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第4話『王太子12歳、開いてはいけない扉を開いてしまいました』

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 頭脳明晰、眉目秀麗、勇猛果敢。他にも色んな言葉で褒めそやされる僕だが、最近ひとつだけ苦手な事がある。

 女性だ。

 僕の名前はエドワード・アシェル・ミッドクルス。現ミッドクルス国王アンドリュー5世の一人息子だ。

 今現在、僕の他に国王夫妻に子供はなく、僕が唯一の王位継承者である為、僕は日々将来王になる為の準備に忙しい。学問、武術、礼儀作法、学ぶことは山ほどあって、そこに12歳の誕生日を迎えた日、閨教育が追加された。

 王国貴族の男子は12歳の誕生日を迎えると閨について教えられるのが一般的で、2カ月先に12歳になった友人から色々聞いていたのもあり、ちょっと期待でドキドキして迎えた閨教育だが、正直気持ち悪いだけだった。

 閨教育といっても一晩限り。簡単な座学とその後の見学がメインで、希望すれば実践も可能といったものだ。大抵の子弟が実践で継続する事を希望するので、一晩だけで終わるケースは少ないらしい。僕は教育係の貴族とその愛人の交合を見学させられたのだが、彼女の陰部、むっちりとした肉感たっぷりの太ももの間から見える、ぐにゃぐにゃしたグロテスクなモノに恐怖を感じた。

 無理。絶対無理。顔に出すまいと必死に耐えている所に追い打ちをかける、愛人の感極まった獣の雄叫びのような声。女性って閨の時、死にそうな野生動物みたいな声出すの?

 途中意識を飛ばしながらも、なんとか耐えきった僕に、教育係が「王子も実践されてみますか」と声を掛けてきた。見学のみにしますと答えた時の、彼の愛人の残念そうな顔に嫌悪感しか抱けず、それから僕は女性、特に彼の愛人のように物欲しそうに僕を見る女性が苦手になった。

 元から女性は母や乳母、母方の従妹の令嬢たち以外あまり話すこともなく、必要最低限の会話以外したこともなかったけれど、社交界に出ればあの愛人のような女性たちが多くいると聞いて苦手意識に拍車がかかった。

 近々行われるという、12歳の貴族の子達を招いての王宮庭園の茶会が憂鬱でならない。国王夫妻はその12歳の茶会の席で出会って結婚したので、できれば僕にもその茶会で結婚相手と出会ってくれればと考えているようだが、今の僕の状態では結婚相手どころか会話の相手さえ見つけられそうにない。

「憂鬱だ……」

 婚約者が決まってない王子のお披露目の場とあって、普段よりも気合の入った衣装が仕立てられた。仮縫いの衣装合わせをする僕を見ながら、どこの御息女も王子の元に目を輝かせて押しかけるでしょうねと侍従頭と王妃が嬉しそうに話している。まだ幼い淑女たちとはいえ将来あの愛人のようになるのかと思うと恐怖が先にたつ。ああ、出来る事なら欠席したい。

 しかし僕も願いも空しく、茶会の日はやってきた。


____________________



 天気は快晴。暑くもなく、寒すぎることもない、正に外で過ごすには最高の空の下、僕の心は荒み切っていた。

(帰りたい)

 先程から、茶会の主催である王妃に挨拶をすませた御令嬢たちが、次から次へと自分の元へ集まってくる。

 彼女たちはまだ幼いとはいえ、いつかの女性のような肌に纏わりつく粘着質な視線と声は変わらない。それらにこのまま茶会が終わるまで包囲されるなんて拷問でしかない。

(エリック! エリック助けろ!)

 少し離れた所で、呑気にテーブルの上の菓子をつまみ、こちらをみてニヤニヤしている友人を睨み付ける。

(あいつ完全に人の不幸を楽しんでるな)

 母方の親戚筋で、生まれも2カ月しか違わないエリックは、気軽に話ができる数少ない友人だ。自分より先に閨教育を済ませたエリックは、僕とは違い女性たちに興味深々で、最近は教育係の紹介した女性と閨の実践教育に励んでいるらしい。

「失礼、お嬢様方。エドワード王子の友人のエリックと申します。以後お見知りおきを。これはほんの挨拶程度に……」

 令嬢の垣根をかき分け僕の横に立ったエリックは、優雅にお辞儀をして胸のポケットからバラの花を1輪差し出した。どうぞ、と目の前の令嬢にバラを渡すと、今度はその隣りの令嬢に同じようにお辞儀をしてバラの花を差し出す。

(出た……。エリック得意の空間収納魔術)

 大きいものを収納できる訳ではないが、手に持てるサイズのものはいくらでも収納してしまえる彼の得意な魔法だ。令嬢たちはすっかりエリックの奇術のような魔法に魅了され、我も我もと彼の前に集まった。僕を取り巻く囲いが失くなり、エリックが今のうちに離れろと目配せしたので、彼の背に隠れるようにして彼女たちから静かに離れる。

 今からどこに行こう。この場からできるだけ離れていたいが、茶会の最期には挨拶しないといけないので、ほとぼりが冷めたら戻れる距離がいい。死角になるバラの垣根の向こうか、もう少し先の温室……。 

「このお茶会だって、人数はそんなに多くないんだから温室ですればいいのに」

 今まさにその温室に逃げようかと考えていた時、鈴を転がしたような綺麗な声が耳に入った。声の主である少女は自分のすぐ横で、遠くの木々を眺めてつまらなそうにしている。

(植物とか、花が好きなのかな)

 王宮の温室には隣接する南の国から持ち込まれた植物が多数ある。国内ではこの温室でしか見れない品種も多い。特に数年に一日だけ大きな花が咲く珍しい品種があり、王宮勤めの者でもその花を見た者は少ない。もしかして彼女はそれを見たいのだろうか。

「温室に行きたいのか?」

 気が付けば自分から声を掛けていた。突然見知らぬ人間に話しかけられ不審な眼を向ける少女に、僕はにこりと人好きのする顔で笑ってみせた。

「此処から歩いて5分と掛からない。もし温室が見たいなら案内しようか?」

 日の光を孕んで燃える様な真紅の髪に、アメジストを埋め込んだようなきらきら光る紫の瞳、細く伸びた鼻の下にルージュが引かれた真っ赤な小さい唇。子供ながら芯のしっかりしてそうな、分かりやすく言うと気の強そうな綺麗な少女はこちらを見て、何かを察したのか大きく目を見開いた。

(ああ、王子だって気づいたかな)

 彼女も、先程までの御令嬢達のように、猫なで声でおもねった態度に変わるのかな。あのつまらなさそうな顔をしていた少女が、そうなっては嫌だなと思いつつ話を続ける。

「僕には此処はちょっと居心地が悪くてね。逃げるためにも案内させてくれると嬉しいな」

 親友をスケープゴートにしたお嬢様方の塊を指して、いたずらっぽく笑って見せる。エリックと目が合うと、焦った様子で何度もこちらに目配せしてくる。もう限界だから早く行けという心の叫びが聞こえてくるようだ。すまんエリックお前の犠牲は無駄にしない。

「ええ、では案内をお願いしますわ。なんなら駆け足で行っても構いませんわよ」

 重苦しいドレス姿の他の令嬢達と違い、比較的軽装な少女は両手で真紅のスカートを摘まんでみせる。いたずらの片棒を担ぐように、おどけてポーズを決める彼女に思わず笑ってしまった。

「じゃあ早速行くとしよう。僕の名前はエドワード。君は?」

「クレイハート侯爵家のスカーレットと申します。お目に掛かってすぐにお役に立てて臣下として光栄でございます王子殿下」

 彼女は小走りに走りながら軽く頭を下げた。言葉使いも型苦しい。確かに自分から名乗りはしたが、それは彼女の名前を知りたかったからで、臣下の礼を取らせたかった訳ではない。

「僕のことはただのエドワードと呼んでくれ。堅苦しいのは宮殿の中だけで十分だ」

「ではエドワード。もう見えなくなったでしょうから歩いて行きましょう。ここのバラも綺麗なので」

 今いる所はバラのアーチや背の高い植込みで、会場からは死角になっている。温室はもう見えているので、急ぐ必要はない。それに恐らく植物が好きな彼女はこの庭園だって見たいはずだ。

「スカーレットは花が好きなの?」

「ええ! でも花も好きだけど、植物全部が好きなの。だって植物って爪の先くらいの小さな種から、こんなに大きくなるでしょう? それが面白くって」

「なるほど、そういう考え方もあるのか。スカーレットの見方って変わってるな」

(先生が様々な変わった角度からものを見る練習をするように言われていたけど、スカーレットのような事を言うのだろうな)

 僕の言葉を受けて、それまで楽しそうにしていたスカーレットの表情が曇る。今、自分は何て言った? はっとして、慌てて彼女の手を取り、両手で握りしめた。

「違うんだスカーレット! 僕の言い方が悪かった。君の発想が面白くて興味深いってつもりで言ったんだ。君を傷つけたことを許し欲しい!」

「え? エドワード、王子がそんな簡単に謝っちゃダメじゃない! それに私は変わってるってよく言われるし、気にしてないから」

 どうやらスカーレットはその言動から『変わっている』と評されることが多いようだ。家族か使用人達からか、彼女の大らかさから察するに、決して彼女を貶めるつもりで言われているのではないと思うが、自分の言葉選びが悪かった。

 気にしていないと言いつつも、さっきまでの明るかった表情が強張った事に変わりはない。どうかまたこちらを見て笑って欲しい。僕は彼女の表情の変化を見逃すまいと、食い入るように見つめる。

「顔! エドワード、顔が近いってば!」

「スカーレット、僕を許してくれる?」

「いいから離して! それに許すも何もそもそも怒ってない!」

 確かにスカーレットは怒ってはいないだろう。しかし、自分がこの子の楽しそうな表情を曇らせてしまうような、無神経な発言をしてしまった事に変わりはない。

「分かった! 許す! 許すから手を放して!」

 許してもらえて安心し、力が少し緩んだせいか、彼女の手が僕の両手からすり抜ける。だが勢いをつけて手を抜いたせいかスカーレットはバランスを崩し、身体が後ろへと倒れてゆく。

「スカーレット!」

 捕まえようと手を伸ばすが届かず、目の前でスカーレットの真紅のスカートが翻る。

――どさり!

 少女は手入れされた柔らかな芝生の上に倒れた。翻ったスカートやパニエがめくれ上がり、その真っ白でしなやかな枝のような脚と下着が丸見えの状態で……。 

(スカーレットの脚、綺麗……)

 スカーレットを助け起こさなくてはと考えるが、自分の眼は繊細なレースをあしらった可愛らしい下着から伸びる、彼女のほっそりとした白い二本の脚にくぎ付けだ。閨教育で見た肉感的な女性とは違う、触れれば折れるか壊れるかしてしまいそうな脚。あの間に入り込み腰を掴んで責め立てれば、そのしなやかな脚はどう揺れるのだろう……。

「……~~~~~~~~~ッ!」

 声にならない悲鳴を上げ、がばりと勢いよく起き上がったスカーレットは、顔を真っ赤にしてその綺麗な脚をスカートで隠してしまった。

 我に返った僕は、彼女を助けるどころか倒れた彼女の脚を見て、ひどくいやらしい想像をしてしまった自分を恥じた。ごめんスカーレット、頭の中で君を汚してしまった。淑女が人前で脚をさらすなんてとんでない恥辱だし、この責任は必ず取るから。声に出して謝るとまた怒られるかもしれないから、心の中で謝っておく。

(でも、あの折れそうな華奢な白い脚……。あの脚に触れられたら、どんな気持ちになるんだろう……)


 エドワード・アシェル・ミッドクルス12歳。開いてはいけない性癖の扉を開いてしまいました。

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