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本編

タイムロスすぎる記憶と攻略対象

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その日、私の記憶が蘇った。前世の記憶が。
まだ7歳になったばかりの頃に。
前世の私は日本人。ごく普通の一般的であろう女だった。
そして今、再び記憶が蘇った。前世が日本人などという記憶ではない、これからの人生を左右する記憶が。
最初に記憶が戻ったのが7歳。そこから十三年経った今、私、イヴァンジェリカ・アンドレイは18禁乙女ゲーム「甘い執着~華は散る~」の悪役令嬢であることを、その日、知った。
そのとき私は悲鳴を上げて倒れた。
私の未来に絶望して、ショックで倒れた。

その乙女ゲーム、悪役令嬢はどのルートでも性欲処理の肉便器になるしかないのだ。





どうしよう。どうしようどうしようどうしよう…っ!!! 
前世と今世どちらでも一番の焦りを感じていた。
なんで十三年分の間を開けるのかな?!十三年あったらもっと別の道があったのに!!
悪役令嬢が性欲処理の肉便器エンドって、普通の18禁乙女ゲームでもそうそうないよね!?
修道院に幽閉か、遠くに嫁ぐか、ひどくても死ぬぐらいじゃないの?!生きたまんま肉便器とか、一番ひどくないっ!?

ゲーム開始はヒロインの18歳の誕生日というなんともありきたりな日。
ゲーム開始までまだ一ヶ月は時間があるはず。ヒロインが社交界デビューするところからゲームは始まる。
その場面で攻略対象者や悪役令嬢に出会っていくのだ。
やだなにその日。私にとっては最悪の日だ。
私、女として死にたくない…!!

ゲーム内のイヴァンジェリカは典型的な悪役令嬢。輝く金髪と理知的な紫の瞳を持った美女だった。
だが「おーっほっほっほっ」とかいう笑い声がデフォルトの令嬢である。
しかも公爵令嬢であるから身分はかなり高い。スタイルも抜群に良い。
しかしそのすべてが揃っていたせいで性格は高飛車で、自分に従わないものはないとか思ってるイタイ子だった。

うっわあ、その悪役令嬢が自分とか笑える。
しかもその令嬢の未来は肉便器。自分の未来は肉便器しかないとかもっと笑える。
やばい、腹が捩れるわ。

…笑ってる場合じゃない。
逃げるにしても20歳まで公爵令嬢として生きてきた私がいきなり家を出ることなど常識的に考えてムリだ。
いくら前世の記憶があっても、だ。
とにかく肉便器エンドは避けたい。っていうか避けない人なんていない!
ゲームの舞台から逃げられないならそうだ、攻略対象とかヒロインに会わなきゃいいんだ。
私は平凡に、というかそれ以前に『人間』として生きたい!!

「…お嬢様?先ほどから百面相などして、どうなさったのです?阿呆のようですよ?」
「っ!…い、」
「い?」
「い、いやぁああああっっ!!!」

私は再び悲鳴を上げて倒れた。意識を取り戻して数十分のことだった。
私にいささか無礼な言葉を吐いたこの男。
黒髪に同色の瞳の整った容姿を持つこの男。
程よく鍛えられた身体を執事服に身を包んだこの男。

私の執事、フィリップ・バクストン。彼は攻略対象の一人である。

…いきなり会いたくない攻略対象とご対面とかなにこれひどい。





『甘い執着~華は散る~』のフィリップは我儘三昧のイヴァンジェリカに辟易していた。
傅かれることがあたりまえと思い、使用人など犬と同様と考えるイヴァンジェリカに仕えていたのは単なる意地だった。こんな女に屈服するなどプライドが許さない、とフィリップは己を叱咤していた。

そんな悪夢のような生活の中、イヴァンジェリカに同行した舞踏会で出会ったヒロインに、その純粋で無垢な姿にフィリップは惹かれた。そしてヒロインも、誇りを忘れることのないフィリップの心に恋に落ちた。
しかしフィリップにしてみれば相手は爵位持ちの貴族の娘。自分は一介の使用人。身分差に思い悩むが、ヒロインは実家に掛け合いフィリップとの仲を認めてもらおうとする。
そんな中、フィリップが他国の王族の落とし胤とわかり、ヒロインの家はあっさり仲を認める。
だがイヴァンジェリカがフィリップに擦り寄り、媚薬を使って無理やりフィリップと身体を繋げようと計画を立てた。
しかもヒロインを金で雇った男たちに輪姦させる前で。

けれどいち早くフィリップに気づかれ、イヴァンジェリカは彼女自ら用意した男たちに輪姦される…。
なにも知らぬヒロインはフィリップと結ばれ、めでたしめでたし。

これが、フィリップルートのトゥルーエンドだ。




…思い出していて一瞬本気で自殺の道を考えた。
フィリップルートでこれだぞ。もう絶望ものだ。なにがめでたしめでたしだ!
執事でこれなら王子様とか騎士とか他にいるのにその時どうするんだ、製作者は イヴァンジェリカを憎んでるの?!
肉便器か死か、選ぶなら死である。だって、肉便器になると自殺できないんだよ。ずっとヤりっぱなしで死ねない。それなら死んだほうがマシでしょ?

「ぅ、ぅぅう」
「お嬢様…?泣いておられるのですか?」
「そうだよお、ぅ、うぅ、もう死にたい…っ」
「死…?!」

フィリップが涙を拭う私の手を取り撫でる。執事によくある甲に三本線の入った白い手袋が見えた。
攻略対象者らしく整った顔が真剣な目が、私に向けられる。
整えられた黒髪と同色の瞳は不安げに揺れていた。

「どうされたのですか?死にたい、などと」
「だって…ッひ」
「お嬢様、今の貴女はまるでこの世に絶望されたよう。どうしてそのようになったのですか?」

絶望してる!よくわかったわね!

「や、もう、どうすればいいの…っ?」
「…お嬢様、本当に、どうなされたんです?--まさか、」

なにか悟ったかのようにフィリップは私を抱きしめた。
だめだ、やっぱり笑えない。泣ける。大泣き。肉便器なんてやだ。
本当に、なんでこんな世界に転生したの。しかもイヴァンジェリカ悪役令嬢だなんて。

肉便器エンド、絶対に回避したい…!

「…純潔を、奪われてしまったのですか…?」
「……っへ」
「どこの輩ですか?貴女に無体を働いたのは…!」

肩を掴まれがくがくと前後に揺さぶられる。正直目が回ってやめて欲しい。
っていうか、なにを勘違いしているのか。
私に無体を働く男をけしかけるのはあなたの可能性も十分あるのよ。

「ふぃ、フィリップ…っ?」
「…許さない」

あ、やばいな。
目がどんどん暗くなってきてるし、盛大な勘違いが、生まれてる。
なぜかベッドに押し倒され、逃げないようにか両手を拘束された。組み敷かれた私は漆黒の瞳に囚われる。
フィリップが再び強く訊ねてきた。

「お嬢様、教えてください。どこの男ですか」


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