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九章 告白
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偉さを鼻にかけたメーワク極まりねぇ小役人とやり合ったかと思ったら、ギルドの依頼で知り合ったどこぞのお偉いさんに『上に媚びない、そのまっすぐな性格がいい』とかなんとか言われて気に入られてたり。
ヘイデンだって没落してるとは言え貴族の端くれだ。
それにもう一人、ものすごく口の悪ぃ金持ちが──。
顔も思い出せねぇそいつの事を考えて、俺は思わず顔をしかめる。
……ああ、そーだ。
俺、そいつにダルクの墓の前で胸倉掴まれたり、『ダルクの事は忘れろ』とか何とか言われたんだ。
ダルクのやつと言い争ったりしてたのもそいつだ。
俺からすりゃあイヤな(つーか、怖ぇ?)男だったが、ダルクとはそこそこ気も合って、それこそヘイデンみてぇに飛行船作りを共にする仲だった。
何だか……ジュードの話を聞いてる内に、ほんの僅かずつだが昔の事が頭に蘇ってきた。
まるで、昔の事を覆い隠す鱗がボロンボロンと落ちていくみてぇに。
ジュードの話が意外すぎて(しかも俺もしゃべるとあばらに響くしな)ほとんど話を聞く側に回ってたんだが、ここ何日間かの間にミーシャとシエナの料理会が毎晩の様に開かれた為に、俺も俺の知るダルクの話をジュードに聞かせてやったりもした。
ジュードからしてもダルクがこんな隣国でギルドの仕事をしながら飛行船作りなんてモンに手を出してたとは思わなかったらしく、かなり驚いていた。
俺は──ここ数日で何度も何度もめくったダルクの手帳を、飽きもせずにまたぱらぱらと繰る。
だが頭ん中じゃそこにはねぇ様々な考えが浮かんでいた。
ジュードが語ったダルクやそのじーさんの昔の話の事、飛行船の事。
ダルクを気に入ってくれていたミーシャのじいちゃんの事、そして──。
考えかけて、俺はクッションに背をもたせかけたまま、ふぅ、ともはぁ、ともつかない息をつく。
犬カバがチラリと俺を見上げてきた。
俺は赤い手帳を開いたまま自分の腹の上に乗せて犬カバの頭を無意識に撫でてやる。
そうしながら、ある一人の女の子の顔を思い浮かべた。
短く切った黒い髪に、戸惑った様なすみれ色の瞳。
ミーシャの姿だった。
……ミーシャとは、あの日以来──俺が目を覚まして、丁度花を持ってきてくれたあの時以来──全く顔を合わせちゃいねぇ。
確かな事は言えねぇが……どうにも避けられちまってるよーな気がする。
シエナや、ジュードでさえ(ミーシャとシエナの料理教室の際の避難先としてだが)ちょいちょい来るってぇのに、こうもミーシャとだけ会わねぇってのは、やっぱりそーゆー事なんじゃねぇかと思う。
しかもその原因は、たったの一つしか思い浮かばねぇ。
俺がミーシャに……好きだ、なんて言っちまったせいだろう。
はぁ~っと重たく息をついて目を閉じる。
犬カバが小首を傾げながら俺を見上げるのが手先に伝わってきたが……俺はそいつにほとんど気づかねぇまま、ぐったりとクッションに寄りかかった。
………なんであんな事言っちまったのかなぁ……。
ミーシャは── 一体、どう思ったんだろう?
あれから一人で(まぁ、犬カバがいるが)ベッドに転がったまま、何度もその事を考えてるが、答えは出てこねぇ。
けど、だ。
避けられてるって事は……もしかして、もしかしなくても……。
ふいに頭の中にミーシャに『ごめんなさい』なんて申し訳なさそうに謝られる図が浮かぶ。
『私、リッシュの事をそんな風に思った事はないの。
本当に、ごめんなさい』
な~んて。
俺を傷つけない様に申し訳なさそうにフラれたら……さすがの俺も大分へこむぜ。
いや、まぁ、このまま何事もなかったかのよーにスルーされるのも中々キツいけど。
無意識に犬カバの頭を撫でくり回しながら んな事を考えて、目を閉じたまま溜息をつく……と。
キィ、とほんと僅かな音を立て、部屋の戸がほんの一筋、静かに開く気配がする。
俺は──何でなのか自分でも分からなかったが、目を閉じたまま寝たフリをする事にしちまった。
と──そっと、ささやく様な静かな声で、その声が「──犬カバ、」と俺の手の下にある犬カバの名を呼んだ。
──ミーシャの声だ。
俺の手の中の犬カバがそいつに「クヒッ?」と反応して俺の手をすり抜け、ベッドからビョーンと降りてトタトタとミーシャの方へ行くのが気配と音で分かる。
と、ミーシャが犬カバに聞く声がした。
「──リッシュの具合はどう?
ちゃんと寝ている?」
聞いている。
俺はほんのちょっと薄目を開けて、そっちの方面を見やった。
ほんのわずかに開けた戸の隙間から──その姿が見えた。
少し屈んだ体勢で犬カバを待っている、短い黒髪の華奢な女の子。
やっぱりミーシャだ。
ミーシャとはたった数日姿を見なかっただけだってぇのに、何だかものすごく長い間会えていなかった様な気がする。
胸の奥底から何だか熱いもんが込み上げてくる。
俺が今、目を開けてミーシャの名を呼んだら……ミーシャは去っていっちまうだろうか。
何だかそんな気がして声をかけれず、目も開けきれずにいると、犬カバがミーシャの所まで辿りつく。
そうしてそこで立ち止まるのかと思いきや──なんとミーシャの顔をぴょいと見上げて──
「クッヒー」
どういう意味か分からねぇ声をミーシャにかけて、そのままその横をスルーして部屋の外に出ていくじゃねぇか。
おいおい、俺を一人にする気かよ?!
今まで(少なくとも俺の起きてる間は)この部屋で俺のお付きみてぇに張り付いてたってぇのに、肝心な時に席を外すつもりかぁ!?
思わず口をぱくぱくさせて目を開け、犬カバの後ろ姿を見ていると。
「犬カバ?」
ミーシャがこっちは不思議そうに目をしばたいて部屋を出ていく犬カバを見送った。
……そうしてから、不意にミーシャがこっちへ顔を向ける。
とたん。
バチンッとミーシャと目が合った。
ミーシャが目を大きく見開いて俺を見ている。
どーやら、気づかれちまったみたいだ。
俺は──居心地悪く思いながらも片頬を引きつらせつつ、
「……よう」
声をかける。
ミーシャも居心地悪そうに困った様に微笑んだ。
その片手に二輪の花が入った一輪挿しを持っているのが見える。
きっと前回と同様、俺宛に贈られた花を置きに来てくれたんだろう。
そういや毎日、ふと気づくと窓辺の花が変わっている。
俺がうつらうつらしてる間に毎日入れ替えてくれてたのかもしれねぇ。
初めの内はもっと大きな花瓶にたくさんの花が活けられてたよーな気もするが……『リア』に贈られてくる花の数が、よーやく落ち着いたんだろう。
ミーシャが、今度は自然な感じで部屋の中へ足を踏み入れて、声をかけてくる。
「怪我の具合はどう?……少しは良くなった?」
その声が、優しい。
俺はその問いには敢えて答えずに、あばらに響かねぇ程度に肩をそっとすくめて見せた。
まぁ、ご覧の通り、ってな訳だ。
犬カバの力を借りなきゃならねぇとはいえ、こーしてどうにか一人で起き上がれる様にはなったし、初めの頃よりかは痛みもひどくねぇ。
まぁ、痛みがまるでねぇって訳でもねぇが。
ミーシャがそれに静かに微笑んで、窓辺に置かれた一輪挿しと持ってきた一輪挿しを差し替える。
初めに置いてあった一輪挿しには(何て花かは知らねぇが)ピンクが一輪、白が一輪のいかにも『リア』みてぇな女の子っぽい花が活けられてたんだが、ミーシャが新しく持ってきてくれたのは、キリッとした青とふんわりした雰囲気の薄紫色の花のセットだった。
花の事には疎い俺でも『ああ、きれいだな』と一目見て思う。
俺は──その花と、未だにどっか元気がなさそうに見えるミーシャの横顔を見つめ、口を開く。
「──あの、さ……」
「──あのね、リッシュ。
あなたに、聞いてもらいたい事があるの」
言いかけた俺と、まったく同じタイミングでミーシャが言う。
俺は思わず目をぱちくりさせた。
まさかミーシャと声が被るとは思わなかった。
けど……ミーシャのどこか辛そうな苦しそうな微笑みに、俺は「あ、ああ…」と声を返す事しか出来なかった。
それにミーシャが、「掛けてもいい?」と目線で俺のベッドの横に置かれた椅子──いつもジュードが避難の時に座る席だ──を示す。
俺は再び「あ、ああ……」と頷いた。
「──どうぞ」
言ってやる。
ヘイデンだって没落してるとは言え貴族の端くれだ。
それにもう一人、ものすごく口の悪ぃ金持ちが──。
顔も思い出せねぇそいつの事を考えて、俺は思わず顔をしかめる。
……ああ、そーだ。
俺、そいつにダルクの墓の前で胸倉掴まれたり、『ダルクの事は忘れろ』とか何とか言われたんだ。
ダルクのやつと言い争ったりしてたのもそいつだ。
俺からすりゃあイヤな(つーか、怖ぇ?)男だったが、ダルクとはそこそこ気も合って、それこそヘイデンみてぇに飛行船作りを共にする仲だった。
何だか……ジュードの話を聞いてる内に、ほんの僅かずつだが昔の事が頭に蘇ってきた。
まるで、昔の事を覆い隠す鱗がボロンボロンと落ちていくみてぇに。
ジュードの話が意外すぎて(しかも俺もしゃべるとあばらに響くしな)ほとんど話を聞く側に回ってたんだが、ここ何日間かの間にミーシャとシエナの料理会が毎晩の様に開かれた為に、俺も俺の知るダルクの話をジュードに聞かせてやったりもした。
ジュードからしてもダルクがこんな隣国でギルドの仕事をしながら飛行船作りなんてモンに手を出してたとは思わなかったらしく、かなり驚いていた。
俺は──ここ数日で何度も何度もめくったダルクの手帳を、飽きもせずにまたぱらぱらと繰る。
だが頭ん中じゃそこにはねぇ様々な考えが浮かんでいた。
ジュードが語ったダルクやそのじーさんの昔の話の事、飛行船の事。
ダルクを気に入ってくれていたミーシャのじいちゃんの事、そして──。
考えかけて、俺はクッションに背をもたせかけたまま、ふぅ、ともはぁ、ともつかない息をつく。
犬カバがチラリと俺を見上げてきた。
俺は赤い手帳を開いたまま自分の腹の上に乗せて犬カバの頭を無意識に撫でてやる。
そうしながら、ある一人の女の子の顔を思い浮かべた。
短く切った黒い髪に、戸惑った様なすみれ色の瞳。
ミーシャの姿だった。
……ミーシャとは、あの日以来──俺が目を覚まして、丁度花を持ってきてくれたあの時以来──全く顔を合わせちゃいねぇ。
確かな事は言えねぇが……どうにも避けられちまってるよーな気がする。
シエナや、ジュードでさえ(ミーシャとシエナの料理教室の際の避難先としてだが)ちょいちょい来るってぇのに、こうもミーシャとだけ会わねぇってのは、やっぱりそーゆー事なんじゃねぇかと思う。
しかもその原因は、たったの一つしか思い浮かばねぇ。
俺がミーシャに……好きだ、なんて言っちまったせいだろう。
はぁ~っと重たく息をついて目を閉じる。
犬カバが小首を傾げながら俺を見上げるのが手先に伝わってきたが……俺はそいつにほとんど気づかねぇまま、ぐったりとクッションに寄りかかった。
………なんであんな事言っちまったのかなぁ……。
ミーシャは── 一体、どう思ったんだろう?
あれから一人で(まぁ、犬カバがいるが)ベッドに転がったまま、何度もその事を考えてるが、答えは出てこねぇ。
けど、だ。
避けられてるって事は……もしかして、もしかしなくても……。
ふいに頭の中にミーシャに『ごめんなさい』なんて申し訳なさそうに謝られる図が浮かぶ。
『私、リッシュの事をそんな風に思った事はないの。
本当に、ごめんなさい』
な~んて。
俺を傷つけない様に申し訳なさそうにフラれたら……さすがの俺も大分へこむぜ。
いや、まぁ、このまま何事もなかったかのよーにスルーされるのも中々キツいけど。
無意識に犬カバの頭を撫でくり回しながら んな事を考えて、目を閉じたまま溜息をつく……と。
キィ、とほんと僅かな音を立て、部屋の戸がほんの一筋、静かに開く気配がする。
俺は──何でなのか自分でも分からなかったが、目を閉じたまま寝たフリをする事にしちまった。
と──そっと、ささやく様な静かな声で、その声が「──犬カバ、」と俺の手の下にある犬カバの名を呼んだ。
──ミーシャの声だ。
俺の手の中の犬カバがそいつに「クヒッ?」と反応して俺の手をすり抜け、ベッドからビョーンと降りてトタトタとミーシャの方へ行くのが気配と音で分かる。
と、ミーシャが犬カバに聞く声がした。
「──リッシュの具合はどう?
ちゃんと寝ている?」
聞いている。
俺はほんのちょっと薄目を開けて、そっちの方面を見やった。
ほんのわずかに開けた戸の隙間から──その姿が見えた。
少し屈んだ体勢で犬カバを待っている、短い黒髪の華奢な女の子。
やっぱりミーシャだ。
ミーシャとはたった数日姿を見なかっただけだってぇのに、何だかものすごく長い間会えていなかった様な気がする。
胸の奥底から何だか熱いもんが込み上げてくる。
俺が今、目を開けてミーシャの名を呼んだら……ミーシャは去っていっちまうだろうか。
何だかそんな気がして声をかけれず、目も開けきれずにいると、犬カバがミーシャの所まで辿りつく。
そうしてそこで立ち止まるのかと思いきや──なんとミーシャの顔をぴょいと見上げて──
「クッヒー」
どういう意味か分からねぇ声をミーシャにかけて、そのままその横をスルーして部屋の外に出ていくじゃねぇか。
おいおい、俺を一人にする気かよ?!
今まで(少なくとも俺の起きてる間は)この部屋で俺のお付きみてぇに張り付いてたってぇのに、肝心な時に席を外すつもりかぁ!?
思わず口をぱくぱくさせて目を開け、犬カバの後ろ姿を見ていると。
「犬カバ?」
ミーシャがこっちは不思議そうに目をしばたいて部屋を出ていく犬カバを見送った。
……そうしてから、不意にミーシャがこっちへ顔を向ける。
とたん。
バチンッとミーシャと目が合った。
ミーシャが目を大きく見開いて俺を見ている。
どーやら、気づかれちまったみたいだ。
俺は──居心地悪く思いながらも片頬を引きつらせつつ、
「……よう」
声をかける。
ミーシャも居心地悪そうに困った様に微笑んだ。
その片手に二輪の花が入った一輪挿しを持っているのが見える。
きっと前回と同様、俺宛に贈られた花を置きに来てくれたんだろう。
そういや毎日、ふと気づくと窓辺の花が変わっている。
俺がうつらうつらしてる間に毎日入れ替えてくれてたのかもしれねぇ。
初めの内はもっと大きな花瓶にたくさんの花が活けられてたよーな気もするが……『リア』に贈られてくる花の数が、よーやく落ち着いたんだろう。
ミーシャが、今度は自然な感じで部屋の中へ足を踏み入れて、声をかけてくる。
「怪我の具合はどう?……少しは良くなった?」
その声が、優しい。
俺はその問いには敢えて答えずに、あばらに響かねぇ程度に肩をそっとすくめて見せた。
まぁ、ご覧の通り、ってな訳だ。
犬カバの力を借りなきゃならねぇとはいえ、こーしてどうにか一人で起き上がれる様にはなったし、初めの頃よりかは痛みもひどくねぇ。
まぁ、痛みがまるでねぇって訳でもねぇが。
ミーシャがそれに静かに微笑んで、窓辺に置かれた一輪挿しと持ってきた一輪挿しを差し替える。
初めに置いてあった一輪挿しには(何て花かは知らねぇが)ピンクが一輪、白が一輪のいかにも『リア』みてぇな女の子っぽい花が活けられてたんだが、ミーシャが新しく持ってきてくれたのは、キリッとした青とふんわりした雰囲気の薄紫色の花のセットだった。
花の事には疎い俺でも『ああ、きれいだな』と一目見て思う。
俺は──その花と、未だにどっか元気がなさそうに見えるミーシャの横顔を見つめ、口を開く。
「──あの、さ……」
「──あのね、リッシュ。
あなたに、聞いてもらいたい事があるの」
言いかけた俺と、まったく同じタイミングでミーシャが言う。
俺は思わず目をぱちくりさせた。
まさかミーシャと声が被るとは思わなかった。
けど……ミーシャのどこか辛そうな苦しそうな微笑みに、俺は「あ、ああ…」と声を返す事しか出来なかった。
それにミーシャが、「掛けてもいい?」と目線で俺のベッドの横に置かれた椅子──いつもジュードが避難の時に座る席だ──を示す。
俺は再び「あ、ああ……」と頷いた。
「──どうぞ」
言ってやる。
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