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■7.〝おれはこんなに楽しいんだ〟って顔で走ってやれ
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「――それにしても、なんつータイミングだよ」
通りに面した窓の外を傘もささずに足早に逃げていく四人を忌々し気に見送って、彼らの席や康平たちの近くに場所を移した中村たちは、翔琉に向き直る。「あいつら、ほんっとクズ」誰かが吐き捨てるように言い、その台詞にみなが揃って首を縦に振る。
「ごめんな、みんな。部長のおれがもっと強く出られてたらよかったんだけど」
面目ないというように苦笑しつつ友井が面々を見回す。
「福浦も。すぐに庇ってやれなくてごめんな」
そして、俯いたままふるふると首を振る翔琉にも、同じように苦笑を向ける。
「ほんとっすよ。部長たちに声かけに行こうかって思ってたときに変なやつらが入ってくるんですもん。様子見しつつ聞きかじってたら、胸糞の悪い話ったら」
「でもまあ、結果オーライじゃね? 友井や戸塚が言うより、体格的に差があるおれが言ったほうが迫力も出るだろうし、こっちはあいつらの倍の人数だったわけだし」
中村が呆れたように言って、それを桑原が引き継ぐ。
「だよな。で、どうしておまえらはここに?」
それをまた友井が引き継ぎ、先を促す。桑原が再び口を開く。
「おれらは、さっきの部室でのことをもう一回、ちゃんと考えようって集まってたんだ。中村主導でさ。真面目な話、短距離から福浦が抜ける穴は大きい。聖櫻で唯一、ほかと互角以上に戦える種目わけだからさ。特に短距離チームは思うところもいろいろある。その筆頭が中村だとも思う。それでも戸塚や福浦は、おれらから反発を食らう覚悟で話してくれたわけだろ? その気持ちをおれらで擦り合わせないか、そこまでの覚悟を持ってんだから福浦や戸塚を心から応援してやらないかって。そう、中村が言い出したんだよ」
「中村、おまえ……」
「仕方ないですよ。部室では『わけわかんねー』って言いましたけど、だって福浦たちはやりたいんですもん。戸塚を長距離に誘ったのも福浦だっていうじゃないですか。そこまで惚れ込んでるやつと競技があるって、本当にすごいことだと思うんですよ。それをおれらが自分たちの体面だけで短距離を続けさせるのは、間違ってるじゃないですか。福浦たちが本当にやりたいことを伸び伸びやらせてやるのが、先輩ってもんです」
そう言って笑う中村に、友井も「そうだな」と笑って頷く。
「それに、おれ、実はちょっと知ってたんですよ。去年の新人戦の予選で元北園中のやつらと一緒に走ることになって。レースが終わったあと、話してるのが聞こえたんですよ。ああ福浦、陸部であんまりいい扱いを受けてないんじゃないかなって。そう思わせるような感じがありました。だからもう短距離は捨ててもいいんじゃないかって思ったんです。ほかに〝これだ!〟って巡り合ったものがあるんだったら、それだけに集中したほうが楽しいんじゃないかって。陸部に入ってきたときも、レースを棄権したときも、本当は長距離がやりたいって言ったときも、驚いたには驚きましたけど。なんかこう……しっくりくるものがあったっていうか、だからか、って納得するものがあったっていうか」
「そうか……。で、さっきのやつらが福浦に絡んでるのを見て、って感じか」
「そうです。アホ面が拝めてスカッとしました」
短距離走者の中村だから、たまたま知り得たものだったのだろう。中学にすごい選手がいることは当然耳に入っていたはずだし、年代も一年、被る。たとえ彼らが翔琉の名前を出さなかったとしても、内容から誰のことを言っているか見当がつくというものだ。
そこで康平は、はっとする。
「翔琉、おまえ……だから陸部に入るんじゃなくて、駅伝部だったのか?」
最初の誘い方からおかしいと思っていた。駅伝は長距離種目で、もちろん陸上競技。それなら、初めて声をかけるにしても『一緒に陸部に入らない?』と誘うのが普通だ。
そこを『おれと駅伝部作って大会出てくれない?』なんていう、とんでもない変化球を投げてきた。それはきっと、怖かったからなのだろう。陸部がではなく、翔琉の名前をよく知っている人たちがいる空間が。そこでどんなことが起きるかわからないから、はじめから〝駅伝部〟として独立した部を作りたいと。そう考えてもおかしくはない。
康平にはしつこく食い下がってきたのも、康平とだったら陸上を楽しいと思わせてくれるなにかがあると思っていたからかもしれない。実際、翔琉に楽しいと思わせてやれているかは、康平にはわからないけれど。それでも康平のことだけはけして諦めなかったのには、翔琉は翔琉で〝こいつしかない〟なにかを康平に感じていたからなのだろう。
――『ずっとゾワゾワさせてやっから』
そう言ったときの困ったような翔琉の笑顔がフラッシュバックする。あのとき、翔琉はなにを思っていたのだろう。どんなことを考えていたのだろうか。ただ、嬉しそうだったのは確かで。そんな翔琉に康平も嬉しかったことだけは、よく覚えている。
「……そうだよ。言わないで済むことだったら言わないでおきたかったし、会わなくて済むんだったら会いたくなかったけど。先輩たちも康平も、なんでこんなおれなんかに優しいかな……。バラバラになっても近くにいるんじゃ、いつかこうなることは時間の問題だってわかってたはずだったのに。すみません、なんかもう……また泣けてきた」
「翔琉……」
同級生の彼らが現れてから久しぶりに聞いた翔琉の声は、涙に泣き濡れていて、か弱く小さく、聞き取るのがやっとというほど弱々しいものだった。その手にボタボタ落ち続ける透明な雫は、拭っても拭っても後を絶たないどころか、回収が間に合わない。
泣きながら笑う翔琉の肩を揺すって、康平は言う。
「そんなの、言いたくないに決まってるだろ。おれだって前の仲間に『まだ陸上やってんの?』なんて言われたくないし、知られたくもない。逆に、日報駅伝を走って知らしめてやろうって思ってる。区間記録とか取って、デカデカと新聞に載ってやるんだ」
すると川瀬が口を挟む。
「そうだぞ、福浦。助っ人だって呼んでんだ。もう走れる状態なんだよ。まあ、走力には欠けるかもしれないけど、大事なのは戸塚と福浦が日報駅伝で走ることなんだから、戸塚の言うとおり、おまえらは区間記録を狙え。んで、あのクッソ腹立たしいあいつらや、ほかの北園中出身のやつらに〝おれはこんなに楽しいんだ〟って顔で走ってやれ」
「だな。おれもそれが一番の復讐になると思う」
そう口を開いたのは中村だ。
「あいつらに一番堪えるものはなにかを考えろ。本当の仲間と最っ高の笑顔で走ることなんじゃねーか? 走ることが幸せだって顔は、それだけであいつらを叩きのめすことができる。おれらにとってもそれは願ったり叶ったりだ。もうひと泡を噴かせてやろうぜ」
「また絡んでくるようだったら、殴り込みに行くし」
やや物騒なことを言うのは桑原だ。すかさず友井から「頼むからやめてくれ……」と懇願の声が寄せられるが、当の本人は腕の筋肉を隆々と盛り上げ、どこ吹く風を装う。
「いや、そこまでしたらさすがに可哀そうですから」
それには翔琉もさすがに吹き出して笑い、場の空気に一気に色がつく。
「じゃあ、福浦君と戸塚君は、七月の県民大会にはエントリーしない方向ってことね」
そんな中、手帳とペンを取り出し、さらさらとメモを取るのは紫帆である。
「え、なんでですか。おれ、走りたい」
康平と翔琉が声を揃えれば、しかし紫帆はしれっとした様子で言う。
「だってふたりは聖櫻の隠し玉でしょ? 戸塚君が言ってた〝福浦君の特徴〟も、日報駅伝本番まで隠しておいたほうが絶対にいいよ。だって、そのほうが断然面白いでしょ」
そして「あ、サポートは川瀬君ね。助っ人君たちの面倒もしっかり見てあげて。その頃には三年はもう引退しちゃってるから」と、取って付けたように川瀬の名前を口にした。
「そんな、ついでみたいな……」
「なに言ってるの、一番頑張らなきゃいけないのは川瀬君でしょ。本気になるのに早い遅いはないだろうけど、本気になったらとことんやらなきゃ、それは本気とは言わないの」
たまらずといった様子で川瀬から声が上がる。けれど紫帆は友井や似内ですら逆らえない影の黒幕だ。川瀬だって、一度は嘆いたものの紫帆がどんな意味を込めて言ったのか、最初からわかっていたようだった。引き締まった声が「はい」と響く。
そうか、県民大会が終われば三年は引退なんだ……。康平は改めて実感する。やっと本当の意味で仲間になれたと思ったのも束の間、一ヵ月後には三年生はもういないのだ。
ちらと翔琉に目をやると、泣き濡れた顔はもうなかった。そこにはただ真っ直ぐに前だけを見つめる力強さを宿した瞳があり、康平もぐっと気持ちが引き締まる。
正真正銘、隠し玉になれるように。ゴール後には、まさしくそうだったと思ってもらえるように。目に見える成績や順位という形でしっかり残そう――。
「じゃあ、また明日な」
「部活でな」
やがて、そんな彼らも徐々に店をあとにしていく。もともと小腹を満たすだけで長居するつもりはなかったのだから、引き留める形になってしまい、なんだか申し訳ない。
「じゃあ、おれらも帰るか」
「そうだね」
そう言って席を立つ友井と紫帆に続いて、康平たちもテーブル席を立つ。
少し名残惜しい気分なのは、ついさっきまで部員のほとんどの顔がここにあったからだろうか。去り際、テーブルの表面をツツ、と撫でると、綺麗に拭かれた木目調の表面に薄っすらと自分の顔が映っていて、康平は思わずふっと笑みをこぼした。
――なんて幸せそうな顔してんだ、おれ。
その前では、先に通路を歩いていくふたりに「ありがとうございました!」と深々と頭を下げる翔琉の背中があった。服の上からでもわかる、まだまだ短距離走者のそれと、康平より一回り大きい体躯。その中に一体どれだけのものを抱え込み――いや、抱え込まされ、ひとりで持ち続けなければならなかったのかと思うと、たまらない気持ちになる。
でも。
「おい、翔琉だけずるいぞ。おれからも、ありがとうございました!」
無理やり翔琉の隣に割り込み、狭い通路で並んで頭を下げたときの翔琉の顔が、今まで見てきた中で一番幸せそうだったから。煮え切らない部分も軒並み吹っ飛ぶ。
そして、これからもっともっと、聖櫻でそんな顔をさせてやれることが。理解ある頼もしい仲間と出会い、こんなにも力強く背中を押してもらえたことが、たまらなく嬉しい。
「ちょっ、人前でやめろよ……!」
「恥ずかしいからっ!」
友井の奢りにするか、先輩らしくふたりで割り勘にするかと揉めつつ会計カウンターに向かっていたふたりが慌てて引き返してくる焦った声に逆らい頭を下げ続けながら、康平と翔琉は、その下でこっそり白い歯を見せてニシシと笑い合ったのだった。
通りに面した窓の外を傘もささずに足早に逃げていく四人を忌々し気に見送って、彼らの席や康平たちの近くに場所を移した中村たちは、翔琉に向き直る。「あいつら、ほんっとクズ」誰かが吐き捨てるように言い、その台詞にみなが揃って首を縦に振る。
「ごめんな、みんな。部長のおれがもっと強く出られてたらよかったんだけど」
面目ないというように苦笑しつつ友井が面々を見回す。
「福浦も。すぐに庇ってやれなくてごめんな」
そして、俯いたままふるふると首を振る翔琉にも、同じように苦笑を向ける。
「ほんとっすよ。部長たちに声かけに行こうかって思ってたときに変なやつらが入ってくるんですもん。様子見しつつ聞きかじってたら、胸糞の悪い話ったら」
「でもまあ、結果オーライじゃね? 友井や戸塚が言うより、体格的に差があるおれが言ったほうが迫力も出るだろうし、こっちはあいつらの倍の人数だったわけだし」
中村が呆れたように言って、それを桑原が引き継ぐ。
「だよな。で、どうしておまえらはここに?」
それをまた友井が引き継ぎ、先を促す。桑原が再び口を開く。
「おれらは、さっきの部室でのことをもう一回、ちゃんと考えようって集まってたんだ。中村主導でさ。真面目な話、短距離から福浦が抜ける穴は大きい。聖櫻で唯一、ほかと互角以上に戦える種目わけだからさ。特に短距離チームは思うところもいろいろある。その筆頭が中村だとも思う。それでも戸塚や福浦は、おれらから反発を食らう覚悟で話してくれたわけだろ? その気持ちをおれらで擦り合わせないか、そこまでの覚悟を持ってんだから福浦や戸塚を心から応援してやらないかって。そう、中村が言い出したんだよ」
「中村、おまえ……」
「仕方ないですよ。部室では『わけわかんねー』って言いましたけど、だって福浦たちはやりたいんですもん。戸塚を長距離に誘ったのも福浦だっていうじゃないですか。そこまで惚れ込んでるやつと競技があるって、本当にすごいことだと思うんですよ。それをおれらが自分たちの体面だけで短距離を続けさせるのは、間違ってるじゃないですか。福浦たちが本当にやりたいことを伸び伸びやらせてやるのが、先輩ってもんです」
そう言って笑う中村に、友井も「そうだな」と笑って頷く。
「それに、おれ、実はちょっと知ってたんですよ。去年の新人戦の予選で元北園中のやつらと一緒に走ることになって。レースが終わったあと、話してるのが聞こえたんですよ。ああ福浦、陸部であんまりいい扱いを受けてないんじゃないかなって。そう思わせるような感じがありました。だからもう短距離は捨ててもいいんじゃないかって思ったんです。ほかに〝これだ!〟って巡り合ったものがあるんだったら、それだけに集中したほうが楽しいんじゃないかって。陸部に入ってきたときも、レースを棄権したときも、本当は長距離がやりたいって言ったときも、驚いたには驚きましたけど。なんかこう……しっくりくるものがあったっていうか、だからか、って納得するものがあったっていうか」
「そうか……。で、さっきのやつらが福浦に絡んでるのを見て、って感じか」
「そうです。アホ面が拝めてスカッとしました」
短距離走者の中村だから、たまたま知り得たものだったのだろう。中学にすごい選手がいることは当然耳に入っていたはずだし、年代も一年、被る。たとえ彼らが翔琉の名前を出さなかったとしても、内容から誰のことを言っているか見当がつくというものだ。
そこで康平は、はっとする。
「翔琉、おまえ……だから陸部に入るんじゃなくて、駅伝部だったのか?」
最初の誘い方からおかしいと思っていた。駅伝は長距離種目で、もちろん陸上競技。それなら、初めて声をかけるにしても『一緒に陸部に入らない?』と誘うのが普通だ。
そこを『おれと駅伝部作って大会出てくれない?』なんていう、とんでもない変化球を投げてきた。それはきっと、怖かったからなのだろう。陸部がではなく、翔琉の名前をよく知っている人たちがいる空間が。そこでどんなことが起きるかわからないから、はじめから〝駅伝部〟として独立した部を作りたいと。そう考えてもおかしくはない。
康平にはしつこく食い下がってきたのも、康平とだったら陸上を楽しいと思わせてくれるなにかがあると思っていたからかもしれない。実際、翔琉に楽しいと思わせてやれているかは、康平にはわからないけれど。それでも康平のことだけはけして諦めなかったのには、翔琉は翔琉で〝こいつしかない〟なにかを康平に感じていたからなのだろう。
――『ずっとゾワゾワさせてやっから』
そう言ったときの困ったような翔琉の笑顔がフラッシュバックする。あのとき、翔琉はなにを思っていたのだろう。どんなことを考えていたのだろうか。ただ、嬉しそうだったのは確かで。そんな翔琉に康平も嬉しかったことだけは、よく覚えている。
「……そうだよ。言わないで済むことだったら言わないでおきたかったし、会わなくて済むんだったら会いたくなかったけど。先輩たちも康平も、なんでこんなおれなんかに優しいかな……。バラバラになっても近くにいるんじゃ、いつかこうなることは時間の問題だってわかってたはずだったのに。すみません、なんかもう……また泣けてきた」
「翔琉……」
同級生の彼らが現れてから久しぶりに聞いた翔琉の声は、涙に泣き濡れていて、か弱く小さく、聞き取るのがやっとというほど弱々しいものだった。その手にボタボタ落ち続ける透明な雫は、拭っても拭っても後を絶たないどころか、回収が間に合わない。
泣きながら笑う翔琉の肩を揺すって、康平は言う。
「そんなの、言いたくないに決まってるだろ。おれだって前の仲間に『まだ陸上やってんの?』なんて言われたくないし、知られたくもない。逆に、日報駅伝を走って知らしめてやろうって思ってる。区間記録とか取って、デカデカと新聞に載ってやるんだ」
すると川瀬が口を挟む。
「そうだぞ、福浦。助っ人だって呼んでんだ。もう走れる状態なんだよ。まあ、走力には欠けるかもしれないけど、大事なのは戸塚と福浦が日報駅伝で走ることなんだから、戸塚の言うとおり、おまえらは区間記録を狙え。んで、あのクッソ腹立たしいあいつらや、ほかの北園中出身のやつらに〝おれはこんなに楽しいんだ〟って顔で走ってやれ」
「だな。おれもそれが一番の復讐になると思う」
そう口を開いたのは中村だ。
「あいつらに一番堪えるものはなにかを考えろ。本当の仲間と最っ高の笑顔で走ることなんじゃねーか? 走ることが幸せだって顔は、それだけであいつらを叩きのめすことができる。おれらにとってもそれは願ったり叶ったりだ。もうひと泡を噴かせてやろうぜ」
「また絡んでくるようだったら、殴り込みに行くし」
やや物騒なことを言うのは桑原だ。すかさず友井から「頼むからやめてくれ……」と懇願の声が寄せられるが、当の本人は腕の筋肉を隆々と盛り上げ、どこ吹く風を装う。
「いや、そこまでしたらさすがに可哀そうですから」
それには翔琉もさすがに吹き出して笑い、場の空気に一気に色がつく。
「じゃあ、福浦君と戸塚君は、七月の県民大会にはエントリーしない方向ってことね」
そんな中、手帳とペンを取り出し、さらさらとメモを取るのは紫帆である。
「え、なんでですか。おれ、走りたい」
康平と翔琉が声を揃えれば、しかし紫帆はしれっとした様子で言う。
「だってふたりは聖櫻の隠し玉でしょ? 戸塚君が言ってた〝福浦君の特徴〟も、日報駅伝本番まで隠しておいたほうが絶対にいいよ。だって、そのほうが断然面白いでしょ」
そして「あ、サポートは川瀬君ね。助っ人君たちの面倒もしっかり見てあげて。その頃には三年はもう引退しちゃってるから」と、取って付けたように川瀬の名前を口にした。
「そんな、ついでみたいな……」
「なに言ってるの、一番頑張らなきゃいけないのは川瀬君でしょ。本気になるのに早い遅いはないだろうけど、本気になったらとことんやらなきゃ、それは本気とは言わないの」
たまらずといった様子で川瀬から声が上がる。けれど紫帆は友井や似内ですら逆らえない影の黒幕だ。川瀬だって、一度は嘆いたものの紫帆がどんな意味を込めて言ったのか、最初からわかっていたようだった。引き締まった声が「はい」と響く。
そうか、県民大会が終われば三年は引退なんだ……。康平は改めて実感する。やっと本当の意味で仲間になれたと思ったのも束の間、一ヵ月後には三年生はもういないのだ。
ちらと翔琉に目をやると、泣き濡れた顔はもうなかった。そこにはただ真っ直ぐに前だけを見つめる力強さを宿した瞳があり、康平もぐっと気持ちが引き締まる。
正真正銘、隠し玉になれるように。ゴール後には、まさしくそうだったと思ってもらえるように。目に見える成績や順位という形でしっかり残そう――。
「じゃあ、また明日な」
「部活でな」
やがて、そんな彼らも徐々に店をあとにしていく。もともと小腹を満たすだけで長居するつもりはなかったのだから、引き留める形になってしまい、なんだか申し訳ない。
「じゃあ、おれらも帰るか」
「そうだね」
そう言って席を立つ友井と紫帆に続いて、康平たちもテーブル席を立つ。
少し名残惜しい気分なのは、ついさっきまで部員のほとんどの顔がここにあったからだろうか。去り際、テーブルの表面をツツ、と撫でると、綺麗に拭かれた木目調の表面に薄っすらと自分の顔が映っていて、康平は思わずふっと笑みをこぼした。
――なんて幸せそうな顔してんだ、おれ。
その前では、先に通路を歩いていくふたりに「ありがとうございました!」と深々と頭を下げる翔琉の背中があった。服の上からでもわかる、まだまだ短距離走者のそれと、康平より一回り大きい体躯。その中に一体どれだけのものを抱え込み――いや、抱え込まされ、ひとりで持ち続けなければならなかったのかと思うと、たまらない気持ちになる。
でも。
「おい、翔琉だけずるいぞ。おれからも、ありがとうございました!」
無理やり翔琉の隣に割り込み、狭い通路で並んで頭を下げたときの翔琉の顔が、今まで見てきた中で一番幸せそうだったから。煮え切らない部分も軒並み吹っ飛ぶ。
そして、これからもっともっと、聖櫻でそんな顔をさせてやれることが。理解ある頼もしい仲間と出会い、こんなにも力強く背中を押してもらえたことが、たまらなく嬉しい。
「ちょっ、人前でやめろよ……!」
「恥ずかしいからっ!」
友井の奢りにするか、先輩らしくふたりで割り勘にするかと揉めつつ会計カウンターに向かっていたふたりが慌てて引き返してくる焦った声に逆らい頭を下げ続けながら、康平と翔琉は、その下でこっそり白い歯を見せてニシシと笑い合ったのだった。
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【2018年1月、真幕を開始しました】
ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)
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