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第一章 魔王城の秘密の関係

4.海魔の見る夢

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 天然の洞窟を利用した砦では、魔族たちの一軍が飲んだり食ったり歌ったり踊ったりと大騒ぎを繰り広げていた。

 軍団の頭数は優に百人を超えており、種族も雑多だ。剣牙、幽鬼、妖猫に大顎族リザードマン。少数だが巨人族の姿すら見える。
 ならず者の集う酒場ですらこれほど多様な氏族が居合わせることは滅多にないだろう。

 とはいえ、海魔は流石に俺一人らしい。クェントはそのように心中で呟くと、巻紙を携えて広間の奥へ足を運んだ。

「――王位継承戦だなんだと言うが、つまるところ我々がしているのは、各氏族の代表者によるしばき合い対決な訳だ」

 ダールはそう言うと、愉快げに喉を鳴らした。その表情は、まるで子供のように無邪気に見える。

「……言いたい事はナンボでもあるが、とりあえず一つだけ聞くぞ。その頭とやら、つまり魔王候補者はどう探し当てる?」

 クェントが眼前の竜の女をねめつける。
 それを受けてダールは不敵な笑みと共に腕組みをした。彼女の身体のあちこちを覆った飾り鱗が、松明の鈍い明かりを受けて真珠色に光っている。

「んー……そういえば面相までは聞き及んでいなかったな」

「おいおい」

「ま、どのみち各氏族の有力者筋ではあろうよ。大抵は陣幕の中で一番偉そうにしてる奴か一番偉そうな奴の隣でボケっとしてる奴なんじゃあないか」

「…………」

 こめかみを抑えて『何言ってんだろうねこの女は』と全身で訴えかけるクェントをよそに、ダールは卓上の空の杯や食べ残しの乗った皿を薙ぎ払う。
 雑多な物品が床にぶちまけられる物音を余所に、クェントが携えて来た紙――周辺の地形図だ――を広げた。

「つまりだな、いかな大軍でも頭さえ抑えてしまえば話が終わるんだ。首から下にできることは何にもないし、その義理もない」

 ダールの、好奇心に満ちた蜜色の瞳がきらめいた。

「さて、では早速段取りを決めようか! 本陣は……ここから少し南の開けた場所に、それと――」

 意外にも、その後の彼女の立案はまあまあ勘所をおさえるものであった。……が、それでは勝つが、勝つだけだ。

 圧倒的に叩き伏せるためにはあと二手足りない。そしてそれを補填するための方法なら俺が知っている。

 一つ、確かめてやろう。そういう心づもりでクェントは口を開く。

(こいつからは、俺と同じ匂いがする)

 見立て通りなら俺の言い分を最終的にはきっと気に入るはずだ。クェントは大きく息を吸い込むと、彼女に向かって呼びかける。
 それは、ある種宣戦布告のような響きを帯びていた。


 ――がくん、と頭が傾いた拍子に意識が引き戻される。
 瞬きほどの間を置いて、クェントはゆっくりとまぶたを開く。最初に映ったのは、見慣れた私室の光景だ。

「……」

 振り向くまでもなく、窓から夜明けの陽光が差し込んでいるのが分かる。……今日も天気は晴れのようだ。
 持ち帰った仕事を片付けている間に居眠りをしてしまったらしい。
 寝起きの怠さを振り切るように大きく伸びをする。関節がパキポキと乾いた音を立てた。

 夢の内容は、正直よく覚えていない。ただ、ダールと出会ったばかりの頃だったことだけは確かだ。

(……あの頃の俺は、今よりずっと血気に逸った若造で、己の才覚をたのみに生きようと足掻いては裏切られを繰り返していた。血族という後ろ盾の無い身を呪って、それでもなお高みに登ろうと必死になっていた)

 そんな彼の言を率直に受け入れた初めての相手が、他ならぬダールであったのだ。自覚したのはもう少し後だったが、実際に惚れたのは多分、あの時だ。

 ダールは、クェントが滔々と立案するのをじっと聞いた後、「それじゃあ駄目だ。死にすぎる」と一蹴した。
 ……敢えて欠陥のある策を吹き込もうとした行動の是非はともかく、彼は嬉しかった。同じ視座を持った奴に、その時ようやく出会えたのだから。

 ダールには改めて自分の知る限りの知識を惜しげもなく明かし、その後も助力を惜しむ事はなかった。気がつけば足抜けする機会を逸して、最後まで付き合う羽目になったとも言えるが。
 まあ、それでも、ダールは勝った。そして魔界の主要な氏族たちの承認を得て当代の魔王として立った。だからきっとこれで良かったのだろう。

 現在のクェントは直属の参謀という立場からは退き、官僚として体制の安定に向けて尽力している。それもこれも彼女の治世を盤石なものにするためだ。
 ダールは相変わらずの破天荒さを発揮しつつも、おおむね順調に統治を進めていると言っていい。

 しかして魔族の感覚による「おおむね順調」とは「まあまあの頻度で内戦や小競り合いが起こっている」という状態を示す。ダールもまた自ら鎮圧に乗り出す機会は多い。

「……水でも浴びるか」

 執務が始まる前に身なりを整えなくてはならない。
 クェントはのっそりと起き上がり、それ以降は無駄口を叩くことなく身支度を始めた。

 海藻のような、とも形容される青黒い髪を手早く纏めあげ、地味な色合いのローブを羽織る。
 特段の折衝があるでなし、今日の所は一日執務室で書類仕事でもこなしていれば事足りる。比較的面倒の少ない日と言えよう。

「……」

 部屋を後にする折になって、クェントはふと先程の夢のことを思い出した。
 あの頃のダールは何の陰りも無い、火のような女だった。

 私は、俺は、あの頃に戻りたいのだろうか? 「馬鹿らしい」とクェントは首を振った。

「仮に戻れるとしても、どうせ同じことを繰り返すだけじゃないか」

 そう呟くと、彼は扉を開けて一歩を踏み出した。
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