8 / 242
二章 ギルドの依頼
3
しおりを挟む◆◆◆◆◆
「さて、まずはどっから探しましょーかね?ダルちゃん?」
ギルドから出てすぐ、街の往来を軽く見渡して、俺は例の手配書を片手に、隣に並んだダルに声をかける。
ダルはそれに心底嫌そうな顔をして「その呼び方はやめろ」と一言返してくる。
そうして軽く息をついて視線を横に流した。
「まずは依頼主に会ってみないか?
探す前にその動物の事について少し話を聞いておいた方がいい気がする」
言ってくる。
ダルの流し目に丁度当てられたように、目の前を横切ったかわいい女の子二人組が、顔を赤くしてダルに見とれて通りすがってく。
俺だって……こんな姿じゃなきゃ……。
思いはするが、ま、言っててもしょーがねぇな。
俺は軽く息をついてダルの意見に賛成した。
「……ああ、まあそーだな。
あんなちっちぇえ羽根でも空とか飛べるってんなら探す範囲も大分変わるしなぁ……。
どーいう場所を好むのかとか、色々聞いとくと探すの楽だしな………っていうことが言いたいのよね、ダルちゃん」
にっこり笑顔で口調を軽く訂正して言う。
あぶねーあぶねー、ついいつもの男口調が出ちまったぜ。
幸い俺の言葉を聞き咎めたよーな人間はいなかったみてぇだが、気をつけねぇとな……。
と、俺のダルへ向けた“にっこり”に、偶然ダルの向こうを通りすがった男が、ほや~っとした目で俺の顔を見とれて行くのが見えた。
おいおい、俺はてめえに微笑んだんじゃないっての。
それはともかくだ。
依頼主は確か、見世物屋っつってたな。
ここからそう遠くはねぇ。
俺はダルに 行こうと合図して先を歩き始めた。
相変わらず、街を歩いていると、ただ歩いてるだけなのに男女問わず色んな人間がこっちを見てくる。
まあ、女の子はダルを、男共は俺をって言った方が正しいか。
俺は(女の子の視線はともかく)こう人に見られてっと女装の事がバレるんじゃねぇかとかなりヒヤヒヤしちまうが、そんな心配もねぇダルの方は至って平然としたもんだ。
当然といやぁ当然だが、そいつを抜きにしてもダルのやつ、妙に視線慣れした感じがあるんだよな……。
なんて考えながら歩いていると、すぐにお目当ての見世物屋が見つかった。
どれどれ、と見上げるまでもねぇ。
パッと見にもボロそうな木の掘っ立て小屋に、墨で書かれた『見世物屋』の木看板。
建物の位置的には市街地と旧市街のほぼ間って場所なんだが、雰囲気から言うと完璧に旧市街の建物だ。
──いや、もしかすっと旧市街の建物の中でも一番ボロい建物がこれなのかもしれねぇ。
奥行きがどんだけあるか正面からじゃよく分からねぇが、とりあえず横幅は狭い。
ダルが何の躊躇もなく見世物屋の戸をキィ、と開く。
「すまない。ギルドの依頼を請けた者だが──」
店の奥へ声をかけながらダルが中へ入っていくのに合わせて、俺もゆっくりとその後につく。
店の中は、少し意外だが外より傷んじゃいねぇ。
案外しっかりした木の床と壁。
奥にはつやつやした木製のカウンターがどっしりと陣取っている。
掃除も行き届いてるみてぇだ。
遠目に見ただけだがカウンターはきれいに磨きあげられてるみてぇだし、床にはワックスがかかってんのか妙にピカピカと輝いてる。
入った時は誰もいなかったカウンターだが、
「はいはいはい」
ダルの呼びかけに、カウンター奥の戸が開いて奥から一人の小男が出てきた。
50代くらいの背の低い男だ。
ダルがカウンターの小男に向かって言う。
「忙しい所すまない。
依頼の件で2、3確認したいことがあって来たんだが」
ダルの言葉の後に、後ろから俺がひょこり、店主の方へ顔を覗かせると、店主が『おお』という様に目を見張った。
こんなボロの見世物屋にこんな美人の女の子が来たんで驚いたらしい。
店主は はいはいと二回も頷いて言う。
「あなた方が私の依頼を!
いや~、しかしまさかこんなに若くて美しいお嬢さんがギルドの冒険者とは驚きですな。
実に素晴らしい!これからはもっと贔屓にさせてもらわなければなりませんなぁ」
俺の女装にすっかり騙された店主がでれでれしながら言う。
ダルは少し白けた目でそんな店主を見ていたが、俺は気にしないことにした。
にっこり笑顔で店主に言う。
「ありがとうございます。
それでは早速……」
言いながらカウンターの方へ近づこうとすると、店主がカウンターの内側で突然 ひょい、と一歩後ずさった。
「?」
俺はいぶかしんで店主を見た。
もう一歩俺が前に進むと、店主はさりげなくもう一歩後ろへ下がる。
もう後ろの壁にくっつかんばかりだ。
二度、目をしばたいて店主を見ると、店主がひきつった笑みで返した。
ま、このくらいの距離感がいいってんなら俺には全く異論はねぇ。
にっこり笑顔のまま先を口にした。
「手配書のあの子なんですけど、絵には小さな翼が描かれてましたよね。
あの翼で空を飛んだり出来るんでしょうか?
逃げ出した時の状況や、あの子が好みそうな場所や物なんかも教えて頂けると捜索に役立つと思うんです」
笑顔でにこにこ言いながらも、俺は軽く鼻がヒクつくのを感じていた。
何かしんねぇけど、このカウンターの付近に来たとたん、妙な臭いがしてきた。
便所と生ゴミを合わせたよーな、何とも言えねぇ嫌な臭いだ。
俺はさりげなく ツン、と鼻を静かにすすって、隣に並ぶダルを見る。
ダルの方もやっぱり臭うんだろう、眉をわずかに寄せて呼吸を忍んでんのが分かった。
俺は ちら、と店主を見る。
店主がひきつった笑みでまたわずかに後ずさった。
まさかこの店主から臭ってんのか?
俺が営業スマイルのまま問いかけた言葉に、店主が ああ、と気を取り直したように言う。
「──ああ、ええ。
実は餌やりの為に檻を少し開けた時に、ふいをつかれましてな。
そのまま外へ逃げて行ってしまったという次第で。
あやつは空は飛べません。
好むのは静かな狭い場所で、ミルクも好きです。
というより、ミルク以外のものに興味を示したことはありません。
あやつが逃げ出してもう一日半経ちます。
きっとひもじい思いをしていると思うのですが……」
俺は犬カバを憐れむように……と見せかけつつ、臭いを少しでも避けて考え事に集中する為に……自分の口元に手を当てながら考えた。
もし店主のいう通り、犬カバが静かで狭い場所に逃げようと思ったら、店を出て向かうのはどの方向か。
人通りが多くてガヤガヤしてる市街地よりは、人気のない廃虚同然の旧市街に向かうんじゃねぇか?
好物のミルクはねぇだろーが、狭い場所ならいくらでもあるはずだ。
そもそもあんな目立つピンク色の不思議な生物が市街地をうろついてたらそれだけで噂が立ってるはずだ。
ちらっとダルを見ると、こちらも同じ様な考えを持ったらしい。
店主へ向かって尋ねた。
「この一日半でその子を目撃したという話は街で一つも出なかったのか?」
ダルの言葉に店主が眉の端をポリポリ掻きながら「ええ、一つも」と弱った様に言ってくる。
俺は、さっきから漂う臭気に鼻が曲がりそうになりながらも口元から手を離し「大体のお話は分かりました」と告げた。
「ご協力ありがとうございます。
きっとすぐに犬カバちゃんを見つけてきますわ」
おまけでにこっと微笑んでやると…店主がとろけそうな表情で「よろしくお願いします」と返したのだった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
条件付きチート『吸収』でのんびり冒険者ライフ!
ヒビキ タクト
ファンタジー
旧題:異世界転生 ~条件付きスキル・スキル吸収を駆使し、冒険者から成り上がれ~
平凡な人生にガンと宣告された男が異世界に転生する。異世界神により特典(条件付きスキルと便利なスキル)をもらい異世界アダムスに転生し、子爵家の三男が冒険者となり成り上がるお話。 スキルや魔法を駆使し、奴隷や従魔と一緒に楽しく過ごしていく。そこには困難も…。 従魔ハクのモフモフは見所。週に4~5話は更新していきたいと思いますので、是非楽しく読んでいただければ幸いです♪ 異世界小説を沢山読んできた中で自分だったらこうしたいと言う作品にしております。
優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~
日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。
もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。
そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。
誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか?
そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。
外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜
KeyBow
ファンタジー
この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。
人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。
運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。
ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。
ヤンデレ狼の英雄様に無理矢理番にされました。さて、それではデスゲームを始めましょうか
井藤 美樹
恋愛
ゼシール王国が特別ではないけど、この世界は、獣人や竜人、エルフやドワーフなどの亜人族と人族が共存して暮らしている。
とはいっても、同じ町や王都に住んでいるだけで、居住区域は別々。それは人族と亜人族を護るために必要なこと。
なんせ、人族である私にはわからない世界だけど、亜人族には番っていう者が存在するの。昔は平気で亜人族が人族を拉致していたって聞いたわ。今は法律上罰せられるから安心だけどね。
でも、年に一回、合法的に拉致できる日があるの。
それが、愛の女神レシーナ様の生誕の日――
亜人族と人族の居住区の境界にある中央区で行われる、神聖な儀式。
番を求める亜人族と年頃の人族が集まるの、結構な人数だよ。簡単に言えば集団お見合いかな。選ばれれば、一生優雅に暮らせるからね、この日にかける人族の気持ちは理解はできるけどね。私は嫌だけど。
この日ばかりはお店はお休み。これ幸いと店の掃除をしていたら、ドアをノックする音がした。
なにも考えずにドアを開けたら、亜人族の男が私に跪いて差し出してきた、女神が愛する白百合の花を――
「やっと会えた……私の運命の番。さぁ、私たちの家に帰ろう」
たった六歳の少女に求婚してきたのは狼獣人の白銀の守護者様。
その日から、ゴールが監禁というデスゲームが始まった。
異世界の平和を守るだけの簡単なお仕事
富樫 聖夜
ファンタジー
ひょんなことから、ご当地ヒーローのイベントに怪獣役で出ることになった大学生の透湖。その最中、いきなり異世界にトリップしてしまった! 着ぐるみ姿のまま国境警備団に連れていかれた透湖は、超美形の隊長・エリアスルードに見とれてしまう。しかし彼は透湖を見たとたん、いきなり剣を抜こうとした! どうにか人間だと分かってもらい、事なきを得た透湖だが、今度は「救世主」と言われて戦場へ強制連行! そこでマゴスと呼ばれる本物の怪獣と戦うことになり、戸惑う透湖だったけれど、なぜか着ぐるみが思わぬチートを発揮して――?
恐喝されている女の子を助けたら学校で有名な学園三大姫の一人でした
恋狸
青春
特殊な家系にある俺、こと狭山渚《さやまなぎさ》はある日、黒服の男に恐喝されていた白海花《しらみはな》を助ける。
しかし、白海は学園三大姫と呼ばれる有名美少女だった!?
さらには他の学園三大姫とも仲良くなり……?
主人公とヒロイン達が織り成すラブコメディ!
小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。
カクヨムにて、月間3位
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~
日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】
https://ncode.syosetu.com/n1741iq/
https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199
【小説家になろうで先行公開中】
https://ncode.syosetu.com/n0091ip/
働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。
地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる