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三章 投資
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カウンター裏の戸を入ると、そこはちょっとした調理場になっていた。
見れば男が一人、コンロ前に陣取ってパンケーキなんか焼いている。
甘~いいい匂いが、鼻先にふんわり漂った。
俺とダル、そして店長のじーさんが入ってくると、男が苦い顔でこっちを見てきた。
ガッシリして背も高ぇ、中々の偉丈夫だ。
年は24、5、6って辺りだ。
そいつが緑のエプロンつけてしかめっ面でパンケーキ焼いてるってのが何とも言えねぇが。
男は俺らをむっつりしたしかめっ面で見やると、視線をフライパンへ戻し、パンケーキをフライ返しですくって、用意していた白皿に乗せた。
そこへ、じーさんが「少しいいかね?」と声をかける。
男は──…相変わらずのしかめ面で火を止め、改めて俺らを見た。
「──例の依頼を引き請けてくれるという冒険者だよ。
こちらはダルクくんと、リアさんというそうだ。
ダルクくん、リアさん、彼はこのカフェのコックで、ロイという男です。
多少無愛想な所もありますが心根の優しい男ですよ」
じーさんが紹介するのに、俺は営業スマイルでにーっこりして「はじめまして」と挨拶する。
フツーの男ならこいつでイチコロ!……のはずなんだが、ロイは顔色一つ、表情一つ変えず、むっつり顔で押し黙ったままだ。
じーさんが笑う。
ほれ、このとーり、ってな訳だ。
俺はやり場のない営業スマイルをそのままに「それで、」と口を開く。
「うわさの保存庫はどこにあるんですか?」
聞きながら──俺は目の端にあるものを見つけた。
調理台の脇──壁の所には窓が一つあるんだが、そこにガキの顔がひょっこり覗いている。
背の高さが大分足りないんだろう、外の窓枠にしがみつく様にして背伸びして、それでもやっと目元までしか窓に届かねぇって感じだ。
いくつくらいなのか──かなり幼く見える。
こっからじゃ男か女かもよく分からねぇ。
俺が目線をそっちに取られそうになった所で。
「──保存庫ならこっちだ」
ロイが窓とは反対の方向へ進む。
俺が窓から目を離した一瞬の間に、ガキの姿はそこから消えていた。
「──リア?」
ダルが どうかしたかってばかりに声をかけてくる。
俺は肩をちょっとすくめて、ロイの言う保存庫の方へ目をやった。
ついさっきこの調理場に入ってくるのに使った戸の、すぐ右横。
そこにもう一つ渋緑色の木の戸がある。
ロイが開けると大人3人が入ったらいっぱいになっちまうような狭い空間があった。
壁の左側には俺の肩口までの高さの木の棚が取り付けられている。
保存庫っつぅより、保存部屋、保存室っていう方が正しいかもしれねぇ。
戸の外からざっくり見た感じ、棚の上にはコーヒー豆や紅茶の入った瓶、小麦粉やなんかの袋が。
下の方にはカゴに入った野菜が置かれてるらしかった。
窓もなく、陽も射さないからか、室内は調理場より少しひんやりしている。
「荒らされると言っても、さほどひどい様ではないのですよ。
葉物野菜を数枚取られるとか、チーズを欠片で持っていかれるとか。
床もさして汚していきません」
じーさんが言う。
そうして、にこっと笑った。
「──さて、それでは私は仕事に戻りますので。
何かありましたらまたお呼びください。
──ロイ、お前も手が空くようならお二人のお手伝いをお願いしますよ」
じーさんが言うのに、ロイが何も言わず、頭をほんのちょっとだけ下げて見せた。
じーさんがそれを見てにこにこしながら調理場を出る。
と、丁度その時 さっきラビーンに脅されてじーさんを呼びに行ったあの店員が調理場に入ってきた。
ロイがさっき仕上げたパンケーキの皿を受け取りに来たらしい。
ロイが皿を渡すと、そいつを片手にカフェ側に戻りながら ひらひら~っと俺に満面の笑みで手を振ってきた。
こっちもひらひらっと笑顔で手を振り返す。
そうして店員が行っちまってから──。
俺とダルは改めて保存庫の中へ目をやった。
ダルが中に入って壁や棚、それにその下の方をしゃがみこんだりして見る。
ネズミやリスの入る口があるか、早速探っているらしい。
俺は戸に背を寄りかからせて、ゆったりとそいつを横目に眺めることにした。
んな狭い空間を二人で必死こいてネズミ穴探す理由がねぇ。
こーゆう地味な作業はダル一人で十分だろ。
思いながら、俺はちらっと調理場の方へ目をやる。
と、丁度ヒマしてんのか、少し離れた所から仁王立ちしてこっちを睨むロイの姿が目に入った。
うっわ、ヤベェ……怖ぇ。
俺は戸にもたせてた背を離し、そそくさと保存庫の端で棚下を探るダルの方へ行った。
と、ダルが怪訝な表情で俺を見上げてくる。
俺はぼしょぼしょっと口元に手をやりダルに言う。
「あのロイってやつ、すっげぇこっち睨んでくるぞ」
「お前が明らかにサボっているからだろう?」
ダルがため息混じりに言う。
「んな狭いトコ 男二人も こもってられるかよ。
つーかネズミ穴あったのか?」
聞くとダルが いや、とその場で立ち上がりながら言う。
「特にはなさそうだ。
窓もないし、ネズミが出入りできそうな場所は見つからない」
「──このドアを除いてな」
ポツリ、俺は言う。
そいつはポロッと口から出ただけの言葉だったが、ダルが「え?」と聞き返してきたんで、俺は思わず肩をすくめた。
そうしてパタンと保存庫の戸を閉める。
ダルが俺を見上げてきた。
俺はもう一度肩をすくめる。
「~さっきよ、店長のじーさんが言ったコト覚えてるか?
荒らされるっつってもさほどひどくはねぇ、」
「葉物野菜を数枚取られたり、チーズを欠片で取られたり?」
ダルが俺の言葉を継いで言うのに、俺は ああ、と頷いた。
「フツーさ、ネズミでもリスでも……食いモンをそーゆー風には取らねぇだろ。
その場でまるごとかじるとか、葉をかじりながら引っ張って持ってくとか。
チーズは、そりゃ欠片で持ってく事はあるかもしんねぇけど」
「……何が言いたいんだ?」
ダルが言う。
俺は──くるん、と目を回してから頭を掻いた。
「──さっき、調理場の外窓からこっちを覗くガキを見た。
もしこいつがリスやネズミの仕業じゃないんなら、そのガキが──ここに忍び込んで食いモンを漁ってるって可能性はねぇのかと思ってよ」
ポリポリと頭を掻きながら言う。
と、ダルが不安げに目をしばたたかせた。
「──子供が?
ただ中を見ていただけじゃないのか?
それに──…ネズミが入り込む穴もないのに、その子供がどうやってここへ入りこむんだ?」
返してくる。
俺は ん~……、と自信なく返事をして肩をすくめた。
「根拠も何もねぇ、ただのカンだ……けど、こー見えて俺のカンはケッコー当たるんだぜ?」
「……その割にはギャンブルでは大負けをしたようだが?」
「だーかーらー、それはツイてなかったの。
まるで呪いだぜ。
~って、そいつはどーでもいいんどけどよ、よーするに俺が言いたいのはだなぁ、」
コホン、と一つ咳払いをして俺は続ける。
「ガキにしろネズミにしろ、まずはどいつがここに忍び込んで食料を盗ってんのか、そいつを突き止めるべきだと思うんだよな。
だからまぁ今の所は一旦ここを離れて、少し経ってから内側と外側、両方からこの保存庫をこっそり見張ろうってんだ」
「──言うことは分かった。
内側と外側、どちらがどちらを見張る?」
「俺が内側だ。
こ~んな かわいー女の子がいつまでも一人で外にいたんじゃ男共にナンパされちまうだろ」
言うとダルが半眼で俺を見る。
俺は軽く肩をすくめて「と、ゆー訳で」と口にした。
「決まりだな。
それと……もし俺の予想が当たってたらよ……」
言いさして……俺は いや、と頭を振る。
ダルが不思議そーに俺を見てきたが、俺は気にしねぇことにした。
「……なんでもねぇ。
ま、さっきの店長にゃ 俺から話をつけといてやらぁ。
外の見張りは任せたぜ」
言うが早いか俺は保存庫の戸を開け、さっさと例のじーさんの所へ向かう。
途中、ロイが疑う様な目で俺をジロリと見ていたが、俺はそいつをムシしてその脇を通り抜けた。
丁寧に調理場とカフェ側との戸を閉め、ロイの姿の見えない所でカフェの内部を軽く見渡す。
カフェの中は、さっきのゴルドーの怒鳴り声のせいで(だろう、きっと)かなり客が減っていた。
奥のテーブルに二人、壁側に一人、そしてカウンター席にゴルドーと、計四人だけだ。
ありゃ?そーいやラビーンとクアンどこ行った?
な~んて疑問がふと浮かんだが。
……まあ大方ゴルドーに『いい加減仕事しに行け!』とかなんとか怒鳴られてヒイヒイ言いながら出てったんだろ。
軽く考え、俺は丁度 窓のブラインドを下げていたじーさんに話しかける。
「──店長さん、少しご相談があるんですけど、いいですか?」
まだカウンター席にゴルドーが居座ってたんで、ぼしょぼしょとそっちに気取られねぇ様に言ったん……だが。
「相談ならこの俺も聞いてやろうじゃねぇか。
ここのオーナーはこの俺サマなんだからよ」
ゴルドーが当然のごとく言ってくる。
ったく……めんどくせぇな……。
半ばイラつきながら、俺はさっきダルに話した計画をじーさんとゴルドーにした。
ただし、俺の犯人に対する予想は一切言わずに、店にいる他の誰にも聞かれねぇ様小声で、だ。
「……と、いう訳で今晩ダルちゃんと二人でこのお店を内側と外側から見張らせて頂きたいんです。
それで……この事はこの3人と、ダルちゃんだけの秘密ということでお願いしたいんですけど……」
語尾を濁して、俺は言う。
ゴルドーとじーさんが、じっくりと俺を見る。
まぁ、そりゃヘンな話だよな。
ネズミやリスの仕業なら、わざわざ店を見張る事を皆に内緒にする意味はねぇ。
これじゃあまるで──。
「おい、それじゃまるで……」
俺と同じ様に思ったのか、ゴルドーがしかめ面のまま言いかける……が。
そいつを留まらせたのは、じーさんだった。
にっこり笑顔で俺を見て言う。
「──分かりました。
店の鍵を一つお預けしましょう。
円満な解決を、お願いしますよ」
じーさんが言う。
まるで俺の考えを全て読んじまってる様な言葉に……俺は居心地悪く曖昧に笑って頷いたのだった──。
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