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七章 墓参り

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◆◆◆◆◆

街に戻ってくると、夕日はすっかり沈んで、辺りは暗闇に包まれていた。

街には街灯こそあるが、人通りがほとんどねぇ。

日が暮れると、表通りもこんなに静かだったらしい。

夕闇が姿を包み隠してくれるからか、それともヘンにこそこそしてねぇせいなのか、街を歩く連中はこっちに気がつく様子がねぇ。

この俺が『リッシュ』だって事がバレるんじゃねぇかと心配する必要もほとんどなかった。

ミーシャが、俺の少し先を歩く。

俺は──その後を、どうにも気乗りしねぇまま、ついて歩いていた。

犬カバも俺の足元を とぼとぼとぼ と歩く。

帰り道は……誰も、何もしゃべらなかった。

『リッシュのせいでも、ヘイデンさんのせいでもないの。
私は、ここにいる資格がない。
ただそれだけよ』

ミーシャの声が、頭に響く。

資格がねぇって、一体どういう事だよ?

いつもなら何の迷いもなく聞ける言葉が、今は口から先に声が出てこねぇ。

ミーシャも、それ以上話をする気がなさそうだった。

ミーシャはマスターの言っていた通りにギルドの裏手に回ると、そこにあった小さな扉を開く。

中から薄く灯りが漏れてくる。

ミーシャが一瞬戸惑った様に立ち止まり──けどすぐに中へ入ってそのまま左手の階段を上がっていく。

何でミーシャが戸惑ったのかは、入ってみるとすぐに分かった。

戸を開けてすぐの所には人が一人立てるスペースしかねぇ。

その代わり左手に、これまた一人しか通れねぇ様な細い階段が上へ伸びている。

戸を開けたらすぐ、玄関みてぇな何かの部屋になってると予想してたから戸惑ったんだろう。

見てみりゃ灯りは天井にぽつんと一つあるだけだった。

俺の足元をさっとすり抜けて、犬カバが何の迷いもなく階段を上っていく。

俺は思わず目をぐるっと回して肩をすくめてみせた。

ったく、いつもいつも俺より先に入ろーとするんだよな。

俺は今、賞金取りに追われる身なんだぜ?

もー少し気遣ってくれたっていいんじゃねぇか?

まったくよー、と心の中で文句垂れながら、俺はさっと中に入り、そのまま後ろ手に戸を閉める。

どうやら無事、誰にも見咎められずに、ここまで来れたみてぇだ。

やれやれと思いながらも、俺はゆっくりと階段を上がり始める。

上がった先にはもう一つ戸があったらしい。

どうやらそっちが、ほんとの部屋の入り口みてぇだ。

先に立つミーシャがコンコン、とその戸をノックすると、少しの間を置いて戸が内側に開く。

ミーシャが先に部屋に入った。

俺も犬カバと共に中に入る。

──と。

「おかえり。
よく行ってきてくれたね」

マスターが労う様に温かく俺たちを迎えてくれる。

その顔は微笑んじゃいるんだが、少し疲れて見える。

けど、そいつが山賊共の後処理の為に疲れちまったのか、それともダルクの命日だから元気がなく見えちまうのかは、俺にはよく分からなかった。

ミーシャが「マスター、あの……」と意を決した様に声をかける。

マスターは、ふっと微笑んでみせた。

「──歩き回って疲れちまっただろう?
夕食作ってあるから、ちょっとお上がりよ。
話はその時にしようじゃないか」

マスターの言葉に──俺とミーシャはお互いにチラッと顔を見合わせる。

断る理由はねぇ。

そう言われてみると、部屋の奥からそこはかとなくいい香りがここまで漂ってくる。

うまそうな匂いだ。

さっきまで一ミリも感じてなかったのに、腹が大分減ってる事に気がついた。

そういや昼飯も食べてねぇ。

俺は「んじゃあ、」と一つ、声を上げる。

「遠慮なくご馳走になるぜ。
犬カバもミ……… 、お前も、腹減っただろ?」

危うく“ミーシャ”って言おうとしたとこを上手く誤魔化して俺は言う。

今まで偽名を使ってたくらいだ。

あんまし人に本名を漏らすのは良くねぇだろうしな。

問いかけた先で、犬カバが「クッヒー!」と賛成する。

ミーシャは……どっか少し元気なくマスターを見つめて──そうして一つ、頷いた。

「──ご馳走になります」

マスターはそいつににっこり笑って頷いた。

俺は……こいつがミーシャと食う最後の夕食になるかもしれねぇと思いつつ、そいつを見つめたのだった。

◆◆◆◆

半熟玉子が上に乗っかったトマトソースの煮込み料理に、キャベツやニンジンの温野菜サラダ。

小さな丸いパンに、温かいお茶。

マスターが用意してくれてた料理はどれもうまそうなモンばかりだった。

ちなみに犬カバには床に小皿が用意され、ドッグフード的なのが盛られている。

「ちょっとしたもんで悪いねぇ。
こんなので良ければおかわりもあるから、遠慮なくたくさんお食べ」

至って明るい口調でマスターが言うのに、俺と犬カバはそれぞれ

「おう」「クッヒー」

と返事してみせた。

ミーシャは静かに「いただきます」と言う。

そうしていつも通り手を合わせて祈りを捧げる。

それに比べた犬カバは、返事した直後にはミーシャの祈りも気にせずに、ガツガツと皿に顔を近づけて飯を食い始めている。

俺は──スプーンを手に取りそのまま食事に手を出そうとして……ふいに何かを思い留まって一瞬チラッとマスターを見やった。

そーして……何か分からねぇが、滅多に合わせねぇってのに手を軽く合わせてから、トマトソース煮込みに手を伸ばす事にした。

半熟玉子をちょっとスプーンでつついてやると、トマトソースの部分にトロリと黄身が広がっていく。

そいつとトマトソースの混じった辺りをすくって食うと、何とも言えねぇうまさがあった。

 これこれ。

こーやって食べんのが好きなんだよ。

俺と、それに祈りを終えたミーシャが食事を取り始める中、マスターも同じ席について、俺らを見るでもなく見ている。

それからしばらくの後、口を開いたのはマスターだった。

「それで……。
あの人の墓、何も変わりはなかったかい?」

聞いてくる。

俺はそいつにぎこちなく「おう」と一つ、頷いてみせた。

「趣味の悪ぃ花が供えられてたけどよ、特に変わりはなかったぜ」

それだけ言って……俺は思わずスプーンを持った手を止めて、黙り込む。

そーして、口を開いた。

「………今日が、あいつの命日だったんだな、シエナ」

ぽつり、口をついて声が出る。

マスターはそれに──目を大きく瞬いて、俺を見る。

「……あんた……私の名前、思い出したのかい?」

ミーシャも瞬きをして俺を見る。

俺は何だか居心地悪く頭を掻いてみせた。

「……ガキの頃……よくダルクん家に来て、こーやって料理作ってくれてたよな。
ヘイデンも……ダルクと飛行船の整備してさ、その後一緒にシエナの飯を食ったりしてた……よーな気がする」

言うと、マスターが……シエナが、俺を大きな目で見て深く頷く。

胸に熱いもんが込み上げたみてぇに、心なしかちっと目の周りが赤くなってる。

俺は……何だかシエナを泣かせたよーな気がしてそわそわと視線を横に逸らした。

そーしてかりかりと頭を掻きながら言う。

「……そんだけしか思い出せねぇんだけどさ。
何か……この頃、ダルクの事とか、よく思い出すんだよ。
断片ずつでさ」

「……そうかい」

シエナが一つ、頷いて言う。

そうして続けた。

「まぁ、ゆっくり思い出せばいいよ。
別に無理して思い出さなきゃならない理由もないんだからさ」

それだけを言ったシエナに、俺は頭を掻いたままぎこちなく頷いてみせた。

何て言っていいか分からねぇ。

そのまま、小さな沈黙が流れる。

そいつに半ば困ってふとミーシャを見やると、ミーシャがそっと目を伏せて何か物思いに耽っているのに気がついた。

料理につけた手も止まってる。

俺は不意に不安になって声をかけた。
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