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八章 ジュード

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◆◆◆◆◆

俺と犬カバが揃って下に降りて裏口からギルドの中に入ると、すでにシエナがカウンターの内側に立って待っていた。

俺が入ってくるとシエナがこっちを向いてニコッと笑いかけてくる。

「ああ、来たね。
少しは顔色も良くなったじゃないか」

言われて俺は頭をカリカリ掻きながら「おう」と一つ返事する。

そうしてギルドの中をシエナと同じカウンターの内側から見渡した。

まだ冒険者たちは誰も来てねぇみてぇだ。

普段はカウンターの外から見てるからか、同じギルドなのに景色が全然違う。

俺と、一緒についてきてた犬カバがほけっと突っ立ってる間に、

「それで?」

とシエナがこっちに向かって問いかけてきた。

「あんた、これからどうするんだい?」

「どうって……とりあえず街をぶらぶらしがてら家の周りの様子でも見てこよーかとは思ってっけど」

昨日シエナが言ってた様に『ダルクとリッシュ』の影響で女の子たちがたくさん取り囲んでんのかどーか、気にならない訳じゃねぇ。

下手にたくさんいすぎてミーシャや俺の正体がバレそうになるのもそれはそれでマズイしな。

そう考えながら言うと、シエナが「ふ~ん」と興味があるんだかないんだか分からねぇ返事をして俺を見る。

俺はその視線を何となく居心地悪く感じながら一応言っておく事にした。

「あ、それと今日も晩飯はここで馳走になるぜ。
ミーシャに……家の周りの様子を教えてやる事になってっから」

言うと、シエナが目を一つ瞬いてから「分かったよ」と口にする。

「まぁ、あんたも外でボロ出さない様に気をつけてお行きよ。
ゴルドーの手先に取っ捕まって夕食も食べに来れないなんて事がない様にね」

言ってくる。

俺は思わずその光景を想像しかけて、ぶるっと一つ体を震わした。

ったく、縁起でもねぇぜ。

思いながらも「分かったよ」と返してギルドのカウンターの端から外側に出る。

もうじきギルドも開く時間だ。

俺がギルドの戸に手をかけて街へ繰り出そうとすると。

「行ってらっしゃい、リッシュ。
それに犬カバもね」

シエナが後ろから声をかけてくる。

「クッヒ!」

犬カバが俺の脇をすり抜ける直前でシエナに挨拶する。

俺は──何だか懐かしい様な照れくさい様な気持ちでそれに後ろ手にひらひらっと手を振って見せたのだった。


◆◆◆◆◆


ギルドから一歩出るとすぐザアザア降りの雨に出会う。

幸い出てすぐのトコには雨避けの小せぇ屋根がある。

俺は額の上に片手をかざして屋根の外側を覗き見た。

空は暗いが、雲に切れ目がある。

しばらくすりゃあどーにか止みそうな気がした。

俺は足元にいる犬カバをちらっと見て声をかける。

「お前、ミーシャやシエナんとこにいたっていいんだぜ?
道はグシャグシャだろ?
また雨で毛染めが取れてもメンドーだし」

言うと「ヒン、」と犬カバがあごを軽く上げて鳴いてくる。

どーやら俺について来る気満々らしい。

ま、今回はインクを塗りつけたって訳じゃなく、ちゃんと毛染めしたってミーシャが言ってたし、そう問題はねぇだろ。

簡単に考えて、俺は一つ肩をすくめて脇に置いてあった傘を一つ拝借する。

たぶん誰かが置き忘れてった傘だろ。

今日の夕方にはちゃんと返すし、まったく問題ねぇ。

そう、勝手に決め込んで傘差して歩き始める。

犬カバもちゃっかり俺の傘の内側に入ってきた。

しばらく進むと──

「お~い、リアちゃん!」

「やっほー」

声をかけてくる奴等がいる。

このいつもどーりの声とタイミング。

傘をちらっと上げてみると、やっぱり予想通り、ラビーンとクアンの二人が揃ってそれぞれに傘を持ち、こっちにやって来る所だった。

……ったく、こいつらはいつもいつもノー天気でいいよな。

つーか何で俺の行く先々にいるんだよ?

思いつつ、今日は控えめに にこっと笑って「おはよう」と二人に声をかける。

それに一番に応えたのはラビーンだ。

「おはよう、リアちゃん。
いや~、昨日はちょっと心配してたんだぜ。
顔色も悪かったし、急にカフェ飛び出してっちまうし。
それにあの後姿が見えなかったからよ。
もう体調は大丈夫なのかい?」

いかにも心配でたまらねぇって様子でラビーンが言ってくる。

俺は女の子らしく自分の片頬に手を当てて弱々しい笑みを浮かべた。

「ええ。
もうすっかり良くなったのよ。
心配かけちゃってごめんなさい」

言うと「いや~、心配なんて。当然のことだよ~」とでれでれしながらクアンの方が言ってくる。

若干話を横取りされたラビーンがすんげぇ目で睨んでたが。

まあ、それはさておき。

「ところで二人は私の家の方から歩いてきたわよね?
昨日シ……」

シエナ、って言いかけて、俺はこほんと一つ咳払いした。

別にシエナの名前を『リア』が知ってたって問題はねぇんだろうが、何となく色々突っ込まれても面倒だ。

俺は軽く言い直して問いかける。

「……ギルドのマスターから聞いたんだけど、私の家の外、ダルちゃんのファンの皆さんでいっぱいなんですって?
昨日は大変だからって他の所に泊めさせてもらったんだけど、皆さんまだいらっしゃるかしら?」

聞いてみる。

ま、ラビーン達が俺ん家の前を通ってきたかどーかも知らねぇが、まぁせっかくだから聞いて見ることにした。

と──俺のただの思い付きの問いに、ラビーンとクアンがビミョーな表情で互いに顔を見合せる。

俺は──その妙な様子に、思わず犬カバを見下ろした。

犬カバもこっちを見上げてくる。

口を開いたのはラビーンの方だ。

「──…それがなぁ……」

そのラビーンの言葉に……俺は思わず目をぱちくりさせて話を聞いたのだった──。


◆◆◆◆◆


俺と犬カバ、それに何故か一緒に引っ付いてきたラビーンとクアンの四人は、旧市街の家々の脇にこっそり潜みつつ、俺の家の周りを盗み見ていた。

そこには、いつもの静かで人っ気のまるでねぇ旧市街じゃあり得ない程たくさんの人の姿があった。

ざっと見た感じ、二十人に近いくらいいんじゃねぇのか?

それも予想通り、女の子ばっかりだ。

……あれ全部ミーシャのファンかぁ?

俺のファンは──…って、呑気に考えてる場合じゃねぇか。

あれじゃ近づけねぇよ。

例えこの、ダルクともリッシュとも関係のねぇリアの格好だとしても、だ。

『リアさんってダルク様のお姉様なんですよね!?
ダルク様、どこへ行ったかご存じですか!?』

ってな感じに巻き込まれちまうって気がする。

俺は普段、女の子に囲まれてちやほやされんのは好きなんだが、こーゆー事情じゃ話は別だ。

俺は思わず小さく息をついて、家に背を向けて目をぐるりと回してみせた。

シエナには明日は家に帰れ、リアの姿なら問題ねぇだろって言われたけど、なーんかどうもそうは行かねぇ感じがする。

囲まれちまうのが目に見えてるっていうか。

いや、でも囲まれた後、実はこの俺が皆の憧れのリッシュ・カルトだって気づかれたらそれこそちやほやされて………。

なーんて考えてると。

「ブッフー」

俺のバカな考えを読んだみてぇに犬カバが鼻で大きく笑う。

……ったく、俺はほんと何考えてんだか。

もし実際んな事になったら偉い事だぞ。

賞金稼ぎ共から逃れる為に女装してるリッシュ・カルト、なんて皆ドン引きだろう。

それこそ女の子たちの人気はがた落ちだっての。

それに、だ。

俺は思わずぶるっと一つ身震いしてラビーンとクアンをちらりと見る。

こいつらだって俺がリッシュと分かったらかなり怒り狂うだろう。

とりあえず死刑は確定だ。

ミーシャともこんな感じのまま終わっちまって……。

と考えて。

心臓がチクリと痛む。

他の事はまぁまだいいとしても……それだけは嫌だなぁ。

そう思っていた、ところで。

よーし、と女の子達には聞こえねぇ様な小さな声で勢いよく立ち上がったのは、ラビーンだった。

俺と犬カバ、それにクアンが見上げる中、ラビーンは言う。

「~あんなに家の周りを囲まれてたんじゃ、リアちゃんもメーワクだろう。
ここはいっちょ俺らがあいつらを追い払ってやるよ」
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