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本編

肉便器エンドより回避できない

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汗や涙やその他諸々でどろどろになった身体をフィリップに自室に備え付いている浴室まで連れて行ってもらい洗った。
いや、洗ったというのは語弊がある。正確には洗ってもらった。
けれど洗っている間に気づけばフィリップは私と繋がり、再び腰を振っていた。
そのせいで足はがくがく、腰も痛いし、股の間はひりひりする。声も枯れてしまった。最悪だ。

「--それで、イヴ」
「は、はい」
「…どうして、死にたいなどと思ったんですか?」

訊かれるとは思ったが答えは考えてない。
さすがに「私の未来が肉便器しかないから死のうかと思った」とは言えない。そんなの気が狂ったとしか思われない。

「…えっ、と」
「貴女に死なれたら私はどうすればいいのです。生きたまま屍のように無為に過ごせと?」
「あ、新しい仕事に就けばいいのではないのかしら…?」
「--私は貴女を愛しているのに」
「……、…。…は?」

耳が悪くなったのかと聞き直したら再び「私は貴女を愛している」と告げられた。
でもやっぱり信じられなくて頬をつねったら痛かった。夢じゃない。

いやいや、だってありえない。フィリップは『甘い執着~華は散る~』の攻略対象だよ?
ヒロインと恋して、愛を育み、結婚して、幸せな家庭を作る。その可能性の持ち主だ。
もしかしたらヒロインが他の攻略対象と結ばれるかもしれないがフィリップが私となんてありえない。
私は悪役令嬢、イヴァンジェリカ・アンドレイ。
性欲処理の肉便器エンドしかないイヴァンジェリカをフィリップが愛するとか、本当に、ありえない。

「使用人と賭けでもしているの?」
「いいえ」
「じゃあ、私と既成事実を作ってしまったから責任を取れと?」
「いいえ。それは貴女が私に言うべきことです」
「…じゃあ、風邪?」
「いいえ。…イヴ、私が信じられませんか?私は真実、貴女を愛している」

左手を取り、薬指の付け根にキスを落とすフィリップはゲームの姿そのまま、美しい。
確かヒロインにもやってたな。ヒロインには指輪をつけて、指先にちゅっと。一枚絵がすごく綺麗だった。
ぼーっとそのことを思い出していたらぴりっとした痛みがフィリップの触れている場所に走った。
見れば、紅い痕が付いている。
…いわゆる、キスマークである。

「フィリップ?」
「…動揺しないのですね」
「どうしてこんなことするの?…先ほどの、ことだって」
「何度私に言わせるつもりですか。貴女は阿呆ですか。それとも私を信用していないのですか」
「信用していないわ」

正直に口にすればさすがに驚かれた。驚いた顔のフィリップなんて珍しくて笑ってしまう。
珍しいその表情がすごく可愛く見えた。

「私は信用されていなかったのですか?今まで、ずっと」
「…いいえ、そういうわけじゃない。私は貴方の愛の言葉だけは、信用できないの」

冷静になってきた頭で考える。
フィリップのことは信用していないわけではない。記憶が戻る何時間か前までは彼を一番に信用していたと思う。
彼は幼いころから仕えてくれていたのだから当然だ。
でも記憶がある今は、その信用は崩れてきている。

今はこうして私を心配していてくれる。
でもゲームが始まってヒロインが登場したらとてもじゃないが一緒にいたいとは思えない。
私は悪役令嬢イヴァンジェリカで彼は攻略対象フィリップ
ゲーム補正が働き、万が一でも肉便器エンドに辿り着いたらと思うとゾッとする。

「…どうして、私は、ずっと貴女だけを…っ!」
「フィリップ、貴方の想いは一時の気の迷いよ。私は貴方が好きよ。でも、貴方が私を愛してくれるなんてことは信じない」
「どうしたら、私を信じてくれますか」

あぁどうか、この私の願いを聞いてほしい。
叶えてくれなんて傲慢なことは言わない。ただ、いるかもわからない神に今、縋りつきたくなった。
ずっとフィリップが好きだった。今でも彼が好きだ。
でも恋と生を天秤にかけたら選ぶのは生だろう。
けれど、もし叶うのなら。

好きな相手を信じさせてほしい。

「--1ヶ月後に、舞踏会があるの。その後にもずっと私を愛していてくれるなら、信じなくもない」
「…それだけで、いいのですか?」
「えぇ。…私はずっと貴方を好き--愛しているわ」

結局流されて抱かれたのは私が彼を愛しているから。
突き放そうとしても結局ずっと好きでいてほしいなんて思ってしまう。

「…なら、問題はない。一ヶ月なんて待たない。十三年待った。すぐにでも結婚しましょう」
「はっ!?ちょっと、フィリップ!?」
「旦那様がお帰りになられたらすぐにお話しします。すぐにでも結婚したいですけど公爵令嬢ともなるとお披露目も必要でしょうし、--とにかくすぐに婚約いたしましょう」
「な、ちょ、落ち着いて…?」

まくしたてるように連ねるフィリップに少し混乱する。
十三年待ったって、十三年私が好きだったということ?
それだけの間、好きでいてくれたということ?

「…わからないわ」
「わからなくても構いません。貴女が私を愛していて、私が貴女を愛している。よって愛し合い、婚姻を結ぶ。冷めた政略結婚よりもずっと貴女は幸せになれる」
「は、はぁ…。でも、政略結婚だって、家同士の結びつきのためよ。何の目的もないわけじゃないわ」
「それも大丈夫です。…イヴには教えますけど、私は他国の王族の席に着いてます。この国で爵位も持っています。政略結婚にするにも、十分な物件かと」

自分の立ち位置を理解してる…?それに、爵位を持ってるって執事なのにどういうこと?
混乱しているのが顔に出ていたのだろう、フィリップはくすくすと笑ってちゅっと頬に口付けた。
ぅう、そ、そんなのに流されたり、し、しないんだから…。

「かわいい顔をしないでください。--イヴ。私と結婚するのは嫌ですか」
「…いや、ではないの。嬉しいし、愛しているなんて言ってくれて光栄だわ。でも」

頭によぎる、ゲームのイヴァンジェリカの未来。
自分がイヴァンジェリカであるというのは変わらない。だからこそその未来の可能性はなるべく潰しておきたいのだ。

「……貴方は、私を疎むわ。後悔するのは貴方よ」
「私が後悔するのは想いを伝えたせいで貴女が離れていく時です。ですが今は後悔していない。貴女から愛してるなんて言われたのですから、もう放すわけにはいかない」
「私が邪魔になるわ」
「…イヴ、どうしてそんなことを言うのですか」

確かにフィリップからしたら求婚しているのに理由も言わずに逃げられているだけである。
納得がいかないのはわかる。でもこんな話、誰が信じるんだ。

「…わかりました」
「………」

フィリップは諦めたようにため息をつく。
ほっと安堵したが少し後悔もある。やっぱり私は彼のことが好きなのだ。だからこそ、裏切られたくない、というのもある。

「貴女は私を逃がしたくないんですね。わかりにくくて困ります。すぐにでも結婚したいなら素直に言えばいいのに」
「…へ、はぁ?!フィリップ?!」
「もうすぐ旦那様もお帰りになるでしょうから応接間で待ちましょう。あぁ、足腰が立たないのなら私がお運びします。行きましょう、イヴ」
「え、ねぇ、ちょっとおかしいから、フィリップ!!」
「まず第一に、私はイヴの純潔を頂いたのですから責任を取るのが当然です。よね?」
 
にこりと迫り来る笑顔にゾッと背筋が冷える。
その油断してる隙に抱き上げられ、フィリップは歩き出した。

「ふ、ふ、ふざけないで!人の話を聞きなさいよ!」
「結局私の質問は答えてませんよね?そっくりそのままお返しします」
「だってしょうがないんだもの!放してーっ!」

 フィリップは私の声に応えることなく応接間に私を連れて行き、帰ってきた父に婚姻の許可をもれなくもぎ取った。
そして一ヶ月後のゲーム開始時であろう舞踏会は私とフィリップの婚約のお披露目と相成る。
おかしい。肉便器エンドしかなかったはずの悪役令嬢が攻略対象とハッピーエンドとか。
王子様やら騎士様ではなく、自らの執事となんてこの世界でもありえない。


しかし、私がフィリップから逃げられることは一生ない。

それこそ、肉便器エンド回避よりもずっと至難のものである。

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