上 下
22 / 249
五章 飛行船

1

しおりを挟む

俺が『リア』の格好になって下の階へ降りていくと、廊下の壁に背をもたせかけて立つダルと、その足元で再び黒く染め上げられた犬カバがいた。

女だってことを疑っちまうくらい中々イケメンな立ち姿に、俺は思わず頭をカリカリ掻いた。

どーもなんか色々負けた気がするぜ。

俺はダルと犬カバを順に見て眉を寄せる。

「~おいおい、せっかく犬カバ洗ったのに、何でまた黒くなってんだよ?
つーか化粧道具もなしにどーやって黒くしたんだ?」

いぶかしみながら近づいてって言うと、犬カバが「クッヒ!」と鼻を鳴らして言う。

ダルが通訳(?)した。

「自分もお前と一緒に飛行船を見に行くのだそうだ。
自分で洗面所の毛染めを持ってきて、染めるように指示してきたんだ。
古かったし、しばらく取れなくなるかもしれないが、構わないそうだ」

「毛染めだぁ?
んな便利なもんあったんなら最初から俺に言えよ。
お前の変装にどんだけ時間かかったと思ってんだ。
──つーか……、犬カバ、ついてくる気かよ?」

眉を寄せて言うと、ダルが「もちろん私も行くつもりだ」と返してくる。

俺は面食らってダルを見た。
「普段ならともかく、今のリッシュを見ていると危なっかしくってしょうがない。
それに……私もダルクさんの飛行船なら、興味がない訳でもないしな」

ダルが言う。

俺はフクザツな気持ちで天井を見上げる。

二人とも(いや、一人と一匹、か)俺が来なくていいっつってもついて来そーだ。

俺はくるっと目を回して息をついて溜息一つついた。

そーして仕方なく言う。

「──分かったよ。
それなら、出発しますかね」

言うと、ダルが満足そうににこっと笑う。

俺が頭を掻きながら玄関の戸を開き外に出ると、ダルと犬カバも足取り軽くついてきた。

誰の姿も見えねぇ裏通りを歩きながら、横に並んだダルが問いかけてくる。

「それで、飛行船は今どこにあるんだ?
以前、買い戻すつもりだったと言っていたが……誰かが所有しているのか?」

俺はああ、と苦い顔で頷いた。

「ヘイデン・ハント。
そいつが今の飛行船の所有者だ。
古びた貴族の末裔でよ、視力を失っちゃいるが、中々鋭い洞察力を持つ男だぜ。
飛行船はそいつの屋敷から少し離れた山の中に隠されてる」

「ではその山へ行くのだな」

「ああ。
ま、山っつってもほとんど傾斜もねぇ野っ原くらいな感じだから、そう気張って行くこともねぇんだけどな」

言いながらゆっくり歩き進めると、ようやく旧市街の裏通りから、市街地へ出る。

市街地じゃ相変わらず人が行き交っている。

俺とダル、それに犬カバがそこに混ざって歩き出すと、横にいるダルとすれ違ったかわいー女の子が「きゃっ、ダルクさま」と嬉しそうな声を上げた。

対するダルは平然そのものだ。

こーして横目でダルを見てると、確かにいい男に見えんだよな。

もしかして俺がさっきダルを女の子だって思ったのは実は何かの間違いだったんじゃ──?

ちらっとそんな考えが俺の胸の内に覗く。

が、んな事はねぇって事も、心の内では分かっている。

何より俺のこの鋭い観察眼を疑う理由がねぇからな。

思いながらぼんやりダルを見てると、ふと横を歩くダルが俺の方を眉を潜めて見ているのに気がついた。

げっ、やべっ……ちょっと見すぎたか?

俺は思わず視線をダルから反らし、再び前を向いて歩き進める。

その、途中で。

ある意外な人物に出くわした。

ギルドの女マスターだ。

こないだは腰まで伸ばした茶髪を後ろで一つに縛っていたが、今日はそのまま背中に流している。

手にはきれいな花束を一つ抱えていた。

前会った時も顔立ちのきれーなお姉さんだとは思ったが、こうして見るとやっぱり美人だ。

怒らせると怖そうなのは相変わらずだが。

向こうもこちらに気がついたらしい。

マスターが俺を見て厚ぼったい唇を開く。

「──おや、リアとダルクじゃないか。
………それにその犬………」

訝しげに眉を寄せて犬カバを見る。

げっ、やべっ……。

確かマスターのトコにはこの犬カバの取り扱いに関する依頼内容が伝わってるはずだ。

ピンクの犬カバを、決して外には出さず、世話する事。

すでにピンクじゃなくなってるし、外に出しちまってるしで、相当依頼をムシしちまってる。

俺がギクリとして犬カバを見つめ、たらたらと冷や汗をかき始める中……マスターは はっ、と一つ息をついて犬カバから俺たちの方へ視線を移した。

「──まあいい。
あんたたち、これからまた仕事かい?」

聞いてくる。

俺は いえ、と一つ返事してみせた。

「少し用があって、お出かけです。
マスターは今日はお休みですか?」

聞くと「まあね」と短く返事が返ってくる。

「──ある人の命日でね。
これから墓参りさ」

言ってくる。

その目が寂しげに花に向けられるのに、俺も思わずじっと花を見つめた。

と、マスターがさっと頭を振って長い髪を後ろへ避けた。

「ま、あんたらもどこに行くんだか知らないけど、暗くならない内に戻っておいでよ。
この辺も夜になると物騒だからね」

マスターが言うのに、俺とダルは

「ええ」「はい」

とそれぞれ返事した。

マスターがふっと息をついて俺らの横を通り過ぎていく。

俺とダル、そして犬カバはそれを揃って見送ってから、再びゆっくり歩き出した。

さぁて、飛行船を見に行くのもちょっと間ぶりだ。

どうなってることやら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

クラスメイトのなかで僕だけ異世界転移に耐えられずアンデッドになってしまったようです。

大前野 誠也
ファンタジー
ー  子供頃から体の弱かった主人公は、ある日突然クラスメイトたちと異世界に召喚されてしまう。  しかし主人公はその召喚の衝撃に耐えきれず絶命してしまった。  異世界人は世界を渡る時にスキルという力を授かるのだが、主人公のクラスメイトである灰田亜紀のスキルは死者をアンデッドに変えてしまうスキルだった。  そのスキルの力で主人公はアンデッドとして蘇ったのだが、灰田亜紀ともども追放されてしまう。  追放された森で2人がであったのは――

女子に虐められる僕

大衆娯楽
主人公が女子校生にいじめられて堕ちていく話です。恥辱、強制女装、女性からのいじめなど好きな方どうぞ

高校からの帰り道、錬金術が使えるようになりました。

マーチ・メイ
ファンタジー
女子校に通う高校2年生の橘優奈は学校からの帰り道、突然『【職業】錬金術師になりました』と声が聞こえた。 空耳かと思い家に入り試しにステータスオープンと唱えるとステータスが表示された。 しばらく高校生活を楽しみつつ家で錬金術を試してみることに 。 すると今度はダンジョンが出現して知らない外国の人の名前が称号欄に現れた。 緩やかに日常に溶け込んでいく黎明期メインのダンジョン物です。 小説家になろう、カクヨムでも掲載しております。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

男装警官が触手を孕んで産んで快楽堕ちする話

うどんパスタ
ファンタジー
女性の連続行方不明事件を追って山中に足を踏み入れた、男装好きの女警察官。 池から、ごぽり、と泡が立ち、池の中に手を伸ばすと………触手が あらわれた!? 孕ませから出産まで、いちおう快楽堕ち要素もあるよ! ちなみにこの子は自慰経験ありだけど処女だ!() この小説には以下の成分が含まれます。 ・自慰経験あり ・処女 ・胸、膣弄り ・出産 ・導入→孕み→出産、快楽堕ち、の3ページでお送りします。 好きなところだけ読んでいただいて構いません。 ※2回目、かつ拙い性表現となりますが良ければご覧ください。

処理中です...