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三章 投資

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「リアちゃ~ん、快気祝いに来たぜ!」

と、相変わらずのノー天気さで家の戸口を叩いたのは──わざわざ開けてみるまでもねぇ、ラビーンとクアンの二人組だった。

俺はうんざりしながら目を天井へ向け、はーあと息をつきながら家の戸口に手をかける。

そうして── 一転にーっこり微笑んでドアを開けた。

「まあ、二人ともいらっしゃい。
来てくれてうれしいわ~」

にこにこしながら出迎える……と、案の定外に立っていたラビーンとクアンの二人組が、でれでれしながらこっちを見てやがる。

「いや~、リアちゃん、本当に元気そうで何よりだぜ。
それにちょっと見ねぇ間にまた一層きれいになって!」

「ほんとほんと!あっ、リアちゃん、これ俺から」

言ってクアンがまたいつもの花束を俺に差し出す。

「あぁ!?てめぇ、抜け駆けはナシって言ってんだろーが!
~リアちゃん、これは俺からな」

クアンにはギッと大きく一睨みして、俺にはへらへら~っと笑って、やっぱりいつもどーりの花束を出してくる。

俺はその二つの花束を受け取って「ありがとう、うれしいわ」とにっこりしてやった。

とろけそーな顔で、二人が いやぁ、だの どーいたしまして だの言ってくるのを笑顔のまま見つめながら──俺は、自分のここ二週間の事を思った。

ダルに“犬カバはうちで預かる!宣言”をされたのは、丁度二週間前。

臭いのせいで病気みてぇに へろへろしてた俺は、同じく外に出られねぇ犬カバと何度も何度も小競り合いしつつも、どーにか家の中だけで生活していた。

その間ダルはちょくちょく街に出たりしてたみてぇだが、案外タイミングよく(悪く、か?)帰ってきて、俺と犬カバの小競り合いを止めたりすんのが日課みてぇになっていた。

ともあれ俺もよーやくあの強烈な臭いから解放されて、今日は外に出るぜ!と勇んで“リア”の格好になったらこのザマだ。

内心やれやれと思いつつも、俺は花束を持ったままラビーンとクアンに向かう。

「丁度そろそろね、私もまたギルドに顔を出そうかなって思ってたところなの。
ダルちゃんもやる気満々みたいだし、私も頑張らなくっちゃ。
二人ともまだギルドには足を運んでるのよね?
何かいい依頼とか来てなかった?」

聞くと──ラビーンとクアンが互いに顔を見合わせる。

そうして二人、こくりと頷き合ってから。

俺に顔を戻して口を開いたのはラビーンだ。

「あー、その事でちぃとダルくんと話したくってな。ま、男同士の話ってやつだ。
ダルくんはいるかい?」

聞いてくる。

俺はいぶかしく思いながらも「ダルちゃんなら二階の自分のお部屋にいるけど……」と階段の方へ目をやった。

~一体全体、ダルに“男同士の話”って何なんだ?

どーも何か、嫌~な予感がするんだよな……。

俺のこーゆー勘は結構当たるしな……。

なんて考える俺の脇を抜けてラビーンとクアンが「邪魔するぜ」「ごめんね~」と続けて入って二階に上がっていく。

俺は……その姿が完全に二階に消えていくのを眺めてから──ちらっと廊下の隅を見やった。

来客が気になったんだろう、犬カバがこっそり隠れてそこにいた。

犬カバのやつも、気配で二人の姿が二階に上がったのを感じ取ったのか、 のこのこ と俺の目の前までやって来て『ブッフ』と小さく息をつき、俺を見上げる。

……どーも、考えた事は同じみてぇだった。

◆◆◆◆◆


俺は犬カバを抱いたまま静かにダルの部屋の前で聞き耳を立てていた。

閉め切り損ねたらしく、わずかに開いたドアの隙間からダルやラビーン、クアンの姿が見える。

最初に口を開いたのはダルだった。

「──それで、私に話というのは?」

やんわりとダルが聞く。

それに ああ、と勢い込んで返事したのはラビーンだ。

「実をいうとな──…俺ら二人、君の姉さん……リアちゃんの事を、心底心配してんのよ」

ラビーンが深刻そうに言うのに……俺は思わずいぶかしんで眉をひそめた。

「ほら、今回のギルドの依頼。
そう害はねぇと思って、俺らリアちゃんを止めなかったろ?
けど実際にはリアちゃんはぶっ倒れちまって、二週間近くも寝込むことになっちまった。
俺もクアンも責任感じちまってなぁ」

しみじみと、ラビーンが言う。

それに口を開いたのはダルだ。

「だが、あれはリア自身の意思で動いた事だ。
二人が責任を感じる必要はないと思うが」

やんわりと、口調も優しくダルが言う。

それに「いや!」と勢いよく立ち上がったのはクアンだ。

「俺らがあそこで意地でもリアちゃんを止めていれば、リアちゃんをあんな辛い目に遭わせずに済んだんだ!」

「おうよ。
けどよ、あの弟想いの健気なリアちゃんが、俺らが止めたくらいで思い留まってくれるか、自信がなくてな。
きっと無理してダルくんの依頼を手伝おうとするんじゃねぇかと思うんだ」

「それでさ、俺ら二人で考えたんだよ。
これからはダルくんとリアちゃんに、危険がなくって割のいい依頼を、俺らで選りすぐって見つけて持って行こうってな」

へへ、と笑ってクアンが言うのに……俺は柄にもなく じーんと感動して犬カバをギュッと抱えた。

犬カバは迷惑そーに見上げてきたが。

ま、犬カバにはこの男気、分かんねぇだろーよ。

ホレた女(ま、そいつが俺ってのがなんとも言えねぇが)の為に、そこまでしてくれるとは!

片手の人差し指でこっそり感動の涙さえ拭った俺を、やっぱり犬カバが迷惑そうに見上げてくる。

「ダルくんの目指す一攫千金とはちっと遠いが、これでも安心・安全・高給な依頼を見つけてくるつもりだ。
もちろん依頼主の身元も俺らが保証する。
全てはリアちゃんの為だ。
ここは一つ、試しに今回の依頼の内容だけでも聞いてくれ!」

ガバッとラビーンが頭を下げる。

一足遅れてクアンの奴も、ダルに向かって頭を下げた。

こーなると困ったのはダルだ。

「二人共、頭を上げてくれ。
それに申し出はありがたいが、二人にこんな事をさせては気が引ける。
二人ともリッシュ探しに忙しい身の上だろう?
私やリアの為に、毎度依頼を探させるなんて……」

おいおいおい!

せっかくの申し出を断るつもりかよ!?

俺は慌ててダルの部屋の戸に手をかける。

──が。

「いーや。
俺ら二人とも、好きでする事なんだ。
リッシュ探しなんぞ片手間で出来らぁ。
とにかく今回の、この依頼だけでもいい。
リアちゃんの為に、俺らが探してきたギルドの依頼、どーか聞いてくれ!」

男気溢れる口調でラビーンが言う。

ダルは困ったように少しの間沈黙してから──

「──分かった」

吐息をつく様に返事する。

よしよし!それでいーんだよ。

ダルの部屋の戸から手をそっと離して、俺は うんうんと一人静かに頷く。

ラビーンとクアンはダルの言葉にパッと頭を上げて、ダルの両手を取った。

「~よく言ってくれた!
これから一緒にリアちゃんを支えていこうな!」

ラビーンが言うのに微妙に嫌そうな顔をしながら、ダルが二人の手をやんわり解く。

ラビーンもクアンもそこには全く気づいてねぇらしく、話を続けた。

「それで、依頼だが──…ダルくん、市街のカフェって行った事あるか?」

──…市街のカフェ?……って、確かダルが言ってたウェイトレス募集してるとか言う、あのカフェの事か?

まさか安心・安全・高給って、ウェイトレスの事じゃねぇよなぁ?

いぶかる俺をよそに、ダルが ああ、と一つ頷く。

「あのウェイトレスを募集してる?」

「そう、そのカフェだ。
そこの保存庫で、この頃どーも食料が食い荒らされてるらしい。
ネズミかリスか、まぁそんなトコだろうってのが店主の見立てだが、カフェは忙しくて人手も足りねぇ。
それに構ってる余裕がねぇんだな。
だが、ネズミやなんかを放っておくのも問題アリだろ?
そこでこの依頼って訳だ。
ネズミだかリスだか、とにかく食料ドロボーを捕まえるか、追い出すかして保存庫をこれ以上荒らされねぇ様にしてほしいってのが今回の依頼だ」

「ネズミやリスなら得体のしれないヘンな動物って訳じゃないし、とりあえず追い出すだけでいーんだから危険な要素は1ミリもないだろ?
しかもなんとこの報酬が6万2千ハーツなんだ!
この依頼内容ならフツー1万ハーツももらえるかってトコなんだけどさ、まさにおいしー依頼だろ?」

うきうきしながらクアンの奴が言う。

そいつに……俺は思わず眉を寄せた。

ネズミやリスを追い払うのに、6万2千ハーツ?

美味しすぎるにも程がある依頼だ。

絶対ぇ何か裏がある。

半ば確信しつつ思った俺と、ダルも同じことを思ったらしい。

中からダルの声がする。

「──ネズミやリスを、ただ追い払うだけなのに6万2千ハーツ?」

疑わしそうにダルが言う。

それに答えたのはラビーンだ。

「ああ。
オーナーの言うコトにはな、『食いモン出す店でネズミやらリスやらにウロチョロされたんじゃ商売上がったりだ、確実に奴らを追い出せるなら6万2千ハーツは安い依頼料だ』ってよ」

まぁ確かに、噂が立って店が潰れでもしたら6万2千ハーツどころの出費じゃ済まねぇだろう。

店員の手が足りねぇくらい人気のカフェ、なんだろうしなぁ……。

俺は一人(と犬カバ一匹、か)ドアの外に突っ立ったまま眉を寄せて目を天井へ向ける。

クアンとラビーンが“リアの為に”持ってきた、安心・安全・楽チンの6万2千ハーツの依頼。

依頼主の身元も2人が“リアの為に”保証するくらいだ、ちゃんとしてるに違いねぇ。

実はヤベェ依頼って事はねぇはずだ。

依頼の内容だけ見ても、ヤバそうな要素は1つもねぇ。

ダルも大体同じ様に考えたんだろう、しばらくの沈黙の後に、

「──そうか」

と口にする。

それから、

「そういうことらしいが、どうする?リア」

ドアの向こう……つまりはこの俺に向けて、ダルが問いかけてくる。

俺は思わずギクッとして固まった。

中から『えっ、リアちゃん?』と妙にどぎまぎした様なクアンとラビーンの声がする。

俺は……仕方なく犬カバをホイッと隅に放って、そいつが上手く隠れるのを確認してから、気まずい顔でダルの部屋の戸をゆっくり開いた。

開くと同時に、ダル、ラビーン、クアンの3人がこっちを見つめる目に出合う。

「──ごめんなさい。
ダルちゃんにお話だなんて、気になっちゃって……」

手を合わせて女の子らしさ全開で言うと、ラビーンとクアンが ああ、いや…… とそれぞれしどろもどろに返してきた。

俺はここで でもでも、と声を上げる。

「依頼のお話、私もすごくいいって思ったのよ。
二人が私達の為にせっかく持ってきてくれた依頼ですもの、ね、ダルちゃん、請けてみましょうよ。
もちろん私も協力するわ」

分け前は折半ってな意味も含めてダルに言うと、ダルも 分かった、と大人しく頷く。

よしよし!

そうこなくっちゃな!

俺が思うとほぼ同時に。

「よしよし!そうこなくっちゃな!」

クアンが うきうきと口にする。

げっ、よりにもよってクアンの奴と思ってる事が被っちまった。

なんて俺の心境には一切気づかずに、こっちも うきうきと口を開いたのはラビーンだ。

「よ~し、そうと決まりゃあ早速カフェに行ってみねぇか?
善は急げって言うだろ?
もちろん俺らもついてくぜ」

言う。

俺は……ちらっと頭の片隅で、つい今しがた廊下の隅に隠れ潜んだ犬カバの事を思った。

まぁ数時間の事だ、この家に一匹で置いて出たって別に問題はねぇんだろーが。

と、考えて──俺はふと、いい案を思い付く。

ウキウキ顔のクアンとラビーン、そしてダルを見回して、にっこり笑う。

「その前に、少~し待ってもらえる?」
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