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 春原と理来が応接室へ消えて30分後…戻ってきた理来を見て俺は安堵した。
 もしかしたら、春原からナニかされていないか…とか不安で一杯だったからだ。我ながら余裕ねぇな…。

「田中課長、先ほどの春原さんのご用件なんですけれど…」

 理来の言葉に耳を澄ませる。すると思ってもみない話が飛び出していた。

「へえ~温泉?閻魔庁も随分と太っ腹じゃないの‼よっぽどこの間の事件解決が認められたんだね~‼」

 …温泉旅行か…理来と二人なら行きたいが、春原も一緒なのは嫌だ。それに、この状態でどの面下げていけばいいって言うんだ…間が悪すぎる…。
 無言でいると、聞きつけた西野と南原が案の定『自分たちが行きたい』とギャーギャーと騒ぎ出した。
 お前ら何にもやっていないくせにご褒美だけ貰おうとか信じられねえ奴らだな…。

「…うーん、でもねぇ、この課全員で旅行に行っちゃうと業務が滞るんだよね…」

 課長の意見は尤もだ。第一、人が亡くなる業務に盆も正月も無い。

「だから、今回は北条君と東雲さんだけで…」

 田中課長の声がかき消されるほどのブーイングで駄々をこねる大人二人…。最悪の大人だな…。

「私は留守番していますから、替わりにどなたかが行っていただいても大丈夫ですよ」

 理来が呆れたように二人に権利を譲った。俺も断りたいが、既に西野と南原はどちらが行くのかと熾烈な争いを繰り広げていた。

「やった~‼北条先輩と温泉旅行ゲット☆うららか嬉しい~」結局南原が勝利した。

「温泉旅行、いつにしますか?先輩~」

 南原にクネクネしながら纏わりつかれる。とっさに『俺は行かないから』と断ってしまった。
 条件反射で言ったけれど、何か理由を…と考えて出たのが『俺、温泉アレルギーなんだよね』…ってそんなものがあるのかは知らんけど。
 南原は渋々納得してくれた。『俺の分は西野に権利をやるよ』と言うと大喜びしていたので良かった良かった。

「行けない先輩の為に、私の可愛い浴衣姿の画像をいっぱい撮って先輩に送りますね」

 コイツってめげないよな…。南原は鋼の精神の持ち主だなと少しだけ感心した。
 これで収まってよかった…と思っていたが、翌日葬儀社の春原までが『仕事が忙しくて行かれない』と電話を寄越した。
 どうせ、理来が行かないからだろう?そうじゃなきゃ最初に言っているはずだ。アイツやっぱり理来を狙っていたのかと確信した。
 その春原の代りに田中課長が旅行に行くこととなり、二日後には3人が慰安旅行に出かけることになった。今、絶賛大揉め中の俺たち二人を残して…。


 翌日、俺は理来と一言も口を利かないまま一日を過ごしていた。

「あの、北条先輩…お話があります」

 理来が思いつめた声で俺に話しかけてきた。…いよいよ完全に振られるのか…。

「何…?」思ったよりも冷たい声が出てしまう。

「…私、北条先輩とは付き合うことは出来ません。ごめんなさい」

 案の定理来から振られてしまった。…ヤバい…泣きそう…。

「そうか…相手は春原?」

 聞いても理来はピンとこない様子だ。

「…じゃあ、佐々木?」

 そう言っても首を振る…それ以外にも誰かいるのかよ?
 イライラして思わず『まだ他にも男がいる訳?結局誰なんだ?』と言ってしまう。

 すると彼女は『あの…何か誤解があるようですが、私は別に誰とも付き合うつもりはありませんけど』と言い出した。

「…俺じゃ不満なのか…?」

 結局はそういうことなんだろう。でも振られるならせめて理由が聞きたい。…だってこれから俺は一生孤独に耐えなくちゃならないんだから。
 しかし理来はかぶりを振る。

「不満なんてありません。でも、キスされたから好きになる訳でもないんです。」

 そう言うと、少しだけ躊躇ったように続けた。

「私は北条先輩が好きです。でもそれは恋とか愛じゃない好きなんだと思うんです…そこを蔑ろにして、先走られても受け入れるのは難しいんですよ」

 それは体のいい断り文句だろ?友達でいたいわっていうやつだ。

「じゃあ、春原とか佐々木ならいいわけ・・・?」

 あいつ等なら男として見れるのかよ?

「…相手が真剣に告白してくれればお互いを知るために付き合うかもしれません」

 理来の言葉に驚く。
 こいつは本当に俺が好きだっていう事を信じていなかったんだ…からかわれていると思っていたから…理来の思いにやっと気が付けた。

「付き合ってみてから考えても遅くはないし、彼氏欲しいなって思うこともあるし…」

 そこまで聞けば十分だった。こいつに俺が本当に好きなんだと、真剣な気持ちなんだと伝えようと、その時はそれしか頭には無かった。
 そのまま理来を抱きしめる。苦しくなく、でも逃げ出せないように。

「…先輩…放してください」

 彼女は振りほどこうとするが、絶対に離さない。
 理来の耳元で気持ちを伝える。

「好きだ…理来のことがずっと好きだった」

「ダメ、先輩…放してください…」

 そう言う理来の体が微かに震える。…ごめん、何て言っても放してあげることは出来ないよ。

「愛している…理来…俺のモノになって…?うん…て言うまで離さないから」

 そう何度も繰り返した。
 たったこれだけのことが出来なかったせいで、彼女は俺の気持ちを信じてくれなかったんだ。
 絶対に伝わるまで離さないからな…としつこく粘ったのが幸いして『付き合うから放してください』と理来が根負けした時には死んでもいいと思えた。

「良かった。理来の合意も得られたし、これで晴れて恋人…同士だよな?」

 思わず、彼女に意思が疎通しているのか確認してしまうあたり俺ってやっぱりヘタレだなと思う。…片思いがやっと実ったんだから仕方ないだろう?

「もしかして、春原さんに嫉妬してあんな態度だったんですか?」

 理来に聞かれて素直に頷いた。

「お前があいつばっかり褒めるし、庇うからムカついて吐くかと思った」

 そう言うと『北条先輩って意外と可愛い所があるんですね…』なんておかしそうに笑うけれど、まだ俺の話は終わっていないんだ。

「あのさ、何で春原はさん付けで俺は先輩って呼ぶの?」

「それは勿論先輩だからですよ」

 当然とばかりに言う理来をまた抱きしめる。

「ちょっと先輩…」

「…拓海さんって呼んで?」耳元で囁くと理来が真っ赤になる。

「あの…せんぱ…」

「拓海…さん…だろ?」

 わざと耳にかかるように吐息交じりで話すと『拓海さん、お願い…放して』と理来はフラフラして耳を隠した。

「理来って耳が弱いんだ…真っ赤になってメチャクチャ可愛い」

 そう言いながら、この手は使えるなと心にメモする。

「そういえばさ、さっき春原さんのこと大人で素敵って言っていたけど、俺とどっちが好きなの?」

 わざと話を蒸し返してやると困ったように理来が言った。

「春原さんのことは仕事仲間として素敵だって言っただけで、せん…拓海さんは私の恋人なんでしょう?」

 その答えが聞きたくて聞いたのです。あー幸せ。

「これからは偽物じゃない恋人同士ってことで、よろしくお願いします」

 ペコっと頭を下げる理来に『理来もちゃんと俺を恋人として扱うこと。そうじゃないとまた嫉妬して大変なんだからな』としっかり予告しておいた。もう春原のことでイライラしたくない…。

「温泉組が戻ってくるまで二人っきりだし、おはようのキスして…昼休みもイチャイチャして…」

 理来に恋人にしたい俺の野望を話すと『ここは仕事場ですよ⁈破廉恥な真似はやめてください‼』と怒られてしまったけれど。

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