくごく軽~い口調で俺はそう口にする。
目の前にはシエナとミーシャ。
それに俺の足元には犬カバがいる。
外はようやくほのかに朝日が上がってきたかって頃合い。
俺はいつも通りの『リッシュ・カルト』の姿で、今ではすっかり自室みてぇになっちまった救護室のいつもの部屋にいた。
──いや、『いつも通りの姿で』ってのはちょっと違うか。
服はいつもの着なれた普段着じゃなく、濃紺の膝丈までのオーバーコートに白シャツ、薄灰色のスーツっぽいズボン。
オーバーコートと合わせた紺色のクラバットタイをキュッとネクタイみてぇにしめた、ちょっとおしゃれ度溢れるスタイルだ。
前髪もかき上げ、後ろに縛った髪は服と同じ濃紺のリボンでまとめた。
もちろん服やリボンは俺の手持ちじゃねぇ。
ちゃんとした場に出るんだから、とシエナが調達してきてくれたもんだが……。
ミーシャには「なんだか詐欺師みたい」っつー何ともビミョーな感想をもらうし、服を揃えた当人のシエナにも「私には顔だけが取り柄の貴族のボンボンって感じに見えるよ」なんていう不名誉な感想を漏らされた。
ったく……。
二人揃って言いたい放題だ。
でも、っかしいなぁ。
俺的にはどこぞの出来る男って感じで、案外キマってると思うんだけどな。
ま、それはさておき。
さて、この救護室からこの俺、『リッシュ・カルト』が誰にもバレる事なく外へ出るにはどーするか。
もちろん、この完全完璧な『リッシュ』の姿で、ギルドの冒険者が『リア』の為に夜を徹して見張っているその横を上手くすり抜けなきゃならねぇ。
んなの絶対ぇムリだ……と、思うだろ?
俺だって当然そう考えてたんだが。
この部屋、実は外へ通じる隠し通路があるらしい。
救護室に置いてある二つのベッドの一つ──俺が普段寝てねぇ方のベッドだ──、その下の床にはパッと見じゃよく分からねぇ程度の切れ込みがある。
一方のベッドの裏にはそこに差し込む為の細い板が仕込まれていて、そいつを床の切れ込みに入れ、テコの原理で持ち上げ床板を外すと──そこに、ギルドの外へ出れる秘密の階段が出てくるって訳だ。
何でもギルドの救護室で誰かを匿ったりしてそいつが見つかりそうになった時にだけ使われるらしい。
もちろんあんまり誰にでもしゃべれる通路じゃねぇから冒険者達だってほとんど誰も知らない。
階段を降りた先はちょっとした地下通路になっていて、そこを抜けると旧市街の辺りに出るらしい。
この頃じゃ『ダルク』がギルドに寝泊まりしてる事も知られているし、ファンの女の子たちが旧市街をうろつく事もねぇ。
この隠し通路を出た先も俺の家から通り三本挟んだ向こう側だから、余計に人に見つかってなんやかやと騒がれる危険もほとんどなかった。
そんでも念には念を押して、旧市街に出たらその辺の空き家に隠れつつ、シエナが乗ってくる馬車を待つ事になっている。
馬車の御者もシエナが選んだ、ちゃんと信用の置ける人らしい。
……まぁ、一つ難点って言やぁ、『地下通路を通ってく』って事くらいか。
ちゃんと思い出せる訳じゃねぇんだけど……こないだ夢で見た、昔のダルクの事を思い出しそーで……何だか妙に嫌~な気分なんだよな。
特に耳につく、あの ぽたん、ぽたんっていう嫌な音。
──あれ、一体何の音だったんだ?
水の音が遠くに聞こえてた記憶もあるから、その音──だったんだろーか。
……まぁけど、ここはあの通路じゃねぇし、んな事いちいち うだうだ言ってらんねぇか。
こんな地下通路で一人倒れちまったら終いだ。
まぁ気を取られねぇ様にしながら、気楽にしっかりと進むとするさ。
考えてると、シエナが言う。
「向こうに出たら、きちんと大人しくしとくんだよ?
いくら指名手配が凍結状態だっていっても、誰かに見つかったら騒ぎにはなるだろうからね。
地下通路を行く間に体調が悪くなったら、無理せずその場で待機しておいで。
遅いと思ったらこちらから迎えに行くから。
それから──」
なおも言い募ろうとするシエナに、
「~分かってるって。
大丈夫。
たかが地下通路を数分歩いて、外の馬車で待ってるシエナと合流するだけだろ?
ガキじゃねぇんだからそんくらいちゃんとやれるっての」
俺はパタパタと手を振って言ってみせる。
ったく、ほんといつまでもガキ扱いで困るぜ。
半ば呆れつつ何気なくミーシャを見やる……と、ミーシャがシエナに向かって一つ頷いた。
シエナも少し心配混じりの目でミーシャを見つめて、そいつに小さく頷き返す。
まるで無言の会話をしたみてぇだ。
……何だぁ?
思わず片眉を上げてシエナとミーシャ、双方を見やると。
ミーシャが俺に向かって口を開く。
「──地下通路の出口までは、私が一緒に行くわ」
「あんた一人じゃ心配だからね」
シエナも言ってくる。
………。
まったくほんと、俺への二人の信頼は一体どうなってやがるんだ?
ガキじゃあるまいし一人で行けるっつーの。
と、思いはしたが。
……まあでも、ミーシャと二人だってんならそれもいいか。
な~んて思ってみたりもする。
この頃じゃジュードや犬カバ、シエナに邪魔されて、二人っきりになる機会なんて全くって言っていい程なかったしな。
特にジュードは俺とミーシャでちょっと話してるだけでも間に立ったりして邪魔してくるし、俺を射殺す勢いで睨みつけて牽制してきやがる。
いつもミーシャの料理教室にビビって俺の部屋を避難所にしてくるクセによ。
まぁ、そいつはいいとして。
──ミーシャと二人っきり、か。
思いながら──俺は顔が思わずへらっと浮かれちまいそうになるのを隠しながら、こほんと一つ咳払いをしてみせる。
そーして「分かったよ」と肩をすくめて返事した。
「なら、時間に遅れてもいけねぇし、そろそろ行くぜ」
これ以上のお小言はごめんだしな。
シエナにこれ以上あーだこーだ言われねぇ内に、俺はベッド下に現れた階段をさっさと下りる。
「リッシュ、壁の右側に明かりをつけるスイッチがあるから」
上からシエナに言われ、見てみると確かにさりげなくスイッチがある。
俺が片手でそいつを押すと、地下通路内の電気がぽうっと何の音もなくついた。
ここもギルドの中と同じく電気が通ってるって訳だ。
ギルドの中といいこの地下通路といい、まだあんまり普及してねぇ電気がしっかり完備されてるってのは便利でありがたいぜ。
そういや飛行船の隠されてるあの洞窟も電気が通っていた。
電気の普及も、わりと間近まで迫ってんのかもな。
「それじゃあシエナさん、行ってきます」
「道中気をつけていくんだよ。
もしリッシュにヘンなコトされそうになったらあばらを砕く勢いでぶっ叩いていいからね。
動けなくなっても私が引きずってってやるから」
「~へっ、ヘンなコト……?」
ミーシャの動揺しまくった上ずった声が聞こえる。
「おい!聞こえてんぞ!」
思わず上に向かって声を上げると、階段上からシエナがカラカラ笑う。
「おや、そーかい?」
軽~い感じに、言ってくる。
いや、笑い事じゃねぇっての。
せっかくやっと歩ける様になったってのにここで『あばらを砕く勢いで』ぶっ叩かれたら、元の木阿弥じゃねぇか。
ってーかヘンなコトってなんだよ、ヘンなコトって!
ったく……。
ミーシャが丁寧にもシエナに挨拶して俺に続いて階段を下リ始めるのに、俺は手を貸してやる。
手が触れた瞬間ガラにもなくちょっとドキマギしたが……たぶんミーシャにゃ気づかれてないハズだ。
──と、俺とミーシャの足元の隙間を縫って、犬カバがサササッと一緒に段を降りてきた。
どこまでついてくる気か知らねぇが、どーやらとりあえず地下道には一緒に行く気らしい。
ちっ。
そーなんじゃねぇかと思ったが、やっぱりついてくんのか。
せっかくミーシャと二人っきりになれるチャンスだったのによ。
……もうちょっと気を使えよな。
思わず半眼で、俺の足元を抜けていく犬カバを見やる。
と、上のシエナが声をかけてきた。
「それじゃまた後で。
くれぐれも目立つ真似するんじゃないよ」
俺はやれやれと思いながらも「へーい」と軽く返事したのだった。
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