5 / 5
第4話『王太子12歳、開いてはいけない扉を開いてしまいました』
しおりを挟む頭脳明晰、眉目秀麗、勇猛果敢。他にも色んな言葉で褒めそやされる僕だが、最近ひとつだけ苦手な事がある。
女性だ。
僕の名前はエドワード・アシェル・ミッドクルス。現ミッドクルス国王アンドリュー5世の一人息子だ。
今現在、僕の他に国王夫妻に子供はなく、僕が唯一の王位継承者である為、僕は日々将来王になる為の準備に忙しい。学問、武術、礼儀作法、学ぶことは山ほどあって、そこに12歳の誕生日を迎えた日、閨教育が追加された。
王国貴族の男子は12歳の誕生日を迎えると閨について教えられるのが一般的で、2カ月先に12歳になった友人から色々聞いていたのもあり、ちょっと期待でドキドキして迎えた閨教育だが、正直気持ち悪いだけだった。
閨教育といっても一晩限り。簡単な座学とその後の見学がメインで、希望すれば実践も可能といったものだ。大抵の子弟が実践で継続する事を希望するので、一晩だけで終わるケースは少ないらしい。僕は教育係の貴族とその愛人の交合を見学させられたのだが、彼女の陰部、むっちりとした肉感たっぷりの太ももの間から見える、ぐにゃぐにゃしたグロテスクなモノに恐怖を感じた。
無理。絶対無理。顔に出すまいと必死に耐えている所に追い打ちをかける、愛人の感極まった獣の雄叫びのような声。女性って閨の時、死にそうな野生動物みたいな声出すの?
途中意識を飛ばしながらも、なんとか耐えきった僕に、教育係が「王子も実践されてみますか」と声を掛けてきた。見学のみにしますと答えた時の、彼の愛人の残念そうな顔に嫌悪感しか抱けず、それから僕は女性、特に彼の愛人のように物欲しそうに僕を見る女性が苦手になった。
元から女性は母や乳母、母方の従妹の令嬢たち以外あまり話すこともなく、必要最低限の会話以外したこともなかったけれど、社交界に出ればあの愛人のような女性たちが多くいると聞いて苦手意識に拍車がかかった。
近々行われるという、12歳の貴族の子達を招いての王宮庭園の茶会が憂鬱でならない。国王夫妻はその12歳の茶会の席で出会って結婚したので、できれば僕にもその茶会で結婚相手と出会ってくれればと考えているようだが、今の僕の状態では結婚相手どころか会話の相手さえ見つけられそうにない。
「憂鬱だ……」
婚約者が決まってない王子のお披露目の場とあって、普段よりも気合の入った衣装が仕立てられた。仮縫いの衣装合わせをする僕を見ながら、どこの御息女も王子の元に目を輝かせて押しかけるでしょうねと侍従頭と王妃が嬉しそうに話している。まだ幼い淑女たちとはいえ将来あの愛人のようになるのかと思うと恐怖が先にたつ。ああ、出来る事なら欠席したい。
しかし僕も願いも空しく、茶会の日はやってきた。
____________________
天気は快晴。暑くもなく、寒すぎることもない、正に外で過ごすには最高の空の下、僕の心は荒み切っていた。
(帰りたい)
先程から、茶会の主催である王妃に挨拶をすませた御令嬢たちが、次から次へと自分の元へ集まってくる。
彼女たちはまだ幼いとはいえ、いつかの女性のような肌に纏わりつく粘着質な視線と声は変わらない。それらにこのまま茶会が終わるまで包囲されるなんて拷問でしかない。
(エリック! エリック助けろ!)
少し離れた所で、呑気にテーブルの上の菓子をつまみ、こちらをみてニヤニヤしている友人を睨み付ける。
(あいつ完全に人の不幸を楽しんでるな)
母方の親戚筋で、生まれも2カ月しか違わないエリックは、気軽に話ができる数少ない友人だ。自分より先に閨教育を済ませたエリックは、僕とは違い女性たちに興味深々で、最近は教育係の紹介した女性と閨の実践教育に励んでいるらしい。
「失礼、お嬢様方。エドワード王子の友人のエリックと申します。以後お見知りおきを。これはほんの挨拶程度に……」
令嬢の垣根をかき分け僕の横に立ったエリックは、優雅にお辞儀をして胸のポケットからバラの花を1輪差し出した。どうぞ、と目の前の令嬢にバラを渡すと、今度はその隣りの令嬢に同じようにお辞儀をしてバラの花を差し出す。
(出た……。エリック得意の空間収納魔術)
大きいものを収納できる訳ではないが、手に持てるサイズのものはいくらでも収納してしまえる彼の得意な魔法だ。令嬢たちはすっかりエリックの奇術のような魔法に魅了され、我も我もと彼の前に集まった。僕を取り巻く囲いが失くなり、エリックが今のうちに離れろと目配せしたので、彼の背に隠れるようにして彼女たちから静かに離れる。
今からどこに行こう。この場からできるだけ離れていたいが、茶会の最期には挨拶しないといけないので、ほとぼりが冷めたら戻れる距離がいい。死角になるバラの垣根の向こうか、もう少し先の温室……。
「このお茶会だって、人数はそんなに多くないんだから温室ですればいいのに」
今まさにその温室に逃げようかと考えていた時、鈴を転がしたような綺麗な声が耳に入った。声の主である少女は自分のすぐ横で、遠くの木々を眺めてつまらなそうにしている。
(植物とか、花が好きなのかな)
王宮の温室には隣接する南の国から持ち込まれた植物が多数ある。国内ではこの温室でしか見れない品種も多い。特に数年に一日だけ大きな花が咲く珍しい品種があり、王宮勤めの者でもその花を見た者は少ない。もしかして彼女はそれを見たいのだろうか。
「温室に行きたいのか?」
気が付けば自分から声を掛けていた。突然見知らぬ人間に話しかけられ不審な眼を向ける少女に、僕はにこりと人好きのする顔で笑ってみせた。
「此処から歩いて5分と掛からない。もし温室が見たいなら案内しようか?」
日の光を孕んで燃える様な真紅の髪に、アメジストを埋め込んだようなきらきら光る紫の瞳、細く伸びた鼻の下にルージュが引かれた真っ赤な小さい唇。子供ながら芯のしっかりしてそうな、分かりやすく言うと気の強そうな綺麗な少女はこちらを見て、何かを察したのか大きく目を見開いた。
(ああ、王子だって気づいたかな)
彼女も、先程までの御令嬢達のように、猫なで声でおもねった態度に変わるのかな。あのつまらなさそうな顔をしていた少女が、そうなっては嫌だなと思いつつ話を続ける。
「僕には此処はちょっと居心地が悪くてね。逃げるためにも案内させてくれると嬉しいな」
親友をスケープゴートにしたお嬢様方の塊を指して、いたずらっぽく笑って見せる。エリックと目が合うと、焦った様子で何度もこちらに目配せしてくる。もう限界だから早く行けという心の叫びが聞こえてくるようだ。すまんエリックお前の犠牲は無駄にしない。
「ええ、では案内をお願いしますわ。なんなら駆け足で行っても構いませんわよ」
重苦しいドレス姿の他の令嬢達と違い、比較的軽装な少女は両手で真紅のスカートを摘まんでみせる。いたずらの片棒を担ぐように、おどけてポーズを決める彼女に思わず笑ってしまった。
「じゃあ早速行くとしよう。僕の名前はエドワード。君は?」
「クレイハート侯爵家のスカーレットと申します。お目に掛かってすぐにお役に立てて臣下として光栄でございます王子殿下」
彼女は小走りに走りながら軽く頭を下げた。言葉使いも型苦しい。確かに自分から名乗りはしたが、それは彼女の名前を知りたかったからで、臣下の礼を取らせたかった訳ではない。
「僕のことはただのエドワードと呼んでくれ。堅苦しいのは宮殿の中だけで十分だ」
「ではエドワード。もう見えなくなったでしょうから歩いて行きましょう。ここのバラも綺麗なので」
今いる所はバラのアーチや背の高い植込みで、会場からは死角になっている。温室はもう見えているので、急ぐ必要はない。それに恐らく植物が好きな彼女はこの庭園だって見たいはずだ。
「スカーレットは花が好きなの?」
「ええ! でも花も好きだけど、植物全部が好きなの。だって植物って爪の先くらいの小さな種から、こんなに大きくなるでしょう? それが面白くって」
「なるほど、そういう考え方もあるのか。スカーレットの見方って変わってるな」
(先生が様々な変わった角度からものを見る練習をするように言われていたけど、スカーレットのような事を言うのだろうな)
僕の言葉を受けて、それまで楽しそうにしていたスカーレットの表情が曇る。今、自分は何て言った? はっとして、慌てて彼女の手を取り、両手で握りしめた。
「違うんだスカーレット! 僕の言い方が悪かった。君の発想が面白くて興味深いってつもりで言ったんだ。君を傷つけたことを許し欲しい!」
「え? エドワード、王子がそんな簡単に謝っちゃダメじゃない! それに私は変わってるってよく言われるし、気にしてないから」
どうやらスカーレットはその言動から『変わっている』と評されることが多いようだ。家族か使用人達からか、彼女の大らかさから察するに、決して彼女を貶めるつもりで言われているのではないと思うが、自分の言葉選びが悪かった。
気にしていないと言いつつも、さっきまでの明るかった表情が強張った事に変わりはない。どうかまたこちらを見て笑って欲しい。僕は彼女の表情の変化を見逃すまいと、食い入るように見つめる。
「顔! エドワード、顔が近いってば!」
「スカーレット、僕を許してくれる?」
「いいから離して! それに許すも何もそもそも怒ってない!」
確かにスカーレットは怒ってはいないだろう。しかし、自分がこの子の楽しそうな表情を曇らせてしまうような、無神経な発言をしてしまった事に変わりはない。
「分かった! 許す! 許すから手を放して!」
許してもらえて安心し、力が少し緩んだせいか、彼女の手が僕の両手からすり抜ける。だが勢いをつけて手を抜いたせいかスカーレットはバランスを崩し、身体が後ろへと倒れてゆく。
「スカーレット!」
捕まえようと手を伸ばすが届かず、目の前でスカーレットの真紅のスカートが翻る。
――どさり!
少女は手入れされた柔らかな芝生の上に倒れた。翻ったスカートやパニエがめくれ上がり、その真っ白でしなやかな枝のような脚と下着が丸見えの状態で……。
(スカーレットの脚、綺麗……)
スカーレットを助け起こさなくてはと考えるが、自分の眼は繊細なレースをあしらった可愛らしい下着から伸びる、彼女のほっそりとした白い二本の脚にくぎ付けだ。閨教育で見た肉感的な女性とは違う、触れれば折れるか壊れるかしてしまいそうな脚。あの間に入り込み腰を掴んで責め立てれば、そのしなやかな脚はどう揺れるのだろう……。
「……~~~~~~~~~ッ!」
声にならない悲鳴を上げ、がばりと勢いよく起き上がったスカーレットは、顔を真っ赤にしてその綺麗な脚をスカートで隠してしまった。
我に返った僕は、彼女を助けるどころか倒れた彼女の脚を見て、ひどくいやらしい想像をしてしまった自分を恥じた。ごめんスカーレット、頭の中で君を汚してしまった。淑女が人前で脚をさらすなんてとんでない恥辱だし、この責任は必ず取るから。声に出して謝るとまた怒られるかもしれないから、心の中で謝っておく。
(でも、あの折れそうな華奢な白い脚……。あの脚に触れられたら、どんな気持ちになるんだろう……)
エドワード・アシェル・ミッドクルス12歳。開いてはいけない性癖の扉を開いてしまいました。
0
お気に入りに追加
58
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ
奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。
スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?
tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」
「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」
子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます
ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。
そして前世の私は…
ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。
サロン勤めで拘束時間は長く、休みもなかなか取れずに働きに働いた結果。
貯金残高はビックリするほど貯まってたけど、使う時間もないまま転生してた。
そして通勤の電車の中で暇つぶしに、ちょろーっとだけ遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したっぽい?
あんまり内容覚えてないけど…
悪役令嬢がムチムチしてたのだけは許せなかった!
さぁ、お嬢様。
私のゴットハンドを堪能してくださいませ?
********************
初投稿です。
転生侍女シリーズ第一弾。
短編全4話で、投稿予約済みです。
婚約破棄したい悪役令嬢と呪われたヤンデレ王子
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「フレデリック殿下、私が十七歳になったときに殿下の運命の方が現れるので安心して下さい」と婚約者は嬉々として自分の婚約破棄を語る。
それを阻止すべくフレデリックは婚約者のレティシアに愛を囁き、退路を断っていく。
そしてレティシアが十七歳に、フレデリックは真実を語る。
※王子目線です。
※一途で健全?なヤンデレ
※ざまああり。
※なろう、カクヨムにも掲載
悪役令嬢ですが、どうやらずっと好きだったみたいです
朝顔
恋愛
リナリアは前世の記憶を思い出して、頭を悩ませた。
この世界が自分の遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気がついたのだ。
そして、自分はどうやら主人公をいじめて、嫉妬に狂って殺そうとまでする悪役令嬢に転生してしまった。
せっかく生まれ変わった人生で断罪されるなんて絶対嫌。
どうにかして攻略対象である王子から逃げたいけど、なぜだか懐つかれてしまって……。
悪役令嬢の王道?の話を書いてみたくてチャレンジしました。
ざまぁはなく、溺愛甘々なお話です。
なろうにも同時投稿
転生悪役令嬢の前途多難な没落計画
一花八華
恋愛
斬首、幽閉、没落endの悪役令嬢に転生しましたわ。
私、ヴィクトリア・アクヤック。金髪ドリルの碧眼美少女ですの。
攻略対象とヒロインには、関わりませんわ。恋愛でも逆ハーでもお好きになさって?
私は、執事攻略に勤しみますわ!!
っといいつつもなんだかんだでガッツリ攻略対象とヒロインに囲まれ、持ち前の暴走と妄想と、斜め上を行き過ぎるネジ曲がった思考回路で突き進む猪突猛進型ドリル系主人公の(読者様からの)突っ込み待ち(ラブ)コメディです。
※全話に挿絵が入る予定です。作者絵が苦手な方は、ご注意ください。ファンアートいただけると、泣いて喜びます。掲載させて下さい。お願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる