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七章 墓参り

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そう、思ったんだが。

「私にはこれからたんまり仕事があるからね。
この山賊共をギルドに引き渡した後、書くべき書類ややるべき事がたくさんあるのさ。
誰も墓参りに来てくれないよりは、あんたらに行ってもらった方がいいだろ。
──萎れた花だが、こいつを持っていってもらえるかい?
お使いみたいな依頼だから、さほど報酬は出せないが」

言って……あの、萎れかけた花束を俺に差し出す。

その表情は微笑んじゃいるんだが、何だかすごく辛そうなものだった。

俺は……その花束を受け取って「分かったよ」と答えて見せる。

マスターがそっと微笑んで「頼んだよ」と俺ら二人に向かって言う。

そうして続けた。

「街に戻ったら、ギルドに来な。
裏口を開けておくから、誰にも見られないように入っておいで。
報酬はそこで渡すよ。
それから──」

言い差して、マスターが俺とミーシャ、それぞれの顔を見る。

「帰って来る時は、二人揃って戻ってくる事。
そこまでが私の依頼だよ。
いいね?」

言ってくる。

そーして俺らの返事を聞かないままに、「さ、」と女の子たちに呼びかける。

「行こう。
皆心配してるから」

言って女の子たちを取りまとめ、そのまま街の中へ入っていく。

女の子たちは……後ろ髪を半ば引かれるように俺やミーシャの方を見ていたが、素直にマスターの後について帰っていった。

俺は……マスターに託された、花束を見る。

そーして居心地悪く、ミーシャを見た。

ミーシャは……何の表情も浮かべないまま、そっと肩をすくめて「行こう」と言って、そのまま、さっき来た道を歩き進める。

俺はそのミーシャの後ろ姿に「さっきの話だけどよ、」と声をかけた。

が。

「……話は、墓参りが終わった後に聞く。
それでいいだろう?」

さらりと言って、そのまま歩を進める。

俺は──そいつに何も言えねぇまま、犬カバと共にミーシャの後に続いたのだった。

◆◆◆◆◆

夕日が目に染みる。

マスターの言った通りに道を戻って、さらにその先へ歩いていく事しばらく。

道の端──断崖絶壁の少し手前って辺りに、その墓はぽつんと一つ寂しそうに建っていた。

墓の先には果てしなく続く空と海が見える。

夕日に照らされて壮大な景色ではあった。

と──少し先を歩いていたミーシャが、墓の前まで来てピタと止まる。

墓前には、すでに一つの花束が捧げられていた。

ド派手な黄色と、紫色の二輪しかない花束だ。

まだ新しい。

墓前に供えるには何だかちょっと趣味が悪いんじゃねぇかって気がするが。

俺は──ゆっくりとそいつから、墓に彫られた文字へ視線をやる。

『ダルク・カルト  ここに眠る』

シンプルに、それだけを彫ってある。

ミーシャが息を止めてそれをまじまじと見つめ……そーして横に並んだ俺へ顔を向ける。

犬カバも俺を見上げていた。

俺は──けど、そっちに目をやる事が出来なかった。

10年前の事が、まるで今起こってる事の様に思い出される。

墓の前にいるのは、若い日のヘイデンと、俺とマスター。

それに、もう一人男がいる。

『~こんな……、こんなのダルクの墓じゃない!!
墓の中には何にもないだろ!!
ダルは……ダルはあの秘密の地下道にいるんだ!』

まだガキの頃の俺が、ヘイデンと男に噛みつく様に訴える。

男が俺の胸ぐらを掴み上げて怒鳴った。

『何度言ったら分かる!?
ダルクはんな所にはいねぇ!!
あの事は忘れろ!』

俺は男の手から逃れようと必死にジタバタする。

『~嫌だ!』

でかくて力の強い手は俺のジタバタなんかものともしねぇ。

『──そこまでに……』

ヘイデンが言いかけたのを遮って。

『およしよ!』

マスターがパッと男の手から俺を救い出す。

そうしてヘイデンと男へ目を向けた。

マスターが俺の肩にそっと手を置く。

ガキの頃の俺は──何だか泣いちまいそうになっちまっていた。

『この子は何にも間違っちゃいないだろ。
この墓には本当にダルクはいないんだから。
こんな墓、何の意味もないじゃないか……。
こんな墓………』

『シエナ………』

ヘイデンがマスターの名を呼ぶ。

と、そこで──すぅっと、俺の目の前で昔の光景が消えていく。

俺は──ゆっくり一つ目を閉じて、そうして静かに一つ息を吐いた。

そうして再び、今度はゆっくりと目を開く。

今いるのは、心配そうにこちらを見ているミーシャと、それに犬カバだった。

俺は大丈夫だって言わんばかりに その二人(いや、一人と一匹、か)に、へっ と一つ笑ってやった。

そーしてマスターから預かった花束を、先に置かれていた花束の横に置く。

そうして目を閉じ、手を合わせた。

俺だけのお参りなら、んな事はしねぇかもしれねぇ。

けど今日はマスターの……いや、シエナの代わりに来てるからな。

俺に倣って、横でミーシャがこちらも静かに手を合わせるのが気配で分かる。

犬カバも俺の横にちょこんと座って大人しくそのままそこにいた。

十分に手を合わせてやってから──俺はそっと目を開いて『ダルク』の文字が彫られた墓石をもう一度見る。

ミーシャが祈りを終えてそっと目を開けるのに──俺はそちらを見ずに、話しかけた。

「──ダルクがいなくなる前にはさ、」

ミーシャがそっと俺に目をやる。

俺は力なく笑って見せた。

「あいつがいなくなるなんて、考えた事もなかったんだ。
なのに急にいなくなっちまって……もう二度と会う事もなくなった。
それから……あちこち放浪してきたけど、やっぱりあんな楽しい生活なんか、どこにもなかったんだよな」

「リッシュ……」

ミーシャが声をかけてくるのに……俺は一つ息を吐いて、そうしてまっすぐミーシャを見つめる。

ミーシャも俺を見た。

俺は──言う。

「俺、さ。
お前や犬カバの事、家族みてぇに思ってたんだ。
一緒にいるのが楽しい。
何でもねぇ話をしたり、一緒に食事したり、ギルドの仕事したり。
どっかで、昔みてぇだと思ってたんだ。
ダルクと一緒にいた、あの頃みてぇに」

ミーシャが静かに俺を見つめる。

俺は一つ息をついて、続けた。

「──ヘイデンに言われたよ。
お前を、ダルクの代わりにするのは止めろって。
俺は否定したけど……けど、本当はそうだったのかもしれねぇ、と思った。
……それでもし、ミーシャに辛い思いや嫌な思いをさせてたんだったら………」

言いかけた、所で。

パッとミーシャがこっちを見上げる。

「~嫌な思いなんて……!」

言いかけたミーシャの目が怒る様に熱く俺を見ている。

俺は……そいつに半ば驚いて、ミーシャを見返した。

ミーシャは……けど、さっと目を伏せて、言う。

「嫌な思いなんて、してない。
リッシュのせいでも、ヘイデンさんのせいでもないの。
私は、ここにいる資格がない。
ただそれだけよ」

言って……それ以上は何も言わずに、さっと俺に背を向ける。

そうして一つ、息をついた。

「………帰ろう。
マスターに無事依頼を完了した事を伝えなければ。
街に着く頃には丁度暗くなっているだろう」

急に他人行儀な、『ダル』の口調になってミーシャが先へ進む。

俺は──そんなミーシャに、それ以上何にも声をかけることが出来なかったのだった──。
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